「味覚」は保守的です。小さい頃に食べていたものや味付けを、年を取ってから欲しがるといいます。私は広島出身なので納豆はNGですが、お好み焼きなら週3回でもOK。お年寄りの食習慣を大事にしてください。【解説】三好春樹(生活とリハビリ研究所代表)
執筆者のプロフィール
三好春樹(みよし・はるき)
1950年生まれ。生活とリハビリ研究所代表。1974年から特別養護老人ホームに生活相談員として勤務したのち、九州リハビリテーション大学で学ぶ。理学療法士(PT)として高齢者介護の現場でリハビリテーションに従事。1985年から「生活リハビリ講座」を開催、全国で年間150回以上の講座と実技指導を行い、人間性を重視した介護の在り方を伝えている。『関係障害論』(雲母書房)、『生活障害論』(雲母書房)、『ウンコ・シッコの介護学』(雲母書房)、『介護のススメ!希望と創造の老人ケア入門』(ちくまプリマー新書)など著書多数。
▼三好春樹(Wikipedia)
▼生活とリハビリ研究所(公式サイト)
▼@haruki344(Facebook)
▼専門分野と研究論文(CiNii)
本稿は『イラスト図解 いちばんわかりやすい介護術』(永岡書店)から一部を抜粋して掲載しています。
イラスト/ひらのんさ
食事は単なる栄養補給ではない!“口から食べる”から元気になる
食事が大切であることは誰もが認めます。何しろ食べないと命に関わりますものね。でも、お年寄りが食べないからといって、すぐに点滴したり、鼻からチューブを入れたり、胃ろう(お腹に穴をあけて胃にチューブを通し、流動食を直接流し込む方法)を作ったりしないでください。最後まで楽しく“口からちゃんと食べる”ための工夫をしてほしいのです。
なぜなら、口から食べるというごく当たり前のことがもっている意味はとても大きいからです。次に紹介したように、食事は身体にも精神にも大きな影響を与えています。心身が安定して生活するための基本であることがわかるでしょう。食事介助とは、単なる栄養補給ではないんですね。
栄養を摂ることは大事です。でもそれだけにこだわらないでください。それより、お年寄りが「おいしい」と感じて食べることの方が大切です。「栄養が偏ってしまうと長生きできませんよ」なんて言わず、好きなものを食べさせてあげてください。
私の介護現場の実感では、栄養バランスが悪くても好物を食べている人の方が元気で長生きしているように思います。「生活習慣を大切に」は、介護の大原則。「食生活」ももちろんです。
食事を楽しむと心身にいいことがある
内臓の働きが活発になる
おいしいものを見るだけで唾液が出ます。すると胃液が出て、消化の準備を始めます。さらに肝臓、膵臓、腸全体の蠕動運動を促します。内臓がイキイキ働きだすのです。
意識レベルが上がる
朝、目が覚めても意識はボーッとしています。歯を磨き、食べ物を噛みくだくことで脳が刺激されて意識レベルが上がるのです。食事をすることで快適な1日が始まります。
脳の感覚&運動を
司る部位が刺激される
よく噛んで食事をすると、脳の中でも感覚と運動を司る部位が刺激されます。口や舌、それに上肢、特に手指からの刺激情報が脳に送られ、脳を活性化するのです。
脳全体が活性化する
口から食べると視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚という五感の情報が脳に送られ、脳全体が活性化していきます。脳トレをやるよりも3度の食事を楽しく食べる方がよっぽど効果的です。
“食事介助”の基本は自分で食べる工夫をすること
食べやすい食形態の工夫
使いやすい道具の活用を
寝返りや起き上がりの介助と同様に、食事の介助も手を貸す前にお年寄りが一人でできるような工夫をしてください。
まずは食べやすい調理法の工夫です。噛みにくいから小さくカットする「刻み食」はバラバラで飲み込みが難しくなります。また、ミキサーにかける「流動食」はドロドロで食欲は出ません。最近は、見た目はそのままで、噛みやすく、飲み込みやすい「ソフト食」が開発されています。飲み込みにくい人には「とろみ」をつける工夫で克服しましょう。
日本のお年寄りは最後まで箸をうまく使いますが、難しくなったら「自助具」と呼ばれる工夫された箸やスプーンを活用しましょう。
自分で食べるための工夫
流動食にする前に「ソフト食」
歯がない、入れ歯で噛みにくいときには「刻み食」より、「ソフト食」を。飲み込みにくい人には「とろみ食」がおすすめ。
道具を工夫する
握りやすい太めのスプーン、軽い茶わんや皿、手の関節が動きにくい人には、首の部分が曲がるスプーンなど、工夫された「自助具」があります。試してみましょう。
食べなくなったら食欲が出る環境づくりを
いろいろ工夫をしてみても食べない場合、それは「食べられない」ではなくて「食べる気になれない」のだと思ってください。いちばん多い原因は「お腹がすいていない」からです。外出もせず体を動かしていなければそれも当然ですよね。食欲が出るような生活環境をつくることがいちばんです。
また、ストレスや生きる意欲の減退が食べないという行動に現れることもあります。食べない状態が続くようなら、「今日はぜいたくして、うな重でもとるか」「目先を変えて外食しよう」などと、提案をしてみましょう。マンネリ化した日常に変化を与え、お年寄りが食べたくなるような演出をすることも大切です。
食べない状態を放置しない工夫
お年寄りが食事をしなくなったら、介護者はその理由を探して、食べたくなる工夫をしましょう。
出前をとる
自由に出前をとれる高齢者施設っていいですよね。「うな重」「にぎり寿司」「ざるそば」が出前の人気ベスト3だそうです。
外食する
雰囲気が変わると食欲が出ます。うどん屋、そば屋、ファミレス。広島と大阪の高齢者施設では、お好み焼き屋がいちばん人気でした。
会食する
一人暮らしのお年寄りの家に、誕生日になるとヘルパーみんなが集まってホームパーティ。食の細い人がいっぱい食べたそうです。
食事はイスに座り、前かがみの姿勢で誤嚥防止
誤嚥を防ぐには前かがみの姿勢が正解
あなたはどんな姿勢で食事をしていますか。和食でも洋食でも、上体を前かがみにして食べているはずです。食べものや飲みものが間違って気道に入ってしまうことを「誤嚥」といい、肺炎の原因になります。この誤嚥を防ぐ姿勢が、私たちのいつもの食事姿勢なのです。試しに、ベッド上で上向きの姿勢で食べてみてください。むせてしまいますよね。
また、両手を自由に使うためには、座った姿勢が安定していなければなりません。そのためには両足のかかとがちゃんと床についていることが必要です。食堂のテーブルのイスの高さが、お年寄りの体格に合っていますか? チェックしてみてください。
正しい食事姿勢
上体は前かがみ
頭が前に出た姿勢がいちばん安定した座位であり、食べ物が誤って気道に入っていかない食事に適した姿勢です。
背もたれで安心感
緊張しながら食事をさせてはいけません。背もたれのついた安定のいいイスに座ります。片マヒなどが原因で、左右バランスが不安な人にはひじかけのあるイスを。
テーブルをもっと低く
市販のテーブルは小柄なお年寄りには高すぎて、丼ものの中身が見えないことさえあります。前かがみの姿勢をとるには、テーブルがその人のおへそのあたりにあるのがちょうどいい高さです。
イスのシートの高さが肝心
ひざが上がらず、かかとが床にちゃんとつくのが正しいイスのシートの高さです。その人に合うイスを選ぶようにしましょう。
やってはいけないNGな食事姿勢
ギャッチベッドで食事はしない
上のイラストは背の部分が起き上がる「ギャッチベッド」です。食事には不向きですので、決して使わないでください。重病人を初めて起こすときには使いますが、この姿勢は仙骨部に床ずれをつくってしまうので要注意です。
動けるなら食卓で食べる
やむなく寝室で食事しなければならないときの一例です。かかとが床につくよう、ベッドのマットまでの高さをお年寄りの体格に合わせます。サイドテーブルも前かがみになるよう低めに固定しましょう。食事は食堂へ行き、食卓のイスに座って食べるのが理想です。
前かがみ姿勢で食べるのが第一
こぼれたものは拭けばいい
お年寄りがこぼすので、エプロンを着けて食事をしていることがあります。こぼしてしまう原因は、前かがみ姿勢がとれていないか、上体が上向きになっているからかもしれません。姿勢が悪いと、食べたものが誤って気道や肺に入り、肺炎を起こす原因となります。前かがみ姿勢で食べて、食べ物が前にこぼれたらテーブルを拭けばいいだけです。子ども扱いせず、エプロンのいらない食事をこころがけましょう。
認知症状がある場合は、並んで食べながら介助する
並んで介助すると
何が食べたいかがわかる
認知症状で、食べものを口に運ぶという自発的動作が出てこないという人は少なくありません。
その場合、できたら介助者は横に並んで座って、一緒に同じものを食べるようにしましょう。
そうすることで、介助のテンポもゆっくりになりますし、次は何が食べたいかといったお年寄りの気持ちもわかるようになります。
下のイラストのように、お年寄りの手に介助者が手を添えて食べ物を口に運ぶという「手添え介助」という方法があります。
この介助は、認知症の人に食事動作を思い出してもらったり、マヒがあっても利き手で食べたいという人の練習に有効な方法でもあります。
▼介助するときは横に座る
横に並んで座って介助しましょう。体のバランスが不安定な人は体を密着してください。
▼マヒがある場合は手添え介助で
利き手が不自由だけど、利き手で食べたいという人のために行う「手添え介助」は、食事動作を思い出してもらうのにも有効です。
食べものは下から口に運ぶ
自分で食べているように
利き手側の下から運ぶ
横に並んで座ります。体のバランスが安定していたら、お年寄りの利き手の側に座るのがいいでしょう。ちょうど自分で食べているようなイメージで、利き手側の下から食べ物が運ばれるように食べさせてあげましょう。もちろん姿勢は前かがみが基本です。
食べる姿勢が悪いと
誤嚥性肺炎の原因に
食事介助を立って行うのはNGです。親鳥がヒナにエサをやるんじゃありません。上から食べ物が運ばれると上体が上向きになって、あごが上がるので誤嚥の原因になってしまいます。
▼誤嚥性肺炎とは
食べ物が気道に入ったり(誤嚥)、雑菌の混ざった唾液が無意識のうちに肺に流れ込んだりして、気管支炎や肺炎を起こすこと。
食事介助では、スプーンを使うか?箸を使うか?
介助するときには木の箸を使うのがいちばんです。舌や歯にあたっても違和感がありませんし、箸なら1回の量が少ないので食べやすいのです。
スプーンを使うなら大きなカレー用のスプーンは避けて、コーヒー用の小さいスプーンにしましょう。食事は楽しく食べることが大切。効率よく、早く済ませようとしてはいけませんね。
自分で食べるための工夫&道具選び
最後まで自分で食べる
人は自分で食べるからこそおいしさを感じられます。でも、食べる動作がうまくできなくては味わえません。
利き手がマヒしたり、細かい動作ができなくなったりすると、スプーンやフォークを使おうとするのが一般的です。でも、日本の高齢者は箸が使える人が多いです。利き手にマヒが残っても、マヒのない側の手で練習して自分で箸を使えるようになる人もいます。
持ちやすい箸や使いやすい箸、多機能なグッズの「ケンジー」なども試してみましょう。
認知症で箸やフォークの使い方がわからなくなることもありますが、その場合は、自分の手を使いましょう。一口大のおむすびやおかずなら食べられる人もいます。
(1)食材を手づかみできるよう工夫する
どんなに高齢になっても最後まで一人で食べられる方法は手づかみです。さまざまな食材を手で持てるように工夫してみてください。
認知症で箸の使い方がわからなくなることがありますが、食べ物を手で持てるようにすると口に入れてくれます。
(2)握力が弱くても使える箸を使う
日本の高齢者はいくつになっても、箸をうまく使いこなします。その箸をもっと使いやすくした「自助具」を活用しましょう。「ケンジースプーン」も、スプーンに見えますが、箸を使ってきた人だからこそ使える便利なグッズです。
▼らくらく箸
握力が弱い人でもうまく力を入れることができます。
▼箸ぞうくん(下図は右手用)
軽く握ったり、手を開いたりといった動きで食べ物をつかむことができます。
手を添えただけで自然に手になじむグリップの形です。
▼ケンジースプーン
これ1本で箸にもスプーンにもナイフにもフォークにもなります。持ち手を握ったり、開いたりするだけで、力を入れずに使うことができます。
(3)首の部分が曲げられる
スプーンとフォークを使う
障がいによっては箸より、スプーン、フォークが使いやすい人もいます。持ちやすい太い柄のものや、曲がるタイプもあります。
首の部分が曲げられるので、関節の動きが不自由な人にも使いやすい角度にすることができます。
※自助具は介護用品を扱っているお店やインターネットで購入できます。
なお、本稿は『イラスト図解 いちばんわかりやすい介護術』(永岡書店)から一部を抜粋して掲載しています。詳しくは下記のリンクからご覧ください。
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