軟骨がたいしてすり減っていない軽症のうちに取り組んでほしいのは『姿勢』や『歩き方』の改善です。人工膝関節手術のエキスパートの磐田振一郎医師に、膝痛を予防・改善する方法についてお話を伺いました。【解説】磐田振一郎(医学博士)
著者のプロフィール
磐田振一郎(いわた・しんいちろう)
1971年生まれ。1996年に慶應義塾大学医学部卒業後、2010年まで同大学関連病院整形外科勤務。
2004年にスタンフォード大学工学部に留学し、客員研究員としてひざ関節の動作解析および軟骨のMRI測定について研究。帰国後は、各地の総合病院にてフリーの整形外科医として人工膝関節手術をはじめとした手術の執刀、診療に携わる。手術件数は、過去20年間で2000件を超える関節手術のエキスパート。2009年に、鍼灸院、接骨院など他職種との連携、情報交換を図り、患者の生活の質の向上を目指して「NPO法人 腰痛・膝痛チーム医療研究所」を設立。現在は関東、関西数か所の医療機関でひざ関節の手術や再生医療を行なうかたわら、関節治療の訪問診療を行なう「リソークリニック」も管理運営している。医学博士。日本整形外科学会認定整形外科専門医。日本再生医療学会認定再生医療認定医。日本スポーツ協会公認スポーツドクター
▼リソークリニック(公式サイト)
本稿は『「もう歳だから…」と言わずに、変形性ひざ関節症 今度こそ治す方法を教えてください! 』(永岡書店)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
登場人物
▼磐田振一郎先生
▼ライターA(56歳)
ひざ痛を悪化させてしまう「NGな姿勢と歩き方」とは?
A「あのう、話を戻すようですいません。さっき、変形性ひざ関節症は、早めに予防やケアをがんばれば、痛みに悩まされないような方向へ進めていくことができるっておっしゃいましたよね」
磐田「はい」
A「私のような軽症段階では、どんな予防やケアを行なっていけばいいのでしょう」
磐田「うん、いろいろあるんですが、軟骨がたいしてすり減っていない軽症のうちに取り組んでほしいのは『姿勢』や『歩き方』の改善ですね」
A「姿勢と歩き方……ですか?」
磐田「そうです。ひざの関節には体の重みがどっとのしかかりますよね。このひざへの荷重のかかり方って、どんな姿勢や歩き方をしているかでかなり大きく変わってくるんです。ですから、この先、ひざの軟骨をすり減らしたりひざ関節の隙間を狭くしたりするのを防ぐには、いまのうちに姿勢や歩き方を見直して、ひざにのしかかる負担を減らしておくほうがいいんですよ」
A「なるほど理屈ですね。で、具体的にどういう点を見直していけばいいんでしょう」
磐田「Aさん、ちょっとそこの壁に背中をつけてまっすぐ立ってみてください」
A「え、はい……こういう感じですか」
磐田「正しい姿勢がとれていると、後頭部、肩甲骨、お尻、かかとの4点が壁に着きます。あと、腰にはちょうど手のひら1枚分のすき間ができます。では、そのまま片足のひざを曲げてゆっくり上げてみてください。ああっと、ちょっとグラつきますね……姿勢がきれいな人はスッと足を上げることができるんですが……」
ひざ痛予防のための姿勢チェック
A「……簡単なようで、意外に難しいですね。足をスッと上げられないのは姿勢バランスが崩れている証拠なんですか?」
磐田「その通りです。Aさんの場合、少しストレートネック(※頸椎のカーブがまっすぐになって、頭が前方へ出る現象のこと。)とねこ背の傾向があるようですね。頭と上体が少し前傾してしまっています」
A「ああ、自分でも多少自覚があります。ライターをやっていると、どうしても座ってばかりで背中を丸めちゃうんですよね」
磐田「では、次に歩き方をチェックしてみましょう。ちょっと、そこの廊下をいつも通りの感じで歩いてみてください」
A「はい……こうですか?」
磐田「歩き方に関しては、Aさんは問題ないようですね」
A「問題があるのはどういう歩き方なんですか?」
磐田「ひとつめは、上から見たときに左右の足を開きながら進む歩き方。また、ふたつめは、上から見たときに1本の線を歩くような歩き方。こっちはモデルさんのようにしゃなりしゃなりと歩くような足の運びをするパターンです。こういう歩き方をしていると、ひざの一部分に負担がかかり、『腸脛靭帯』というひざの外側の腱を痛めることにもつながります。ひざに負担をかけないためには、つま先を前に向け、肩幅より少し狭く、2本の線の上をたどるように足を運ぶのが正解です」
ひざを痛めやすい歩き方・痛めにくい歩き方
▼YES
つま先をまっすぐ前に向けて足を運ぶ
▼NO
つま先を外側に向けて「逆ハの字」で足を運ぶ
▼YES
「2本線」の上を歩くように足を運ぶ
▼NO
モデルのように「1本線」上で足を運ぶ
A「無意識にひざを痛めやすい歩き方をしている人、けっこう多そうですね」
磐田「そうなんですよ。あと、がに股歩きをする人や内股歩きをする人も要注意です。一歩一歩足を踏み出すたびに、ひざに余計な負担がかかりやすくなります。それと、Aさんのようにストレートネックやねこ背で前傾姿勢のクセがついている方は、ひざを曲げて歩くクセがつきやすいので注意してください」
A「ひざを曲げて歩くっていうと、具体的にどういう状態なんですか?」
磐田「普段から上体を前へ傾けていると、前へ倒れる体をなんとか支えようとする力が働きますよね。すると、無意識にひざを曲げてバランスを保とうとするものなんです。そして、そういうクセがつくと、横から見たときにひざが曲がってくるようになる。ひざを曲げたままの状態で歩くのは、ひざ関節に大きな負担をかけることになるんですよ。だから、Aさんはなるべくひざをしっかり伸ばして歩くよう心がけるといいでしょうね」
A「なるほど……。でも、姿勢や歩き方って無意識にやっちゃってることだから、なかなか直そうと思っても直りませんよね。なんか、先生のおすすめの方法とかないんですか?」
磐田「姿勢や歩き方の矯正には、いろいろなハウツーがあるようですが、私は頭の上に本をのせて歩くトレーニングをおすすめします。頭の上に小ぶりの辞書とかをのせて、落とさないように注意しながらまっすぐ歩くんです。これを行なうと、自然にあごを引いて、背中をまっすぐ伸ばし、おなかに力を込め、ひざを伸ばしながら歩くようになります。ストレートネックやねこ背の改善にもつながりますし、Aさんにはちょうどいいんじゃないかな」
ひざを曲げた歩き方はNG!
姿勢&歩き方の矯正には「本のせ歩き」がおすすめ
- あごをしっかり引く
- 背すじを伸ばす
- おなかに力を込める
- ひざをまっすぐ伸ばす
- 本を落とさないよう重心バランスに注意して歩く
A「あ、この『本のせ歩き』、きれいな歩き方を身につけるためにモデルさんとかもやってるって聞いたことがあります」
磐田「これをやると、体の荷重バランスが全体に整って、ひざへの負担を少なくできるんですよ。1日30秒で構わないから習慣づけて、体に正しい姿勢や歩き方の感覚を刷り込んでしまうことをおすすめします」
A「正しい姿勢や正しい歩き方をしていれば、軽症の時期はなるべくたくさん歩いたほうがいいんですか? いま、ウォーキングが流行ってて、健康のために歩いている中高年もたくさんいるようですが……」
磐田「そうですね。軽症段階の人は、ひざが痛くないのであればよく歩くことをおすすめします 。普段からよく歩いていると、ひざの関節内で『関節液』がよく回るようになります。関節液はひざの動きに欠かせない潤滑油のようなもので、軟骨に栄養を補給する役割も果たしています。歩くたびに関節が刺激されて関節液がよく回っていると、ひざの状態が良好にキープされやすくなるんですよ」
A「がんばって1日1万歩とか歩いちゃってもいいんですか?」
磐田「ひざが痛くないのであれば……。痛いときはそんな無理をしちゃダメですよ。軽症や中等症の時期は『痛む時期』と『痛まない時期』が交互に繰り返されることが多いので、痛みがないときはなるべく歩いて関節液を回すように心がけてください。そのほうがひざにとっては中長期的にいい効果をもたらすはずです」
なるほど、歩き方ひとつとってもけっこう奥が深いものなんだな。まあ、ひざ関節には一歩一歩踏み出すたびにどっしりと体重がのしかかっているわけで、それが何年何十年と積み重なっていけば相当なダメージにつながっていくことになる。だから、できるだけ早い段階でひざに負担のかからない姿勢や歩き方を身につけておきなさいというわけか……。先生のなかには、まだひざ痛回避のためのおすすめハウツーがいろいろとありそうだ。私はそのハウツーをできるだけ引き出そうと、質問を続けることにした。
なお、本稿は『「もう歳だから…」と言わずに、変形性ひざ関節症 今度こそ治す方法を教えてください! 』(永岡書店)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。詳しくは下記のリンクからご覧ください。
※(2)「「ひざの痛みは治る?」」の記事もご覧ください。