こんにちは、家計コンサルタントの八ツ井慶子です。前回は、ベーシックインカムの基本的なことを知っていただきたく、その全体像をお話させていただきました(=ベーシックインカムとは)。ただ、われながら少々、詰め込み過ぎてしまった反省があります。一つひとつをもう少し丁寧に見ていく必要もあると考え、今回からはもう少し的を絞っていきたいと思います。ということで、今回のテーマは「日本の社会経済の変化とベーシックインカムとの親和性」です。
ベーシックインカムは社会経済の変化に対応する解決策の一つ
少子高齢化、人口減、超長寿(人生100年時代)、ゼロ金利の長期化と、私たちの住む社会は緩やかに、そして着実に、かつ大きな変化をし続けています。一方で、社会保障制度など私たちの暮らしを支える仕組みは対応しきれていないため、さまざまなところで課題が露呈してきています。
公的年金ひとつとってみても、将来の持続可能性に多くの方が不安に思っていますし、実際に財政は厳しいです。定年年齢が高齢化しても、簡単には老齢年金の支給開始年齢は引き上げられません。また、年金制度は複雑すぎて、支給漏れが発生しても、受け取る側も支給する側も気づかずに、事態が明らかになるまで数年経過していた、なんてこともありました。
いろんなところでほころびが出てきても、手付かずの状態が続いているのがいまの実態でしょう。
社会保障制度だけではありませんが、さまざまな社会経済の変化に対応する解決策の一つとして、私はベーシックインカムが有力な候補だと考えています。ですが、その話の前に、まずは日本の家計にどのような変化が起きているのか、さまざまなデータから一緒にみていきたいと思います。
私からのコメントは極力避け、データから読み取れる内容と関連するできごとの紹介を中心とし、ぜひみなさんお一人おひとりで考えていただくキッカケになればと思います。
平均貯蓄額と貯蓄なし世帯割合の推移
メディアではあまり報道されることのない、でも将来の私たちの暮らしを考える上では、とてもとても大切なデータを見ていきましょう。これからご紹介するすべてのデータは、ネットからどなたでも無料で閲覧できるものから作成しています。
金融広報中央委員会が毎年調査している「家計の金融行動に関する世論調査(二人以上世帯)」の時系列データから作成しました。棒グラフは「平均貯蓄額」を、折れ線グラフは「金融資産を保有していない」世帯割合を表しています。期間は1963(昭和38)年~2020(令和3)年。
<データ(1)>
昭和30年代の平均貯蓄額は少なく、貯蓄がないという割合も高かったです(いってみれば、みんなお金を持っていなかった)が、その後、日本は経済成長をし、貯蓄がないと答える世帯の割合は80年代のバブル期には3.3%まで減少します。平均貯蓄額もきれいな右肩上がりに増えていきます。
90年代に入ってバブルが崩壊し、金融危機の起こる90年代後半から折れ線グラフのカーブはきつくなっていきます。リーマンショックのあった2008年以降もグッとカーブがきつくなっています。奇しくもアベノミクス開始後の2013年から貯蓄なしの世帯割合は昭和30年代をしのぐ30%台を突破、2017年の31.2%まで続きます。2018年以降急降下していますが、これは統計の調査方法が変更になったためです。
バブル崩壊後の推移をみてみると、多少の増減はあるものの平均貯蓄額は緩やかに増えてきており、一方で貯蓄のない世帯割合は、少なくとも2017年までは右肩上がりとなっていることから、持っている人(世帯)と持っていない人(世帯)との差が広がっていると考えられます。
正規・非正規雇用者数と非正規割合の推移
総務省「労働力調査」から作成しました。期間は1985(昭和60)年~2020(令和3)年(2002年以降各年)。
グラフからは90年代後半から非正規雇用の割合が増え、緩やかな上昇傾向にあるのが読み取れます。両者の合計も緩やかに増えているものの、非正規の増え方の方が大きいことが分かります。85年16.4%であった非正規雇用の割合は、2020年では37.2%にまで上昇しています。
<データ(2)>
この流れには法改正が大きく影響しています。
1985年に労働者派遣法が制定されますが、対象は一部の業種に限られていました。96年には対象業種が拡大され、さらに99年には特例業種以外は原則自由に派遣を利用できるようになります。03年には対象業種として製造業にも解禁されました。日比谷公園に仕事と住居を失った大勢の人が集まり、「派遣村」として大きく報道されたのは2008年末のことでした。2008年9月にはリーマンショックがありました。
精神障害の労災補償状況の推移
厚生労働省の労災補償状況の調査から作成しました。期間は2000(平成12)年~2020(令和3)年。
2000年からのデータですが、精神障害を理由とした労災補償の請求ベースでいうと、2000年212件から2020年には2,051件へと、実に10倍近く増加しています。「過労死」や「過労自殺」という言葉もニュースなどでよく目にするようになりました。
<データ(3)>
生活保護世帯数と保護率の推移
国立社会保障・人口問題研究所「生活保護」に関する公的統計データ一覧から作成しました。期間は1955(昭和30)年~2018(平成30)年。
棒グラフは生活保護を受けている世帯数(累計)を、折れ線グラフは保護を受けている世帯の全世帯に対する割合を表しています。
<データ(4)>
保護世帯数は昭和30年代から緩やかに増加していますが、当時は人口も増えていたため、保護率は長期に渡って低下しているのが読み取れます。バブル期には保護世帯数も減少に転じています。ところが、90年代後半から両グラフは急カーブで上昇傾向に転じ、現在に至ります。
これだけでも気にしたいデータであるのはもちろんなのですが、生活保護に関するもう少し詳しいデータをみてみると、以前とはその「中身」が大きく変わってきていることが読み取れます。しばしお付き合いください。
保護開始世帯数の年次推移(類型世帯別)
生活保護を受けている世帯数(累計)が増えているのは<データ(4)>の通りですが、「高齢者世帯」「母子世帯」「傷病者・障がい者世帯」「その他世帯」別に年次推移をまとめたものです。
<データ(5)>
40年ほど前は「傷病・障がい者世帯」が圧倒的に多かったのが、90年代に入って「高齢者世帯」が徐々に増えていき、2000年以降は「その他世帯」も増えてきています。「その他世帯」は、他の世帯区分に分類されない世帯ですから、例えば若年者層はこの区分に分けられると考えられます。
グラフからは、最近では高齢者世帯、その他世帯、傷病・障がい者世帯、母子世帯の順に、新規に保護を受ける世帯数が多くなっていることが分かります。気になるのは2009年に保護を開始した世帯数が「その他世帯」で急増している点です。これは前年に起きたリーマンショックが影響していると考えられます。2010年も引き続き高い数値で、その後減少傾向にあるものの、依然として高い水準が続いています。
【補足】別のデータから上記世帯区分の構成比をみてみると、2018年で高齢者世帯54.1%、母子世帯5.3%、傷病・障がい者世帯25.3%、その他世帯15.2%です。2016年以降は高齢者世帯が全体の半数以上を占めています。
「高齢者世帯」と「その他世帯」の保護開始理由割合の推移
「高齢者世帯」の保護開始理由の推移をみてみると、90年代後半から「傷病」が徐々に減り、逆に「貯金等の減少・喪失」が増加していきます。2000年に入ってから逆転し、最近では「貯金等の減少・喪失」が保護開始理由の圧倒的トップになっていることが分かります。
<データ(6)>
「その他世帯」では(保護開始世帯数を点線で重ねています)、やはり90年代から「傷病」が減少し、「貯金等の減少・喪失」が増え始めます。リーマンショックの翌年である2009年をみると、この年は「定年・失業」の理由がもっとも多くなっていることから、不景気で失業し、生活保護を受け始めた方が多かったのであろうと考えられます。
いまの「経済」の動きは家計を直撃することが、こうしたデータからも読み取れます。その後は「貯金等の減少・喪失」が上昇し続け、「その他世帯」でも最近では開始理由の圧倒的トップとなっています。ちなみに、「母子家庭世帯」をみても、理由のトップは「貯金等の減少・喪失」です。
「高齢者世帯」と「その他世帯」の保護廃止理由の推移
「高齢者世帯」での保護を廃止する理由のトップは「死亡」です。推移をみると、徐々にその割合は増えていき、最近では圧倒的なトップとなっていることが分かります。データ(6)と合わせてみると、貯蓄の減少から生活保護を受け、亡くなるまで受け続けている状況が推察されます。
<データ(7)>
「その他世帯」での廃止理由トップは「働きによる収入増加・取得」です。ここでもいまの「経済」の家計に与える影響が大きいことが分かります。
個人的に気になったのは、他の世帯では見受けられない「失踪」という理由です。かつ、決して小さくない数値であることも非常に気になります。「死亡」も少なくない印象があります。
国内総生産(GDP)の推移
では次に、いまの「経済」をみていきましょう。内閣府「国民経済計算」から作成しています。名目値です。期間は1994(平成6)年~2020(令和3)年。
<データ(8)>
2008年のリーマンショックで大きく減少したGDPですが、2013年度以降は大きく戻し、2020年度はパンデミックの影響で減少しているものの、2017年度からは550兆円を超える水準を維持しています。補足ですが、2016年12月GDPの算出方法に改定が行われ、従来まで算入されなかった研究開発費が加味されるようになり、GDPを押し上げる改定となりました。日本のGDPは世界第3位の大きさです。
役員報酬トップ5
東洋経済オンライン、プレジデントオンラインの記事をもとに作成しました。2010年と2020年比です。日本では2010年3月期から年間1億円以上の報酬を受け取る役員名と報酬額を開示することが義務付けられています。
<データ(9)>
表をみてお分かりの通り、並んでいる名前は異なるものの、わずか10年ほどの間にトップ5の報酬水準は3倍ほどに膨らんでいます。外国人の名前も目立ちます。当たり前ですが、その年だけ報酬を受けるのではなく、基本的には複数年に渡って受け取る額です。
平均給与の推移
国税庁「民間給与実態統計調査」から作成しました。期間は1978(昭和53)年~2019(令和元)年。2010年からの推移をみると、上昇基調ではあるものの、経営者クラスの伸びとは比較になりません。
<データ(10)>
ここで思い出されるのはフランスの経済学者トマ・ピケティが導き出した「r>g」です。これは経済成長率(g)よりも、資本家の資本収益率(r)が長期的に上回っていることを意味します。経済成長率はGDPの変動率です。GDPが増えて一国の経済規模が大きくなっても、それ以上に資本家が資本(いわば富)を増やしているわけですから、お金持ちがますますお金持ちになることを示しています。これが、いまの「経済」です。
自殺の状況
厚生労働省「令和2年中における自殺の状況」資料からの抜粋です。
日本は以前から自殺者数が多いことが社会問題となっており、自殺死亡率(人口10万人あたりの自殺者数)はOECDの中でも上位に位置しています。
<データ(11)>
職業別の自殺者数の年次推移をみてみると、「無職者」が過半を占め、非常に多いことが分かります。
生活状況の意識調査
厚生労働省「国民生活基礎調査」から作成しました。期間は1986(昭和61)年~2019(令和元)年。
生活に対する意識調査です。「大変苦しい」と「やや苦しい」を合わせた割合は90年代後半から上昇し、ここ数年はやや減少傾向にあるものの、長期的にみると依然として高い水準にあるといえます。
<データ(12)>
まとめ
さて、いかがでしょうか。こうした数値をみても、本当に「経済最優先」が大事でしょうか。「経済最優先」は、前政権トップが何度も公言していました。現政権のトップも同じ路線を継続させています。計算方法を変えれば数兆円が簡単に動いてしまうようなGDPを引き上げることが、私たちの暮らしをよくしてくれるのでしょうか。私たちは「老後資金2,000万円」を貯めないといけないのでしょうか。貯められなければ、それは本当に自己責任の問題なのでしょうか。
現代に生きる私たちに、いま大きく問われているのは、「脱経済成長」だと思います。いまの「経済」のあり方を変えられるか、です。いまの「経済」は、人に厳しすぎます。命がけです。「経済>人(命)」でいいのでしょうか。私は変えたいですし、変えなければならないとも考えています。また、同時に、たいへんなことではあっても、人類にはそれができるとも考えています。
みなさんはいかがでしょうか。ぜひじっくり考えてみていただきたいと思います。次回も同じテーマながら、社会保障制度を中心に別のデータを集めてみたいと思います。
執筆者のプロフィール
八ツ井慶子(やつい・けいこ)
生活マネー相談室代表。家計コンサルタント(FP技能士1級)。宅地建物取引士。アロマテラピー検定1級合格者。城西大学経済学部非常勤講師。
埼玉県出身。法政大学経済学部経済学科卒業。個人相談を中心に、講演、執筆、取材などの活動を展開。これまで1,000世帯を超える相談実績をもち、「しあわせ家計」づくりのお手伝いをモットーに活動中。主な著書に、『レシート○×チェックでズボラなあなたのお金が貯まり出す』(プレジデント社)、『お金の不安に答える本 女子用』(日本経済新聞出版社)、『家計改善バイブル』(朝日新聞出版)などがある。テレビ「NHKスペシャル」「日曜討論」「あさイチ」「クローズアップ現代+」「新報道2001」「モーニングバード!」「ビートたけしのTVタックル」など出演多数。
▼生活マネー相談室(公式サイト)
▼しあわせ家計をつくるゾウ(Facebook)
【参考データ元】
<データ(1)>時系列データ(昭和38年から令和2年まで) ―家計の金融行動に関する世論調査・二人以上世帯調査|知るぽると<データ(2)>統計局ホームページ/労働力調査、長期時系列データ、スライド 1<データ(3)>精神障害の労災補償件数の推移・精神障害の労災補償件数の推移と主なできごと|こころの耳:働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト(自殺対策を含む)<データ(4)~(7)>「生活保護」に関する公的統計データ一覧|国立社会保障・人口問題研究所<データ(8)>国民経済計算(GDP統計)内閣府<データ(10)>民間給与実態統計調査結果|国税庁<データ(12)>国民生活基礎調査 令和元年国民生活基礎調査 所得・貯蓄 | ファイル | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口