運動療法を取り入れるようになって、患者さんの体調は間違いなく向上しています。まず、血圧が安定します。食欲が増して胃腸薬が不要になります。さらに、睡眠薬や抗うつ剤も減ります。また、透析効率も上がります。運動によって血流量が増すと、下半身などに残った老廃物が静脈に戻って抜けやすくなるのです。【解説】千葉茂実(川平内科院長)
解説者のプロフィール
千葉茂実(ちば・しげみ)
川平内科院長。1986年、東北大学医学部卒業。東北大学医学部第2内科(現:腎・高血圧内分泌内科)、仙台社会保険病院腎センター主任部長などを経て、現在に至る。日本内科学会総合内科専門医。日本腎臓学会専門医。日本透析医学会専門医。13年前から、透析時に東北大学式・腎臓リハビリテーションの運動療法を取り入れ、患者さんに好評を得ている。長時間透析も推奨している。
ほんとうに腎臓病の患者さんは運動をしてはいけないのか?
慢性腎臓病の患者さんは、保存期でも透析期でも、従来、安静が基本でした。しかし安静にしていると、全身の筋力がどんどん低下し、右肩下がりで老化が進みます。
全身の筋力が落ちて身体機能が低下した状態を、「サルコペニア」といいます。それがさらに進むと、心身の機能が脆弱化する「フレイル」に移行します。
人工透析の患者さんにとって、サルコペニアやフレイルは、非常に深刻な問題です。透析技術が進歩しても、全身の衰えから死に至ることもあるからです。
私たち医師は、慢性腎臓病の患者さんに運動させてはいけない、と習いました。しかし、ほんとうに腎臓病の患者さんは運動をしてはいけないのか、私はずっと疑問に思っていました。
その答えを出してくれたのが、東北大学教授の上月正博先生です。上月先生の研究によって、慢性腎臓病の患者さんにも、適切な運動は有効でかつ安全であることが、科学的に実証されたのです。
詳細は別記事:慢性腎臓病の「安静第一」常識が変わった!参照
そこで私たちは、上月先生と連携し、透析患者さんに「東北大学式・腎臓リハビリテーション」の運動療法を導入するようになりました。13年ほど前のことです。
詳細は別記事:「東北大式・腎臓リハビリテーション」のやり方参照
とはいえ最初は、どの患者さんも運動に強い抵抗感を持っていました。私たちはそのなかから、比較的体調が安定している3人の患者さんの同意を得て、運動療法を開始しました。
笑顔が増え、どんどん前向きに
透析は、週に3回、4〜5時間が基本です。この透析中の時間をどう過ごすかは、患者さんにとっても悩みでした。
そんなとき、透析をしながらペダルこぎ運動(エルゴメータ)をしたり、ゴムバンドを引っ張ったりしている患者さんを横目で見て、だんだん興味を示す人が増えてきました。
Jさん(80代・女性)も、そんな一人でした。糖尿病で体重は80kg、足腰もだいぶ衰えていたJさんは、私たちがいくら運動を勧めても嫌がっていました。しかし周りに運動をしている人が増えると、「私もやってみようかな」というようになり、ペダルこぎを始めました。
最初は10分でへばっていましたが、今は1時間でも平気でこいでいます。足腰が丈夫になって転びにくくなり、心肺機能も向上。笑顔が増え、どんどん前向きになっています。
わずか3人からスタートした運動療法ですが、いつの間にか運動する人が多数派になり、現在は透析患者さんの7割が、運動療法を行っています。
しかし、患者さん全員が運動療法をできるわけではありません。血圧が高かったり、体調に異常があったりする場合は、落ち着くまで様子を見ます。そのうえで、運動を希望される患者さんに勧めています。
運動を行う時間は、透析開始から2時間までがベストといわれています。
血液透析は血管から水を抜いていくので、血管に体内の水が戻るのに、時間差があります。透析の後半では血管が脱水状態なので、そのとき運動を行うと、血圧が急激に下がったり足がつったりする危険性があるのです。
透析以外の時間、好きなことができるために
運動療法を取り入れるようになって、患者さんの体調は間違いなく向上しています。
まず、血圧が安定します。運動中に若干血圧が上がることもありますが、運動後は下がります。長期的には高血圧が改善するので、降圧剤が減ります。
透析の人は便秘や下痢などの胃腸障害を起こしやすいのですが、運動をすると食欲が増して胃腸の働きがよくなり、胃腸薬が不要になります。
また、食欲が増して栄養状態がよくなれば、サルコペニアやフレイルの予防になります。
さらに、睡眠薬や抗うつ剤も減ります。透析が始まると気分が落ち込み、うつ状態になる人がいます。症状が強いと透析治療が困難になり、やむをえず抗うつ剤を処方することがあります。
しかし、そういうケースが明らかに減りました。また、運動を行うと適度な疲労感があり、よく眠れるようになります。
副次的効果もあります。一つは、筋力がついて血流量が増すので、シャント(前腕の動脈と静脈を手術でつないだ血管)の静脈が発達して太くなることです。静脈が太くなると、針を刺しやすくなります。
また、透析効率も上がります。4〜5時間の透析では、老廃物(毒素)を十分に除去できないといわれています。運動によって血流量が増すと、下半身などに残った老廃物が静脈に戻って抜けやすくなるのです。
このように、透析中の運動は、いいことだらけなのです。
患者さんは、透析をするために生きているのではありません。透析以外の時間は、好きなことができるのです。運動をしたほうがよいという上月先生の研究は、その発想の転換を、私たちに促してくれました。
《透析者の運動による主なメリット》
【筋力の維持・強化】
・サルコペニアやフレイルの予防
【体調の向上】
・心肺機能が上がる
・血圧が安定する
・便秘や下痢などが減る
・薬が減る
【食欲が増す】
【気持ちが前向きになる】
・うつ症状の軽減
【シャントの静脈が太くなる】
・針が刺しやすくなる
【透析効率が上がる】
・老廃物が抜けやすくなる