シャープが不織布マスクの生産を決めたのは、今年2020年の2月。そして3月には出荷。今月、出荷枚数が1億枚に達しました。シャープは9月に今後注力する8大事業分野を設定しており、「ヘルス(健康)」はその一つ。不織布マスクに続く商品として発表されたのが「フェイスシールド」です。すでに市場にあるフェイスシールドとの違いは何でしょうか。
フェイスシールドの欠点は?
市販のフェイスシールド。このコロナ禍で一度つけたことがありますが、あまり気持ちのいいものではありません。理由を幾つか挙げてみましょう。
最も嫌なのは「すぐ曇る」ことです。ちょっとでも呼吸が乱れると、あれよあれよという間に曇ります。呼吸に全集中していればいいのでしょうが、そういうわけにはいきません。
次は「反射」と「色」。職業柄カメラは毎日の様に使います。その液晶画面に、フェイスマスクの反射光が当たり、見えない部分が出たり、色がちょっとおかしく出たり、これに「曇り」が追加されると、本当泣きたくなりますね。
最後は「装着」です。フェイスシールドは前が重いのです。これが現代人のスマホ首に拍車をかけます。私は30分で、ギブアップでした。
答えはテレビ技術の中にあった
「曇り」「反射」「色再現」。連想ゲームではないですが何か思い出しませんか?そう液晶画面です。初期のスマートフォンなどは、まだまだ性能的に全然ダメで、昼間、太陽光下では読めないモデルが多くありました。しかし、今は違います。どこでも使えるのが普通です。
これを実現しているのが超微細加工技術、いわゆるナノ加工技術です。でも驚くことはありません。身近なモノにはすでに使われているのです。例えば、音楽、映像用の記録型光ディスク(CD-R、DVD-R、BD-R)は、レーザーを用いて、細かくピット(穴)を刻みます。この穴の有無が0、1の記録(デジタル記録の元)になります。ただ、ピットがナノオーダーになるのは、ブルーレイからですから、ナノ加工と言えるのは、BD-Rということになりますが・・・。
シャープの得意な液晶テレビは、いくつもの機能性フィルムを貼り合わせて作られます。この機能性フィルムですが、多くの場合、表面加工を行い、その性質を持たせます。シャープは、このフィルムに機能を持たせる技術をフェイスシールドの欠点の解決策としても使ったのです。
反射を防止する「モスアイ(蛾の眼)加工」とは
微細加工というのは、表面に凹凸をつける技術です。そして凹凸の形状、サイズ、分布で、効果が違ってきます。
今回、シャープが採用したのは「モスアイ」と呼ばれる加工です。蛾の複眼の様に見えるため、こう呼ばれています。複眼の見た目はあまり変わらないのですが、蝶でも、トンボでもなく、「蛾(ガ)」です。
例えば、反射は、物質の屈折率に差がある時に起こります。典型例は水面の輝き。空気と水で屈折率が異なるためです。さて、表面に凹凸をつけたモスアイ構造の場合、斜めに入ってきた光は、凸部分に先に光が当たり、凹部分には、ほんの少し遅れて光が当たります。しかし、光のスピードですから、時間差はほぼなし。となると凹凸加工のある部分は、凸部のフィルムの屈折率と、凹部の空気の屈折率の交わった数値となります。空気の屈折率を1、フィルムを1.5とすると加工部は、間の1〜1.5になります。幅があるのは、光の入り方により、空気とフィルムの比率が変わってくるからです。そうなると屈折率が1から1.5へ飛びません。連続的変化に対して反射は起きません。モスアイにすると反射が起こりにくくなるのです。
では、実際はどのレベルかというと、モスアイ構造なしが4.0%程度反射していたのが、モスアイを
つけると0.3%前後にまで落ちます。モスアイで反射が抑えられたわけです。また、変な反射が起きないということは、色が正確に見えることでもあます。
「モスアイ」&「樹脂」で曇りを防止
対「水」に関しては2つの対策方法があります。一つは表面に撥水性を持たせ、水滴化した水を重力で下へ落とす方法。傘などに用いられる方法です。しかし「曇り」は、水滴化させるほどの水がありませんので、速乾で対応します。このためには、水滴化させないことが鉄則です。表面についた水が薄く広がるような技術がポイントです。
超親水性アクリル系樹脂を薄くフィルムの基材につけ、さらにモスアイ加工。これは表面積を増やすためです。要するに、水の膜をより薄く延ばし乾燥させるわけです。
「色再現」は基材樹脂で
先ほど、光ディスクの話をしましたが、光ディスクは光の透過性が命です。そうでないと正確に記録ピットを読むことができません。そのために選択されたのが、ポリカーボネート樹脂です。ポリカーボネートはとても丈夫で、その多くは建材に用いられます。その透明性に着目したのは光ディスク。シャープもブルーレイのレコーダー、プレーヤーを作っていますので、ポリカーボネートの性質はよく知っています。フェイスシールドの基材に選ばれたのも当然と言えます。
フレームは樹脂と金属の2種類
チタン製フレームは鯖江製
フェイスシールドは、このフィルムを樹脂、金属フレームに取り付けます。掛け心地を左右する最後のパーツはフレームです。フィルムは確かに液晶パネルのパーツとして社内に技術がありましたが、ウェアラブル特に厳しいヘッドマウントは技術を持っていません。
シャープが頼ったのは、大浦イッセイ氏。大浦氏は、メガネのプロダクトデザイナーであると共に、医療関係の仕事もされています。フレームは彼の監修で、チタンフレームを眼鏡フレームで有名な鯖江で、ポリカーボネートの方をシャープで製造することになりました。
私は、メガネ歴50年ですが、チタンフレームのフェイスシールドを付けたときは本当にびっくりしました。ふわりと優しいつけ心地です。メガネを付けていても全く問題がありません。
オール・ジャパンの安心力
このフェイスシールドは、シャープのディスプレイを作っていた鳥取工場で作られます。理由は不織布マスクと同じで、クリーンルームが空いていたから。テレビがデジタル化された今、最終的な画像調整回路以外の差を出すのが難しくなりつつあります。このため価格に流れ、中国にお株を奪われた感じですが、人により寄り添わなければならないモノは、日本製がいいです。設計、性能、品質、全てに安心できます。
このフェイスシールドの品質は並みじゃありません。
ニーズは業務用
フェイスシールドの防御率は低い?
しかし、フェイスシールドは、不織布マスクより、防御力は低いです。それはそうですよね、顔にピッタリくっ付けるものではありませんから。端的にいうと飛沫を直接かならない様にする位の効果です。本当に、こうまでして作る価値があるのでしょうか?
シャープの担当者にそう質問すると、「実は業務用で確実なニーズがあるのです」との答えでした。
なるほど、やや慣れてきた感はありますが、接客などは本来顔を隠すものではありません。昔の侍などは戦で怪我をして包帯でグルグル巻きの時でも、主君の前に出るときは、失礼にあたるとして包帯を外したそうです。
また、エンターティメントもフェイスシールドの方がいいかもしれません。口が見えないとちょっと厳しいものがあります。
最後に
不織布マスクもそうですが、フェイスシールド、保護メガネなど、コロナの影響で頻繁に使われるものが変わってきました。そういう意味では、流通しているけど未改良品は数多くあると思います。それを極めると、安かろうで勝負することが多い某国と、先端技術に職人魂の日本製品に、明確な差がつき、だから日本と言われる様に思います。
そんなことまで感じられるシャープのフェイスシールドは、ECサイト「COCORO STORE」で販売されます。
◆多賀一晃(生活家電.com主宰)
企画とユーザーをつなぐ商品企画コンサルティング、ポップ-アップ・プランニング・オフィス代表。また米・食味鑑定士の資格を所有。オーディオ・ビデオ関連の開発経験があり、理論的だけでなく、官能評価も得意。趣味は、東京歴史散策とラーメンの食べ歩き。