〈太陽の蜃気楼〉だるま太陽を千葉県九十九里浜で見るツアーに参加!専門家のガイド付きで神秘世界を堪能

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「蜃気楼(しんきろう)」と聞いて、皆さんはどんな情景を思い起こしますか?「砂漠で遠くに見えるオアシス」や「水上に浮かぶ ‟実際は存在しない摩天楼” 」などでしょうか。実は、日本国内でも蜃気楼を見ることができます。なんと、私の住む千葉県でも蜃気楼が発生すると情報をキャッチ。千葉県立中央博物館が主催する「蜃気楼観察会」に参加すべく、九十九里浜に向かいました。

日の出前の九十九里浜

最高のコンディションで観察会スタート

今回の「蜃気楼観察会」を企画・開催してくれたのは、千葉県立中央博物館の学芸員・大木淳一さん。大木さんは、博物館での展示企画のほか、子供向けの科学本を執筆や観察会の開催、出張授業など、常に大忙しの研究者です。大木さんは毎朝、自宅近くの九十九里浜で日の出や蜃気楼の観察をしています。九十九里での活動は、以下のサイトをご覧ください。ご自身が詳しく説明されています。

さて、今回は「千葉県の九十九里浜で蜃気楼を見る」という催し。実を言うと、私は長年千葉県に住んでいますが、県内で蜃気楼が見られることを知りませんでした。専門家のガイド付きで観察できる、しかも太平洋に昇る太陽を見ることもできる、ということで、早朝の観察会に参加することにしました。

観察会は、2022年1月15日の日の出前から始まりました。集合は朝の6時。前泊した宿から海岸に向かう道は、真っ暗です。集合場所の九十九里ビーチタワーに着くと、水平線が朱色に染まり、大木さんがすでに望遠鏡で蜃気楼の状況を確認していました。

ビーチタワーから南方を観察する大木さん。

10数名の参加者が集まったところで、大木さんの解説が始まります。「今日はいいですよ。よく見られる蜃気楼のほかに、激レアな蜃気楼も見られるかもしれません。太陽も水平線から出そうなので、『だるま太陽』も見られるかも」とのこと。

「だるま太陽」というのは、だるま朝日とも言われて、本来は丸い太陽が、日の出の際に一部が下に反転して、だるま型に見える現象で、蜃気楼の一種です。「僕は雨の日以外は毎日、ここで日の出を撮影していますが、だるま太陽は一年に10回見られるかどうか。今日は見られそうですよー」と言われ、みんなソワソワ。でも、日の出(この日は6時47分)までには、まだ時間があります。

西の空に「地球の影」が見えた!

「これから太陽が昇ってきますが、ちょっと反対側、西の空を見てください」と大木さん。海の反対側を見ると、空が3色に分かれて、幻想的な世界が広がっていました。

空が美しく色分けされていました。

「下の方が暗くなってますよね。あれは地球影(ちきゅうえい)といって、地球の影が映ってるんですよ」

影が映る?どこに映るんですか?影って、地面とかスクリーンに映るものですよね?

そう質問すると大木さんは、「大気です。というか、大気中の水滴や塵ですね」と優しく教えてくれました。ああ、そうでした、大気中は真空じゃないですもんね。大気中の粒子に影が映るんですね。小学生並み(以下?)の質問にも、優しく答えてもらえて感涙。

もしかしたら私は、以前にもどこかで地球影を見たかもしれません。でも、おそらく「きれいだなあ」としか思わなかったでしょう。今回、この空の色が「地球の影」だと知って、ちょっと大げさかもしれませんが、「知識は人生を豊かにする!」と実感しました。いつかまた、このような3色の空を見たときには、「きれい」という感想だけでなく、「ああ、地球の影だ」とも思うわけですから。

蜃気楼って何?

空気の温度が急に変化するときに現れる

今回の観察会では、大木さんからプリントの資料が配られました。それによると蜃気楼とは、「空気の温度が急に変化する層を、光が通過すると曲がるため、いつもと違った形に見える光学現象のこと」とあります。簡単に一文でまとめられていますが、なかなか難しい(私だけ?)。

そもそも、「物が見える」とはどういうことでしょうか。太陽や室内灯など光を発するものがあると、その光が物にぶつかって反射され、私たちの目に届きます。物を見るというのは、その「物が反射する光を見る」ことです。ですから、光のないところでは物が見えません。

冷たい空気と暖かい空気が接する「境界層」を光が通過すると、本来ならまっすぐ反射するべきところを曲がってしまうため、私たちの目には「実物とは違った形で届く」ということのようです。

九十九里でよく見られる「下位蜃気楼」とは

一番身近な蜃気楼は、道路のアスファルト上に水たまりがあるように見える「逃げ水」。夏の暑い日によく見られます。近づいても水たまりは離れていき、水が逃げていくように見えるのでこのように名づけられました。「下位蜃気楼」の一種で、実物の下に逆さになったもう1つのもの(この場合は空など)が見えます。もちろん本物ではなく、目の錯覚です。

空が道路に映って水たまりのように見える「逃げ水」。

(写真AC)

下位蜃気楼は、遠くの景色が下方に反転して見える現象で、比較的よく見られます。「浮島現象」とも呼ばれます。下に暖かい空気があり、上に冷たい空気があるときに起こります。九十九里の冬の早朝は、海面近くの空気が温かく、その上の空気が冷たくなっています。その境界層で光が屈折し、岬や漁船が下方に反転して浮いて見えたりするのです。

遠くの岬や半島が浮いているように見える。

(大木さん作成の資料より)

激レアといわれる「上位蜃気楼」とは?

一方、「上位蜃気楼」は、下に冷たい空気の層があり、上に暖かい空気の層があるときに起こる現象です。遠くの景色が上方に反転したり、伸びたりして見えます。冬の九十九里ではめったに見られない「激レア」蜃気楼だそうです。

ところが(日ごろの行いが良いせいか)、私が参加した蜃気楼観察会の日になんと、上位蜃気楼が発生したのです!日の出前の短時間、南方に位置する長生村方面の林の上に、ふだん見えない建物の灯りが並んで見えました。

私のスマホではよくわからなかったので、大木さんのカメラのモニターでご覧ください。赤い矢印は私が入れました。大木さんの説明によると、「林の奥にある(普段は見えない)建物が、ちょっとだけ伸びて顔を出している」とのこと。え?見えるはずのない物が見えているということ?これぞ、まさに蜃気楼……。

激レア蜃気楼が見られるなんて!

上位蜃気楼は、暖かい空気と冷たい空気の入りこみ方によって、上方に反転して見えたり、上方に伸びたり、はたまた縮んだりと、いろいろな見え方をするようです。

マンションのフロアが伸びたり縮んだりしている。

(大木さん作成の資料より)

珍しい日の出「だるま太陽」も見られた!

日の出時刻は6時47分。6時30分ごろにビーチタワーから降りて、海岸で日の出を待ちます。

水平線は朱色に染まっていますが、どこから太陽が昇るのか、まだわかりません。

空はもちろんきれいなのですが、静かに波打つ海が見たことのない色で、本当に美しい。言葉が出ません。

少し経つと、水平線の一部がチカチカと白い光を発してきました。

水平線の雲が太陽の光でチカチカしてます。

大木さんから「太陽は絶対に双眼鏡で見ないでくださいね。目を傷めますからね」と注意されました。「肉眼でも相当まぶしいです」とも。

そうこうしているうちに、太陽が姿を現しました。ものすごくまぶしい!真夏の日差しのまぶしさとは全く違う、経験したことのない光。「光線」を浴びているようで、思わず「うわーっ」と声が上がりました。

すっごくまぶしい!

「だるま太陽が見られそうですね」と大木さん。太陽はどんどん昇っていきます。どうでしょうか。

太陽が円形ではなく、下が少し伸びているのがわかりますか?

だるま太陽、見えました!

ただ、私のスマホで撮った写真では、あまり「だるま」がわからないので、大木さんの写真を拝借しました。実際には、こんなふうに見えました。

まさに「だるま太陽」でした。

(大木さん撮影)

当たり前なのですが、太陽の形は刻一刻と変化していき、だるま太陽が見られたのはほんの1分程度。たちまち真ん丸の太陽になりました。

あっという間でした。

身近な自然に驚きや感動がいっぱい

「四角い日の出」が見られることも

「だるま太陽、登場と退場」のドラマを堪能したあとは、大木さんによる蜃気楼講座です。気象状況によって、日の出の形にもいろいろなバリエーションがあるようです。だるま太陽だけでなく、四角かったり、下半分が小さかったり。また、ごくごくまれに、太陽が出た瞬間に緑色に光る「グリーンフラッシュ」という現象もあると聞くと、「見てみたい!」という気持ちが湧いてきます。

見事なだるま太陽!

四角い日の出?

尻すぼみの太陽……。

104年ぶりの大発見!

もともと地質学を専門とする大木さんが、なぜ蜃気楼観測を始めたのでしょうか。きっかけは、2011年の東日本大震災だといいます。地震が起こる直前、たまたま九十九里浜の写真を撮っていました。この一枚が、津波襲来前の海岸の姿を伝える貴重な資料となったことから、「身近な景観を記録し続けることが地域の役に立てば」と、毎朝の撮影を始めたそうです。

そして2015年の夏のある日、大木さんは海を見ていて違和感を覚えます。いつも見ている建物や岬の形が伸び上がったり変形したり、沖を走行する船が上方向に反転したりしている!蜃気楼だ!しかもレアな上位蜃気楼だ!

九十九里での上位蜃気楼は、物理学者で夏目漱石の弟子でもある随筆家・寺田寅彦が、1911年6月21日に船上から見たスケッチを残しているのが最後の記録。大木さんが観察した上位蜃気楼は、なんと104年ぶりの大発見でした。

蜃気楼というと富山湾(魚津市)が有名ですが、九十九里浜は、夏でも冬でも蜃気楼が現れる全国でも珍しい場所だそうです。大木さんは、発生条件の解明や地元への情報提供を通して、「蜃気楼を、より多くの人に見てもらえるようにしたい」と話していました。

まとめ

「ミラージョ」になっちゃうかも

日が昇りきってからも、しばしうっとり。

今回の蜃気楼観察会は、同年代の女性3人で参加しました。3人ともバリバリの文系で物理が苦手。「光の屈折って何だっけ?」というレベルです。でも、日の出とともに秒単位で変わっていく空と海の色、太陽の光と暖かさ、自然が生み出す神秘に、感動を超えて神妙な気持ちになりました。蜃気楼(ミラージュ)好きの女性を「ミラージョ」というらしいのですが、私もちょっと蜃気楼沼にハマってしまいそうです。

また、学芸員である大木さんの説明は本当にわかりやすく、(私のスットコドッコイな)質問にも丁寧に答えてくれました。まさにプロの仕事でした。短時間のイベントでしたが、「知ることの楽しさ」を久しぶりに味わい、「大きな自然の中の小さな自分」を思い知り、「知識を得ると、見える世界の解像度が上がる」と実感。博物館が主催するイベントは今までノーチェックでしたが、これからは積極的に探して参加しようと思いました。

今回参加した観察会は、私の地元・千葉県立中央博物館の主催でしたが、皆さんも近隣の博物館に足を運んでみてはいかがでしょうか。きっと「地域のことを知ってほしい」「おもしろいことを伝えたい」という学芸員の方々が待っていると思いますよ。

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