脳が異常に興奮する「発作」を慢性的にくり返し起こす「てんかん」。高齢者てんかんは薬剤治療が非常に効きやすい病気ですが、一見するとてんかんと気づきにくい症状が多く、認知症と紛らわしい場合もあるので注意が必要です。【解説】赤松直樹(国際医療福祉大学医学部脳神経内科教授)
解説者のプロフィール
赤松直樹(あかまつ・なおき)
国際医療福祉大学医学部脳神経内科教授。1987年、産業医科大学医学部卒業。米国クリーブランドクリニック財団病院神経内科、産業医科大学神経内科学准教授、国際医療福祉大学福岡保健医療学部教授、福岡山王病院脳神経機能センター神経内科等を経て、現職。日本神経学会や日本てんかん学会でガイドライン作成に携わる。
65歳以上で発症率が急増する
「てんかん」というと、「子どもがけいれんしながら泡を吹いて倒れる」というイメージの強い病気ですが、実は高齢になってから新たに発症することも多いことをご存じでしょうか。
高齢者の場合、一見するとてんかんと気づきにくい症状が多く、認知症と紛らわしい場合もあるので注意が必要です。てんかんの発作に気づかず、車の運転などを続けていると、重大な事故につながる危険性もあります。
高齢者てんかんは薬剤治療が非常に効きやすい病気です。本人と家族が特徴を知り、早期発見することで大きな改善が見込めます。高齢者のてんかんに詳しい国際医療福祉大学医学部脳神経内科教授の赤松直樹先生に伺いました。
[取材・文]医療ジャーナリスト 松崎千佐登
──「てんかん」とはどんな病気ですか。
赤松 脳の神経細胞は、電気信号によって情報を伝達していますが、その電気回路がなんらかの原因でショートし、過剰な電気が流れて脳が異常に興奮する「発作」を起こすことがあります。この発作を慢性的にくり返し起こすのが、てんかんという病気です。
もう少し詳しく説明しましょう。
人体には神経が張り巡らされ、その中を弱い電気信号が通ることでさまざまな情報伝達を行っています。神経細胞が集合している脳は、目・耳・鼻・舌・皮膚などから送られてくる情報を処理したり、逆に全身に指令を出して体を動かしたりしているのです。
記憶、動作、感覚、感情といった活動全てが脳内の電気信号によって制御されています。このように重要な脳の電気信号が通る回路やその周辺に、なんらかの傷ができたり、「ゴミ」がたまったり、水分が落ちたりすればどうなるでしょう。
その部分を電気が通ろうとしたときに、バチンとショートして過剰な信号が発生しますね。
すると、その部位の機能が乱れ、脳は適切な情報処理や指令ができなくなって、意識や体の動きをコントロールできなくなります。これがてんかん発作です。
発作が1回だけではてんかんと言わず、2回以上の場合にてんかんと呼びます。通常は数秒から数分程度の発作を何度もくり返します。
──てんかんを発症する原因はなんでしょう?
赤松 一般にてんかんは、生まれつきの体質や脳の形成異常、脳炎、頭を強く打つようなケガ、脳腫瘍、自己免疫疾患(自分の免疫機能で体の組織が攻撃されるもの)など、さまざまな原因から発症します。
わずかに遺伝性のてんかんもありますが、大部分のてんかんは、それ以外の原因から起こり、かつ半数程度は原因不明です。年齢とともに脳に細かなダメージが蓄積していくのに伴って発症が増加していきますから、70歳以上では10歳以下よりも発症率は高くなります(グラフ参照)。
つまり、てんかんは決して子どものときに発症する病気ではなく、誰にでもなんらかのきっかけで起こりうる病気だということです。特に、65歳を過ぎてから発症した「高齢者てんかん」が、高齢化社会の進展とともに急激に増えており、大きな問題となっています。
高齢者てんかんを原因別に見ると、最も多くを占めるのが「脳卒中後てんかん」と呼ばれるものです。脳梗塞で血管が詰まったり、脳出血やくも膜下出血で出血したりすると、治療後も、その付近の電気回路がショートしやすくなり、てんかん発作が引き起こされるのです。
また、代表的な認知症であるアルツハイマー型認知症も、高齢者てんかんの原因になります。
アルツハイマー病では、脳にアミロイドβというたんぱく質が沈着し、神経細胞を壊していきます。その過程で、脳の電気回路に干渉し、ショートしやすくさせるのです。アルツハイマー病の患者さんの20人に1人は、てんかん発作を起こすと言われています。
──てんかんの症状にはどのようなものがありますか?
赤松 てんかん発作は、発作の起こっている部位とその大きさによってさまざまなものがあります。
代表的なのは全身けいれんという大きな発作です。子どもが引きつけて泡を吹きながらバタンと倒れるような発作がこれで、てんかんの症状として一般に最も認知されているものです。
これは、脳の大部分が興奮して起こる「全般発作」というものの一つです。
しかし、高齢者てんかんの場合、全般発作を起こすことは少なく、脳のごく一部が異常興奮して起こる「部分発作」がほとんどです。
特に、記憶や言語の理解、聴覚・嗅覚をつかさどる「側頭葉」という部位に起こる例が多く、全体の7割を占めます。
てんかんの部分発作では、興奮している脳の部分に応じて、次に挙げるようなさまざまな異常行動が出ます。
・一点を見つめてボーッとしている
・突然固まったように動かなくなる
・舌をくちゃくちゃ鳴らす。口をもぐもぐ動かす
・手をもぞもぞさせる、意味なくものを触るなど、同じ動作をくり返す(自動症)
・何をしていたか覚えていない時間がある
・意味なくフラフラと歩き回る
・呼びかけても返事をしない
・全く身を守ろうとせず激しく転倒する
こうした動きが数秒から1分程度続き、長くても5分以内に終わります。
また発作の前に、前触れ症状が出る場合もあります。前触れの3大症状として知られているのが、「デジャブ」、「吐き気」、「恐怖感」です。
デジャブとは、以前に見た風景などが頭に浮かぶもので、脳の電気回路がショートしやすいところは決まっているため、脈絡なく同じ情景がくり返し浮かぶのが特徴です。恐怖心は、訳も分からず怖い気持ちに襲われるもので、パニック障害と間違われることがあります。
不意に体がこわばったり、反対に急に力が抜けたり、意図しない動きが出ることで、てんかん発作に気づく人もいます。
──てんかんの症状だと知らないと、認知症の症状と間違えてしまいそうですね。
赤松 てんかん発作をけいれんだけだと思っていると見逃しやすいのが、高齢者てんかんの特徴です。
これらの症状が出ている間、本人は意識がもうろうとしたり途切れたりしていて、自覚がないことも多いです。
転倒することなく普通に座っていたり、手や口が動いていたりするので、一見、意識がないようには見えないのですが、ご家族や周囲の方がよく観察していれば、普段とは違う、おかしな点に気づくでしょう。
例えば、健常な状態でも何かに気をとられていたら、返事が返ってこないこともあるでしょうが、普通は2~3秒もすればハッと気づいて返事をするものです。10秒以上も返答がないときは、てんかんを疑ってみる必要があります。
こういった行動があったときは、大きな声をかけたり体をゆさぶったりせず、周囲から危険なものを取り除いた上で様子を見守ってください。スマートフォンの動画などで撮影しておくと、後で診断する際に非常に役立ちます。
脳波検査で確定診断でき、9割は薬でよくなる
──検査・診断はどのように行われますか。
赤松 いくつかの検査を行いますが、重要なのは脳波検査です。高齢者のてんかんは、認知症や他の病気と紛らわしい症状も多いのですが、その場合も脳波検査を行えば、明確な診断ができます。
てんかん患者さんの脳では、発作が起こっていないときでも、「発作間欠期てんかん性放電」という現象が起こっており、脳波検査を行えば、1秒以下の微細な電気ショートも検出できます。それにより、てんかんの確定診断ができるのです。
脳波検査は、患者さんとしては、頭部に電極をつけ、ベッドに寝ているだけで受けられる簡単な検査です。リラックスして受けることが大切で、検査中に居眠りしてしまうくらいのほうが、より正確な検査結果が出やすくなります。
検査時間は正味30分、前後の処置を入れて1時間ほどです。脳神経内科、脳外科、精神科などで受けることができますが、まずは近くの医療機関で相談するとよいでしょう。
日本臨床神経生理学会、日本てんかん学会、てんかん診療ネットワークなどのホームページ(下記)では、専門医のリストを公開しています。専門医にかかるには、それを参考にしてもよいでしょう。
──治療はどのように行われますか?
赤松 高齢者のてんかんの大きな特徴は、薬が非常に有効だということです。9割は薬で治療できます。しかも、近年はよい薬が次々に開発され、副作用の心配は非常に低くなっています。
また、高齢者は他に持病があることが多いですが、高血圧、糖尿病、感染症などの薬と併用しても問題ない薬が使われています。
大切なのは、発作の特性に合った薬を、医師の指示にしたがって欠かさずきちんと、十分な期間、服用することです。
服薬が適当だと、薬の血中濃度が安定せず、発作を抑える効果が得られません。
てんかんの患者さんは、電気回路がショートしやすい性質を持ってしまっているので、その改善には一定の期間がかかります。そこで薬は、毎日1回か2回の決められた回数、年単位で服用します。
ほとんどの場合、少なくとも2年以上は薬による治療期間が必要です。しかし、じっくり腰を据えて治療に取り組めば、日常生活を支障なく送れるようになります。
認知症様の症状が劇的に改善することも多い
──もしてんかんに気づかず、見過ごすとどうなりますか。
赤松 年齢的なこともあり、高齢者てんかんの発作による症状を、認知症と誤認して認知症外来を訪れる患者さんが多くいます。
しかし、初期の段階では、発作が出ていないときには脳は正常に働いていますから、認知症テストでは異常が見つかりません。結果的に、てんかんが見逃されることになりがちです。
一方で、てんかんの発作をくり返すと、実際に脳に悪影響が出てきます。高齢者のてんかんの大部分で電気回路のショートを起こすのは、側頭葉の海馬という部分ですが、ここは記憶の中枢でもあります。
てんかん発作をくり返していると、海馬の働きが衰え、記憶力が低下してきます。ぼんやりして、まさに認知症が進んだ状態になるのです。
てんかんであることに気づき、適切な薬剤治療を受ければ、認知症様の症状が劇的に改善するにも関わらず、ご本人とご家族のQOL(生活の質)が落ちるのは非常にもったいないことです。
残念ながら、まだ認知症外来などでは高齢者のてんかんが見逃されることがあるのが現状ですが、本人や家族に「てんかんではないか」という視点があれば、正しい診断・治療に結び付きやすくなるでしょう。
もう一つは、事故のリスクです。どんなに運転に慣れた人であっても、運転中にてんかん発作が起これば、いや応なく意識と体のコントロールを失うわけですから、重大な交通事故を起こす危険性が高くなります。
事故時にさかのぼっててんかん発作が起こっていたかどうかを調べるのは困難ですが、高齢者による交通事故や入浴時の溺水(溺れること)事故の何割かは、てんかん発作によるものである可能性が指摘されています。
こうした事故を防ぐためにも、本人と家族が高齢者のてんかんについて知り、早期発見と治療を行うことが重要です。
■イラスト/勝山英幸
■この記事は『安心』2020年9月号に掲載されています。