顎関節症の根本原因であるゆがみを招く原因としては、不適切な歯科治療や長時間のオフィスワークおよび立ち仕事からの骨格のずれ、ストレスによる筋肉の異常緊張などがあります。また最近、健康ブームの影響で増えているのが、筋トレやハードな運動で顎関節症を招くケースです。【解説】田中宏尚(歯科・かみあわせ矯正・日本橋院長)
解説者のプロフィール
田中宏尚(たなか・ひろなお)
1987年に日本歯科大学を卒業。歯科・かみあわせ矯正・日本橋院長。顎関節症とかみ合わせの違和感は、全身のずれが原因であることに気づき、自身の歯科医院では整体や体操なども指導。
顎関節症は悪化するとあごに力が入らなくなる
「口を大きく開けられない」「口を開けたときや物を嚙んだときに痛む」「口を開け閉めするとカクカク、パキパキと音がする」
こうした症状が気になっている人はいませんか。これらは「顎関節症」の代表的な症状です。顎関節症とは、あごの関節(顎関節)やそれを動かす筋肉の異常から、あごの痛みや異音、口の開けにくさなどが生じるものです。
口の開きかたの目安としては、指3本(人さし指・中指・薬指)をそろえて縦に入る程度に、口が開けられない場合は、顎関節症を疑います。
ほかに、「口を開けようとすると引っかかる感じがする」「あごに痛みやしびれが出る」「食べ物を嚙んだり、長い間しゃべったりするとあごがだるくなる」などの症状が見られることもあり、悪化すると日常生活に支障を来たすようになります。
また、顎関節症から、肩こり、頭痛、食欲不振、めまい、耳鳴り、難聴、鼻づまり、視力低下などが起こる場合もあります。
初期は痛みが強いものの、放置するうち、しだいに痛みが軽減・消失することも少なくありません。ですから、「痛みが消えたからもう大丈夫」と勘違いされがちです。
しかしこれは、よくなっているのではなく、関節変形が強くなって悪化している場合があります。
この状態を「顎変形症」といいいます。痛みはなくても、口の開け閉めがほとんどできなくなったり、あごに力を入れられなくなったりする危険な状態です。そうなると、会話や食事もままならなくなります。
こんなことになる前に、顎関節症に気づいた時点で、早めに対処することが大切です。
体がゆがんだままの運動があごの痛みを生む
そこで私は、患者さんがご自分で簡単に行えて、顎関節症の改善に高い効果をもたらす「コットン嚙み(コットンストレッチⓇ)という方法を提唱しています。
そのメカニズムをおわかりいただくためにも、顎関節症の基礎知識について、もう少し説明を続けましょう。
顎関節症の原因については、「原因不明」とされることも多いものです。しかし、私は長年の治療経験から、「顎関節症の根本原因は口やあごのゆがみだけでなく、腰、ひざなど全身のゆがみにある」という結論にたどり着きました。
顎関節症の根本原因であるゆがみを招く原因としては、不適切な歯科治療や長時間のオフィスワークおよび立ち仕事からの骨格のずれ、ストレスによる筋肉の異常緊張などがあります。
また、最近、健康ブームの影響で増えているのが、筋トレやハードな運動で顎関節症を招くケースです。
体のゆがみを放置したまま、高重量のウェイトトレーニングや長距離走などの強度の高い運動をすると、体のゆがみが助長されて顎関節症の発症・悪化を促します。
顎関節症は、少しの痛みや音であれば、見逃されているケースも多く、潜在的な患者も含めると2人に1人という高い頻度になるといわれています。
顎関節症が多くの人に起こる背景には、いくつかの事情があります。
第一に、顎関節の特殊性です。顎関節は、ある程度の可動性があります。だからこそ、まっすぐ開閉するだけでなく、前後左右にもスライドできるのです。しかし、その便利な可動性ゆえに、ずれやゆがみを生みやすい関節でもあります。
さらに、顎関節には複雑な動きを支えるため、クッションの役割をする関節円板という線維のかたまりがあります。この関節円板が、こすれあう顎関節の衝撃を和らげ、滑りをよくしています。
ところが、顎関節症の人は、この関節円板がずれて、引っかかりの原因になっていることが多いのです(図参照)。
ずれた関節円板を元に戻すには、いったん口を大きく開けなければなりませんが、顎関節症の人は開けにくいというジレンマがあります。そのため、正常な位置に戻せないまま悪化していくことになりがちです。
「なんらかの方法であごの負担を除いて、痛みを感じないようにし、口を限界まで開ける」ということが、顎関節症を改善する大きなカギになります。
前述したように、顎関節症には、根本原因があごや口のゆがみであるものと、体のゆがみであるものが混在しています。現在、ほとんどの顎関節症の治療は、そのどちらかを見極めないまま行われています。
多くの歯科では、体のゆがみには着目しません。体がゆがんだままマウスピースを使ったり、左右一方の歯だけがかみ合って高くなっているからと、そちらの歯を削ったりしてあごの位置を調整する治療法が行われています。
高くなっている歯を削れば、バランスが取れると思うかもしれませんが、実は、かえって悪化するケースも多いです。
例えば、土台が傾斜していて傾いている家があったとします。低い側には大きな力がかかり、そこが踏ん張って家を支えています。当たっている歯は、家のこの部分に当たります。しかし、家と同じで、高くて当たっている部分を削ると、より傾きかたがひどくなってしまうのです。
全身のゆがみを正すことが重要
もう一つ、わかりやすい例えを挙げましょう。下図を見てください。おもちゃのダルマ落としです。(1)は最上段だけずれていますが、(2)は下段のいたるところがずれています。
顎関節症には2種類あり、(1)のだるま落としのようにあごだけずれている場合と、(2)のように全身の骨格がずれて、最終的に頭部のバランスを維持するためにあごもずれるケースがあるのです。
かみ合わせの治療もこれと同じで、首から上だけを見てマウスピースや歯列矯正で整えても、かえって全身のバランスがくずれ、顎関節症が悪化する場合があるのです。そのため、歯科などで顎関節症の治療を受けるなら、全身のゆがみも見てくれるところで診察してもらうことが大切です。
全身のゆがみをトータルで直す歯科医院や診療科が少ない現状の中、患者さんがご自身で、顎関節症の進行阻止や改善をするために役立つのがコットン嚙みです。(詳しいやり方は下項)
コットン嚙みでは、あごが動きやすい位置を探りながら口を開けます。そうすることで、ずれた関節円板が正しい位置に戻るためのスペースを生み出し、あごのゆがみも露わにできるのです。
その上でコットンを嚙むことで、左右のあごののずれがかみ合わせの左右の高低差の違和感として現れます。
それから左と右で低くなっているほうにコットンを足して高さを調整することで、左右差が整えられます。これは、いわばコットンが松葉杖の働きをして、ずれたあごと関節円板を正しい位置に戻すということです。
ほとんどのかたは、1回のコットン嚙みで、あごのつけ根の痛みや音が軽減したり、前より口が大きく開けられるようになったりします。
毎日、続けることで、あごの動きがスムーズになり、冒頭で挙げた顎関節症の症状の多くも、解消していきます。また、顎関節症を予防する効果もあります。
コットンを一定時間、嚙みしめるだけでも、ゆがみから解放されて自然治癒力が働くので、口をしっかり開けられるようになります。
コットン嚙み歩きで全身のゆがみが整う
一方、全身のゆがみからきている顎関節症は、「コットン嚙み歩き」も同時に行うことで改善できます。
まずコットン嚙みであごのずれを正し、その上でコットン嚙み歩きを行うことで、骨盤とあごの補正を、同時に行うことになります。そうすることで、体の各部のゆがみも自然と整っていくのです。
コットン嚙みは歯ぎしりや知覚過敏、軽度の歯周病(歯のぐらつきが少なく、綿が嚙める程度)、などの改善にも効果的です。
「肌つやがよくなる」「ほうれい線が薄くなる」「鼻の通りがよくなる」などの効果もあります。冒頭でふれたような、あごのゆがみからくる症状の改善にも役立ちます。
つらい顎関節症やそれによる諸症状にお困りのかたは、ぜひお試しください。
「コットン嚙み」のやり方
【注意】
必ず痛みや音が生じない範囲で行うこと。チェックも同様で、「痛みが出そう」「音が鳴りそう」と思った手前で止める。
コットン嚙みのステップ1で、音や痛みを感じない状態で、目一杯、口を開くことができるようになります。ステップ2でコットンを嚙むことで、あごや関節円板(あごの軟骨の一種)を正しい位置に戻します。
【用意するもの】
●コットン15~20枚
(カットしてあるものであれば、化粧用、医療用どちらでも可。4cm×4cm程度の大きさのものだとやりやすい)
●水道水を入れたスプレー容器
(100円ショップなどに売っている美容用のもので可。大きさは問わない)
【準備】
厚さ1.5cm(コットン4~5枚分)のコットンの束を2つと、厚さ0.5cm(コットン1~2枚分)の束を5つ作る。コットンの毛羽立ちを取るために、すべての束の両面をスプレー容器で3回、水を吹きかけて湿らせる。
《最初にチェック!》
口を少し開けてみて、右と左のどちら側のあごが「痛い」「ひっかかる」「カクカクなどの音がする」といった症状が出るのかを確認。
左右の両側に痛みもしくは音が出る場合、口を少しずつ開いてみて、先にどちら側に異常が現れるかを確認すること。
ステップ(1)「口を開ける」
【前方と左側で動かしやすいほうを探る】
※口を開けると右側に痛みか音が出る人の場合(左側に痛みか音が出る人は左右逆で行う)
●下あごを前方に突き出して、正面に戻す。次に下あごを左側にスライドさせて、正面に戻す。前方と左側のどちらに動かしやすいかを調べる(下図)。
●動かしやすい一方に下あごをずらしながら、音や痛みが出ない大きさに口を開ける。
●口を同じ大きさに開けたまま、もう一度、下あごを前方と左側のどちら側に動かしやすいかを調べる。
●動かしやすい方向に下あごをずらしながらさらに口を開ける。
●この動作を、口が全開になるまでくり返す。全開になったら、ステップ(2)に進む。
※1~5回が目安の回数
※動きのパターン例:
「前方 → 左側 → 左側」「左側 → 左側 → 前方」など。すべて同じ方向の場合もある。パターンを問わず、口が全開になったら、ステップ2に進む。
ステップ(2)「コットンを嚙む」
❶【湿らせたコットンを左右の歯で嚙む】
湿らせておいた厚さ1.5cmのコットンを2つとも二つ折りにして、左右両方の奥歯にそれぞれ差し込む。
両方の奥歯で、ゆっくり徐々にじわっと嚙みしめる。10秒ほど嚙んでいると、あごの左右のずれが整い、一方のかみ合わせにすき間を感じる。
❷【コットンを足してもう一度嚙む】
❶ですき間を感じた左右どちら側かに、湿らせておいた厚さ0.5cmのコットンを1つだけ二つ折りにして、すき間ができたほうに重ねて足す。
コットンを足した状態で、❶と同じように両方の奥歯で、ゆっくりあ徐々にじわっと嚙む。
再び左右一方にすき間が生じる感じがしたら、再び厚さ0.5cmのコットンを二つ折りにして足す。この動作をあと2回くり返す。
ステップ(3)「コットンを嚙みながら10歩歩く」
【コットン嚙み歩き】
ステップ(2)まで終わったら、コットンを嚙みながら、10歩ほど歩くと、あごだけでなく体のゆがみを取る効果も得られる。
もし歩いてから、左右どちらかのかみ合わせにすき間ができたら、すき間を感じた側だけに、湿らせておいた厚さ0.5cmのコットンを二つ折りにして足してじわっと嚙む。