腸には「全身の免疫をつかさどる」という大事な役割があります。体中の免疫細胞のおよそ7割が、腸に集結して守りをかためています。これらの免疫細胞たちを助けているのが腸内細菌です。つまり、腸内に細菌がたくさんいるほうがより免疫力が高くなり、病気になりにくくなるというわけです。書籍『子どもの幸せは腸が7割』(西東社)の中から、腸内細菌と免疫力の関係をご紹介しましょう。
イラスト/大日野カルコ
菌は私たちを助けてくれる存在
菌、と聞くと私たち現代人は、「悪いもの、排除すべきもの」ととっさに思ってしまいます。ドラッグストアに一歩足をふみいれると、「抗菌」「除菌」「殺菌」、そんな文字があちこちに躍っています。
たしかに、人間に害をあたえる菌はこの世界にたくさんいて、人間の歴史は目に見えない菌やウィルスとの戦いの連続といっても過言ではありません。ワクチンや抗生物質の発見によって、また上下水道の整備や手洗い・入浴などの衛生習慣の定着によって、現代では感染症の脅威がずいぶん薄れましたが、それでも今まさに世界を覆いつくしている新型コロナウィルス感染症のように、いつなんどき新しい感染症に脅かされるかわかりません。
なので、私たちが菌を恐れ、排除し、清潔を保とうとするのはごくごく当然のことです。
人間の体は細胞とさまざまな菌たちの「集合体」
しかしいっぽうで、人間を助けてくれる菌もたくさん存在しています。食品や医薬品、化粧品などに使われている有用菌もいますし(納豆菌、乳酸菌、ビフィズス菌などが有名ですね)、海や川や土壌などの環境保全にもさまざまな微生物が関わっています。そして何より、私たちは大昔から菌を体内にすまわせ、共生しています。
人間ひとりを構成する細胞の数は、およそ37兆個です。とほうもない数ですが、それに対して人間の体で暮らす菌の数はというと、腸の中に暮らしている菌だけで200種類以上、およそ100兆個以上いるといわれています。人間を構成する細胞よりも、菌のほうがずっと多いのです。総重量は2kg近く。私たちが体重計に乗って認識する自分の体重の、その一部は菌の総体重なわけです。そして菌は、腸だけでなく、皮膚や口内や強酸性の胃の中など、私たちの体のあらゆる場所に暮らしています。
つまり……思い切った言い方をすると、人間とは、人間の細胞だけでできた一個の生命体ではなく、細胞とさまざまな菌たちの「集合体」なのです。
腸内フローラとは
地球が誕生したのは46億年前、地球に生命が誕生したのは36億年前といわれています。このとき出現した地球最初の生命こそ、単細胞の微生物、つまり菌です。その後、約10億年前に多細胞生物が登場するまでの長いあいだ、地球は菌たちの天下でした。
ようやく約10億年前に多細胞生物が登場すると、この多細胞化によって地球の生命は爆発的に種類を増やし、さまざまに進化していきました。そんななかで原始の生物である菌たちがどうしていたかというと、多細胞生物におされて滅びるでもなく、それぞれに居場所を見つけ、一部は自分より大きな生き物たちの体内をすみかとして生きていくようになりました。これが、菌たちと動植物たちとの共生のはじまりです。
いっぽうで大きな生き物たちは、すみかを菌に提供するのと引き換えに、菌たちの能力を利用して生きていくようになりました。
たとえば牛です。牛には4つの胃があるという話は有名ですね。牛が主に食料としているのはイネ科の植物ですが、イネ科の植物は動物から食べられるのを防ぐために、土の中のケイ素という成分を吸収し、葉を硬く食べにくくすることに成功した植物です。ところがそんなイネ科の戦略を、牛は「反芻」と4つの胃袋で攻略してしまいました。
反芻とは、口で咀嚼した食物を胃に送り込んで消化したあと、ふたたび口に戻して咀嚼することです。4つの胃袋のうち一番大きく重要なのが「第一胃」なのですが、牛はこの第一胃にたくさんの菌たちをすまわせており、菌たちによる食物繊維の化学的分解と、口内の咀嚼による物理的な粉砕との合わせ技で、イネ科の硬い葉っぱを自分たちに役立つ栄養に変えてから吸収しています。なので、体内の菌たちの存在なくしては、牛は消化吸収ができず生きていけません。牛と菌は完全な相互依存、共生状態なわけです。
コアラも同様です。葉が硬いうえに毒があり、ほかの生き物は食べないユーカリを食料としたことで、コアラは生きていく道を見つけました。コアラの体内でユーカリを無毒化しているのが、強靭な肝臓と、盲腸にすむ菌たちです。哺乳類最長の2メートルにも及ぶ盲腸にすむ菌たちは、ユーカリの葉を発酵させてやわらかくするのと同時に毒を分解しています。この菌たちなくしては、コアラは生きていけません。
本稿は『子どもの幸せは腸が7割 3才までで決まる!最強の腸内環境のつくりかた』(西東社)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
腸内にある広大な”お花畑”腸内フローラ
人間と腸内細菌との関係も、同じです。私たちが食べたものは、口から肛門までつながっている一本の管「消化管」をとおって排泄されます。この消化管の長さは成人で約9メートル(個人差あり)。そのうち95%を占めているのが、十二指腸、小腸、大腸をあわせた「腸」です。広げるとテニスコート1面分になるといわれています。
このテニスコート1面分の広大な腸に、200種類以上、100兆個以上の腸内細菌が生息しています。さまざまな種類の腸内細菌がそれぞれにコロニーをつくって群れている様子が、まるでお花畑のように色鮮やかできれいなことから、この腸内細菌たちの集団は「腸内フローラ」とか、「腸内細菌叢(叢=くさむら)」などと呼ばれています。実際のところ、お花畑どころではない多種多様な菌たちがすみついていて、実態としてはフローラというより熱帯のジャングルに近いかもしれません。
ここで腸内細菌たちは、人間が口に入れた食物のうち、食物繊維などを自分たちのエネルギー源にして生きています。そしてその分解の過程で、腸の蠕動運動や腸管の粘液の分泌を促す物質をつくったり、人間にはつくれない必須ビタミンの合成を行ったりして、人間の消化吸収と排泄の一翼を担っています。
私たちは、牛やコアラと同じように、自分ではできない作業を腸内細菌たちにアウトソーシングしている状況なわけです。
腸内細菌には、病原菌やウィルスを撃退するはたらきがある
さらに最近では、腸と免疫の関係がわかってきました。じつは腸には「全身の免疫をつかさどる」という重要な役割があります。そして腸がその役割を果たすうえでも、腸内細菌たちが協力者として大活躍していたのです。
腸などの消化管は、私たちの感覚では「体内」の器官ですが、実際のところ外界と直接的につながっているという意味において、皮膚と同じく「体の外側」にあたります。真の「体の内側」は内臓や骨や筋肉などで、消化管はそれらを外界から守る城壁なのです。そのため、外界から入ってくる敵(病原菌やウィルスなど)を迎え撃つための防衛部隊が、腸には存在しています。それが「免疫細胞」です。体中の免疫細胞のおよそ7割が、腸に集結して守りをかためています。
腸に敵たちが侵入してくると、腸管壁にある「パイエル板」と呼ばれる免疫組織がその一部を取り込み、内部にいる免疫細胞たちが敵の情報をよみとって抗体をつくります。そしてその抗体を使って、免疫細胞たちが敵の体内侵入を防ぐはたらきをします。これらの免疫細胞たちを助けているのが、何をかくそう腸内細菌です。
腸内細菌たちは、腸管の粘液の分泌を促すとともに自ら腸壁を厚く覆って、侵入者が入り込むのをブロック。さらに、侵入者を免疫細胞たちが攻撃するという連係プレーで、体が病気にならないように守っています。つまり、腸内に細菌がたくさんいるほうがより免疫力が高くなり、病気になりにくくなるというわけです。逆に腸内細菌が少ないと、守りが弱く、風邪などの病気にかかりやすくなってしまいます。
免疫細胞の暴走も抑えてくれる
加えて腸内細菌には、免疫細胞の暴走をふせぐ役割もあることがわかってきました。近年、免疫細胞たちの攻撃が過剰になるのを抑える役割をもつ、特別な免疫細胞が発見されました。免疫細胞のなかには、攻撃役とブレーキ役の両方がいて、両者がともにはたらくことで正常な防衛活動を行っていたのです。この、ブレーキ役の免疫細胞を「Tレグ」といいます。ブレーキ役がいないと、免疫細胞は暴走して攻撃しなくてよい相手まで攻撃してしまい、その結果アレルギーや「自己免疫疾患」と呼ばれるさまざまな症状を引き起こします。
そんな重要なブレーキ役であるTレグが、なんと、腸内細菌によってつくり出されていることがわかったのです。一部の腸内細菌は、私たちの腸内で食物繊維を食べ、代謝産物として酪酸という物質をつくります。この酪酸が腸壁を通りぬけて、内部の免疫細胞が受け取ると、酪酸がTレグに変化するというのです。
著者のプロフィール
藤田紘一郎(ふじた・こういちろう)
1939年、旧満州生まれ、東京医科歯科大学卒業、東京大学医学系大学院修了、医学博士。テキサス大学留学後、金沢医科大学教授、長崎大学医学部教授、東京医科歯科大学教授を経て、現在、東京医科歯科大学名誉教授。専門は、寄生虫学、熱帯医学、感染免疫学。1983年寄生虫体内のアレルゲン発見で、小泉賞を受賞。2000年、ヒトATLウイルス伝染経路などの研究で日本文化振興会・社会文化功労章、国際文化栄誉賞を受賞。主な著書に、『50歳からは炭水化物をやめなさい』(大和書房)、『脳はバカ、腸は賢い』(三笠書房知的生きかた文庫)、『腸をダメにする習慣、鍛える習慣』(ワニブックスplus新書)など多数。2021年5月死去(81歳)。従四位、瑞宝中綬章を授与。
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なお、本稿は書籍『子どもの幸せは腸が7割 3才までで決まる!最強の腸内環境のつくりかた』(西東社)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。「病気になるのも元気になるのも、じつは腸がすべてを決めている」という仮説のもと、さまざまな事例を挙げ、その真相に迫った良書です。腸内細菌は、生後3年までに、どんな菌が腸にすみつくのかで決まります。では3才までにどうすれば多種多様な腸内細菌を取り込むことができるか。詳しくは下記のリンクからご覧ください。