もともと、便秘のかたほど、ガス腹の症状を訴える傾向がありました。しかし近ごろは、排便は毎日あるのに、おなかが張って苦しいと訴える人も少なくありません。この人たちの腸を大腸内視鏡で見ると、腸の動きが悪かったり、動きがほぼ止まっていたりするケースが見られます。【解説】松生恒夫(松生クリニック院長)
解説者のプロフィール
松生恒夫(まついけ・つねお)
松生クリニック院長。東京慈恵会医科大学卒業。同大学第三病院内科助手、松島病院大腸肛門病センター診療部長などを経て、2004年より現職。日本内科学会認定医、日本消化器内視鏡学会専門医・指導医、日本消化器病学会認定専門医。著書に『腸の冷えを取ると病気は勝手に治る』(マキノ出版)など多数。
便通が正常でもガス腹のリスクはある!
私のクリニックの便秘外来にやってくる患者さんは、年々、増加傾向にあります。それは、便秘外来という存在が、広く知られるようになってきたためという側面もあるでしょう。しかし、それ以上に、便秘の悩みを抱える人が増えつつあることの現れだと感じています。
なかでも、私が近年、注目しているのが、「おなかが張って苦しい」「おならが漏れる」「おならがとても臭い」といった、いわゆるガス腹に悩む人が増えている点です。
もともと、便秘のかたほど、ガス腹の症状を訴える傾向がありました。しかし近ごろは、排便は毎日あるのに、おなかが張って苦しいと訴える人も少なくありません。
私は以前、当時勤務していたクリニックで、排便状況の正常な人と、常習性(慢性)便秘症の人の自覚症状を調査したことがあります。
正常者500人と、常習性便秘症の人500人を無作為に抽出して、自覚症状の有無について質問しました。
その結果、排便が常にある「正常群」でも、61.5%の人が腹部の膨満感を訴えていました。おなかが張ることにより、苦しさを感じていたのです。
私は、こうした人たちを「停滞腸」と名づけました。便秘ではなくとも、排便力が弱っている人たちです。
この人たちの腸を大腸内視鏡で見ると、腸の動きが悪かったり、動きがほぼ止まっていたりするケースが見られます。このように排便が普通にある人たちも、ガス腹になるリスクがあるのです。
ガス腹が大腸ガンや逆流性食道炎の誘因に!
では、ガス腹のガスは、どこからやってきたものでしょうか。実は、おなかにガスがたまってしまう原因は、一つではありません。
まず、食事の際に、食物といっしょに飲み込む空気です。特に、よく噛まないで食べると、ガスがたまりやすくなるので気をつけましょう。こうして飲み込んだ空気が、おなかのガスの約70%を占めています。
ほかに、胃液が、膵液により中和されるときに発生するガスや、腸内細菌によってつくられるガスがあります。
ガスは、げっぷやおなら、あるいは、血液中に吸収されて、肺を介して呼吸で排出されます。ところが、便秘の人や、腸の動きが悪い人の場合、腸に便が詰まっているため、ガスの排出がうまくいきません。やがて、ガスがおなかにたまり、ガス腹の状態になるのです。
便秘の人の腸内環境は、悪玉菌が優勢です。悪玉菌が優勢になると、腸のぜん動運動(便を送り出す動き)が低下し、便はより出にくくなります。
さらに、悪玉菌の多い腸内では、インドールやスカトールという老廃物が増え、悪臭を放つガスを増やします。おならが臭くなるのも、これらの老廃物の働きによるものです。
こうしたガス腹の状態は、放置してはいけません。当然ですが、ガス腹を引き起こす原因となっている便秘や停滞腸の状態は、体にさまざまな悪影響を及ぼすからです。
まず、便秘によって腸内環境が悪化すれば、免疫力が低下し、病気に感染しやすくなります。
さらに便秘が続けば、本来なら速やかに体外に排出されるはずの老廃物が、体内に長くとどまることになります。すると、血流の悪化や代謝の低下が起こり、それが引き金となって、腹部の膨満感だけでなく、腹痛なども起こりやすくなります。
症状は腹部だけにとどまりません。むくみや冷え、肌荒れやニキビ、体臭など、全身に及んでいくでしょう。
特に怖いのは、便秘を放置しておくと、大腸ガンのリスクが高まることです。大腸ガンを引き起こす原因はさまざまですが、私は、便秘がその原因の一つであると確信しています。
さらに、ガス腹になると、腸の横行結腸にたまったガスが胃を圧迫します。それによって、胃の中の物の流出が遅れたり、最近話題になることも多い、逆流性食道炎を誘因するとも考えられるのです。
実際、私のクリニックでの調査では、慢性便秘症の人のうち、大腸内視鏡による確認で、逆流性食道炎と認められた人が9%もいました。ですから、ガス腹は、逆流性食道炎の予防のためにもほうっておいてはいけません。
ガス腹の予防・改善のためには、それを引き起こす便秘や停滞腸を改善することが大切です。停滞腸は、便秘の一歩手前の状態ですから、ほうっておけば、便秘と同様の悪影響を全身に及ぼします。
便秘や停滞腸は、決して軽視せずに、しっかり対策を取るべきです。例えば、バランスの取れた食事をとり、適度な運動を心がけるなどの生活改善をしていく必要があります。
ガス腹のガスの排出を促す具体策を、下項で紹介していきます。ぜひ試してみてください。
リラックスしておなかを軽くなでるだけ
ガス腹を解消するには、ガスがたまる大きな要因となっている、便秘や停滞腸を改善する必要があります。停滞腸とは、便秘ではないものの、排便力が弱っている、便秘の手前の状態です。
そのためには食事をはじめ、生活習慣を変えていく必要がありますが、ここでは、おなかにたまったガスを抜く、手軽な方法を紹介しましょう。
大腸内視鏡検査を行う際、内視鏡が腸の中を進みやすくするために、大腸に空気を送り込みます。すると、腸内がふくらんで、ガス腹と同じような状態になります。
検査が終わると、この腸に残った空気を抜くために、右半身が下になるように、体を動かすことをアドバイスします。こうすると、腸のガスが抜けやすくなるのです。
これを応用したのが、今回ご紹介する「ガス抜きマッサージ」です。
やり方は下記にあるとおり、とても簡単です。おなかを強く圧迫したり、便を無理に出そうとしていきんだりしてはいけません。あくまでも、軽くおなかをなでる感覚で行ってください。
ポイントは、できるだけリラックスした気持ちで行うことです。というのも、リラックスできない、ストレスのかかった状態は、ガス腹を悪化させるだけだからです。
そもそも、緊張したりストレスが強かったりすると、無意識のうちに空気を多量に飲み込んでしまいます。空気嚥下症や呑気症と呼ばれるものが、これです。
ですから、このガス抜きマッサージは、リラックスして行ってほしいのです。
また、こうしたマッサージは、習慣化して根気よく続けることが肝心です。
重度の便秘の人や、下剤に頼り切っている人は、夕方になると、腸にガスがたまり、おなかが苦しくなってくることがあります。そんなときに、このマッサージを試してみるとよいでしょう。
また、朝食後に行うのを習慣づけることもお勧めです。朝食後は、腸のぜん動運動(便を送り出す動き)が盛んになり、便が出やすくなる時間帯です。そこで、ガス抜きマッサージを行うことで、排便力を高める効果が期待できます。
ガス抜きマッサージのやり方
※深呼吸しながら行うとより効果的
※1日1回以上、好きな時間に行う(夕方や朝食後がお勧め)
※服の上からさすってよい
❶右半身を下にした姿勢で横になり、右手で頭を支える。
❷左の手のひらを胃の少し下に当て、おなかの上から下に向かうように、時計回りにさする。これを5~10分続ける。
ぬるいお湯に長めにつかるのもお勧め!
排便力を高めるためには、「体を温める」ことも重要な要素です。最近では、シャワーだけで入浴を済ませてしまう人も少なくありませんが、ガス腹対策としては勧められません。
湯船につかって入浴すると、体が芯から温まります。体温が上昇すると、腸管の動きも活発になります。
ただし、あまり熱いお湯に入ると、自律神経(意志とは無関係に、血管や内臓などをコントロールしている神経)のうちの交感神経が優位になります。
腸の動きは、交感神経と拮抗して働く副交感神経が優位となったときに活発になるので、熱過ぎるお湯は好ましくありません。ふだんから、「熱いお湯に短め」に入るより、「ぬるいお湯に長め」に入ることを心がけるといいでしょう。
ちなみに、ドイツやイギリスなどでは、以前から、こうした腸の慢性疾患に対して、代替医療としてミントオイルが有効であるといわれてきました。イタリアではペパーミントの含有錠剤で、腸の症状が改善することも報告されています。
ペパーミントの精油成分(メントール)が消化管に健胃・整腸作用をもたらし、下痢、便秘、腹部の膨満感などに効くと考えられています。
ペパーミントを飲用するなら、ペパーミント・ジンジャーティーなどがお勧めです。大きいスーパーや百貨店などで、売られています。また、入浴の際、ペパーミントが配合された入浴剤を加えるのもいいでしょう。
ガス抜きマッサージと併せて、ペパーミントも、ガス腹解消に役立ててみてください