安倍晋三首相が打ち出した「全国約5千万世帯に布マスクを2枚ずつ配布する」という方針により、マスクの配布が始まりました。SNSでは「アベノマスク」と呼ばれてるこのマスクの欠点が指摘され始めました。しかし、これは驚くに値しません。なぜなら、マスクには、テレビの解像度のような明確な規格が存在しないからです。
医療用マスクと家庭用マスクの違いは?
世には、業界団体というものがあります。一社で、その業界のことを全て決めるわけには行きません。このため、複数社の代表が幹事を務める業界団体を作ります。マスクの場合、一般財団法人 日本衛生材料工業連合会(以下 日衛連)がそれに当たります。マスクの統計データなどは、ここから発信されます。
ここに記載されている統計データで、マスクは家庭用、医療用、産業用に分けられています。日衛連のホームページに記されている定義は、家庭用マスクとは「カゼ、花粉対策や防寒・保湿などの目的で日常に使われるマスクです。素材や形状、サイズなども豊富で、フィルター性能と通気性のバランスがよいため、長時間に渡り、快適に使用できるのも特徴です。」
医療用マスクは、「主に医療現場もしくは医療用に使用される感染防止マスクで、外科手術などの際に使われます。“外科の・手術の”と言う意味から「サージカル(surgical)マスク」とも呼ばれています。」とあります。
判然としませんね。一読すると、医者はコンビニで買ったマスクをして治療することはできないようにも思えます。ですが、別ページには、次のようにあります。「オフィシャルな測定方法や国家検定規格が定まっている「産業用マスク」と異なり、「医療用マスク」「家庭用マスク」は、「日本国内において薬事法に該当しない雑貨品扱いとなり、検定規格がありません。」とあります。
つまり、よほど特殊な仕様でない限り、医療用というマスクは存在しないのです。
医療マスクとして必要なスペック
ここで、医療マスクと名乗ってもよいマスクとはどんなものでしょうか。
まずは、マスクの構造について考えてみましょう。
素材は、布、不織布に大別されます。共通しているのは、フィルターが組み込まれていることです。今製品として売られているマスクには、多くの場合フィルターが入っています。
今皆さんが手作りマスクを使用する際に、キッチンペーパー、コーヒーフィルターなどで代用されていますが、それも性能差はかなりあります。また、厚手の布地もしくはガーゼを十数枚重ねて、フィルターを使わないマスクもあります。
医療用として使われるなら、ウィルス飛沫など細かい対象もフィルタリングできる性能を持っており、BFE(風邪などの咳やくしゃみの飛沫のろ過効率)試験、VFE(ウィルス飛沫ろ過効率)試験、PFE (微粒子ろ過効率)試験、花粉粒子のろ過効率試験に合格したフィルターが使われていることが、マスク性能の判断基準になるはずです。
特に、コロナウィルスに立ち向かう医者から言うと、フィルター性能は譲りたくない一線と言えます。
意外と曖昧なマスクの定義
しかし、全国マスク工業会(※)のマスクの定義は、実は非常にゆるいものなのです。具体的には「天然繊維・化学繊維の織編物または不織布を主な本体材料として、口と鼻を覆う形状で、花粉、ホコリ等の粒子が体内に侵入するのを抑制、また、かぜなどの咳やクシャミの飛沫の飛散を抑制することを目的に使用される、薬事法に該当しない衛生用品。」とあります。
前述のようなフィルターの定義などはありません。はなはだ曖昧なのです。
(※)全国マスク工業会は、一般社団法人日本衛生材料工業連合会に対して厚生労働省よりマスクの使用表示の検討が要請されたことを機に、2005 年3月に発足した業界団体です。
またマスクには、「マスクの安全・衛生自主基準」があります。こちらのほうに挙げられている品質基準は、「ホルムアルデヒドの検出基準(75ppm以下)に合致すること。」とあります。新建材で話題になったシックハウス症候群の原因になる物質です。
つまり、いろいろ言われる割に、マスクと言うものは、規格、品質は、ほぼ独自判断であり、かなり甘い製品であることがわかります。
品質は自主基準
しかしそれでは困りますよね。たまたまフィルターなしのマスクをつけて活動した時に感染したら、メーカーは何らかの責任を取ってくれるのでしょうか。また世の中に、PL法、いわゆる製造物責任法という法律があります。この法律で、マスクの質を向上させることはできないのでしょうか?
答えは「責任は取らないし、法律で縛ることはできない」です。
理由は、因果関係が明確でないためです。
例えば、手洗いで例のアベノマスクが縮んだとします。そして2回目の使用時コロナに感染したとします。個人的に、アベノマスクが縮み防御力が弱まったと感じているとしても、法律は、憶測、推測の因果関係を認めてくれないのです。
要するに、10枚買って5枚がすこぶる縮む、常識から言うと不良品でも、訴える先が無いのです。極端な話、ハエが混入していたとすれば、新しいマスクに取り替えてもらえますが、法律に訴えることは、まずできないのです。
マスクの様に、規定があやふやな製品は、ある意味居直り勝ちができる商品とも言えるのです。
今回のマスク不足が教えてくれたこと
マスクは、このように「モノ」としてすごく曖昧。しかも正確に装着しなければ、効果が大幅に低下します。
今、新型コロナウイルス感染拡大の影響で外出自粛が要請されていますが、どうしても外出する時は基本マスクをします。しないとトラブルになることすらあります。少しでも効果の高いマスクをしたいとみなさんが考えいている今、ここでお話したようにそのマスク基準は曖昧で、製造側の善意で成り立っているのが事実なのです。
安倍総理にお願いしたいのは、アベノマスクを配布することではなく、「VFE試験に合格したマスクを通常の価格で、安定供給すること」です。理由は、人と人とが安全に会えない内に、経済復活はないです。ピークを超えても、完全に落ち着くまでは感染の危険性を伴うからです。この先もしばらくは、マスクは必需品です。
また、善意ではなく、何らかの基準を設けることも必要です。そうすることにより、性能が足らないモノを市中に流れることを防ぐべきです。数量、価格に加え、品質の保証もしてください。行政は、まだまだやることが山積みなのではないでしょうか。
◆多賀一晃(生活家電.com主宰)
企画とユーザーをつなぐ商品企画コンサルティング ポップ-アップ・プランニング・オフィス代表。また米・食味鑑定士の資格を所有。オーディオ・ビデオ関連の開発経験があり、理論的だけでなく、官能評価も得意。趣味は、東京歴史散歩とラーメンの食べ歩き。