10年ほど前まではIgA腎症は治らないものと考えられてきましたが、「扁摘パルス療法」によって、治せる病気になってきました。発症3年以内に治療を行えば80%以上が寛解します。 完全に改善しなかった2割のIgA腎症も、慢性上咽頭炎の治療を行うと寛解することがわかりました。【解説】堀田修(堀田修クリニック(HOC)院長)
解説者のプロフィール
堀田修(ほった・おさむ)
堀田修クリニック(HOC)院長。1983年、防衛医科大学校卒業。仙台社会保険病院腎センター長などを経て、2011年、堀田修クリニック(HOC)を開院。日本病巣疾患研究所理事長。日本腎臓学会学術評議員。1988年、IgA腎症の根治治療として扁摘パルス療法を考案。同治療の普及活動と臨床データの集積を続ける。著書に『腎臓病を治す本』(マキノ出版)など多数。
10年ほど前までは治らない病気だった
腎臓は、糸球体というところで血液をろ過し、尿を作ります。その糸球体に炎症が起こる「慢性糸球体腎炎」の半数以上が、IgA腎症です。
このIgA腎症は、糸球体内の毛細血管に、抗体(免疫反応を起こす物質)の一種である免疫グロブリンA(IgA)が沈着して炎症を起こす病気です。
IgA腎症が進むと、腎機能は徐々に低下し、血尿やたんぱく尿が出ます。さらに進行すると、30年ほどで約半数の人が慢性腎不全となり、透析療法へと移行します。
10年ほど前までは、IgA腎症は治らないものと考えられてきました。しかし、私たちが開発した「扁摘パルス療法(扁桃摘出ステロイドパルス療法)」によって、治せる病気になってきました。
私はこれまで、約2500例の扁摘パルス療法を行ってきました。発症3年以内に治療を行えば、80%以上が寛解(血尿とたんぱく尿が消え、病気をコントロールできる状態)します。
《扁摘パルス療法によるIgA腎症の寛解率(発病期間別)》
この治療法の大本になっている考え方が、病巣感染(体のどこかが細菌などに感染すると、それが原因で離れた場所で病気が起こること)です。大本の原因を除去しないかぎり、実際に病気が発症している場所を治療しても解決しません。
IgA腎症にも、この病巣感染の考え方が当てはまります。
IgA腎症の大本の扁桃を治療する扁摘パルス療法
従来の治療では、炎症を抑えるステロイド治療しか行われてきませんでした。しかし、それだけでは、治療効果は十分ではありません。糸球体に炎症を起こしている大本の原因は、別の場所にあるからです。
その場所の一つが扁桃、すなわち、扁桃腺です。扁桃腺は、人間の免疫システムの最前線に位置するところです。体内に侵入した細菌などがここに付着すると、侵入者と闘うための各種の免疫細胞が働きだします。
《 上咽頭と扁桃の位置 》
これによって起こるのが、扁桃腺炎です。そして、それが慢性化すると、一部の免疫細胞が血液にのって全身に移動します。その免疫細胞の作った抗体の一つである、IgAが糸球体に沈着して炎症を起こし、二次感染としてIgA腎症が発症するのです。
つまり、IgA腎症の大本は扁桃にあり、その大本の治療を行う方法が、扁摘パルス療法なのです。
扁摘パルス療法は、まず感染の大本である扁桃を切除します。1週間後、ステロイド剤を点滴で投与するパルス療法を行います。これを3週間くり返したあと、経口のステロイド剤に切り替えて、徐々に薬を減らしていきます。
扁摘パルス療法が効果をもたらすカギは、いかに早期に治療を開始するかです。現在の日本腎臓学会の指針では、尿たんぱくが1日当たり0.5mgを超えた段階で扁摘パルス療法が行われます。
私は、それでは遅すぎると考え、尿たんぱくが少ない段階から、扁摘パルス療法を行っています。
治療が遅れるほど、血尿が消えても、尿たんぱくが残り、少しずつIgA腎症が進行してしまいます。寛解・治癒のためには、早期治療が望ましいのです。
上咽頭の慢性炎症が病巣となる
ただし、扁摘パルス療法を行っても、尿たんぱくが消えない患者さんが約2割存在することがわかっていました。その理由は、治療開始が遅過ぎたこと以外にもありました。
それが、「扁桃以外に糸球体に炎症を引き起こす病巣がある」ということだったのです。
その部位として浮かび上がってきたのが上咽頭でした。上咽頭は、咽喉のいちばん上の部分で、鼻の奥の「のどちんこ」の裏側にある部位です。ここも、体内に侵入するウイルスなどと闘う免疫システムの最前線で、扁桃腺と同様の働きをしています。
扁摘パルス療法を行っても血尿が消えない患者さんを診てみると、鼻の奥やのどに違和感があったり、常に鼻が詰まっていたりします。上咽頭が慢性炎症を起こしている証拠です。この慢性炎症が病巣となって、腎症を引き起こしているのです。
実際に、慢性上咽頭炎の治療を行うと、完全に改善しなかった2割のIgA腎症も寛解することがわかりました。
その結果、扁摘パルス療法と慢性上咽頭炎の治療によって、早期のIgA腎症であれば、ほぼ100%完治できるようになったのです。
もしも検診で、これまで尿の異常を指摘されたことがない人が、血尿が出るようになった場合、その原因はIgA腎症の可能性があります。今は、糸球体に軽い炎症が起こっていなくとも、いずれ悪化するリスクがあります。
その引き金ともなるのが上咽頭の炎症なのです。ですから、上咽頭の炎症を治療しておけば、IgA腎症の悪化予防にも役立つことになります。
慢性上咽頭炎の治療は、上咽頭の炎症部に塩化亜鉛という薬を塗ります。この治療を上咽頭擦過治療(EAT)と呼んでいます。
上咽頭に炎症のあるかたは、上咽頭擦過治療を行うと、強い痛みや出血を伴います。痛みや出血がなければ、慢性上咽頭炎は起こっていないということです。EATは、診断にもなり、かつ治療にもなるのです。
残念なことに、慢性上咽頭炎の治療を行っているのは、全国でもごく一部の医療機関だけです。しかし、扁摘パルス療法は2014年に標準治療となり、全国の大学病院や総合病院で受けられるようになりました。
詳細については、「IgA腎症根治治療ネットワーク」のホームページからお尋ねください。
《IgA腎症根治治療ネットワーク》
URL:http://www.iga.gr.jp/
もしくは「IgA腎症根治治療ネットワーク」で検索。IgA腎症や、扁摘パルス療法についてのわかりやすい解説を掲載。患者さんの問い合わせにも対応しています。
予防・治療に「鼻うがい」
ちなみに、慢性扁桃炎も、慢性上咽頭炎も、ほとんど自覚症状がありません。しかし、ふだんから口呼吸をしている人、のどに慢性的な違和感や痛みのある人は、この二つの場所に炎症を起こしやすいので、注意したほうがいいでしょう。
慢性上咽頭炎の予防・治療のためには、「鼻うがい」が有効です(下記参照)。
鼻うがいで鼻を洗浄すると、上咽頭に付着したウイルスなどを洗い流せます。慢性上咽頭炎だけではなく、IgA腎症やカゼ、インフルエンザなどの予防・改善にも役立ちます。
《 鼻うがいのやり方 》
【用意するもの】
・スポイトか小さめの樹脂ボトル
・精製水かミネラルウオーター…500ml
・食塩…5g(小さじ1)
❶水と食塩を混ぜて生理食塩水を作り、2ml程度をスポイトに入れる。
❷頭を大きく後ろに傾ける。目安は60度くらい。
❸生理食塩水を鼻の穴から入れる。のどに落ちてくるのがわかる程度。吐き出さず、飲み込んでかまわない。左右とも行う。
※1日に数回行うのを習慣づける。
※生理食塩水は水筒などに入れると、冷蔵庫で1週間は保存できる。
注意:鼻うがいの直後は鼻をかまないこと。