「過敏性腸症候群(IBS)」には、下痢型、便秘型、両方が起こる混合型があります。「体質だから仕方ない」と諦めている人も多いようですが、IBSはれっきとした病気であり、適切な治療で改善できます。【解説】石井洋介(秋葉原内科saveクリニック共同代表・山手台クリニック院長)
解説者のプロフィール
石井洋介(いしい・ようすけ)
秋葉原内科saveクリニック共同代表・山手台クリニック院長。2010年、高知大学医学部卒業。消化器外科医。横浜市立市民病院等を経て、現職。16歳で潰瘍性大腸炎を発症。大腸がんの啓発のために「日本うんこ学会」を立ち上げ、エンターテインメント感覚で排便状況の報告をできるよう開発されたゲームアプリ「うんコレ」を開発中。著書に『19歳で人工肛門、偏差値30の僕が医師になって考えたこと』(PHP出版)がある。
病気だと思わずに人知れず悩んでいる人も多い
「急な下痢でトイレに駆け込む」「おなかが張って痛む、ガスが出る」「便秘をくり返す」。心身のストレスなどにより、排便トラブルが起こるのが「過敏性腸症候群(IBS)」です。
IBSの患者さんには、病気という自覚がなく「体質だから仕方ない」と諦めている人も多いようです。しかし、IBSはれっきとした病気であり、適切な治療で改善できます。
ご自身も潰瘍性大腸炎という難病で大腸の全摘出術を受けるなど、排便の悩みと向き合ってこられた石井洋介先生。現在、排便外来で診療をされている消化器外科医の石井先生に、デリケートな腸との上手な付き合い方を伺いました。
[取材・文]医療ジャーナリスト 松崎千佐登
──過敏性腸症候群(IBS)とは、どのような病気なのでしょうか。
石井 細胞や組織に、炎症やがんのような明らかな病気が見つからないのに、下痢をして排便回数が増える、残便感がある、便秘をくり返す……といった排便のトラブルが起こる病気で、主因はストレスとされています。
IBSには、「Rome IV(ローマフォー)」と呼ばれる世界的な診断基準があり、分かりやすく簡略化したのが下のリストです。
過敏性腸症候群の診断基準(簡略)
■必須条件
最近の3ヵ月間で、週に1日以上、腹痛や腹部の違和感がくり返し起こる
さらに、次の3項目中2つ以上が当てはまる。
□排便すると腹痛や腹部の違和感が改善する。
□腹痛等の症状が出るときに、排便の頻度(回数)が増えたり減ったりする。
□腹痛等の症状が出るときに、便の性状の変化(硬くなったり軟らかくなったり)を伴う。
IBSでは、継続的に腹痛あるいは腹部不快感と、それに関連した下痢や便秘が見られます。排便すると痛みや違和感が軽減・解消するのも特徴です。この診断基準に当てはまる人は、IBSを疑ってください。
IBSには、「下痢型」、「便秘型」、下痢と便秘の両方が起こる「混合型」があります。一般的に、男性に下痢型が多く、女性には便秘型、下痢型の両方が見られ、混合型も少なくありません。男性よりも女性のほうが1.5~2倍ほど患者数が多いとされています。
──症状を見る限りでは、ことさら病気と思っていない人も多そうですね。
石井「自分はもともと腸が弱い。そういう体質だ」と思っていて、日常生活での困難を我慢しているIBSの患者さんはかなりいると考えられます。
病気という認識がないので、当然、受診もせず、治療も受けずに我慢しているわけです。今回のようなIBSについて書かれている記事を見て、「もしや自分も」と受診される人は、当院にも多くおられます。
病気という認識を持てても、デリケートな問題を含むので、なかなか相談しづらい病気ではあります。しかし、きちんと受診して診断を受ければ、その人に合う治療を受けられるので、IBSが疑われる人は、ぜひ受診してみてください。
IBSは、放置しても悪化したり、命に関わる病気につながったりすることはありませんが、つらい症状を我慢しなければならず、生活の質やパフォーマンスが低下したまま過ごすことになります。
例えば、誰でも下痢をしたときに多少トイレを我慢した経験はあると思います。その状態で、長時間、席を外せない会議に出ているのは耐えがたい苦痛だということが想像できるでしょう。IBSの、特に下痢型の人では、そういう状況が日常的に続いているわけです。
さらに、我慢の限界を超えて、便をもらしてしまい、「二度と会社に行きたくない」という状況に陥る恐れもあります。そうなる前に受診し、適切な対策を取りたいものです。
IBSの便秘型に一般の便秘薬は効かない
──IBSの対策は?
石井 大きく三つあります。
(1)薬を使う治療法
(2)食生活の工夫
(3)ストレスコントロールや精神面のケア
です。
薬に関しては、下痢型の人ならまずセロトニン3受容体拮抗薬であるラモセトロン塩酸塩や、高分子重合体、整腸剤などから使っていきます。
さらにはお守りとして、強めの止瀉薬(下痢止め。ロペラミドなど)や痛み止めを持たせることもあります。
この薬を使うと、少なくとも下痢は止まるので、まずは気持ちが落ち着きます。それまで、下痢や便もれに対する恐怖で、何もできなくなっていた人も、一歩踏み出せるようになってきます。「お守り」だと思って持っているだけでも、心身がらくになることは多いのです。
止瀉薬というと、「副作用があるのでは?」「逆に便秘になるのでは?」と怖がる人も多いのですが、適切な量であれば、心配はまずありません。
私はIBSではありませんが、潰瘍性大腸炎で大腸を切除しているので、私自身も排便をコントロールするためにロペラミドを飲んでいます。
日本では、ロペラミドを健康保険で使う場合、1日2mgが上限です。ちなみにアメリカでは12㎎まで使えるので、日本の基準はかなり慎重だと言えます。
この範囲内で問題になる副作用が出た人を、私は見たことがありません。むやみに怖がらずに、排便のコントロールに役立てるとよいでしょう。
弱中強と3段階の薬があるので、強過ぎたら一段弱くするなどして調整もできます。毎日ではなく、仕事のある平日の朝だけ飲んだり、重要な仕事があるときや旅行のときにスポット的に利用したりと、皆さん、それぞれの状況に合わせて使っておられます。
止瀉薬のほか、便の硬さを調整する薬もあり、組み合わせることもできます。
便秘型の場合は、一般的な便秘(腸の働きが鈍くなって起こるタイプ)と、症状そのものはほぼ同じなので、市販の便秘薬を使っている人も多いようです。
しかし、IBSの場合は、一般的な便秘薬が効きにくいのが特徴です。
特に、「長年、便秘薬を使っているが便秘が治らない」という人の中には、IBSの便秘型が隠れていることがあります。高齢の女性に多く見られます。この場合も、受診して、IBSの便秘型に効果的な薬を処方してもらうとよいでしょう。
下痢型でも便秘型でも、基本的な薬なら内科でも出してもらえます。しかし、それでよくならず、調整が難しい場合は、排便外来や消化器内科でIBSに詳しい医師に相談するとよいでしょう。
──食生活については?
石井 個人差が大きいのですが、炭水化物、脂質、アルコール、香辛料などを多くとると、IBSの症状が悪化する人が半数以上います。
便秘型では、食物繊維を多くとる食生活で改善する場合があります。
最近、注目されているのが、IBSと「フォドマップ(FODMAP)」と呼ばれる食品群との関係です。
フォドマップとは、「小腸内で消化・吸収されにくい発酵性の糖類」の略称です。小麦、タマネギ、豆類などに多いオリゴ糖の仲間、ヨーグルトや牛乳に多い乳糖(二糖類)、ハチミツや果物に多い果糖(単糖類)、人工甘味料を使った菓子などに多いソルビトール、キシリトールなどが含まれます。
フォドマップには、一般的に腸内環境を整えたり、健康によいとされたりしている食品も多いため、腸が弱いことを自覚しているIBSの患者さんの中には、積極的にとっている人もいます。
しかし、腸に残りやすい食物で、発酵や水分の流入を促すため、下痢を起こす刺激を増幅させてしまうことがあります。腸が過敏でない人には何も問題がなくても、IBSの人では下痢やおなかの痛み、ゴロゴロ感、張り、ガスなどの症状を悪化させることがあるのです。
IBSの人が避けたほうがよい食材(高フォドマップ食材)の代表例
■大麦・小麦・ライ麦(パン、ピザ、ラーメン、パスタ、うどん、お好み焼き、パイ、ホットケーキなども含む)
■豆類(大豆、エンドウ豆、インゲン、ヒヨコ豆、レンズ豆、アズキ)
■きな粉
■あんこ
■納豆
■カシューナッツ
■ピスタチオ
■トウモロコシ
■ハチミツ
■オリゴ糖
■果糖ブドウ糖液糖
■ミント菓子、あめ、ガム
■牛乳
■ヨーグルト
■アイスクリーム
■クリームチーズ
■ニンニク
■タマネギ
■ニラ
■ゴボウ
■サツマイモ
■サトイモ
■シイタケ
■マッシュルーム
■アスパラガス
■セロリ
■カリフラワー
■キムチ
■リンゴ
■プルーン
■ナシ
■洋ナシ
■モモ
■スモモ
■スイカ
■グレープフルーツ
■イチジク
そのため、IBSにはフォドマップの多い食品を減らした「低フォドマップ食」が有効とされています。該当する食材が多いので、神経質に全てを避ける必要はありませんが、腸によかれと思ってフォドマップに該当する食材(上の表参照)を毎日とっている人は、やめてみると症状が改善することもあります。
ただし、低フォドマップ食を長く続けると、腸内細菌のバランスに悪影響が出る恐れがあるともいわれているので、医師に相談しながら実践すると安心です。
高フォドマップの食品をある程度避けることで、おなかの調子がよくなると分かれば、重要なイベントのあるときだけは避けるようにするなど、自分なりにマネジメントできるようにもなります。
「治療効果」と「生活の質」を合わせて評価する
──ストレス管理や精神面のケアは?
石井 根本的にIBSは、ストレスに起因する病気です。さらに、IBSの症状に関する不安が、またストレスとなって悪循環を生み出す面もあります。
具体的なストレス源は、もちろん人それぞれで、自分で突き止めていくしかありません。比較的多いのは人間関係や仕事上のストレスで、産業医の先生と相談して配置転換や休業することで、症状が改善した事例もあります。
ものの受け取り方や考え方(認知)に働きかけ、行動を変えてストレスを軽減していく「認知行動療法」も、IBSに効果的です。この場合は、IBSに詳しい消化器内科医や心療内科医の指導を受けて、物事のとらえ方や、IBSへの不安の感じ方を変えていきます。
先ほども言いましたが、最終的には「自分でコントロールできる」と思えるようになることが大事です。
そんなに大げさなことでなくても、「ちょっと自分のキャパシティ(許容範囲)を超えたな」と思ったら休むとか、早く帰って寝るなど、自分なりの対処法ができれば、症状の出方はかなり変わってきます。
──生活面の工夫も重要でしょうか?
石井 行き先のトイレの場所とともに、各駅の混雑するトイレと空いているトイレを確認しておくとか、映画館や長距離の電車などでは、いつでもトイレに立ちやすい通路側に座るといったことですね。IBSの人なら、すでに自然にやっているかもしれませんが、そういう工夫も、安心感をもたらす上で重要です。
それから、排便というデリケートな問題をはらむ病気で、家族や友人に隠したい気持ちになりがちですが、できるだけカミングアウト(公表)したほうが精神的にらくになります。
私自身、19歳で大腸切除術を受け、その後、しばらくはそのことを隠していましたが、ある時期からオープンにし、その上で受け入れてもらうようにしたら、精神的にらくなだけでなく、人生全般が豊かになると感じました。それで、今は病気のことをオープンにしています。
隠していると、一緒に出かけた旅行や外出で、頻繁にトイレに行くのを遠慮してしまうなど、つらい状況を招くことにもなります。「こういう病気だから」とオープンにして許容してもらえば、お互いらくに過ごせるでしょう。
──先生は闘病中、引きこもりになった時期もあったそうですが?
石井 私の場合は、潰瘍性大腸炎という別の腸の病気でしたが、「治らない」と言われたショックに加え、厳しい食事制限を完璧に守らなければいけないと当時は思い込んでいたために、友だち付き合いもできなくなって、一時期、引きこもってしまいました。
その経験から思うのは、食事療法を含めた治療の成果だけにとらわれずに、QOL(生活の質)も評価しながら、「合わせて200点満点」と考えたほうがよいということです。
厳密な食事制限を完璧に守って、腸の症状がよくなっても、社会生活から切り離されてQOLが大きく下がったら、何のための治療か分からなくなります。
治療は70点でも、QOLが80点なら「合わせて150点でまずまず……」というくらいにとらえ、臨機応変に取り組みながら、IBSという病気と付き合っていくとよいのではないでしょうか。