私たちの足腰や体幹の筋肉は、加齢や不活発な生活を続けることによって、どんどん弱ってしまいます。30歳から80歳までの間に、普通に生活しているだけで、太もものサイズと筋力は、およそ半分に減ってしまいます。これらの弱りやすい筋肉はすべて、「立つ」「歩く」「座る」といった、ふだんの生活での基本的な動きを支えているものです。スクワットを行うことで、基本の動きのトレーニングができると同時に下半身だけでなく、全身の多くの筋肉が関わり複合的に動きます。スクワットが「キング・オブ・エクササイズ」と呼ばれる理由について、書籍『いのちのスクワット』著者で東京大学名誉教授の石井直方さんに解説していただきました。

解説者のプロフィール

画像: 解説者のプロフィール

石井直方(いしい・なおかた)

1955年、東京都出身。東京大学理学部生物学科卒業、同大学院博士課程修了。理学博士。東京大学教授、同スポーツ先端科学研究拠点長を歴任し現在、東京大学名誉教授。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。筋肉研究の第一人者。学生時代からボディビルダー、パワーリフティングの選手としても活躍し、日本ボディビル選手権大会優勝・世界選手権大会第3位など輝かしい実績を誇る。少ない運動量で大きな効果を得る「スロトレ」の開発者。エクササイズと筋肉の関係から老化や健康についての明確な解説には定評があり、現在の筋トレブームの火付け役的な存在。
▼石井直方(Wikipedia)
▼専門分野と研究論文(CiNii)

本稿は『いのちのスクワット』(マキノ出版)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。

スクワットは人間の動作の中で基本中の基本の動き

私たちの足腰や体幹の筋肉は、加齢や不活発な生活を続けることによって、どんどん弱ってしまいます。30歳から80歳までの間に、普通に生活しているだけで、太もものサイズと筋力は、およそ半分に減るのです。

しかも、これらの弱りやすい筋肉はすべて、「立つ」「歩く」「座る」といった、ふだんの生活での基本的な動きを支えているものです。これらの筋肉が弱ってしまったら、日常の基本動作さえ、おぼつかなくなります。

私がスクワットをみなさんにお勧めする理由が、まさにここにあります。スクワットは、しゃがみ込んで、そこから立ち上がる動作を繰り返します。非常に単純な運動ですが、この動きは、人間の動作の中でも基本中の基本の動きです。

ハイハイしていた赤ちゃんは、まず立ち上がろうとします。歩き出すのは、立つことが前提の運動です。赤ちゃんが立てるようになるというのは、極めて大事な瞬間なのです。
高齢になり、足腰が弱ってきてからも、立ち上がるという動きが重要であることは、改めていうまでもありません。

スクワットを行うことで、立ち上がるという基本の動きのトレーニングができることになります。
しかも、スクワットを行うと、同時にいろいろな筋肉が使われる点も重要です。

画像1: イラスト/細川夏子
イラスト/細川夏子

本稿は『いのちのスクワット』(マキノ出版)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。

全身運動のスクワットは「エクササイズの王様」

スクワットをするとき、主として働く筋肉(主働筋)は、太ももの前側の大腿四頭筋です。この主働筋以外に、同時に多くの筋肉(協働筋)が使われます。
例えば、股関節を伸ばすために、股関節の伸筋(関節を伸ばす筋肉)である大殿筋ハムストリングスを使います。

さらに、体幹を安定させておくのに、脊柱起立筋も使います。負荷が強くなると、腹腔を締める必要がありますから、複数の腹筋群や、おなかの奥にある深層筋(大腰筋)も使う必要があります。

さらに、足の関節を伸ばすためにふくらはぎの筋肉(腓腹筋)、首を固定するために僧帽筋も働きます。

全身の筋肉の約60%は下半身にありますが、スクワットでは、このように下半身だけでなく、全身の多くの筋肉が関わり、複合的に動きます。

言い換えれば、スクワットは、多くの筋肉群を総合的に強化できるきわめて全身運動に近い運動です。
スクワットが「キング・オブ・エクササイズ」と呼ばれる理由はここにあります。

そのうえ、スクワットは種類が豊富です。運動不足を実感している中高年や、足腰が弱りつつある高齢者が、いざ筋トレを始めようとしたときにも、現在の自分の筋力に合わせたやり方でスタートできます。
筋力がある程度ついてきて、トレーニングの強度を上げたい場合も、フォームやスクワットの種類を変えるなどによって、それが可能です。

こうした点から、筋トレ初心者のかたにまず一番に勧めたいものであり、同時に上級者の要望にも対応できるものが、スクワットといえるでしょう。

スクワットで鍛えられる筋肉

画像2: イラスト/細川夏子
イラスト/細川夏子

従来の筋トレの常識は「高強度こそ、筋肉を強化できる」

スロトレの誕生

まずスロトレが誕生したエピソードについてお話ししておきましょう。
私がスロトレを開発した根底にあったのは、高齢化が著しい日本の社会の未来に対する懸念でした。

1990年から1995年にかけてのことです。すでに当時から、2030年頃には3人に1人が65歳以上という、とんでもない超高齢社会(超・超高齢社会)になることが予想されていました。
そのまま放置しておいてはいけないのですが、バブル景気の余韻もあって、まだそれほど社会全体として深刻に捉えられてはいなかったと思います。

しかし、超高齢社会になれば社会保障費の増加が深刻な問題となります。その対策を早いうちから真剣に検討していかなければならない。根本的課題は、寝たきりや、要介護を防ぐための高齢者の健康づくりです。
私は、高齢になっても筋肉を維持するために、新しい発想の運動法が必要ではないかと考え、模索していました。

90年代、主に米国の学会で、筋肉を鍛えることの再評価が始まりました。それ以前の米国では、「健康のためには、エアロビクスやランニングをするのがベスト」という考えが主流でした。筋トレは趣味で行うのはよいが、健康にはプラスにならないとも考えられていました。しかし、この時期に大きな方向転換が起こったのです。少なくとも米国では、この頃を契機として、「健康のためにも筋トレをしましょう」という流れが一気に生じました。

80年から90年にかけてアーノルド・シュワルツェネッガーやシルベスター・スタローンのような俳優が活躍していたことも、社会的な影響としてあったかもしれません。ただ、日本でそのような流れになるまでには、さらに10年ほどかかりました。

一方、80年代初頭までの研究では、高齢者の場合、筋トレをしても筋力は増えるものの、筋肉が太くなることはないとされていました。筋トレの効果は、もっぱら神経機能の向上によるものと考えられていたのです。

しかし、その説は間違っていたことがわかりました。90年代に入ると、高齢者でも、適切なトレーニングによって筋肉が太くなったという研究が続々と発表され、筋肉の増大に年齢的な限界はないということが明らかになりました。

デンマークの研究グループによる報告

高齢者の筋トレ研究の中で興味深いのは、デンマークの研究グループによる2007年の報告でしょう。85〜98歳の高齢者(平均年齢89歳)を対象として、3カ月間の筋トレの効果を調べたものです。
高齢者30名をそれぞれ15名ずつ、トレーニング群と対照群に分けました。このうち、最後までトレーニングを完結した人数は11名。その年齢の範囲は85〜97歳。

彼らが行ったのは、ひざの伸展・屈曲の筋トレです。80%1RMの高強度で、ひざの伸展・屈曲をそれぞれ8回×3セット。これを週に3回行いました。

1RMのRMとは、「レペティション・マキシマム(repetitionmaximum)」の略で、頭文字からRMと呼ばれます。RMは、ある重さを何回反復して持ち上げられるかという数値です。

このRMを用い、1回挙げるのがやっとという限界の負荷強度(最大挙上重量)を「1RM」と表記します。「80%1RM」と表記すると、最大挙上重量の80%の重さということになります。

デンマークの研究では、トレーニングの結果、ひざの伸展筋力が平均38%増加し、大腿四頭筋の筋横断面積が平均9.8%も増加したと報告されています。

平均年齢89歳のグループでこれだけの効果が上がったということは、高齢者の筋トレの効果を考えるうえで貴重なエビデンスとなっています。

米国では、重たい重量のバーベルを持ち上げるハードなトレーニングを高齢者にやらせても問題は少ない、という考え方が支配的でした。指導者が正しいフォームなどを教え、適切に監督すれば、ケガをしないし、安全だというのです。

しかし、正しいやり方で行っても、確かに外科的障害・外傷は防げるでしょうが、体の内部で起こる変化は目に見えず、十分に防ぎきれません。

高強度トレーニングの問題

高強度の筋トレを行えば、一時的なものであれ、血圧が急上昇することがわかっています。種目にもよりますが、若くて健康な人が最大強度の8割くらいの負荷(80%1RM)で8回行うトレーニングをすると、最大血圧(収縮期血圧)が250㎜Hgくらいまで上がってしまいます。

高強度のトレーニングでは、体幹を安定させるためにおなかに力を入れて息を止めるので、腹圧が上昇します。すると、それに応じて血圧も急上昇するのです。運動後に血圧は下がりますが、一時的とはいえ、そのレベルまで血圧が上昇することは、さまざまな疾患をもつ高齢者にとっては問題となります。
高強度のトレーニングでは、当然関節にも大きな力がかかります。高齢者の場合、ひざや股関節に慢性障害をもつかたが少なくありませんから、それもまた問題です。

しかし、かといって強度の低いトレーニングでは、筋肉は鍛えられない。

当時は、筋肉を太くしたり筋力を高めたりするためには、高い負荷強度が必須であると考えられていたのです。

画像: 高強度トレーニングの問題

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なお、本稿は書籍『いのちのスクワット』(マキノ出版)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。筋トレは、いくつになっても始めることが可能で、いくつになっても効果をもたらします。90代のかたも決して例外ではありません。著者の石井直方先生が、がんの治療中に行っていたスクワットも、スロースクワットだったと言います。「入院中のスクワットは、まさしく私のいのちを支え続けたといっても言い過ぎにはならないと思います」(石井直方さん)。本書は「スロースクワット」の効果と方法について、石井直方さんご自身の体験もふまえながら、一般の方向けにやさしく解説した良書です。詳しくは下記のリンクからご覧ください。

画像: スクワットが効果的な理由 “キングオブエクササイズ”と言われるのはなぜ?|スロトレの誕生秘話
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※⑥「【強度の高い】スロースクワットのやり方 10回できればアスリート級? 足腰を鍛えて体幹をコントロール」の記事もご覧ください。

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