耳には自律神経の線維が分布しており、耳たぶを含めた耳の外側部分には交感神経、耳の穴を中心にした中心部には副交感神経の線維が密集しています。したがって、耳の外側をもむと交感神経の支配領域である手足に反応が現れ、中心部をもむと副交感神経の支配領域である内臓に反応が出るのです。【解説】上馬塲和夫(統合医療研究所所長・医師・医学博士)
解説者のプロフィール
上馬塲和夫(うえばば・かずお)
医師・医学博士。ハリウッド大学院大学教授。
1978年、広島大学医学部卒業後、虎の門病院内科、北里研究所付属東洋医学総合研究所研究員、六本木クリニック院長。1987年ごろから、幡井勉先生の東洋伝承医学研究所にて活動を始めた。Vasant Lad氏の著作を翻訳し「現代に生きるアーユルヴェーダ」(平河出版)として出版。1999年から富山県国際伝統医学センター次長、富山大学和漢医薬学総合研究所客員教授。2010年からNPO法人日本アーユルヴェーダ協会理事長、帝京平成大学ヒューマンケア学部教授。東西医学融合をライフワークとしてアーユルヴェーダやヨーガの実践と研究を行い、日本アーユルヴェーダ・スクール講師、ハタイクリニック外来担当医を務めている。日本アーユルヴェーダ学会理事長、一般財団法人東方医療振興財団理事長、日本統合医療学会認定統合医療指導医。
▼統合医療研究所所
米軍や救急医療でも耳ツボ刺激を活用
耳は「全身の縮図」といわれており、耳には全身の臓器に対応するツボがたくさんあります。
耳のマッサージや、鍼で刺激する耳ツボ刺激は、医療の最先端をいく米国やフランスにおいても大変、重宝されています。
耳ツボ刺激は、何千年も前から中国に伝わる治療法の一つです。百年ほど前、それを西洋医学的な見地から系統立てたのが、フランスの神経科医ポール・ノジェでした。ノジェの耳鍼療法はフランスで発達し、現在では救急外来でも使われているほどです。
これに注目したのがアメリカで、今では米軍でも痛みの緩和に使われるようになったそうです。耳鍼には鎮痛効果があり、しかも即効性があるからです。
私自身、治療に耳鍼療法を導入しています。また患者さんには、セルフケアとして耳のマッサージを勧めています。耳は全身につながっているので、耳をもみほぐすだけでも効果があるからです。
ではなぜ、耳で全身がよくなるのでしょうか。私は、耳と自律神経(内臓や血管の働きを調整する神経)の関係に注目しています。
耳のどの部位をもむかで現れる効果が異なる
耳には自律神経の線維が分布しており、耳たぶを含めた耳の外側部分には交感神経(活動力を高める神経)の線維が、耳の穴を中心にした中心部には副交感神経(心身をリラックスさせたり、内臓の働きを促したりする神経)の線維が密集しています(下図参照)。
したがって、耳の外側と中心部をもんだときとでは、効果が違います。外側をもむと交感神経の支配領域である手足に反応が現れ、中心部をもむと副交感神経の支配領域である内臓に反応が出るのです。
例えば、耳の中心部をもんだり鍼で刺激したりすると、ダイエット効果が得られます。
これは、内臓(消化器)に分布する副交感神経に刺激が伝わり、食欲が落ちるからです。これまでの研究では、耳鍼をした約6割の人にダイエット効果が得られています。
また、耳たぶをもむと交感神経が刺激されます。
少し難しい話になりますが、交感神経にはα受容体とβ受容体があり、この二つは反対の作用を持ちます。
α受容体が刺激されると血管が収縮して手足が冷えますが、β受容体が刺激されると血管が拡張して血流がよくなり、体が温かくなります。
耳たぶをもむと、多くの人は体が温かくなると言います。おそらく、交感神経のβ受容体が刺激されるのでしょう。
別記事:「耳たぶあんま」のやり方
毎日、耳を触ることで自分の体と向き合う
耳は胎児が逆さになった形の相似形だといわれています。
耳たぶは頭部に当たるため、耳たぶをもむと脳に作用して、脳血流がよくなったり、脳の機能が活性化される効果が期待できます。
実際、耳たぶをもむと、視界がはっきりしてきます。
視界がはっきりするということは、脳の血流が増加していることを示唆していますから、お年寄りが行えば認知症の予防に役立つ可能性があります。
また、耳たぶの硬さは心臓に栄養を送る冠動脈と関係があり、耳たぶが硬い人は冠動脈の動脈硬化が進んでいるといわれています。ですから耳たぶをもめば、狭心症や心筋梗塞の予防にも役立つ可能性は否定できません。
以上のことから、耳を刺激すると、ダイエット、痛み、目の疲れ、不眠、冷え症、動脈硬化、認知症など、さまざまな効果が期待できます。
耳の刺激のやり方は、まず耳全体をもんで、ほぐします。そのとき、耳のつけ根もよくもむと、頭皮がゆるんで頭皮の血流もよくなります。
また、耳をもんで硬いところや痛いところがあったら、そこをよくもみほぐしたり、つまようじや置き鍼で刺激してもよいでしょう。
つまようじを使うときは、強く刺激すると軟骨膜炎を起こすことがありますから、気をつけてください。穴に近い中心部は、綿棒を使って刺激するといいでしょう。
基本は、気持ちよくもむことです。夜寝る前にもめば、リラックス効果で寝つきもよくなります。
大事なことは、毎日、耳に触ることで、自分の体と向き合うことです。毎日、耳に触っていると、耳がいつもより硬い・軟らかいなどの変化に気づくようになります。耳が硬くこわばっていたら、食事や運動、休養などにも目を向けて、生活習慣を見直してください。
最近は、ピアスのように見えるおしゃれな耳の置き針も市販されています。身近になった耳ツボ刺激を、毎日の養生法として役立ててください。