高眼圧緑内障は、眼圧が高いことから起こる「目の病気」です。それに対し、正常眼圧緑内障は、視神経の脆弱性(弱いこと)から起こる「神経の病気」と言えます。視野が欠けた時点でも、視神経が死滅するまでに原因に即した治療を行えば、視野は改善できると考えられます。【解説】岡部哲郎(岡部漢方内科院長・東京大学大学院医学部客員研究員)
解説者のプロフィール
岡部哲郎(おかべ・てつろう)
岡部漢方内科院長・東京大学大学院医学部客員研究員。1948年、群馬県生まれ。73年、東京大学医学部卒業。東京大学大学院医学系研究科特任教授を経て現職。現在は西洋医学をベースに、中国伝統医学による自由診療を行う傍ら、海外の医学会で多数論文を発表し、中医学の啓蒙活動に取り組む。日本東洋医学会指導医。著書に『病気を治せない医者』(光文社)などがある。
正常眼圧緑内障は目ではなく神経の病気
日本人の失明原因の第1位で、40歳以上の20人に1人が発症する緑内障。緑内障は、視神経の障害から視野が狭まる病気で、主な原因は眼圧の上昇とされますが、日本で多いのは、眼圧が正常範囲なのに起こる「正常眼圧緑内障」です。
眼圧が高い緑内障に比べ、点眼薬や手術が効果を発揮しにくい正常眼圧緑内障に対し、独自の漢方治療で効果を上げているのが、岡部漢方内科院長の岡部哲郎先生です。その治療の根底には、「眼圧の高い通常の緑内障と、正常眼圧緑内障の原因は全く異なり、有効な治療法も違う」という考え方があります。
正常眼圧緑内障の真の原因や、それに対して効果を上げている漢方治療について、岡部先生に伺いました。
[取材・文]医療ジャーナリスト 松崎千佐登
──岡部先生が緑内障の漢方治療をされるようになったきっかけは?
岡部 私はもともと東大病院(東京大学医学部附属病院)で、中国伝統医学を研究していました。これは、いわゆる漢方医学とは少し違うのですが、ここでは「漢方」と呼んでおきましょう。
臨床分野としては、脊髄小脳変性症などの神経難病が専門です。
たまたま緑内障の患者さんが、東大病院の眼科からの紹介でお見えになり、漢方治療で非常に改善されたのです。その患者さんが、ご自身のブログに経緯を書かれたところ話題になって、緑内障の患者さんが多く訪れるようになりました。
その流れで、2014年に現在の医院を開いてからも、緑内障の患者さんが多く来院されているのです。眼圧が上がる通常の緑内障(以下「高眼圧緑内障」)の患者さんも見えますが、多いのは、やはり正常眼圧緑内障の患者さんです。
──高眼圧緑内障と正常眼圧緑内障とはどう違うのですか。
岡部 一般的に緑内障は、「眼圧(眼球内の圧力)が高過ぎるために視神経が障害され、視野が欠ける(見える範囲が狭くなる)病気」と定義されています。これは、高眼圧緑内障に関しては正しいのでしょうが、正常眼圧緑内障には当てはまりません。
ところが、眼科の標準的な治療では、眼圧の上昇を抑える点眼薬や眼圧を下げる手術といった、高眼圧緑内障の治療法を、正常眼圧緑内障にも行っています。
眼圧が正常範囲でも、その人の視神経にとっては高過ぎると考えられるので、眼圧の上昇を阻止する、あるいは下げるという考え方です。
残念ながら、こうした治療法は、正常眼圧緑内障に対してはあまり効果をもたらしません。そのことは、すでに米国での研究によって明らかにされています。
ちなみに米国では、緑内障の約8割が高眼圧緑内障で、正常眼圧緑内障は約2割です。米国でも、正常眼圧緑内障に対して、眼圧を下げる治療法を行っていますが、患者が少ない分、その影響は限られます。
一方で、日本では、正常眼圧緑内障が約7割を占めますので、効果の低い治療法を行っている影響は大きくなります。
高眼圧緑内障に対する治療法が、正常眼圧緑内障に対して高い効果を示しにくいのは、この二つは同じ緑内障という病気としてひとくくりにできないほど、原因が大きく違っているからです。
その違いを簡単に言うなら、高眼圧緑内障は、眼圧が高いことから起こる「目の病気」です。それに対し、正常眼圧緑内障は、視神経の脆弱性(弱いこと)から起こる「神経の病気」と言えます。
──何が原因で視神経が弱くなるのでしょう。
岡部 米国で正常眼圧緑内障の患者さんたちを調べていくと、60歳以上の高齢者が多く、かつ低血圧の人が多いことがわかりました。
この結果から、視神経の老化現象が進んで脆弱になっていることと、低血圧で血流が目や脳に届きにくいこと。この二つがキーポイントになって、正常眼圧緑内障が起こっていると考えられます。
日本の場合は、40歳以降から増えるので、米国よりも若い人たちが正常眼圧緑内障を発症しており、老化以外の要因がより大きく関わっていると考えられます。その要因として、最も大きいのが「血流不足」です。
血液中には、生体活動に欠かせない酸素と、エネルギー源になるブドウ糖、その他の栄養素が含まれています。視神経の働きも、言うまでもなく血液中の酸素や栄養素によって支えられています。
その血液が十分に届かないことから、視神経が脆弱になって起こっているのが、正常眼圧緑内障なのです。
その血流不足の原因は、人によってさまざまです。先に触れた低血圧の他、体質や食事、生活習慣などから、血流量そのものが少なくなっている場合がある一方で、逆に血液が多くて濃くなり、いわゆるドロドロ血液になって、血液の流れが悪くなっている場合もあります。
他にも、視神経のむくみで血流が悪くなっている場合や、脱水傾向によって、視神経に十分な水分や血液が補給されていないこともあります。
ストレスによって交感神経(緊張状態を作り出す自律神経)が興奮状態になり、それが長年続くと、視神経がオーバーワークになって脆弱化している場合もあります。
血流不足という現象は同じでも、原因は正反対のことがありますから、そこを見極められるかどうかが、治療の成否を決める大きなポイントとなります。
欠損した視野が10~50%改善した
──岡部先生のところでは、それらをどのように診断・治療しているのですか。
岡部 詳細な問診をした後、脈診や舌診などで診断していきます。漢方的な手法で、脈を診れば臓器ごとの状態、舌を診れば血流の状態がわかります。
例えば、白っぽいピンクの舌は血流が少ないことを示し、真っ赤な舌は血流が非常に多いことを示します。どす黒い舌は、血液がよどんで流れが悪くなっていることを示しています。
これらの診察結果に基づいて、漢方処方を決めていきます。血流が少ない人には血流を増やす処方、血液がドロドロで流れにくい人にはサラサラにして流れやすくする処方をします。
視神経がむくんでいる人にはむくみを取る処方、脱水傾向のある人には組織への水分補給を促す処方、長期間のストレス状態が原因なら、ストレスを和らげる処方をするという具合です。複数の要因があれば、それぞれを組み合わせていきます。
漢方処方といっても、当院で行っているのは、「○○湯」などと名づけられた既存の処方薬ではなく、1人1人に合わせたオーダーメイドの処方で、煎じ薬の形で出します。患者さんたちには、生薬(漢方薬の原料となる動植物鉱物)を、自宅で煎じて飲んでいただいています。
当院でこれまで、この手法で治療した正常眼圧緑内障の患者さんたちは、ほぼ全員、視野が改善できています。
眼圧が15〜20mmHg (正常値は10〜20mmHg)の正常眼圧緑内障の患者さんに、24〜32種類の生薬の煎じ薬を処方し、3ヵ月〜1年間治療しました。眼圧は変わらず、3ヵ月、6ヵ月、1年後の視野検査で、1名を除き全員の視野が改善しています(下グラフ参照)。
残念ながら改善が見られなかったのは、治療開始時点で、失明してからすでに長期間が経過していた方です。
視野の欠け具合を数値化したものを「MD値(0が正常、~-6が軽度、-6~-12で中度、-12~が重度)」といいます。そのMD値が、少ない人でも10%程度、効果の高かった患者さんでは、20〜40%、非常にうまくいった例では50%程度の改善が見られました。
一般に、緑内障で欠けた視野は戻らないとされています。しかし、治療を続ける中で、視神経は正常に働けなくなり視野が欠けた時点でも、完全に死んでいるとは限らないことがわかってきました。
確かに、完全に死滅した視神経は生き返りませんが、視神経がいわば「瀕死」の状態になってから、死滅するまでには一定の猶予があるのです。その間に原因に即した漢方治療を行えば、瀕死状態の視神経を救うことができ、その分の視野は改善できると考えられます。
その瀕死の期間は、眼科の専門医によると、通常、2〜4年程度とのことです。すなわち、適切な漢方治療により、視野の狭窄は平均で3年前、うまくいけば4年前の状態にまで戻せるわけです。
実際にどの程度の視野が戻るかは、治療をやってみなければわかりませんが、少なくとも、これまで悪化した例はありません。個人差はあれど、全員が改善できています。視野狭窄が始まって間もない初期の患者さんでは、ほぼ元の視野に戻った例(下の図中段)もあります。
ここでは、統計上、1年で区切った結果を挙げていますが、2年、3年と治療を続けている患者さんでは、その期間に応じて、改善度合いも大きくなっています。
上の図上段は、眼圧が15〜18mmHgの正常眼圧緑内障の患者さん(50代・女性)の例です。眼科で眼圧を下げる手術を勧められましたが、正常範囲の眼圧を手術で下げることに疑問を感じ、漢方治療を求めて来院されました。
約1年間、漢方治療を行ったところ、眼圧は変化しませんでしたが、MD値が21%改善しました。これにより、眼科での手術は中止になりました。さらに1年間、漢方治療を継続したところ、MD値はさらによくなり、治療前に比べて48%改善しました。
有酸素運動のやり過ぎと糖質制限の併用で悪化する
──現在、眼科で治療を受けている人は、それと漢方治療を併用しているのですか。
岡部 当医院では、視野検査や眼圧測定などが行えないので、経過を観察してもらうために、定期的な眼科受診は必要です。眼科で出される点眼薬は、利尿作用などで眼球内の水を少なくするもの、交感神経の興奮を抑えるもの、炎症を抑えるものなどが主体です。
これらは、局部的に作用する薬で、漢方治療にマイナスになりませんので、併用して構いません。ただし、飲み薬は全身に作用し、漢方治療への悪影響があるので変更していただきます。
手術については、正常眼圧緑内障の患者さんには、当院では「受けないでください」とアドバイスしています。
手術をすると必ず傷が生じ、止血のために血液が固まりやすくなります。その結果、血流が不足して正常眼圧緑内障が悪化するからです。眼圧を下げる手術は、高眼圧緑内障には有効ですが、正常眼圧緑内障には、効果がないばかりか悪化を招くので注意してください。
──漢方治療をやめると、また視野狭窄が進むのでしょうか。
岡部 そうならないために、一定の改善が見られてからは、生活指導も併用します。自分では気づかない要因が、食事や生活に潜んでいることがよくあるので、それを見つけ出して指導しています。
最初から生活改善だけで視野を改善することは難しいのですが、いったん漢方治療でよくなった後なら、生活改善でそれを維持することが可能です。
緑内障と生活習慣に関して、最近、印象深いことがありました。
マラソンなど長時間の有酸素運動と、糖質制限を習慣にしている緑内障の患者さんが、立て続けに来院されたのです。
糖質制限をして有酸素運動をすると、体内の糖質は激減します。神経細胞は、ブドウ糖を酸化させて活動エネルギーにしています。有酸素運動と糖質制限の併用は、自動車にガソリンを入れずにアクセルを踏むようなもので、特に視神経を含む神経細胞はダメージを受けます。
ですから、有酸素運動のやり過ぎと糖質制限のセットは、正常眼圧緑内障を悪化させてしまうのです。有酸素運動は、長くても30~40分まで、毎日やるなら20分でも十分です。運動の前後には、必ず糖質を含む食事をとってください。
■この記事は『安心』2020年12月号に掲載されています。