認知症も中期になると感情の起伏が激しい時期が続きます。温厚だった人が暴言や暴力をふるったり、上品だった母親から口汚い言葉が出てくるのは、本来の性格とはまったく関係がなく、抑制が効かなくなることで起こります。急に泣きだすケースもよくあります。このような症状は「感情失禁」と呼ばれています。感情失禁について、著者で認知症心理学専門家・大阪大学名誉教授の佐藤眞一さんに解説していただきました。
解説者のプロフィール
佐藤眞一(さとう・しんいち)
1956年東京生まれ。大阪大学名誉教授。大阪府社会福祉事業団特別顧問。博士(医学)。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学後、1999年に埼玉医科大学より博士号授与。明治学院大学心理学部教授、マックスプランク研究所上級客員研究員などを経て、2009年に大阪大学教授に就任し、2022年に定年退職。著書・共著は『認知症の人の心の中はどうなっているのか?』(光文社新書)、『認知症「不可解な行動」には理由がある』(SBクリエイティブ)、『マンガ 認知症』(ちくま新書)、『認知症plusコミュニケーション 怒らない・否定しない・共感する』(日本看護協会出版会)、『心理老年学と臨床死生学』(ミネルヴァ書房)など多数。
本稿は『〇×マンガで対応策がすぐわかる 身近な人が認知症になったら』(西東社)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
イラスト/ねこまき(ミューズワーク)
本稿は『〇×マンガで対応策がすぐわかる 身近な人が認知症になったら』(西東社)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
ひと言アドバイス
認知症では、物の名前がわからなくなるうえに、言葉が出にくくなることがあります。
本人がイライラして暴力的になると、「こんなに一生懸命やっているのに!」と家族も感情的になりがちですが、強く言い返しても、暴言や暴力が止まることはありません。
「怒鳴ればかまってもらえる」と記憶に残ってしまうことがある。
その場をすぐに離れ、怒鳴ってもしかたないと本人が気づけば回数も減ってくる。
本稿は『〇×マンガで対応策がすぐわかる 身近な人が認知症になったら』(西東社)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
穏やかな人だったのに、こんなに変わるなんて…
前頭葉の萎縮が原因で本来の性格とは関係ないこと
温厚だった人が暴言や暴力をふるったり、上品だった母親から口汚い言葉が出てくるのは、本来の性格とはまったく関係がなく、前頭葉が委縮して抑制が効かなくなることで起こります。
怒りだけでなく、急に泣きだすケースもよくあります。
本人にとって何か気に入らないことがあった、自分が思っていることと違うことを言われた、昔の嫌な記憶を思いだした、眠いのに話しかけられてイライラした…などで起きると思われますが、本人自身はきっかけを忘れてしまっているので説明することができません。
あきらかなきっかけがあれば、日常生活のなかでできる限りそれを避けること。
きっかけがわからず、いつも「突然」に感じるなら、どんなときに怒りだしたり泣きだしたりするのか意識して観察し、記録をつけて、きっかけを探してみます。
泣いているときは寄り添い、怒りには距離を置く
本人が泣きだしたら、黙って寄り添い泣きやむのを待つ、とにかく本人の話を聞く、などで対応します。
話を聞く際は本人が言うことを一切否定しないことが大切です。
くり返し技法で、本人の言葉を肯定していると感じさせるようにしましょう。
また、手を握ったり、背中をなでるなどの身体接触で落ち着かせる方法もあります。
一方、本人が怒りだし、その怒りが激しいようなら、本人が落ち着くまでいったんそばを離れます。
怒りの感情はエネルギーを使いますので、それほど長続きはしません。
怒鳴ったり暴れたり、本人がやりたいように行動するに任せ、怒りがおさまったころを見計らって声をかけて日常に戻ります。
「怒鳴るとかまってもらえる」と習慣づいてしまうと、お互いに疲弊してしまいます。
介護する側には大変な症状ですが、同じように感情的に接しても何も解決しません。
怒りの表情や大声、とがった言葉は認知症の人にも伝わりますので、事態を余計に悪化させるだけ。怒るだけ損だと考えて、控えるようにしましょう。
本稿は『〇×マンガで対応策がすぐわかる 身近な人が認知症になったら』(西東社)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
認知症中期は感情の起伏が激しい時期が続きます
感情が急変したら本人の様子を見ながら対処しましょう。
「感情失禁」は脳の血流低下が原因のことも
感情がたかぶって突然怒りだしたり、泣きだしたりする症状は「感情失禁」と呼ばれています。
中期のアルツハイマー型認知症のほか、脳血管性認知症で多く見られ、本人が自覚していても感情の変化を止めることはできません。
さらに脳血管性の場合は、脳が障害された部位により症状が異なることから「まだら認知症」とも呼ばれますが、感情失禁とは反対に、喜怒哀楽の感情があまり見えない「感情鈍麻」や「抑うつ症状」、「意欲低下」が現れることもあります。
一日のなかでも症状に波があり、朝は元気に会話ができていたのに夕方になるとできなくなったりするのも、脳血管性の感情起伏の特徴です。
人の脳の血流は、気温の変化や身体の状態により一日のなかでも変化しており、認知症では血流が低下すると感情失禁の症状が出やすいといわれています。
朝起きた直後や食事・入浴の後、便秘や脱水などの体調の変化を注意して観察すると、症状の変化をつかみやすくなるかもしれません。
本稿は『〇×マンガで対応策がすぐわかる 身近な人が認知症になったら』(西東社)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
感情失禁への対処法「くり返し技法」
認知症の人の言葉をくり返すと、本人は「自分に共感してくれた」と感じ、落ち着きやすくなります。
本稿は『〇×マンガで対応策がすぐわかる 身近な人が認知症になったら』(西東社)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
こんな方法も
本人の身体に触れても大丈夫ならば、手を握る、背中をなでる、抱きしめるなど、身体接触をすると落ち着くことも。
接触を嫌がる場合もあるので、反応を見ながら試しましょう。
ひとりで抱え込まず、介護の協力者と分担を
感情失禁の症状が出たときには、様子を見ながら本人に落ち着いてもらえるような対処を心がけるのが大切です。
さらに、ヘルパーや親族など、介護を代わってもらえる人を複数準備しておくこともこの時期を乗り切るポイントとなります。
感情の起伏が激しい時期は、年単位で続くのが一般的です。
認知症の症状が進行し、本人の体力が落ちてくると徐々に落ち着いてくることもありますが、それでもひとりで支えるには長い期間です。
介護者の心身を守るためにも介護のプロなど、人に頼るようにしましょう。
人物の見当識障害が進むと相手が誰なのか正確にはわからなくなりますが、人と人との相性は残るといわれています。
実際、「このヘルパーさんのときはどういうわけか穏やかだ」「同性の息子が介助すると、安心感があるのかすんなり入浴してくれる」など、本人との相性の傾向が見えてくることもあります。
そういった関係性を見極めながら、本人にとっても介護する側にとってもよりよい方法を探っていくのがよいでしょう。
本稿は『〇×マンガで対応策がすぐわかる 身近な人が認知症になったら』(西東社)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
症状が進むと、好きだったものもわからなくなる
なお、気持ちを落ち着かせるため、本人が好きでリラックスできる音楽や絵画、趣味のものを聴かせたり見せたりするのも一案です。
ただし、認知症が進むと興味を示さなくなったり、何度もすすめると逆に怒りだしたりすることもあります。
心の癒しとなる音楽やアートを嫌がるのは、「失認」という症状が原因です。
音楽を聴いても一音一音がバラバラに聴こえ、曲として認識できなかったり、絵画を見てもパーツしか捉えられず全体を楽しめなくなっている可能性があります。
家族は「昔から好きだったものだから本人のため」と思って行動しますが、本人にとっては何かよくわからない雑音や絵の断片にしか感じられないのかもしれません。
無理にすすめられても不快になるだけです。
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なお、本稿は書籍『〇×マンガで対応策がすぐわかる 身近な人が認知症になったら』(西東社)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。認知症は特別なものではなく、どんな人でも歳をとればとるほど発症する可能性が高くなります。不安ばかりが先立ってしまいそうですが、認知症は怖い病気でも、恥ずかしい病気でもありません。認知症になっても日々を楽しく過ごしている人はいますし、自分の生活を大事にしつつ、さまざまな介護サービスを利用しながら認知症介護に前向きに取り組んでいる家族もいます。終わりの見えにくい認知症介護を少しでもラクな気持ちで取り組んでもらえるよう、そんな思いを込めたのが本書です。認知症の人と穏やかに過ごすには、周囲の人にも理解してもらい、「お互いさま」の精神をもち社会全体で見守ること。そして、介護者の都合ではなく、認知症の人の側に立ってこの世界を見ることがポイントです。本書は、対応策がすぐわかる〇×マンガや、認知症心理学専門家による介護がラクになる対処法や認知症の人への接し方など、さまざまな事例をもとに、わかりやすく解説しています。