腎機能の改善に漢方薬を使いたいかたの選択肢の一つとして、今回、「養腎降濁湯」を紹介します。養腎降濁湯とは、腎を養い、腎の機能を改善することによって、「濁」(不要な成分)を降ろして排出させる、という処方です。【解説】小川恵子(金沢大学附属病院漢方医学科臨床教授)
解説者のプロフィール
小川恵子(おがわ・けいこ)
金沢大学附属病院漢方医学科臨床教授。名古屋大学医学部卒業後、同大学小児外科、千葉大学医学部附属病院和漢診療科などを経て現職。日本東洋医学会専門医、日本外科学会専門医、日本小児外科学会専門医。医学博士。
「腎」の機能を改善し不要な成分を排出する
私は以前、小児の手術後の腸管不全や排便障害に漢方薬を処方したところ、著効を現す症例を数多く経験しました。それをきっかけに、漢方医学の勉強を本格的に始め、現在は、金沢大学附属病院の漢方医学科で診療に当たっています。
今回ご紹介する「養腎降濁湯」は、私が指導を受けた漢方医・江部洋一郎先生(故人)が考案した漢方薬です。
現代医学における慢性腎不全の治療目標は、病気の進行を食い止め、人工透析への移行を遅らせることにあります。ところが江部先生は、養腎降濁湯を用いた治療で、慢性腎不全の改善例を多数報告されました。
漢方医学の「腎」とは、生命エネルギーである「気」を貯蔵して、成長、発育、生殖の基礎となる器官を指します。加齢が進むにつれ、腎に貯蔵されている気が減少することによって、全身の老化現象が発現すると考えます。
慢性腎不全は、高齢化社会に伴って増加しています。漢方医学的には、加齢による「腎気」の消耗が原因の一つと考えられるのです。
腎には、水分を管理して尿を排出する機能もあり、この点では腎臓の機能を含む概念といえます。養腎降濁湯とは、腎を養い、腎の機能を改善することによって、「濁」(不要な成分)を降ろして排出させる、という処方です。
養腎降濁湯のもとになった処方は、真武湯という漢方薬に黄耆(おうぎ)という生薬を足した物です。
真武湯は、中国の医学書『傷寒論』が出典で、体を温めることで水分の循環を改善して腎を養い、全身の機能を高める働きがあります。
この真武湯に、黄耆を足すことで、全身に気を巡らせ、不要な水を出す作用を強化しました。ただし、腎不全患者では、黄耆で湿疹が出る人が1割程度いるため、晋耆(しんぎ)という別の生薬を使うほうが望ましいとされています。
透析による皮膚のかゆみ倦怠感、むくみにも有効
クレアチニン値1.5mg/dl未満である軽度の慢性腎不全の場合、養腎降濁湯を1~2ヵ月服用することで、クレアチニン値や尿素窒素が基準値まで改善することもあります。
しかし、血中クレアチニン値が高いほど、効果が出るまでに時間がかかります。クレアチニン値が2mg/dl以上になると、数値の改善は難しくなりますが、悪化を防ぎ、現状を維持する作用はあります。
透析中の患者さんにも有効です。腎機能の回復は期待できませんが、透析による皮膚のかゆみ、倦怠感、食欲低下、むくみなどを改善することができます。また、肌の黒ずみが軽減したという報告もあります。
養腎降濁湯に用いる基本の生薬は、晋耆、芍薬、甘草、土茯苓、萆薢、丹参、半夏、栝楼仁、茯苓、白花蛇舌草などです。
ただし、養腎降濁湯は、漢方医が患者さんをあらゆる角度から診察し、そのときの状態に合わせて生薬を加減することで、初めて効果を発揮します。
全身の状態や症状、病態によって、先に挙げた生薬の量を加減したり、ほかの生薬を加えたりして調節していきます。そのため、粉末や粒のエキス剤ではなく、お湯で煮出す煎じ薬しかありません。
また、使用する生薬のなかには、保険診療では処方できない物もあり、自己負担が必要となります。
さらに、生薬は産地や収穫時期によっても作用が異なるため、煎じ薬を処方する漢方医には、病状に合わせて生薬を加減できる技術に加えて、生薬の質を見極める能力も必要です。
そのため、現在、養腎降濁湯の処方ができるのは、金沢大学附属病院のほか、金沢市のかがやきクリニック、その他数ヵ所の、煎じ薬を処方できる漢方医が診療する医療機関に限られています。
こうした状況ではありますが、腎機能の改善に漢方薬を使いたいかたの選択肢の一つとして、今回、養腎降濁湯を紹介しました。