国立障害者リハビリテーションセンター研究所によると、吃音(きつおん)は2~5歳の幼児期に発症することが多い発話障害の一つで、人口における有病率は約1%前後とされている。「第一音が滑らかに話せない」ことが症状の特長だが、「多くの人に直接質問をし、それを記事にする」仕事をあえて選んだ、吃音症を持つジャーナリストの河嶌太郎さんにお話を伺った。

河嶌太郎さん(36)は、アニメやゲームなどのコンテンツビジネスをテーマに、週刊誌やウェブメディアでニュース記事を取材・執筆しているジャーナリストだ。近年は、ラジオ出演や大学の講師をする機会も増えているという。実は河嶌さんも、長年吃音症に悩まされている一人だ。河嶌さんの吃音は、第一音が出にくい「連発」という症状だ。本人は「僕は軽度の部類に入ると思います」というが、確かに長時間話を聞いていると、時折、第一音を数回発することがある。

吃音の発症

――吃音が出始めたのは、幼少期からでしたか?

河嶌 両親から聞くところによると、幼少期に吃音が出たことがあったようです。僕は本来左利きなのですが、4歳の時に箸や筆記具を右手で持つよう幼稚園の先生が矯正したところ、一時的に吃音がでたようです。しかし、自分の中では当時一度も意識したことがありませんでした。

――吃音をはっきり自認するようになったのは、いつごろですか。

河嶌 中学3年生の終わりぐらいのときです。当時は父親の仕事の都合で仙台市の中学校にいたのですが、出身は首都圏なので、高校以降は東京に戻るのだろうなとは漠然と考えていました。そして実際に父の転勤が決まり、高校から東京に戻ることが決まったらあたりから出始めるようになったと記憶しています。

画像: 中学3年生のときに吃音を自認するようになった河嶌さん。

中学3年生のときに吃音を自認するようになった河嶌さん。

吃音の鬼門

――吃音が再発してから、困ったことはありましたか?

河嶌 高校の国語の時間に朗読をさせられ、吃音が出てしまうことはありました。もちろん、クラスの友達は僕が「どもりキャラ」というのは知っていましたし、幸いなことにそれが原因でいじめられることもありませんでした。ですので、吃音が原因で暗い高校生活だったなんてことは全くありませんでした。むしろ充実した楽しい高校生活でした。

――朗読って、吃音者にとっては鬼門だと聞きますが、本当なんですね。

河嶌 朗読や音読みのように、「決まった言葉」を「自分から」言わなければならない、という状況が苦手な人は多いようです。逆に僕の場合は、相手から質問されて、それに対して受け答えするぶんには、吃音が出ることはあまりありません。また、第一音がなかなか出ないとき、その出しづらい第一音の代わりに別の言葉で言い換えるというテクニックもあります。「えんぴつ」の「え」がなかなか出ない時には、「その」を付け足したり、「ひっきぐ」に言い換えたりといった具合ですね。

――「言いづらい音」「出づらい音」というのはあるんでしょうか?

河嶌 僕の場合は、ア行やラ行がとにかく苦手な時期がありました。吃音は、年齢を重ねると共にどもりが出にくくなる傾向があるとも言われているのですが、例に漏れず自分もオッサンになるにつれて、年々改善傾向にはあります。

――吃音症の人が、「話すこと」を仕事にしている例は意外と多いですよね。

河嶌 フリーアナウンサーの小倉智昭さんが実は吃音だったというのを知った時は驚きましたね。僕は最終的に文字で情報発信することが大半なので、吃音であることを読者は知らないわけですが、喋る仕事を長年リアルタイムでどもらずにされているのは、本当にすごいことだと思いますね。

画像: ア行やラ行がとにかく苦手な時期があった。

ア行やラ行がとにかく苦手な時期があった。

吃音でいちばん困ること

――吃音で日常的に困る(困っていた)ことは何ですか?

河嶌 苦手だったのは、電話での問い合わせですね。今も得意とは言えないのですが、電話は相手が見えないので、その分、吃音が出やすくなります。電話を苦手とする吃音症の方は多いみたいですね。ただ、幸いにして今ではあらゆるコミュニケーションがメールやメッセンジャーなど文字中心になったので、いい時代に生まれたと感じます。

――河嶌さんは、大学時代のとき吃音はどの程度だったのですか?

河嶌 吃音は高校時代よりはマシになったものの、大学時代もありました。ただ、同じサークルの友人は僕の吃音を理解してくれていましたので、高校時代と同様、そのことで何か嫌な思いをしたことはありません。彼女もいた時期もありましたが、吃音が原因で別れたわけではありません(笑)。そう考えると、自分は周りに恵まれていたのだと思います。

――吃音について、病院などの医療機関には行ったことはあるのですか?

河嶌 それまでは吃音の診断や治療目的で病院に行ったことはなかったのですが、大学院に進もうかと進路に悩んでいた時は「難発」(第一音が出ない)という、これまでなかった症状にも悩まされることがありました。そこで知り合いの精神科医に診てもらい、「ジェイゾロフト」という抗うつ薬を処方されていました。これを飲むと吃音が全く出なくなるというわけではないのですが、飲み始めてから改善するようにはなったので、当時は飲んでいました。

吃音と仕事

――現在は、どのようなお仕事をされているのでしょうか。

河嶌 現在はフリーのライターとして、主にアニメや漫画、ゲームなどのエンタメ分野で今何が起こっているのかを解説するような記事を多媒体で書かせてもらっています。仕事柄、僕がインタビューをすることが多いのですが、吃音が万一出てしまっても、広い心で対応してくれる人ばかりです。吃音のせいで良い取材ができなかった、ということはないですね。

――近年ではラジオに出たり、大学などで講師をしたりすることもあるようですね。

河嶌 はい。レギュラーの仕事ではないのですが、講演の話があっても断らないようにはしています。自分の場合、相手がいるフォーマルな場では幸いにしてどもることがほとんどないので、人前で喋る仕事もなんとかやらせていただいております。

吃音は個性

――河嶌さんの話を聞いていると、「周りに恵まれている」という言葉が何度も出ますね。

河嶌 大学院時代の研修で中国を訪れた際、現地の中国人に「あなたは吃音なのによく周りからバカにされないな」「吃音なのに大学院で研究・発表までしていてすごい」と、言われたことがありました。聞くと、中国では吃音者はバカにされ、社会で認められることはありえない、という主旨のことをその人は言っていました。少なくとも自分は、吃音のせいで社会的不利に追いやられていると思ったことはありませんので、それを考えると、「周りに恵まれている」のは本当にそうだと実感しています。

画像: 「あなたは吃音なのによく周りからバカにされないな」と言われたことも。

「あなたは吃音なのによく周りからバカにされないな」と言われたことも。

河嶌 1年ほど前に著名なアニメプロデューサーにお会いしたとき、「初対面の人に吃音であることを自分から言ったほうがいいのでは」とアドバイスをいただきました。その方が言うには、吃音も「食べられないもの」などと同じ、その人の「個性」なので、自分から言っておいても失礼にならないとのことでした。そういう考え方をそれまでしたことがなかったので、目から鱗でしたね。吃音も自分の個性として、これからも向き合っていきたいと思っています。

◆河嶌太郎(ジャーナリスト)
1984年生まれ。千葉県市川市出身。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。「聖地巡礼」と呼ばれる、アニメなどメディアコンテンツを用いた地域振興事例の研究に携わる。近年は「withnews」「AERA dot.」「週刊朝日」「ITmediaビジネスオンライン」「乗りものニュース」「特選街web」などウェブ・雑誌で執筆。共著に「コンテンツツーリズム研究」(福村出版)など。コンテンツビジネスから地域振興、アニメ・ゲームなどのポップカルチャー、家電、ガジェット、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。

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