変形性股関節症で股関節の機能が悪くなると、ロコモティブシンドローム(運動器症候群・ 略称=ロコモ)を引き起こす危険性があります。股関節は運動器の中核ですから、その影響は大きいものがあります。ただし、近年は手術(人工股関節置換術など)の飛躍的な進歩で、進行しても治癒可能な病気になっています。また、早期なら、生活動作の改善や運動などによって症状や進行を抑えることもできるので、むやみに恐れることはありません。なお、本稿は『壮快』2020年6月号(マキノ出版)から一部を抜粋・加筆して掲載しています。
解説者のプロフィール
高平尚伸(たかひら・なおのぶ)
1989年、北里大学医学部卒業。2007年、北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻教授および北里大学大学院医療系研究科整形外科学教授。医学博士。日本股関節学会理事、日本人工関節学会評議員。北里大学病院整形外科では、さまざまな股関節手術・ リハビリテーション、スポーツ医学、ロコモティブシンドローム、姿勢など、多くの分野の治療に従事。著書も多数。
運動や生活動作の改善で症状や進行を抑えられる
足のつけ根辺りに、持続的な痛みや違和感を持つようになった場合、まず変形性股関節症を疑ってください。変形性股関節症は、股関節の軟骨が摩耗することで関節が変形してくる病気で、股関節痛の 大半を占めています。日本に300~500万人いると推定され、その多くが女性です。
股関節は、人体で最も大きな関節。体重を支えるだけでなく、歩いたり走ったり、私たちが体を動かすうえで、重要な役割を担っています。変形性股関節症で股関節の機能が悪くなると、ロコモティブシンドローム(運動器症候群・ 略称=ロコモ)を引き起こす危険性があります。
ロコモとは、骨や関節、筋肉などの運動器の機能が衰えることで、日常的に体を動かすことが困難になる状態です。それが各臓器に悪影響を及ぼし、寝たきりや要介護につながりかねません。股関節は運動器の中核ですから、その影響は大きいものがあります。
ただし、近年は手術(人工股関節置換術など)の飛躍的な進歩で、進行しても治癒可能な病気になっています。また、早期なら、生活動作の改善や運動などによって症状や進行を抑えることもできるので、むやみに恐れることはありません。
まず、股関節の構造と変形性股関節症が発症するしくみからお話ししましょう。下の図をご覧ください。
骨盤の両端には寛骨(かんこつ)があり、その左右外側に丸いくぼみ(寛骨臼蓋)があります。股関節は、このくぼみに大腿骨頭(大腿骨の上端内側の球体部分)がはまり、関節包(関節を包む組織)や靭帯(骨と骨をつなぐ組織)などで支持・連結される構造になっています。
大腿骨頭と寛骨臼との間には弾力性に富んだ関節軟骨の層があり、これが滑液(関節内液)とともに股関節の滑らかな動きを可能にしているのです。
ところが、変形性股関節症の人は、長年、骨と骨が接している部分(荷重部)に体重がかかったり、摩擦が続いたりすることで、軟骨が徐々にすり減って、関節の隙間が狭くなり、痛みを感じるようになります。さらに摩耗が進むと、軟骨層の下にある骨がむき出しになってきて、直接骨どうしがこすれ合い、骨が変形するようになります。
また、痛みの増大に伴って、周囲の筋肉がこわばり(筋肉拘縮)、さらに骨の変形が進みます。そのために関節の可動域が狭くなって股関節の動きが悪くなってきます。拘縮が進むと患部側の骨盤が傾いてきて、脚の長さに左右差が発生。この脚長差と、痛みのある側の足をかばうこととで、足を引きずるようになります。
関節の音や違和感などが早期のチェックポイント
変形性股関節症になる原因の約8割は、寛骨臼形成不全とされています。これは寛骨臼の発育が十分でないため、関節面が狭く、大腿骨頭を十分に覆うことができない状態です。そのために荷重のかかる面積が小さくなり、変形が進みやすくなるのです。
寛骨臼形成不全になるのは、圧倒的に女性が多く、大人になってから、そのリスクが倍加します。若いうちは特に症状は出ないことが多く、学生時代には激しいスポーツをしている人もいます。
しかし、社会人になると運動することも減ります。そして結婚、出産を機に体重も増えがち。さらにだっこやおんぶなどの子育てによる荷重で、股関節への負担が増加。このころから股関節痛が生じてくるのです。加齢による筋肉や骨の衰えなども、これに拍車をかけます。
遺伝的な要素も指摘されます。変形性股関節症と遺伝との関係は、まだよくわかっていませんが、日本股関節学会のガイドラインにも、リスクファクターとして明記されています。実際、私の外来でも、母親と娘さん、さらには祖母と、親子三世代で変形性股関節症を患っているというケースもあります。
また、仕事などで重い物を持ったり、動かしたり、ふだんから股関節に荷重や衝撃を加えるような生活も、発症の大きな要因になります。
変形性股関節症は、寛骨臼形成不全などのリスクを持っていても、ずっと症状が出ないまま一生を終える人も少なくありません。いわば病気であっても病気でない状態で、これなら特に問題はありません。
しかし、いったん発症し、症状が進むと、さまざまな弊害が生じます。とりわけ、最近問題視されているのは、先述した高齢者に多いロコモや、それに続く弊害との関係です。
ですから、変形性股関節症も早期発見が大切です。初期の段階なら、運動療法や生活の改善で、進行の予防や痛みの改善も可能になるからです。
早期発見の主なチェックポイント
早期発見の主なチェックポイントを挙げておきましょう。
●日常動作でチェック
・初動時や歩行時に、ときどき関節が「コリッ」「パキッ」と鳴る。
・靴下を履くことや、足の爪を切ることが困難になる。
・イスに座っているときに、足を組みにくくなる。
●自覚症状でチェック
・立ち上がったときや、長く歩いたときに、股関節に「重だるい」「張りがある」といった違和感がある。
・歩き始めに股関節が痛み、歩いているうちに消える(初期に出る典型的な痛みのパターン)。
・ひざ痛や腰痛で受診しても、 原因不明(股関節の痛みをかばっていると、ほかの関節に痛みが出やすい)といわれる。
また、人から「歩き方が変」と指摘されてわかる場合もあります。トレンデレンブルグ現象といって、変形性股関節症の影響で脚長差が出たりすると、上半身が左右に揺れて歩いているように見えるのです。ただ、この段階になると、かなり進行している場合が多くなります。
なお、変形性股関節症の治療法は、主に運動や生活改善などの保存療法と、手術療法になります。
本稿は『壮快』2020年6月号(マキノ出版)から一部を抜粋・加筆して掲載しています。詳しくは下記のリンクからご覧ください。