声の不調を放っておくと、場合によっては、声がまったく出なくなったり、命にかかわる状態に陥ったりすることもあるのです。ところが、音声障害は発見されづらかったり、患者さん自身がほかの病気と勘違いしてしまったりして、間違った対策を選ぶ人が多くいます。【解説】渡邊雄介(山王病院 東京ボイスセンター長)
執筆者のプロフィール
渡邊雄介(わたなべ・ゆうすけ)
山王病院 国際医療福祉大学東京ボイスセンター長、国際医療福祉大学医学部教授、山形大学医学部臨床教授、東京大学医科学研究所附属病院非常勤講師。専門は音声言語医学、音声外科、音声治療、GERD、歌手の音声障害。耳鼻咽喉科の中でも特に音声を専門とする。センター長をつとめる山王病院 東京ボイスセンターの患者数は外来数・リハビリ数・手術数いずれも日本で随一であり、一般の方からプロフェッショナルまで幅広い支持を得ている。これまで『ガッテン!』(NHK)、『世界一受けたい授業』(日本テレビ)など、テレビ出演多数。わかりやすく丁寧な解説と、患者の悩みに応える実践的なエクササイズの紹介が好評を博している。
▼国際医療福祉大学東京ボイスセンター(公式サイト)
▼専門分野と研究論文(researchmap)
本稿は『声が出にくくなったら読む本』(あさ出版)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
「声」で悩んでいませんか?
当てはまる症状が1つでもあるなら、あなたは、「音声障害」かもしれません。
- 話し始めの声が出にくい
- 長く話すと声がかれる
- 歌うとのどが苦しい
- 夜になるにつれて声が出なくなる
- のどが詰まった感じがする
- あいさつなどの簡単な言葉もつまってしまう
- 話していると声がとぎれる
- 話すと声がふるえる
- 音程がうまく合わせられない
- 風邪が治ったあと声がかすれる
「音声障害」の原因は、声帯の委縮、声帯の麻痺、ポリープ・結節、がん、加齢、声帯の緊張、声帯の炎症など、さまざまです。つまり、声の不調を放っておくと、場合によっては、声がまったく出なくなったり、命にかかわる状態に陥ったりすることもあるのです。
ところが、
- 専門的に診ることができる医師が少ない
- 医学的に正しくない情報があふれている
- 命にかかわる病気ではないと思われがちである
といった理由から、音声障害は発見されづらかったり、患者さん自身がほかの病気と勘違いしてしまったりして、間違った対策を選ぶ人が多くいます。
本記事では、声の不調に悩む人のために、医学的に正しい声の治療法や、信頼できる医師・病院を探すヒントを紹介します。また、自分でできる声の不調を改善するトレーニング、「声筋」(のどの筋肉)を鍛えるトレーニングも掲載しています。
「声」は人間らしい生活を維持するために大切なもの。一生使い続けるためにのどのケアや声のトレーニングを始めましょう!
「声の専門医」について
私は現在、音声専門の医師として、山王病院 東京ボイスセンターのセンター長を務め、「声をうまく出せない」という患者さんの診療をさせていただいています。私のもとには首都圏のみならず、全国から声の悩みを抱えた方がたくさん診察を受けに来られます。診察と検査を受けていただいたあと、今後の治療方針をご希望をお聞きしながら決めていくのですが、このとき、多くの人が次のように口にします。
「声が出ない原因がわかって安心しました。はじめて受ける検査説明もありました」
ここに至るまで、いくつもの病院を受診され、そのたびに不安を募らせてこられた方が多いからです。
「手術をせずに治す方法(リハビリ)もあるのですね」
「声の医者やリハビリの先生がいることを知りませんでした」
「一般のクリニックだと『声を出さないで』としか言われませんでした」
声の不調の原因が判明し治療を始めてまもなくすると、患者さんたちからこうした感想を聞くことがあります。声の状態が良くなったことをきっかけに、今まで声のためにできなかったさまざまなことに挑戦される人もいます。
声の不調は決して治らないものではありません。もちろん、治癒まで時間がかかる病気もありますが、きちんとした診断と適切な治療をすれば、治ることも多いです。決してあきらめないでください。
声に不調を抱えている人は、子どもから大人まで全国に推定で6パーセント、752万人ほどいるといわれています。そういう人たちに、「声の不調は原因がわかれば、改善できる」「声は何歳からでもよくすることができる」ということをお伝えしたくて、本記事を執筆しました。
声の不調の原因がわかれば改善できる
声が出しにくい、声がかすれるなどの、声を思い通りに出せなくなる症状は、医学的には「音声障害」といわれます。症状が軽ければ病院にも行かず、声に違和感を抱えながら生活している人もいます。また、病院に行っても異常なしと診断され、適切な処置をされずに、症状が改善せず病院を転々とされる人もいます。
声の不調は心臓や脳の病気などと違い、多くは直接生命にかかわるものではありません。しかし、声に不調があるとコミュニケーションがとりづらく、確実に生活の質は下がります。また、不調の裏に大きな病気が隠れており、重症化するものもあります。甲状腺がん、肺がん、食道がん、さらに胸部大動脈瘤や脳梗塞が原因のケースもあるのです。
こうならないためにも、声の不調の原因を早期に発見し、治していくことが大切です。しかしながら、音声障害を治療する専門の医師は全国に少ないという現状があります。一般的に、「耳鼻いんこう科」と標榜していると、医師は耳と鼻とのど、すべてについて診ることができるだろうと考えます。ところが実際は、「耳鼻いんこう科」は、「耳」を専門にする医師、「鼻」を専門にする医師、「のど(咽喉)」を専門にする医師に分かれており、声の治療を得意とする「のど」を専門にする医師は1000人ほどしかいない、というのが現状です。声に不調を抱えた人が、耳鼻いんこう科を訪ね歩かざるを得ない原因がここにあります。
そこで本記事では、声が出しにくい、声がかすれるなど声に不調を抱えているが、どのように治療すべきかわからない人、あるいは病院では特に異常なしと言われたものの、声をうまく出せるようになりたいと思っている人に、音声障害を改善する方法を紹介しています。病気・症状ごとに解説するとともに、声に不調を抱える人が複数の耳鼻いんこう科を訪ね歩かなくてすむよう、病院と医師の探し方についてもご紹介します。
また、声を出しやすくするエクササイズや日ごろのケアについても述べます。のどは体の中でいちばん外気にさらされている部分です。のどのエクササイズやケアをすることは、全身の健康を守ることにつながります。十分にケアをし、のど周りの筋肉を鍛えていい状態に保つことは、きわめて有効な健康法なのです。本記事が、あなたの役に立つことを、心から願っています。
「音声障害」はどんな病気?
「音声障害」とは簡単にいうと、「発声機能に障害が生じ、思い通りの声が出なくなる病気・症状」です。
しかし、「音声障害」と一口に言っても、その原因はさまざまです。声帯やのど周りの異常により声が出しづらくなっている人もいれば、声の出し方に問題があるために声が出しづらくなっている人、精神的な問題に起因して声が出しづらくなっている人もいます。また、声の不調というと、「のど」だけに原因があるように思うかもしれませんが、声の不調には「のど」の声帯だけではなく、舌の動き、呼吸の仕方など、さまざまな要因がかかわっています。
では、まず声が正しく出るしくみについてお話ししましょう。
(1)声帯が均等にぶつかり、しっかり閉じることができる
声を発するうえで最も重要な役割を担っているのが「声帯」です。声帯は左右1対となった細長い筋肉で、のどの上部に位置し、発声時には振動を起こして「音」を出します。声帯は男性で長さ1.5センチ、女性では1センチ程度の小さな組織で、のど仏の骨の内側にあります。息を吸うときは肺に空気を取り込むために外側に広がり、発声時には左右の声帯がぶつかり合って振動を起こさせるために、すき間がほとんどない状態となります。
声を発するうえで大切なのは、左右の声帯が均等にぶつかり合って、きちんと閉じることです。しかし、左右いずれかの声帯にポリープがあるなどの理由で、声帯がぴったりと閉じないと、声がかすれたり発声しにくかったりといった症状が現れます。
(2)舌や唇で上手に声を共鳴させることができる
発声には、舌や唇の動かし方も深いかかわりがあります。肺から押し出される空気が声道を通るときに、声帯が狭まることで空気が振動します。このとき、舌や唇が柔軟に動くことで口の中で共鳴が起き、さまざまな音がつくられます。「あ・い・う・え・お」「か・き・く・け・こ」などと、音を区別して発声することができるのは、その音に合った舌や唇の動かし方ができているためです。
(3)きちんとした呼吸ができている
声を正しく出すには、声帯が左右均等にぶつかり合い、舌や唇の動きで共鳴する必要があるとお話ししましたが、これだけでは「聞き取りやすい声」にはなりません。音は空気の振動で伝わる性質を持っているため、声を自分以外の人に届けるには、空気で声帯を正しく振動させる必要もあります。
この場合の「空気」とは、「自分自身の吐く息」です。つまり、口からきちんと息が出ていないと、声が正しく出せないのです。
これらのことから、声が聞きとりやすい状態とは、
(1)左右の声帯が健康で、左右均等にぶつかり合っている
(2)出したい音に合わせて舌や唇を動かし、共鳴させることができている
(3)吐く息で声帯が正しく振動している
この3つがそろった状態になります。それに対して、声がきちんと出ない場合は、次のようなことが起こっている可能性があります。
(1)炎症やポリープなどによって、左右の声帯が均等にぶつかり合っていない
(2)舌や唇で正しく共鳴させることができていない
(3)息の吐き方に問題がある
このように正しく声が出なくなっている状態を「音声障害」といいます。こうした音声障害の症状を放っておくと、場合によっては手術をしなければならなくなったり、のどの筋肉が衰え、誤嚥を誘発し肺炎になってしまうこともあります。
また、自分ではちょっとした声の不調だと思っていても、実は裏に別の病気があるために、声が出しにくくなっていることがあります。その中には、喉頭がんなどの重篤な病気を併発していることも少なくありません。喉頭がんのほかにも、声帯麻痺により声に症状が現れるがんで最も多いのは、甲状腺がんで、その次が肺がん、さらに食道がんと続きます。胸部大動脈瘤や脳梗塞が見つかることもあります。胸部大動脈瘤の場合、5人に1人の割合で音声障害の症状から始まっています。とはいえ、まさか誰も声のかすれが胸部大動脈瘤から来ているとは思わないでしょう。
そのため、音声障害は、早く原因に気づき、ていねいに治療していく必要があるのです。
発声や音声の障害と言葉の障害は異なる
本題に入る前に、1つ留意していただきたいことがあります。それは「発声や音声の障害」と「言葉の障害」とは異なるということです。声に不調がある人の中には、発声や音声の障害ではないのに、本人やご家族が思い違いをしていることがあります。
たとえば、「吃音」は最も混同されやすい症状の1つです。
「吃音」は話し言葉がなめらかに出ない発話障害で、声ではなく脳が関係しているといわれています。また、「失語症」も音声障害と間違われることが多いです。失語症は脳梗塞や脳内出血によって、大脳にある言語をつかさどる部分が損傷されることによって起こる障害です。言葉が浮かばないという症状があります(故・田中角栄氏や長嶋茂雄氏が罹患した病気です)。こうした病気や症状は発声や音声の障害とは異なるものなので、当然のことながら治療のやり方が異なります。
ご自身で判断できない場合は、まず近くの耳鼻いんこう科へ行き、ご相談いただくといいでしょう。耳鼻いんこう科で医師に声帯を見てもらえば、どの科へ行くべきかきちんと判断してもらうことができます。
症状をチェックしてみよう
音声障害は本人が気づかないうちに起こっていることがあります。人は自分の声を客観的に聞くことができないからです。よほど自分の声に敏感な人でもない限り、気づくことは難しいでしょう。
ここでは音声障害の兆候をいくつかご紹介しましょう。
相手から聞き返されることが増えた
正常な人は1回息を吸うと、20〜30秒くらい話し続けることができます。ところが音声障害になると、話し出すとすぐに息苦しくなってしまうため、一息でしゃべることのできる時間が短くなります。頻繁に息継ぎをしなければならなくなるため、出てくる声は不安定になります。
特にこうした症状が目立つのは、電話で話しているときです。電話の場合は機械を通して相手の声を聞くので、ただでさえ音が聞きとりづらい状況です。音声障害により声が不安定になっていると、相手に声が届きにくくなります。日常での会話はもちろんのこと、電話で何度も聞き返されることが増えている場合は音声障害を疑ったほうがいいでしょう。
歌い慣れた歌が歌いにくくなった
あなたは、以前よく歌っていた歌を、今も同じ声の高さで歌うことができますか?もしサビの部分の音が高くて出しづらくなっていたり、息が続かなくてブレスの回数が多くなったりしていたら要注意。音声障害になっている可能性があります。
15秒以上声を出し続けることができない
深く息を吸ったあと、「あ~」という声を15秒間出し続けたときに、声が続かなかったり、かすれてしまったりする場合は、音声障害の可能性があります。成人男性は30秒、成人女性は20秒が正常値となっています(正常値は「平均値」ではなく、正常な人の95パーセント以上ができるという意味です)。もし、15秒間声を出し続けられなかった場合は、発声器官に何か異常が起きていると考えたほうがいいでしょう。10秒以下の場合は、ほぼ確実に何らかの病気になっていると考えられます。すぐ病院へ行かれたほうがいいでしょう。
以上のような兆候のほか、音声障害によくある特徴を以下にいくつか挙げています。日本人の場合は、合計点数が15点以下であれば正常です。15点よりも高ければ、できるだけ早めに病院で受診することをおすすめします。
声に関する質問紙(Voice Handicap Index:VHI)
声の問題であなたの日頃の生活がどのように影響を受けているかについて教えて下さい。この質問紙には声に関して起こりうる問題が記載してあります。この2週間のあなたの声の状態について以下の質問に答えて下さい。以下の説明を参考に該当する数字に◯をつけて下さい。
0=全く当てはまらない、問題なし
1=少しある
2=ときどきある
3=よくある
4=いつもある
(1)私の声は聞き取りにくいと思います。
0 1 2 3 4
(2)話していると息が切れます。
0 1 2 3 4
(3)騒々しい部屋では、私の声が聞き取りにくいようです。
0 1 2 3 4
(4)1日を通して声が安定しません。
0 1 2 3 4
(5)家の中で家族を呼んでも、聞こえにくいようです。
0 1 2 3 4
(6)声のせいで、電話を避けてしまいます。
0 1 2 3 4
(7)声のせいで、人と話すとき緊張します。
0 1 2 3 4
(8)声のせいで、何人かで集まって話すことを避けてしまいます。
0 1 2 3 4
(9)私の声のせいで、他の人がイライラしているように感じました。
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(10)「あなたの声どうしたの?」と聞かれます。
0 1 2 3 4
(11)声のせいで、友達、近所の人、親戚と話すことが減りました。
0 1 2 3 4
(12)面と向かって話していても、聞き返されます。
0 1 2 3 4
(13)私の声はカサカサした耳障りな声です。
0 1 2 3 4
(14)力を入れないと声が出ません。
0 1 2 3 4
(15)誰も私の声の問題をわかってくれません。
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(16)声のせいで、日常生活や社会生活が制限されています。
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(17)声を出してみるまで、どのような声が出るかわかりません。
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(18)声を変えて出すようにしています。
0 1 2 3 4
(19)声のせいで、会話から取り残されていると感じます。
0 1 2 3 4
(20)話をするとき、頑張って声を出しています。
0 1 2 3 4
㉑夕方になると声の調子が悪くなります。
0 1 2 3 4
㉒声のせいで、収入が減ったと感じます。
0 1 2 3 4
㉓声のせいで、気持ちが落ち着きません。
0 1 2 3 4
㉔声のせいで、人づきあいが減っています。
0 1 2 3 4
㉕声のせいで、不利に感じます。
0 1 2 3 4
㉖話している途中で、声が出なくなります。
0 1 2 3 4
㉗人に聞き返されるとイライラします。
0 1 2 3 4
㉘人に聞き返されると恥ずかしくなります。
0 1 2 3 4
㉙声のせいで、無力感を感じます。
0 1 2 3 4
㉚自分の声を恥ずかしいと思います。
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※日本音声言語医学会、日本喉頭科学会(編):『音声障害診察ガイドライン2018年版』(金原出版)より引用
「音声障害」の専門医がいる医療機関一覧
以下のウェブサイトに、音声障害の治療を受けることができる病院を掲載しています。全国の音声障害の治療をしている病院をまとめました。情報入手次第、随時更新していきます。病院で診察を受ける場合、紹介状が必要な場合があります。事前に病院へお問い合わせください。こちらに記載している「診療時間」は、受付時間になります。
なお、本稿は『声が出にくくなったら読む本』(あさ出版)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。詳しくは下記のリンクからご覧ください。