介護は「力がいるもの」「何でもやってあげなければならないもの」と思っていませんか。そんな勘違いに気づき、見直すために、まずは三好流・介護術の考え方を学びましょう。【解説】三好春樹(生活とリハビリ研究所代表)
執筆者のプロフィール
三好春樹(みよし・はるき)
1950年生まれ。生活とリハビリ研究所代表。1974年から特別養護老人ホームに生活相談員として勤務したのち、九州リハビリテーション大学で学ぶ。理学療法士(PT)として高齢者介護の現場でリハビリテーションに従事。1985年から「生活リハビリ講座」を開催、全国で年間150回以上の講座と実技指導を行い、人間性を重視した介護の在り方を伝えている。『関係障害論』(雲母書房)、『生活障害論』(雲母書房)、『ウンコ・シッコの介護学』(雲母書房)、『介護のススメ!希望と創造の老人ケア入門』(ちくまプリマー新書)など著書多数。
▼三好春樹(Wikipedia)
▼生活とリハビリ研究所(公式サイト)
▼@haruki344(Facebook)
▼専門分野と研究論文(CiNii)
本稿は『イラスト図解 いちばんわかりやすい介護術』(永岡書店)から一部を抜粋して掲載しています。
イラスト/ひらのんさ
はじめに
あなたの大切な人に合った
オリジナルの「介護術」を創ってください
介護の世界に入ったのは私が24歳のときでした。私は核家族のひとりっ子でしたので、お年寄りと話したこともありませんし、肌と肌が触れ合うのは苦手で、医療や介護の仕事をするとは思ってもいませんでした。でもすぐに介護の面白さに気付き、それ以来、この世界に魅了され続けています。
手足の障がいや認知症のあるお年寄りの多くが、生活意欲を失っています。介護とは、そんな人たちに、もう一度生きていこうという気持ちを取り戻してもらうこと―――介護はとてもやりがいがある仕事なんです。
具体的な介護技術、これがまた面白い。私が介護の世界に入ったころは介護の実用書はありませんでしたから、やりながら考えるんです。そうすると、人が動くということの奥深さに引き込まれていきます。マニュアルは存在せず、それぞれの老化と障がい、その日の体調によって、その場で工夫するしかありません。ですからこの本で紹介する介護技術も正解が一つだけと思わず、その人の状態に合った方法を考え、工夫してほしいです。
幸いにも私は、4年半の介護現場での体験の後、理学療法士(PT)の養成校に入学して、解剖学や生理学といった介護技術に必要な基礎を学ぶことができました。そのため、「あ、自分が現場で工夫してきたことの根拠はここにあったんだ」と気付くことができました。さらにその後、身体の哲学者ともいうべき野口三千三氏の思想に触れることができ、『原初生命体としての人間』(岩波現代文庫)などの著書を通して、人が動くということの不思議を思い知るのです。
解剖学では、人の動きは“筋収縮によるパワー”であると教えます。一方で野口氏は、人が動くときに大切なのは“脱力”することだと言うのです。この一見矛盾した主張の両方に納得ができるのが介護という世界の面白さです。
そのことは、介護経験を重ねるうちに実感できると思います。力を入れるには脱力が必要なんです。緊張のためにはリラックスが要ると言ってもいいでしょう。そうすると、介助者もお年寄り自身も、力を入れるのはほんの一瞬でいいんだということがわかってきます。いい介護とは、介護する人と介護される人の二人で創りあげるアートなんです。
寝返り、起き上がり、立ち上がりの自立法、介助法を具体的に図示しています。でも決してマニュアルではありません。だって、老化も障がいも一人ひとりみんな違うのですから。もちろん、私の長い現場経験と、医学、人間学的根拠に基づいた介護術を紹介・解説しておりますが、介護場面で工夫するための一つの試案だと考えてください。
知っておいてほしいこと
内容をより理解するために知っておいてほしい言葉の意味を解説します。
「お年寄り」の意味について
介護される人を「お年寄り」と表記していますが、高齢者以外にも使える介助法を紹介しています。
介助と介護の違いとは?
▼介助
寝返る、立ち上がる、座るなどの生活に必要な動作ができない場合に手助けをすること。
▼介護
介助に加え、その人に寄り添い、その人にとってどんなことが必要かを見きわめて、介助方法を考えたり、コミュニケーションをとったりすること。つまり「考える杖」になること。
自立・一部介助・半介助・全介助の
違いとは?
▼自立
台や手すり、介護用品などを使ったとしても、お年寄りが自力で動けるようにすること。
▼一部介助
お年寄りが自然な動きをするなかで一部手を貸したり、動きを誘導したりすること。
▼半介助
一部介助では動けなくなってきたお年寄りに、自分でできることをしてもらいながら、お年寄りの自然な動きを誘導したり、介助したりすること。
▼全介助
お年寄りが自分で行う動作がなく、介助者がお年寄りの動作のすべての介助を行うこと。急性期などで絶対安静が必要な人の場合のみ行う。
三好流寝たきりを防ぐ介護のルール
体に優しい介護はAとBどっち?
A
体を密着させて力任せに引っ張り上げる
×
お互いの体に負担が
かかってしまう
「体を密着した方がいい」と勘違いしていませんか。でもこれでは、斜め上に力任せに引っ張り上げることになるので、介助者は腰を痛め、お年寄りの自発的な動作を邪魔してしまうことになります。
B
手を握ってもらい斜め下へ誘導する
○
お年寄りの能力を
上手に引き出せる
互いに手を握り、その手を斜め上ではなくて、斜め下に引いてみてください。お年寄りの頭が足より前に出てくると、お尻は自然に上がってきます。力任せで引っ張り上げるのに比べると10分の1の力で立ち上がりができます。
介護は“考える杖”になること
動きの主体はお年寄り
「人間は考える葦である」とはフランスの哲学者パスカルの言葉ですが、私は「介護者は考える杖である」と言っています。
私たちが介護するのは、モノではなくて、自分から動こうとしている主体なのです。杖を使いこなすのはお年寄りです。
もちろん私たち介護者は、単なる杖じゃありません。「散歩に行きましょう」と声をかける杖ですし、いざというときにはサッと手を差し出す杖でもあります。
これまでの介護では、介護者はしてあげる側、お年寄りはしてもらう側という一方的なものだと考えられてきました。
私はその関係性をひっくり返して、お年寄りの側を主体にすべきだと考えたのです。“介護者は媒介=きっかけ”になればいいのだと。
介護者に必要な想像力
でも老化や認知症で、主体であることが難しくなったときには私たち介護者の出番です。
お年寄りが主体だといっても、言うことを全部聞き入れていてはいい介護にはなりません。何日もご飯を食べない場合に、お年寄りがそうしたいからといってその通りにしていたら、体力が弱ってしまいます。
なぜご飯を食べてくれないのか、どうしたら食べてくれるのか、本人が何を望んでいるのか、自分だったらどうしてほしいだろうか、介護者は“想像力が試される杖”なのです。
なお、本稿は『イラスト図解 いちばんわかりやすい介護術』(永岡書店)から一部を抜粋して掲載しています。詳しくは下記のリンクからご覧ください。