今、郊外ロードサイドの焼肉業態で圧倒的な強さを放っているのは、物語コーポレーションの「焼肉きんぐ」である。同チェーンは、顧客がテーブルにいながら焼肉の食べ放題を楽しむことが出来るテーブルバイキングの草分けであり、この市場を切り拓いてきた。同チェーンでは、コロナ禍にありながら前期(2020年7月~2021年6月)活発に活動した。それは、ロボットの導入、メニュー改定、新規出店、店舗改装と多岐に及ぶ。これらの詳細を解説し、強さの秘訣をつまびらかにする。
コロナ禍にあって「すしと焼肉が強い」ことが示されている。とは言っても、これらの業種全般が強いのではなく、「積極的な取組みを行っているところ」が強い。このシリーズで書いたが、「スシロー」「くら寿司」や「かみむら牧場」「焼肉の和民」ともに、DXに向けた投資を果敢に行っている。
そこで今回は、これらの動向に並び称される、物語コーポレーションの「焼肉きんぐ」をはじめとした焼肉部門の動向を紹介しよう。以下、同社代表取締役社長の加藤央之(ひさゆき)氏による同社前期(2020年7月~2021年6月)の解説を元に記事をまとめた。
焼き肉きんぐの特徴
「焼肉きんぐ」の特徴は、まず「テーブルバイキング」であること。
これは「食べ放題」で、テーブルでオーダーすると、店の従業員がテーブルまで持って来てくれるというサービスだ。テーブルバイキングの「焼肉きんぐ」が登場したのは2007年のことだが、今やこのサービス形態は一般的なものとなっている。同チェーンでは、この1月より「配膳ロボット」を導入していて、この「料理を運ぶ」という部分の補助作業をロボットが行っている。
テーブルバイキングと郊外ロードサイド
次に、出店している場所が「郊外ロードサイド」にあること。
遠くからも良く目立つ同チェーンの看板は、その店の周りを「一つのレストランエリア」に仕立て上げてしまうほどのインパクトがある。加藤氏は常々「飲食店にとって基本的に大事なことは『選ばれること』」と述べているが、この店の存在感もその一環である。
前期「選ばれること」のために行なったことを順次挙げていこう。
まず、今年の3月10日にグランドメニューを変更した。「焼肉きんぐ」の食べ放題コースは、2948円(税別で2680円、以下同)、3278円(2980円)、4378円(3980円)という3つあるが、これらの中で、最も価値をつくっているのは「真ん中のコース」と想定されている。
この中でも一番の価値をつくっているのは「4大名物」というものだ。そこで今回はここのブラッシュアップを行った。
これまで、最も人気の高かったものが「きんぐカルビ」であった。これが、コロナ禍で昨年アメリカの工場がストップして供給量が足りなくなり、全国のメニューラインナップに入れることが出来ない状況になった。
そこで、昨年7月に展開エリアを4地区に分けて、それぞれの「新4大名物」をつくった。そこで顧客が最も気に入ったメニューに投票するイベント「名物統一地方選挙」を開催した。その中で「きんぐカルビ」の人気が一番高かったという。この供給体制も整ってしっかりと復活できるめどが立ち、「きんぐカルビ」をトップにした新しい「4大名物」をつくった。
積極的なロボット導入
前述した配膳ロボットは、ほぼ全店で導入されている。この狙いは「人件費削減の対策ではない」と加藤氏は断言する。
「『焼肉きんぐ』には、お客様に焼肉をおいしく食べていただくお節介の文化があって『焼肉ポリス』という担当がその役割を担います。そこで、これまで人間が行ってきた配膳の作業をロボットが担うことによって、焼肉ポリスのサービスを厚くすることができるということです。これも選ばれる要素ですね」
「顧客満足度」をより重要視
ロボットを店に入れることで、まず最も重要なことは「店長が使いこなすことが出来ること」がポイントになる。これによってロボット導入の真価が発揮される。
ロボットは、多いところだと1日200往復する。その真価が発揮されるとは、ロボットを導入したことによって「店の価値を上げる」ということだ。つまり、「選ばれる店」になるためである。
物語コーポレーションには、NPS(ネット・プロモーター・スコア)という、顧客ロイヤルティを数字で計測する仕組みが存在している。この仕組みは、収益との関連性が一般的なCS(顧客満足度)調査よりも高いといわれている。より人の心根に近づく顧客満足度調査といっていい。これは、顧客にスマホから入力してもらい、顧客が店の中で体験すること、例えば焼肉ポリスによる「おせっかい」を受けた印象なども数値化される。
NPSの上位10店舗と、下位の10店舗を比べると、売上の差が大きく表れる。NPSが上がることと売上が上がることとの相関関係が存在している。
「食べ放題に行かない層」を取り込む
さて、物語コーポレーションの焼肉部門では、今年4月に「焼肉かるびとはらみ」をオープンした(埼玉県ふじみ野市)。同店の特徴は、ランチセットが539円(税込)から、ディナー帯の焼肉一皿が429円(税込)から、と低価格であることだ。
この店の焼肉事業におけるポジショニングはどのようなものなのだろうか。加藤氏はこう語る。
「店名を『カルビとロース』としなかったのは、ロースよりもハラミの方がニーズがあるためです。また、カルビとハラミは肉のタイプが脂身と赤身の両極にあり、これにより焼肉店としての世界観が広くなり、イノベーティブなイメージを与えることができます。時代の半歩先を行くこの感覚は、郊外ロードサイドでも重要なことです」
「単品のアラカルト焼肉」という市場
ちなみに、ある調査会社によると、焼肉のマーケットは全体で7000億円が存在し、テーブルバイキングが1500億円から2000億円くらいで、普通の焼肉が5000億円くらいという。
そこで同社が判断したことは、同社がまだ「取り切れていない市場」を開拓しようということ。
それは、「食べ放題に行かない層」で、「単品のアラカルト焼肉」という市場である。「焼肉かるびとはらみ」は、客単価がランチで800円、ディナーで2000円あたり。それに対して「焼肉きんぐ」は客単価3000~4000円の市場であることから、同社ではこの一段低い市場を拡大することができると想定している。
「店がある川越街道は焼肉通りになっています。1km離れたところに『焼肉きんぐ』もあって、お互いの看板が見えるという距離感です。既存の『焼肉きんぐ』にとって、近くにアラカルト焼肉が出店したときの影響度合いを知りたかったこともありますが、この店が出店しても、何ら変わりはありません。食べ放題とアラカルト焼肉のすみわけができるという仮説をもとに取り組んでいるのですが、その前に『焼肉きんぐ』の業態力が強いということが改めて示されました」
加藤氏はこのように語り、「焼肉きんぐ」の成長余力を確信している。
出店ペースを落とさない
「焼肉きんぐ」では、前期、新規出店が例年になく多く行われた。
昨年7月13日にオープンした242号店の半田店(愛知県半田市)から、この6月30日にオープンした270号店の横浜泉店(神奈川県泉市)となっていて、新規出店は26店舗となった。前期の焼肉事業部門の新規出店は18店舗であったから、前期より8店舗多くなっている。
この背景にあるのは「出店を急いでいるのではありません。『出店ペースを落とさない』ということはうたっていて、物件が集まりやすい状況にあることから、結果的に増えているのです」と加藤氏は語る。
店舗改装で「焼肉きんぐ」の存在感をアピール
新規出店もさることながら、前期は店舗の改装に力を入れた。
「『今こそ投資だ』という判断に立ち、通常の3倍くらい、46店舗で行ないました。『焼肉きんぐ』は昨年店舗数や売上の伸び率などで大きく注目されるようになりました。また、食べ放題はどんどんスタイリッシュになってきていていることから、業種を訴求するだけではなく『焼肉きんぐ』そのものをアピールするようにしています」(加藤氏)
コロナ禍によって、外食企業の多くが、駅前立地とは異なり、自動車で移動する郊外立地に着眼するようになった。そこで「焼肉きんぐ」にとってはライバルが増えることになる。ここでの結論は、加藤氏が唱える「選ばれる店になる」ということに他ならない。物語コーポレーションの前向きな施策の一つ一つがその「強さ」を作り上げている。
執筆者のプロフィール
文◆千葉哲幸(フードサービスジャーナリスト)
柴田書店『月刊食堂』、商業界(当時)『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆・講演、書籍編集などを行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社、2017年)などがある。
▼千葉哲幸 フードサービスの動向(Yahoo!ニュース個人)