【地元密着】上野仲町通り「ブルワリー併設の羊肉料理店」が人気に コロナ禍で和食バルから業態変換

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2021年12月17日、東京・上野の「上野仲町通り」に「シノバズブルワリーひつじあいす」という飲食店がオープンした。クラフトビールの醸造施設(ブルワリー、ブリュワリー)を併設した羊肉料理の店である。経営するのは、このエリアにドミナント展開している長岡商事で、同店がオープンする前は「和食バル さしすせそ」という店を営んでいた。いわば、同社の本店的な店舗をコロナ禍にあって大胆に業態転換したということだ。その狙いは「持続可能な飲食業」ということであった。

コロナ禍で本店の業態転換

昨年12月17日、東京・上野の飲食店街「上野仲町通り」に「シノバズブルワリーひつじあいす」という飲食店がオープンした。クラフトビールの醸造施設(ブルワリー)を併設した羊肉料理の店である。同店がオープンする前は「和食バル さしすせそ」という店で、客単価3700円の和食の居酒屋が営業していた。

建物は4階建て。1982年にできたビルで、1階から3階が飲食店、4階には同店を経営する長岡商事(代表/前川弘美)のオフィスが入居している。同社は、このエリアに飲食店をドミナント展開していて、ここの飲食店は本店的な役割を担っている。つまり、コロナ禍の中で本店の大掛かりな業態転換を行ったということだ。

同社の創業は、昭和38年(1963年)。このエリアに「上野仲町通り 純喫茶プリンス」を開業したことに始まる。まさに飲食業のトレンドを時代と共に歩んできた同社が、今なぜ「ブルワリー」と「羊肉料理」を手掛けるのだろうか。

店舗の間口が広く、ガラス張りになった醸造施設が「わが街のビール屋さん」というイメージを醸し出している(筆者撮影)

実際に店舗の醸造施設が稼働するのは4月からで、現在はクラフトビールメーカーに「シノバズブルワリーひつじあいす」のオリジナルクラフトビールを醸造してもらい、樽で仕入れている(筆者撮影)

地元の人々との交流を深く行う

長岡商事代表の前川氏は、創業者の子女にあたる。上野仲町通りを地元として育ち、街の人々の人情に触れ、街並みの変化をつぶさに見つめてきた。そして、街を活性化するための数々のアイデアを実践してきた。コロナ禍にあって開催は休止しているが、同一エリアの飲食店を、チケット制で食べ歩き、飲み歩きするイベント「食べないと飲まナイト」(通称、食べ飲ま)は前川氏がリーダーとなって第1回が開催され、全国的に広がっていった。

今回の業態転換の発想も、地域活性化の試みの中から醸成されていった。それは「しのばず遊ぼう!池と町」という、昨年1月末より展開されたプロジェクトであった。都心の上野にありながら、豊かな自然・歴史・文化をたたえる「不忍池」と、池から最も近い食と商いの街「仲町通り」が一体となった数々のプログラムが設けられた。

その一部を紹介すると、世界的アーティストの長谷川章氏がデジタル掛軸を披露する「水上音楽堂 ピースオブライト」、若手アーティストの作品を展示して販売する「シタマチ.アートギャラリー」、芸能と商売の神様である不忍辨天堂の境内でコロナ収束と街の復興を祈願した「辨天堂 御祈祷&奉楽」などなど。

食にかかわるプログラムでは、地元の飲食店をマップや動画で紹介する「しのばず美食めぐり」や、地元初の地ビール(=クラフトビール)「不忍エールエール」を醸造して地元の酒販店や飲食店で販売した。このクラフトビールの醸造は、長岡商事が酒類の取引先の関連会社であるクラフトビールメーカーに依頼した。

同社では、このような活動から地元の人々との共同体の結束を確認することができた。

1階のカウンター席の向かい側にビールのタップをそろえて“ぶらり”と訪れたお客に対応する様子に親近感がわく。ビールは現在4種類をラインアップ。クラフトビールが3種類、レギュラーサイズ660円(税込、以下同)と700円、ラージサイズが990円と1050円、大手メーカー品が1種類でラージサイズ580円(筆者撮影)

1階にオープンキッチンが備えられて清潔感があり調理風景がショーアップされている(筆者撮影)

看板商品「ラムチョップ」が誕生

代表の前川氏は、家業である長岡商事に入社する前は、服飾デザイナーとして活躍していた。同社に入社して、使命とされた仕事。それは、不振店を業態転換して、それを繁盛店にすることであった。立地する上野仲町通りは風俗店が立ち並ぶようになり、女性客が遠のく街となっていた。前川氏は、それを克服することも目標として取り組んだ。

その新店の看板商品として位置付けたものが「ラムチョップ」であった。前川氏はこう語る。

「上野の街で、他の人が扱っていないものをアピールしようと。ただし、下町らしく、焼き鳥のように片手で食べられるようなもの。そこで、自分がOL時代に高級レストランで食べたことのある、おいしい子羊のローストを手軽に食べることができるようにしよう、と考えた。羊肉は美容によいということを謳うことができて、女性客を引き込むことができるのでは。そんな具合にアイデアが膨らんでいきました」

この思いが決定的になったのは「フジロック」を体験したこと。真夏の3 日間、新潟・苗場スキー場を借りて開催されるこのロックフェスティバルには、例年13万人近くが参加。フードエリアには、さまざまな屋台が100の数で出店して、来場者にとっても大きな楽しみとなっている。出店する屋台、来場者ともにリピーターで、フジロックの会場で再開できることを大いなる喜びとしている。このような「平和な世界観」が会場での一体感を強くしていく。

そこで「新店ではラムチョップを看板商品にしよう。フジロックでラムチョップを売ろう」と前川氏は確信するようになった。こうして、2009年に「下町バル ながおか屋」がオープンした。

「平和的な世界観」が企業文化を育む

「下町バル ながおか屋」は、店内の中央に焼き台があり、ここで看板商品のラムチョップを焼き上げる。もう一つの看板商品に、パエリアを位置付けることによって「ラムチョップとパエリアがおいしい店」というアピールが浸透するようになり、狙い通りに女性客に受け入れられるようになった。

フジロックでラムチョップを販売することは、2011年の夏に初めてかなった。最初の夏は赤字となったが、前川氏は諦めずに翌年、また翌年と参加を続けた。

「率直に言って、長岡商事に入社した当初、私はこの会社に溶け込んでいなかった。しかしながら、フジロックにある『平和な世界観』を長岡商事の文化にしたいと強く思った」(前川氏)ことから、例年約10人の従業員を引き連れて、この空気を共有しながら、ラムチョップの焼成と販売に専念した。これによって、前川氏と参加した従業員との一体感が育まれていった。フジロックでのラムチョップ販売は、2019年には7500本を達成した。

同社の店舗数は5店舗(1店舗は休業中)で、2019年に販売したラムチョップは、全社で年間25万本、「下町バル ながおや屋」だけで7万本を販売した。同店は「日本一ラムチョップを売る店」となっているかもしれない。「タレ」と「シオ」の2種類があり1本500円(税込)となっている。

前川氏が心に描いた「長岡商事の文化」とは、同社の店を訪ねると直感的に伝わってくる。それは従業員に、お客様に対する礼儀正しさがあり、店に対する愛着心と誇りが感じられる。ラムチョップとフジロックへのこだわりが今日の同社を培っている。

「じゃあ、うちでやっちゃいます」

さて、長岡商事では、昨年の「しのばず遊ぼう!池と町」でクラフトビールの醸造にかかわったことを前述したが、同社にはクラフトビールについてのリテラシーが存在していた。

同社では、1990年より外国産のビールの品ぞろえを豊富にしたビアパブを営業して、たいそう繁盛していた。それが、国産のクラフトビールが隆盛したことに伴い、外国産のビールの人気が下火になった、という経験をしている。

こうして、国産のクラフトビールが持つ集客力についてはかねて注目をしていて、2015年「下町バル ながおか屋」の2階に「ビアバル NAGAOKAYA」をオープンした。同店は「下町バル ながおか屋」の看板商品である「ラムチョップ&パエリア」に、国産クラフトビールを合体している。同店によって、クラフトビールに対する見識は一層深くなっていった。

2階席ではテーブルにタップがついていてお客が自分でビールをつぐことできる。飲み放題は60分間1500円(筆者撮影)

羊のさまざまな部位を提供する店であることをアピールする狙いも込めて、部位名を記したイラストを掲示している(筆者撮影)

同社では、コロナ禍にあって、店舗の営業は、国や東京都からの要請に従っていた。そこで前川氏が思いを巡らしていたことは「これからの長岡商事」ということ。飲食業としての持続可能な在り方である。

まず、同社の基盤を築いた商品は「ラムチョップ」という羊肉であるということを念頭に置いた。この路線を追求して、ラムチョップという規格品を追うのではなく「一頭買い」を目指そうと考えた。「一頭買いによって、羊さんの全体で羊さんの命をいただく」(前川氏)という発想である。

「今、世界的に羊がブームになっていて、羊肉の需要が突然増えている。そこでラムチョップだけにこだわっていると、いずれ仕入れ値が高騰し、調達することができなくなることも考えられる。そのようなことから、一頭買いを目指していくと共に、会社の中に羊の命を大切にする文化を培っていきたい」

羊肉の他に「ゆでたん」「白センマイ」「レバテキ」「ハツ」といった内臓の料理もラインアップ(筆者撮影)

新店舗にブルワリーを設ける発想は、クラフトビールを商う知見から自然と生まれたことだ。これも「しのばず遊ぼう!池と町」で、地元の人々と深く交流したことが起因している。

「この街にブルワリーがあったらいいね。何とかできませんか」
「じゃあ、うちでやっちゃいます。みんなで育てていきましょう」
このような感覚で「シノバズブルワリーひつじあいす」の構想は整っていった。

同店には、コロナ禍のいま、クラフトビールと羊肉料理を求める客でにぎわっている。平日には遠方からの目的来店があり、週末は地元のお客が“ぶらり”という感覚でやってくる。このような客層のバランスも同社がこれまで培ってきた文化が導いているかもしれない。

執筆者のプロフィール

文◆千葉哲幸(フードサービスジャーナリスト)
柴田書店『月刊食堂』、商業界(当時)『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆・講演、書籍編集などを行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社、2017年)などがある。
▼千葉哲幸 フードサービスの動向(Yahoo!ニュース個人)

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