離婚は、決して稀な事柄ではありません。深刻な非難合戦の紛争が長期化して、子どもなど親族にまで大きな傷跡を残すこともありますが、将来を見据えて独り身の穏やかな日々を送る選択肢もあり得ます。人気テレビ番組のコメンテーターとして活躍する弁護士の住田裕子さんに、近年急増中の「シニア世代の法律トラブル」について解説をしていただきました。
執筆者のプロフィール
住田裕子(すみた・ひろこ)
弁護士(第一東京弁護士会)。東京大学法学部卒業。東京地検検事に任官後、各地の地検検事、法務省民事局付(民法等改正)、訟務局付、法務大臣秘書官、司法研修所教官等を経て、弁護士登録。関東弁護士会連合会法教育委員会委員長、獨協大学特任教授、銀行取締役、株式会社監査役等を歴任。現在、内閣府・総務省・防衛省等の審議会会長等。NPO法人長寿安心会代表理事。
本稿は『シニア六法』(KADOKAWA)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
熟年離婚
離婚の基本と手続き
離婚は、決して稀な事柄ではありません。深刻な非難合戦の紛争が長期化して、子どもなど親族にまで大きな傷跡を残すこともありますが、将来を見据えて独り身の穏やかな日々を送る選択肢もあり得ます。
この条文
▼民法 第763条(協議上の離婚)
夫婦は、その協議で、離婚をすることができる。
主な離婚の方法
離婚の方法は、いくつかありますが、利用の多い協議離婚、調停離婚、裁判(判決)離婚について説明しましょう。
▼協議離婚
日本の離婚のうち、約9割に上ります。
夫婦は、話し合いで合意すれば、離婚をすることができます(民法第763条)。「夫婦別氏(別姓)にしたいから」「生活保護を受けるのに、夫婦よりも独身がよいので戸籍上は離婚する」という動機・目的からの協議離婚でも法律上は有効に離婚が成立します。ただし、生活保護は実態を見ますから、離婚していても共同生活を送っていて生活費を受けるなどしていれば受給できないことも大いにあり得ます。
離婚は、当事者2名と成年の証人2人以上が署名した書面で届け出をし、その届け出が受理されると成立し、その効果が生じます。離婚意思は、離婚届の書面を作成(署名・押印)する時点と、離婚届を提出する時点の2つの時点で、当事者の双方になくてはなりません。離婚届の書面を作成するときに離婚意思があっても、その後に当事者の一方の気が変わって離婚意思がなくなった場合には、法的に有効な離婚はできません。戸籍実務ではこのような離婚の届け出が行われるのを防ぐため、離婚の届け出について不受理とするよう申し出る「離婚届不受理申出制度」があります。この制度は、知らぬ間に第三者が届け出をすることへの防止にも利用できます。
▼調停離婚
離婚の訴えを提起しようとする人は、まず家庭裁判所に調停の申し立てをしなければなりません(最初に調停での話し合いをすることとされています=調停前置主義)。そこでは離婚に向けて、逆に円満解決に向けてのいずれの調停も可能で、「夫婦関係調整調停」と呼ばれています。調停委員を交えた話し合いにより、夫婦間に離婚の合意が成立します。これが調停調書に記載されれば、離婚の確定判決と同一の効力が生じ、10日以内に戸籍の届け出が必要となります。
調停では、裁判外で話し合いを続けるほか、別居して様子を見るなどの理由でいったん取り下げたり、一方が不出頭のまま訴訟に移行したりすることもあります。
▼裁判(判決)離婚
調停が成立しないとき、家庭裁判所での離婚訴訟に移行します。2週間以内に当事者が訴えを提起すると、調停申し立てのときに提訴したものとみなされます。離婚訴訟では、民法第770条第1項に定められている離婚原因となる事由の有無が審理・判断されます。ただ、こうした事由が認められたとしても、裁判所が一切の事情を考慮して婚姻の継続が相当であると認めるときには、離婚請求を棄却することができます(同条第2項、裁量棄却)。
民法第770条第1項の離婚事由
▼配偶者に不貞な行為(不貞行為)があったとき(同条第1項第1号)
かなり多い理由です。さまざまな間接証拠・状況証拠から証明することになります。最近は、メールの文言が有力な証拠になることも多いです。
▼配偶者から悪意で遺棄されたとき(同項第2号)
婚姻関係の解消を意図して家出などをし、生活費も渡さないなどです。別居が合意による場合や病気療養、出稼ぎ、相手方配偶者からの暴力を避けるためなど正当な理由がある場合は「悪意」とはいえず、「遺棄」にも当たりません。
▼配偶者の生死が3年以上明らかでないとき(同項第3号)
生死不明の原因は問われませんが、生死不明は訴訟が結審する段階でも継続していなければなりません。
▼配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき(同項第4号)
夫婦の一方が精神病(精神疾患)にかかっただけで認められるものではありません。病者の今後の療養、生活等についてできる限りの具体的方途を講じ、ある程度において、前途の見通しのついたうえでなければ、離婚を認めない趣旨とされています。例えば、「重度の認知症になった」というだけで離婚が認められるわけではないのです。
▼その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき(同項第5号)
最も使われる規定です。具体例としては虐待・侮辱、性格の不一致、不和状態などが挙げられます。
【事例】
夫が若い女性と浮気。一緒に住むと言って家を出ていってしまいました。
離婚原因を申し出る夫の理由に多いのは、不貞行為(浮気)です。浮気で家を出て行った夫であっても、別居期間が5年も経過すると、離婚が認められる可能性が高くなります。前項を参照してください。もちろん、いずれ離婚になるにしても、現時点で許せないとして争うことも可能です。そのためには不貞行為の証拠集めが重要となります。
有責配偶者からの離婚請求も認められる
有責配偶者、例えば、勝手に家を出て行き、別の人と夫婦同然の同居を開始した人のように、破綻の責任のある人のことです。このような人が出奔してすぐに離婚請求をしたとしても、あまりに身勝手である(法を守る者だけが法の保護を求めることができるという「クリーンハンズの原則」に反する)として、以前は認められませんでした。しかし今では、婚姻が破綻して形だけの関係が長らく続くと、もはや無責の配偶者を保護する必要がないとして有責配偶者からされた離婚請求であっても、認められるようになっています。別居期間も、現在はおおよそ5年程度経過すれば、認められる傾向です。
離婚に付随する手続き……氏変更
婚姻によって氏(苗字・姓)を改めた夫、または妻は離婚によって婚姻前の氏に復することが原則ですが、婚姻中の氏を引き続き使用したい場合は、離婚の日から3カ月以内に戸籍法所定の届け出をすることによって、離婚の際に称していた氏を称すること(婚氏続称)ができます。
▼財産分与・慰謝料・年金などを検討する
離婚に至る場合、財産分与・慰謝料等の財産的な給付を十分にすることは大前提です。今後の生活のために、離婚に伴う財産的な請求が重要となってきます。
なお、離婚を視野に入れたときには、相手が管理している預貯金通帳、生命保険に関する書類、証券会社の口座、不動産登記簿あるいは給与明細書・確定申告書などの所得や資産を証明する書類などをコピーして早めに証拠として保存しておくことが重要です。慰謝料のために有責性、例えば不貞行為などに関する証拠メール、暴力による診断書、などもあれば用意しておきましょう。離婚に同意するかどうかも考えどころですが、自らの今後の生活が維持できるのか否かについても十分に検討し、資料も揃えて、将来設計を立てていきましょう。
裁判で熟年離婚
モラハラな夫に愛想が尽きた
【事例】
結婚以来、夫から四六時中、「誰がお前たちを食べさせてやっているか、わかっているのか」「お前は最低だ」などと言葉で責め立てられ、ちょっとでも失敗をすると執拗に攻撃されてきました。子どもが独立するのを機に、夫に離婚を申し出たいのですが……。
この事例は、「モラハラ」と呼ばれる行為に当たります。モラハラとは、「モラルハラスメント」の略で、「倫理、道徳(モラル)に反する嫌がらせ(ハラスメント)」という意味になります。モラハラの例としては、暴言を吐く、馬鹿にする、相手を否定・無視したり、相手を貶める言動をすることが挙げられます。家庭内でのモラハラといえば、多くは妻が被害者ですが、夫が被害者の場合もあります。また、身体的暴力も振るわれているとすれば「ドメスティックバイオレンス(DV)」になります。両者が合わさっていることもよくあります。モラハラをする夫に離婚したいと申し出たとき、夫としては受け入れがたいと推測され、話し合いでの解決がむずかしい場合もあるでしょう。その場合は調停を申し立て、最終的には離婚訴訟をせざるを得ないでしょう。
裁判では離婚原因としての「婚姻を継続しがたい重大な事由」に、モラハラは該当するのでしょうか?モラハラといっても幅が広く、離婚が認められるのは、その程度が甚だしく酷い場合です。深夜でもおかまいなし、ことあるごとに妻をとことん徹底的に侮辱するなどということが日常的に発生している状態です。近隣にも大声等が届いており有名になっていたり、夫婦喧嘩程度という生易しいものではなく、反抗どころか口答えすら許されない状況であったりすれば認められるでしょう。
証明するための証拠とは?
録音、メールはわかりやすい証拠です。いつ、誰が、どこで、どのような機会に、どの機器で残したかなどの経緯も記録しておきましょう。また、メモも後で思い出してまとめ書きをするのではなく、できるだけそのつど記録して残しておきましょう。乱暴な字、書き方でもかまいません。行政などの相談窓口での相談、弁護士会等での相談、または、心が疲れていたときの病院通院記録などもあれば、保存しておきましょう。さらに、相談している親族や友人にもいざというときに証人になってもらえるように依頼しておきましょう。仲人さんなどの中立的な人ほど証拠として信用性が高くなります。子どもが後押ししてくれているかも重要です。
なお、裁判等で時間がかかるおそれもあります。少なくとも生活費半年分の手元資金も用意しておきましょう。暴言がひどくなって一緒に生活ができないことも想定し、婦人相談の窓口で適切なシェルターなどを紹介してもらい、避難場所も確保しておきましょう。離婚原因と認められるようなモラハラであれば、財産分与のほか、慰謝料を請求することができます。しかし慰謝料額はそれほど多くはなく、せいぜい数十万円程度でしょう。精神的被害は思ったほど多額に算定されないのです。
なお、本稿は『シニア六法』(KADOKAWA)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。詳しくは下記のリンクからご覧ください。
※(4)「介護者に対するパワハラ・セクハラ(シニアの介護トラブル)」の記事もご覧ください。