「横になってもなかなか寝つけない」「夜中に目が覚めてしまう」「寝たはずなのに疲れが取れない」。そんな睡眠の悩みはありませんか? 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大や、それに伴う生活の変化で、誰もがストレスを感じているでしょう。外出自粛による活動量の低下もあり、不眠を訴える人が少なくないようです。深く眠れる入浴法や、寝具の選び方、体内時計の乱れを正すセルフケアなどを、3人の医師の先生がたに伺いました。
睡眠の質を高めるコツとは
睡眠不足がQOL(生活の質)低下だけでなく、肥満や生活習慣病、認知症などを引き起こす原因となり、また、寿命の短縮にもつながることがわかってきました。現代社会においては、睡眠時間を確保できない人だけでなく、「眠りたいのに眠れない」人も多いでしょう。その場合、いかに睡眠の質を高めるかが重要となります。良質の睡眠を得るポイントを、スタンフォード大学医学部精神科教授の西野精治先生に教えていただきました。
(1)解説者のプロフィール
西野精治(にしの・せいじ)
スタンフォード大学医学部精神科教授、同大学睡眠生体リズム研究所(SCNラボ)所長。医師、医学博士。1955年、大阪府出身。1987年、当時在籍していた大阪医科大学大学院からスタンフォード大学医学部精神科睡眠研究所に留学。突然眠りに落ちてしまう過眠症「ナルコレプシー」をはじめ、睡眠・覚醒のメカニズムを分子・遺伝子レベルから個体レベルまで幅広い視野で研究。初の著書『スタンフォード式 最高の睡眠』(サンマーク出版)がベストセラーに。
▼専門分野と研究論文(CiNii)
睡眠の「量」が取れないなら「質」を高めよう
寝始めの90分が非常に重要
なんらかの事情で睡眠時間を確保できない場合、いかに睡眠の質を高めるかが重要となってきます。そのためには、寝始めの90分で、いかに深い眠りを得られるかがポイントになります。
私たちの睡眠のリズムは、入眠から約90分間ノンレム睡眠が続き、90分後、最初のレム睡眠が現れます。ノンレム睡眠は、眼球が動かない眠りで、熟睡の状態。一方のレム睡眠は、眠っていても眼球が動いている、眠りの浅い状態です。
ノンレム睡眠の深さは、レベル1〜4までありますが、下のグラフ(1)でもわかるように、1回めのノンレム睡眠が最も深くなっています。6〜7時間眠る場合は、90〜120分のスリープサイクルを4回ほどくり返しますが、睡眠の質は、最も深い第1周期の質で決まります。つまり、何時間寝ても、最初の90分がくずれれば、眠りも総くずれになってしまうのです。
ホルモン分泌や老廃物の排出も最初の90分に
また、成長ホルモンの7〜8割が分泌されるのが、この最初の90分のノンレム睡眠時です。成長ホルモンは、細胞の成長、骨の増殖、アンチエイジングなど、子供だけでなく、大人の健康維持にも味方になってくれる物質です。
免疫力のアップや、脳の老廃物の排出にも、ノンレム睡眠が大きな役割を果たしており、最初の90分を深く眠ることは、病気やアルツハイマーの予防にも役立ちます。
睡眠の質を上げる4つの方法とは
皆さんには、最初の90分の眠りの質を高めてもらうために、次の四つの方法を実践していただきたいと思います。
就寝の90分前に入浴を済ませる
まず一つめは、「入浴」です。
深い睡眠に効果的なのが、「深部体温」(脳や内臓などの体の内部の温度)を一時的に大きく上げて、大きく下げること。これができるのが、入浴なのです。入浴のタイミングは重要です。お風呂に入ると体の深部体温が上がり、その後、時間をかけて元の体温まで下がります。深部体温が大きく下がるときが、入眠のベストタイミングで、入浴後90分が目安になります。そのため、寝る90分前に入浴を済ませておくと、スムーズに入眠できるのです。
「入浴後すぐ寝たい」という人は、シャワーだけ、またはぬるいお湯に15分以内で入り、深部体温の上げ下げの時間が短くなるようにしましょう。
眠気が来たらすぐ寝る
二つめは、眠くなったらすぐ寝ること。「宿題(やらなくてはいけないこと)」は翌朝にしましょう。眠気をこらえて作業をしても、その後、脳は興奮して入眠のタイミングを逃しており、最初の90分の深い睡眠が得られません。
それならば、眠気が来たときに寝てしまって、その分早く起きたほうが、深い睡眠を取ることができます。目覚めたあとの頭も冴え、翌日の疲労感もさほど感じないでしょう。
通気性のいい枕を使う
三つめのポイントは、「寝具」です。睡眠中は脳を休めなければならず、休めるには温度を下げたほうがいいのです。通気性がいいと温度が下がるので、アレルギーの問題がなければ、日本のそば殻枕はとてもいい枕といえるでしょう。
天気にかかわらず朝日を浴びる
四つめは、朝起きたときの行動です。
覚醒のスイッチとなるのが光と体温。天気にかかわらず「朝の光を浴びること」は、メラトニン(眠りを誘うホルモン)の分泌を抑制し、覚醒を促してくれます。
また、自然に上がっている深部体温と皮膚温度の差を広げることが覚醒につながるので、起きたあとは裸足で歩いたり、冷たい水で手を洗ったりするのもいいでしょう。
あれこれ考えて眠れないときは
ストレスや心配事があって、床に就いてからもなかなか眠れない。「眠らなければ」と思えば思うほど目が冴えてくる。やっと寝ついても、朝目が覚めたときに疲れが取れていない、寝た気がしない。そんなタイプの不眠に悩む人も多いでしょう。患者さんのストレスコントロールを目的に、病院で25年間、呼吸法教室を続けている外科医の本間宏先生にお話を伺いました。
(2)解説者のプロフィール
本田宏(ほんだ・ひろし)
外科医。前栗橋病院院長補佐。1979年、弘前大学医学部を卒業。腎移植、肝移植の研究に携わったのち、埼玉県済生会栗橋病院に外科部長として赴任。2015年に外科医を引退し、現在は医療制度改革の活動に従事している。
▼専門分野と研究論文(CiNii)
脳の興奮を鎮めるヨガの呼吸法
ストレスコントロールと免疫力向上が目的
私は外科医として36年勤務したのち、現在は医療現場の労働環境や医療制度を改革する活動に従事しています。講演会や執筆など非常に多忙ですが、埼玉県の栗橋病院で、月に1〜2回の外来診療と、週に1回の呼吸法教室を行っています。
呼吸法教室は、25年続いています。私が担当したガン患者さんのストレスコントロールと、免疫力向上を目的に始めました。教室では、いくつかの呼吸法を行いますが、基本となるのが「4・7・8呼吸」です。
これは元来ヨガの呼吸法で、気持ちを鎮め、ストレスを緩和するとされます。ですから、不眠に悩むかたにもお勧めです。
3~4回で気持ちが落ち着く
不眠の原因はさまざまですが、最近多いのは「昼間のストレスを解消しきれず、なかなか寝つけない」というタイプです。布団に入ってから、昼間の出来事を思い出してイライラしたり、ネガティブ(否定的)な考えが止まらなくなったり、不安になったりして、眠れなくなるようです。
そんなとき、脳の興奮を鎮め、心身をリラックスさせるのが、4・7・8呼吸です。
鼻から息を吸って、いったん止め、口から吐くだけです。入浴中や寝室に入る前、布団に入ってから行ってもけっこうです。何回行ってもいいのですが、だいたい3~4回で気持ちが落ち着き、心身がくつろいでくるでしょう。布団の中で行っていて眠気を催したら、そのまま眠ってかまいません。
呼吸法でなぜ眠れるようになるのか
体が休息モードになる
4・7・8呼吸は、吸う息よりも、吐く息のほうが2倍長く、呼吸が非常にゆっくりになります。呼吸を意識的に遅くすることで、副交感神経が優位になり、体が休息モードになるのです。具体的には、血管が拡張して血流がよくなり、筋肉の緊張が緩んでリラックスします。
呼吸法教室に参加する患者さんたちからも、「よく眠れるようになった」「気持ちが安定する」「イライラが鎮まる」との声が上がっています。
副交感神経が優位になると、血液中の白血球のうち、ウイルスなどの外敵や、腫瘍などの異物を攻撃するリンパ球が増加します。つまり、副交感神経を優位にする4・7・8呼吸には、病気から身を守る免疫力を高める作用も期待できます。就寝前だけでなく、時間が空いたときにも、ぜひ行ってください。
4・7・8呼吸のやり方
(1)肩の力を抜いて、4秒かけて鼻から息を吸う。
(2)7秒間息を止める。
(3)8秒かけて、口からゆっくり息を吐く。このとき、舌の先端を上の前歯の裏側につける。
呼吸と自律神経の関係
呼吸を調整すると心身が整う
なぜ、4・7・8呼吸を行うと、気持ちが安らいで眠れるのでしょうか。それは、自律神経のバランスが整うからです。
自律神経とは、意志とは無関係に血管や内臓、ホルモン分泌を調整する神経です。心臓や胃腸の動きは、自分で止めようと思っても止められません。これらは、自律神経がつかさどっているからです。
では、呼吸はどうでしょう。睡眠中も呼吸ができるのは、自律神経がコントロールしているからです。睡眠中の呼吸は、大きく深くなりますが、これは自律神経が心身を休息させるために、呼吸を調整しているのです。
目覚めた状態では、自分の意志である程度、息を止めたり、速度や深度を変えたり、という調整ができます。焦っているときや緊張しているとき、大きく深く呼吸をすると、気持ちが落ち着くという経験は、皆さんもお持ちでしょう。これはつまり、呼吸をコントロールすることで、心身を調整しているのです。
自律神経の切り換えがうまくいくと熟睡できる
自律神経は、心身を活動的にする交感神経と、心身を休息に導く副交感神経が、バランスを取って働いています。昼間の活動中は交感神経が優位になり、夕方から明け方にかけては副交感神経が優位になります。この二つの神経の切り換えがうまくいけば、明け方までは休息モードで、ぐっすり眠れるはずです。
ところが、昼間の緊張やストレスを引きずっていたり、イライラが鎮まらず興奮状態が続いたりすると、交感神経から副交感神経への切り換えができません。そのため、眠れなくなるのです。このような状態のときに、心身の調整に効果を発揮するのが、4・7・8呼吸です。
呼吸法教室に参加する患者さんたちからも、「よく眠れるようになった」「気持ちが安定する」「イライラが鎮まる」との声が上がっています。
副交感神経が優位になると、血液中の白血球のうち、ウイルスなどの外敵や、腫瘍などの異物を攻撃するリンパ球が増加します。つまり、副交感神経を優位にする4・7・8呼吸には、病気から身を守る免疫力を高める作用も期待できます。就寝前だけでなく、時間が空いたときにも、ぜひ行ってください。
眠れないのは疲れ目のせい?
パソコンやスマートフォンのLED画面には、ブルーライトが多く含まれています。このブルーライトが疲れ目やかすみ目といった目の症状と同時に、不眠の原因にもなっているといいます。また、近くばかり見ていると目の筋肉が緊張し続け、自律神経が乱れて不眠を引き起こすことも。
眼精疲労と不眠を改善する対策を、松本眼科院長の松本拓也先生に伺いました。
(3)解説者のプロフィール
松本拓也(まつもと・たくや)
松本眼科院長。日本眼科学会専門医。最適の治療、最新の治療をモットーに、丁寧な説明と、患者に病気の状態を理解し納得してもらうことを大切にしている。治療のかたわら、テレビや新聞、雑誌にも多数登場し、目についての啓蒙に努める。
▼松本眼科(公式サイト)
▼専門分野と研究論文(CiNii)
体内時計とは?
人体に組み込まれたタイムスケジュール
最近、疲れ目やかすみ目といった目の症状と同時に、不眠を訴える人がいます。
よく「眼精疲労」という言葉を耳にしませんか? 眼精疲労とは、目を使うことによって体にさまざまな悪影響が出現し、休んでもそれが解消できない状態のことをいいます。具体的には、目の痛み、かすみ、まぶしさ、充血といった目の症状だけでなく、頭痛、肩こり、吐き気などの全身症状まで、すべて眼精疲労に含まれます。
そして、不眠もまた、眼精疲労の症状の一つとして起こることがあります。ほかの症状も同様ですが、そこには近年のパソコンやスマートフォンの使う時間の増加が、大きく影響していると考えられます。
というのも、目の疲れから不眠が起こる理由として、パソコンやスマートフォンのLED画面に多く含まれる、ブルーライトの影響が考えられるからです。
本来、太陽の光で目覚めて、日が沈むと眠くなるというように、人間の体には体内時計が存在します。この体内時計は、網膜が太陽光に含まれる青い光を感じることでつくられています。網膜が青い光を感知すると、メラトニンというホルモンの分泌が抑制され、脳は「朝だ」と判断して、体を目覚めさせます。一方、青い光がないとメラトニンの分泌が増え、脳が「夜だ」と判断して、眠気を催すのです。
ところが、夜遅くまでパソコンやスマートフォンの画面を見ていると、ブルーライトによって脳は「朝だ」と勘違いします。その結果、眠れなくなり、体内時計が狂って、やがて睡眠障害へとつながっていくのです。
目の筋肉の緊張が自律神経を乱す
もう一つ、近いところばかり見て作業していると、毛様体筋というピントを合わせる筋肉が緊張し、血流が悪くなります。筋肉が緊張し、血流が悪くなった状態は、自律神経(心臓や血管など意思とは関係ない働きをつかさどる神経)の交感神経(活動時に働く神経)が優位になっています。
そうなると神経が高ぶって、夜になってもなかなか眠ることができません。その状態が長く続くと、自律神経のバランスが乱れ、睡眠障害の原因になるのです。ですから、目の疲れからくる不眠を解消するには、夜間、特に睡眠前は、できるだけパソコンやスマートフォンを見ないようにしましょう。
朝の散歩は一石二鳥
夜に網膜に入るブルーライトを抑制すると同時に、朝日を浴びることも心がけるとよいでしょう。朝、散歩をすれば、朝日を浴びられるだけでなく、体を動かすことで血流改善にもつながります。血流改善という意味では、ウォーキングやエクササイズなど、軽く汗をかくような有酸素運動を行うのも効果的です。
眼精疲労と不眠への対策は「血流」
目にホットタオルを当てる
目の筋肉をほぐし、血流を改善するには、「目の枕」がお勧めです。目の枕とは、目を温めるためのものです。
手軽なのは、入浴中に行う目の枕です。湯ぶねのお湯に浸したタオルを軽く絞り、まぶたの上にのせるだけ。冷めたら、再度お湯に浸せばよいので、常に温かいタオルで目を温めることができます。
お風呂に浸かりながらやれば、体も温まるので、全身の血流もよくなります。血流がよくなれば、自律神経の副交感神経(リラックス時に働く神経)が刺激され、リラックスモードになって眠りやすくなります。夜、寝る前にお風呂に入り、湯ぶねに浸かって5分くらい目の枕を行うとよいでしょう。
目の不調が取れてぐっすり眠れる
最近は温めるタイプのアイマスクが、ドラッグストアなどで市販されています。これらは一定の温度を維持することができるので、お風呂場以外で目を温めたいときに便利です。仕事場などで目が疲れたときに行うのもお勧めです。
私の医院では、近赤外線で目を温める温熱治療を取り入れています。それ以外に、夜はできるだけパソコンやスマートフォンを見ないこと、朝日を浴びること、自分でも目を温めるとよいことなどをアドバイスしています。
これらを実践することで、目の不快症状が取れると同時に、ぐっすり眠れるようになったという人も、実際におられます。皆さんも、まずは簡単にできて気持ちいい目の枕を、生活の中に取り入れてみてください。
まとめ
睡魔と闘って夜なべ仕事をしたり、寝る直前までスマートフォンの画面を見ていたり、起床後カーテンを開けずに家事を始めたり……。そうした生活習慣が不眠を引き起こしているのかもしれません。一つずつできることから実践し、良質の睡眠を取って、心身の状態を整えましょう。
*なお本稿は『慢性不眠が薬に頼らず(楽)治る最強療法』を一部抜粋・加筆して掲載しています。