最近、「BCGワクチンを接種すると、新型コロナウイルスの感染リスクが下がる」といった話題を目にします。「赤ちゃんのとき打ったから大丈夫?」「今からでも打ったほうがいいの?」など、疑問や不安を持つ人も多いでしょう。小児科など医療機関への問い合わせも増えているといいます。BCGワクチンと新型コロナの相関を示す仮説について、順天堂大学医学部の小林弘幸教授(総合診療科)は「研究はまだ始まったばかり。冷静に、慎重に行動してください」とコメントしています。(12月19日更新)
BCGと新型コロナの関係性とは
「はんこ注射」がコロナに効く?
現在、国内外において、「BCG ワクチンの接種の有無が、新型コロナウイルスの患者数や重症者数と関係があるのではないか」という仮説が散見されています。
新型コロナウイルスのワクチンや治療薬がない状況で、こうした情報が「一筋の光明」に見えてもしかたありません。医療機関には「BCGワクチンを受けたい」という希望者の声が届き始めているといいます。
しかし、ほんとうにBCGワクチンを接種すれば、新型コロナウイルスに感染せずに済むのでしょうか。
BCGとは?
結核を予防するワクチンの通称です。ウシの結核菌の毒性を弱めて作られたワクチンで、フランス語の ‘カルメットとゲランの菌’、Bacille de Calmette et Guérin の頭文字をとってBCGと呼ばれます。
接種すると9本の針が並んだ注射器の痕が長年残ることから「はんこ注射」として知られています。日本では敗戦直後から国民への接種が進められ、現在は1歳になるまでに接種することとされています。実際に自分が接種したかどうかは、上腕部の接種跡や母子手帳で確認できます。
BCGの跡がない 母子手帳もない
「腕にBCGの跡がない」「BCGを再接種したほうがいいのか?」といった不安の声を聞くことがあります。予防接種の記録は、母子手帳に記載されているはずですが、数十年前の(しかも母親の持ち物である)母子手帳を参照するのは難しいでしょう。また、乳幼児期に受けた予防接種の痕跡は、肌質や体質によって残りやすい人、残りにくい人がいるようです。
1967年から始まったスタンプ式のBCG接種では18個の針跡がつくはずですが、我が家で確認したところ、1997年生まれの長女は4個、2000年生まれの長男は6個しか残っていませんでした。1966年生まれの筆者は、BCG接種がスタンプ式になる前の経皮注射跡がうっすら残っていますが、目を凝らさないと見えない程度です。このように、BCG接種の跡ははっきり残るとは限らないので、「跡が見つからない」という人が多いのも無理はないと思います。
では、「BCG接種を受けたかどうか不明」という人は、今からでも接種したほうがいいのでしょうか?
実は、乳幼児期に受けたBCGの効果は十数年程度しかもちません。成人のほとんどは、BCGで得た免疫は切れているのです。しかし、成人の結核対策としては、BCG接種は効果が高くないとされ、それよりも「定期的な健康診断」や「せきエチケット」、「2週間以上せきが続く場合はすぐ病院にかかる」といったことが推奨されています。また、現代において結核は、罹患して発病しても、医師の指示どおりに薬を飲めば治る病気です。
出典:結核予防会・結核Q&A
つまり、BCGの跡がなくても再接種の必要はありません。予防と早期発見に努めましょう。
BCG接種をしていない国もある
2011年に学術論文として発表されたBCG接種に関する世界地図があります。地図は3色に分かれていて、
黄色=現在、BCGの予防接種プログラムが実施されている国
紫=以前は誰にでもBCG予防接種を推奨していたが、現在は推奨されていない国
オレンジ=BCGワクチンの普遍的な接種プログラムがない国
となっています。
例えば、スペインとポルトガルは隣り合っていますが、スペインはBCGの接種プログラムがなく、ポルトガルは実施されています。そして、新型コロナウイルスの感染者数は、4月8日時点で、スペイン148,220 人、ポルトガル13,141人です(数字はJohns Hopkins UniversityのCOVID-19マップに基づく)。スペインの人口は約4,693万人、ポルトガルは1,027万人なので、人口比でもスペインで感染者が多いことになります。
こうしたことから、「BCGを接種していれば、新型コロナウイルスの感染リスクが抑えられる」という説が出てきたのでしょう。
ツベルクリンとは
BCGの前にツベルクリンを受けなくてもいいの?
2005年4月から、ツベルクリン反応検査は廃止になりました。現在は、1歳までにBCGを直接接種することになっています。
ツベルクリン反応検査とは、結核菌を培養・殺菌・濾過した液を注射し、結核の感染の有無を調べるものです。結核に感染したことのある人は、注射した箇所が発赤したり、硬くなってしこりになったりします。日本では、発赤の長径が0~10mm未満ならば陰性、10mm以上ならば陽性と判定し、陰性者にのみBCG接種を行っていました。
ツベルクリンはなぜ廃止になったの?
まず、乳幼児のツベルクリン反応検査では、結核患者の発見率がきわめて低かったことが挙げられます。また、ツベルクリン反応で擬陽性の場合、再度ツベルクリン反応検査や精密検査を受けたり、予防のための薬を飲んだりすることになり、負担が小さくありませんでした。さらに、擬陽性のためにBCG接種の機会を逸するケースもあったため、2005年に廃止となったのです。
海外で研究が始まっているが……
4ヵ国で臨床試験を開始
世界で特に権威がある学術雑誌の一つ『サイエンス』では、3月23日のオンライン版で、「BCG予防接種が新型コロナウイルスに対する効果について検討するための臨床試験が、オランダ、オーストラリア、イギリス、ドイツの4ヵ国で準備されている」と報じました。
このうち、オランダのラドバウド大学のミハイ・ネテア教授のチームは、すでにオランダ国内の8つの病院で医療従事者を対象に臨床研究を始めていて、対象者は1500人に上る予定とのこと。ワクチンを接種したグループと接種していないグループに分け、感染の割合などを分析することにしています。(4月9日のNHKニュースより)
また、オーストラリアの臨床試験は、メルボルンにある小児医療研究所「マードック・チルドレンズ・リサーチ・インスティチュート」が発表したものです。オーストラリア各地の医療従事者4000人を対象に行われるといいます。(4月7日のAFP通信より)
研究者も接種を推奨していない
しかしながら、実際にBCG予防接種が新型コロナウイルスに有効かどうかは、臨床試験の結果を待たなければなりません。ちなみにオランダのラドバウド大学の研究は、最初の結果が出るまでには3~6ヵ月かかるということです。
さらに、ラドバウド大学のミハイ・ネテア教授は、「現時点で、新型コロナウイルスに対する効果を目的に、一般の人がBCGを接種する理由は何もない。研究結果が出るのを待つべきだ」と指摘しています。(4月9日のNHKニュースより)
つまり、現時点ではBCGワクチンの有効性は全く示されておらず、研究者も接種を推奨していないのです。
世界保健機関(WHO)も4月12日付の報告で、乳幼児向けの結核予防のBCGワクチンが新型コロナウイルス感染を防ぐ可能性があるという説について、「根拠はない」として、使用を「推奨しない」と言明しています。
最新の論文では「根拠なし」
世界5大医学雑誌の一つで、米国医師会が発行する『JAMA (Journal of theAmerican Medical Association) 』 に、この論争についての論文が掲載されました。SARS-CoV-2 Rates in BCG-Vaccinated andUnvaccinated Young Adults(2020年5月13日にオンライン公開)
イスラエルで、BCGを接種した世代と、接種していない世代、それぞれ約30万人を比較した結果、新型コロナにかかった人、重症化した人に差はなかった、というものです。つまり現時点では、BCG接種が新型コロナを予防するという、明確な根拠はないということになります。
「冷静な行動を」
BCGワクチンと、新型コロナウイルスとの相関について、順天堂大学医学部の小林弘幸教授(総合診療科)は、以下のように解説しています。
「厚生労働省や日本ワクチン学会、日本小児科学会が広報しているように、BCGワクチンは乳児のためのものです。成人の皆さんが 、副反応のリスクを負ってまで 接種することに意味はないでしょう。乳児にBCGが行き渡らなくなくなるような事態は、絶対に避けなければなりません。そもそも BCGワクチンの接種が、新型コロナウイルスの感染リスクを下げるというエビデンスはなく、海外での研究がやっと始まったばかりです。私たちにできることは、今までどおりしっかり手洗いをすること、不要不急の外出を避けること、規則正しい生活をすることです。冷静に、慎重に行動してください」(小林弘幸教授)
BCGは結核以外にも効果があるのか?
肺ガンや膀胱ガンのリスクを低下させる
東北大学副学長で同大学大学院医学系研究科の大隅典子教授の解説によると、BCG接種によって、小児の結核以外(特に呼吸器感染症)による死亡率も減少するという報告が多数あるといいます。また、幼児期のBCG接種が成人期以降の肺ガンの発生リスクを下げる効果があるいうデータや、BCG接種は膀胱がんの進行を抑えるという報告もあり、多数の臨床研究が進められているそうです。
自然免疫と獲得免疫の違い
BCG接種が、感染症やガンなどの病気に対する抵抗力を高めているとしたら、どのような理由が考えられるのでしょうか。
免疫には、生まれつき備わっている「自然免疫」と、病原体との戦いで身につける「獲得免疫」があります。一般に「免疫力を高めよう」というときの免疫は自然免疫のほうで、ワクチンなどで得られる免疫は獲得免疫です。
BCGは結核菌に対する獲得免疫をもたらすとともに、自然免疫も高める可能性があるのではないか、と考えられています。新型コロナウイルスに効果があるとすれば、その部分でしょう。
免疫細胞が活性化しパワーアップ
このメカニズムを解き明かすうえでカギとなるのが、2012年と18年にオランダの研究チームが発表した報告です。BCG接種を受けた人の血液に含まれる「遺伝子スイッチ」の状態を調べたところ、1回のBCG接種で免疫細胞の活性化を担う「サイトカイン」という物質を分泌しやすくなり、自然免疫がパワーアップすることを突き止めたのです。
このような背景から、BCG接種プログラムを持たないドイツ、オランダ、オーストラリアでは、BCG接種の臨床研究を開始しました。もし、BCG接種の効果が確かめられれば、今後、BCG接種プログラムを持たない国では、新型コロナウイルス感染症予防のために、大人がBCG接種を受ける可能性はあるかもしれません。しかし日本では現在、BCGの接種率は98%ですので、新型コロナウイルス感染症の予防策としての大人への接種は行われないでしょう。
自然免疫を一番強く刺激するのはBCG
こうした話を聞くと、「BCGを打てば新型コロナに感染しないのでは」と短絡的に受け取られがちですが、免疫学の第一人者である大阪大学名誉教授の宮坂昌之氏は、「それは間違いです。そもそも、日本で新型コロナに感染している人のほとんどは、BCGを接種しているはずです」とクギを刺します。
そのうえで、「免疫学的に、自然免疫を一番強く刺激できる免疫増強物質はBCGだとわかっています。ですから、同じような働きを持つ免疫増強物質を探せば、それが利用できるかもしれない」という展望を語っています。
出典:『AERA』2020年5月18日号
BCGワクチンの「株」とは?
宮坂氏は、BCG接種を行っている国の中でも、感染者数や死者数には開きがあることの背景として、BCGワクチンの「株」の種類に着目しています。
1921年に、フランスのパスツール研究所で開発されたBCGは、生きた菌が各国に「株分け」されました。初期に分けられたのが、日本株とソ連株。デンマーク株は、それから約10年後に、デンマークに供与されたといいます。
日本株は台湾やイラクなど、ソ連株は中国など、デンマーク株は欧州各国などにそれぞれ分配されました。
細胞は、分裂するにつれて遺伝子に突然変異が必ず一定の割合で起こります。細菌も同様で、培養期間が増えれば増えるほど、突然変異が起こりやすくなります。
日本株やソ連株と、ほかの株では、結核に対する予防効果は変わりません。しかし、遺伝子変異によって、それぞれの株に含まれる細胞膜の成分に違いが生じているといいます。
宮坂氏によると、「もしBCGが新型コロナに効いているのだとしたら、こうした違いが寄与していると推察されます」とのこと。
自然免疫を強化する物質が特定されれば、新型コロナのみならず、さまざまな病気への対策となるでしょう。今後の研究が待たれます。
出典:『AERA』2020年5月18日号
大人がBCG接種をしてはいけない理由
乳幼児のワクチンが足りなくなる
BCGワクチンは、日本では1歳までに接種することになっています。乳幼児に接種することで、結核の発症を52~74%程度、重篤な髄膜炎や全身性の結核に関しては64~78%程度予防できると報告されています。
しかしながら、成人がBCGを打った場合の効果は証明されていないため、推奨されていません。BCGは、乳幼児にこそ価値があるのです。
BCGワクチンは、毎年国内で生まれる乳児の分しか製造していません。さらに、ワクチンを作るためには8カ月ほどかかり、すぐには増産できません。想定外の利用が相次ぐと、必要な乳児にワクチンが届かなくなってしまいます。
副反応の危険性も
高齢者は新型コロナウイルスに感染して重症化することが多く、BCGに関心を持つ人が多いと思います。しかし、高齢者へのBCG接種は、思わぬ副反応を引き起こす可能性があり危険です。BCGワクチンの禁忌の1つ、「結核の既往のある者」に当てはまる可能性が高いためです。
BCGワクチンの義務化前に生まれた人は、接種を受けていないケースも多いでしょう。しかし、日本における結核は「国民病」といわれたほどで、感染者や、感染しても発症しなかった人が少なくないと考えられるのです。
また一般に、高齢者は免疫力が低下しています。BCGワクチンは、毒性を弱めているとはいえ、生ワクチンを体内に入れる予防法です。体に負担がかからないとはいい切れません。さらに、成人がBCGワクチンを接種すると、皮膚にケロイドを生じやすくなることがわかっています。
これらのことから、成人がBCGワクチンを接種しても効果は見込めず、副反応の危険性が高いことがわかります。
まとめ
BCGワクチンの予防接種と新型コロナウイルスとの関係は、まだ研究が始まったばかりです。感染リスクを下げるエビデンスはありません。それどころか、副反応のリスクのほうが高いといってもいいでしょう。
また、厚生労働省(Twitter)や日本ワクチン学会(PDF)、日本小児科学会(PDF)は「ワクチンには余りがなく、このままだと乳児の接種が制限されるおそれがある」として、慎重な行動を呼びかけています。
これまでどおり、丁寧な手洗い・3密(密閉空間、密集場所、密接場面)を避ける・十分な栄養と睡眠を心がけ、感染を防ぎましょう。
解説者のプロフィール
小林弘幸(こばやし ひろゆき)
順天堂大学医学部教授(総合診療科) 。
専門分野は、小児外科学、肝胆道疾患、便秘、Hirschsprung’s病、泌尿生殖器疾患、外科免疫学。
▼順天堂大学医学部総合診療科研究室(公式サイト)