人工透析を受けている患者さんは圧倒的に運動不足です。しかし、透析の時間を利用して運動習慣が身につくと、今までできなかったことがどんどんできるようになります。そういう患者さんの姿を見ていると、透析だからといってできないことはなに一つないと、思い知らされます。【解説】高橋亮太郎(川平内科健康運動実践指導者)
解説者のプロフィール
高橋亮太郎(たかはし・りょうたろう)
川平内科健康運動実践指導者。
スポーツを再開する人や海外旅行に行く人もいる
私たちが、人工透析の患者さんに「東北大学式・腎臓リハビリテーション」の運動療法を導入するようになって、透析室の雰囲気もずいぶん変わりました。
運動を行うと、確実に体力がついて、体調がよくなります。車イスで通っていた患者さんが自力で歩けるようになったり、よく転倒していた患者さんが転ばなくなったりします。
体調がよくなると、気持ちも前向きになります。そのため、活動範囲が広がって、スポーツを再開したり、海外旅行に出かけたりする人もいます。
Aさん(70代・男性)は、5年前から透析を受けるようになり、来院当初から運動療法を始めました。いつも、寝た状態でペダルこぎ(エルゴメータ)を60分行います。
以前は、歩くのが大変だったAさんですが、運動療法を始めてから意欲的に歩くようになりました。私たちのいる地域は坂道が多く、坂を上った先に大型ショッピングセンターがあります。Aさんはそこまで車を使わず、歩いて買い物に行くそうです。
劇的な変化を遂げた患者さんもいます。Bさん(80代・男性)は末期の腎不全でしたが、「透析は受けたくない」とずっと拒否されていました。ところが、体調が急に悪化して意識を失い、緊急入院。家族の同意を得て透析を始めることになり、当院に転院されてきました。
もともと透析を受け入れられないBさんでしたから、最初は常に不機嫌で、体調管理も悪く、最大血圧が200mmHg近くまで上がることもありました(基準値は140mmHg未満)。また、体重もかなり増え、強いむくみがありました。
透析に慣れたころ、気晴らしにどうかと運動を勧めてみました。そこから少しずつBさんの気持ちに変化が現れ、透析室に入る前に運動室で30分ほど体を動かすようになりました。
こうして2年半が経ち、Bさんは変わりました。自分で体調管理を行い、むくみが取れて体重も安定しています。体調がいいので、いつもニコニコして透析に来られます。
また体力に自信がついたためか、以前やっていたグラウンドゴルフを再開し、週3回、自分で車を運転して出かけるそうです。
透析中の運動は、息切れしないレベルで行います。軽い負荷の運動から始めますが、続けることで筋力がつき、長時間運動ができるようになります。
透析だからといって、できないことはなに一つない
人工透析を受けている患者さんは、圧倒的に運動不足です。しかし、週に3回、透析の時間を利用して運動習慣が身につくと、Bさんのようにふだんの生活でも活動量が増えます。
すると血流がよくなり、血圧が改善したり、むくみが取れたりします。太っていた人が健康的にやせて、ドライウエイト(体内の水分が適正な状態の体重)も少しずつ下がってきます。
透析の患者さんは汗をかけない人が多いのですが、運動すると代謝が変わります。真夏でも全く汗をかけなかった人が、運動をするようになってから、シャツをしぼれるくらい汗をかくようになった例もあります。
当院には運動室があり、エルゴメータやウォーキングマシン、乗馬マシンなど、各種のトレーニング機器がそろっています。Bさんのように、透析前に運動室を利用する人も多く、朝はいつも患者さんでいっぱい。
ここでは患者さんどうしの歓談や、スタッフとの会話も増えるので、「透析に来るのが楽しみ」という患者さんも少なくありません。
こうして、運動習慣がついて体調がよくなると、今までできなかったことが、どんどんできるようになります。なかには、毎日のように登山に行くという患者さんもいます。
そういう患者さんの姿を見ていると、ご本人にやる気さえあれば、透析だからといって、できないことはなに一つないと、思い知らされます。