「夏も近づく八十八夜」のフレーズでおなじみ、初夏の訪れを告げる「新茶」。八十八夜は立春から数えて88日目にあたり、2021年は5月1日(土)です。古くから、八十八夜に摘み取られる新茶は不老長寿の縁起物とされてきました。これには、何か根拠があるのでしょうか。新茶は、普段の緑茶やほうじ茶とは何が違うのでしょうか。今回は日本茶に関する疑問と向き合ってみたいと思います。
新茶は緑茶の中でも「癒やし効果」が高い
「新茶」とは、緑茶の「煎茶(せんちゃ)」の一部です。
煎茶は、日本の緑茶の約8割を占める最もポピュラーなお茶で、茶葉を摘みとる時期で呼び方が変わります。八十八夜の時期に、その年の最初の新芽を摘みとった「一番茶」が「新茶」と呼ばれます。一番茶の最盛期は産地で異なり、日本列島を桜前線のように北上してゆきます。また、新茶は、茶の年間生産量の約40%を占め(*1)、それ以降は「二番茶」「三番茶」「四番茶」と続きます。
(*1)出典:農林水産省「茶の動向」(PDF)
新茶の特徴は、なんといっても味と香りのよさです。旨味成分であるアミノ酸の一種「テアニン」が、二番茶以降の煎茶よりも多く含まれています。茶葉のテアニンは、太陽に当たる期間が長くなると、渋みを帯びたカテキンへ変質するためです。テアニンは、上質な味わいのもとになるだけでなく、脳をリラックスさせる機能性が注目され、ストレスや睡眠、うつ病、認知症との関係などの研究が進んでいます。テアニンの癒やしパワーが、“不老長寿の縁起物”として重宝されてきたゆえんかもしれません。
二番茶以降は「抗酸化」がアップ
では、新茶にあたる「一番茶」以降の煎茶は、味や成分がどう変わるのでしょうか。前述したように、二番茶以降は日照時間が長くなるので、旨味成分のテアニンに代わってカテキンの量が多くなり、お茶らしい渋味を感じやすくなります。
カテキンは、ポリフェノール(光合成によってできる植物の色素や苦味の成分)の一種です。緑茶には、主に4種類のカテキン(EGCG、EGC、ECG、EC)が含まれ、さまざまな機能性が発見されています。特に注目されているのが、高い抗酸化力。老化や生活習慣病を招く活性酸素が、体内の組織を攻撃するのを食い止めると考えられています。活性酸素は、ストレスや不規則な生活、激しい運動、お酒の飲みすぎ、喫煙などで増えやすくなるので、忙しいときに「お茶で一息つく」のは、理にかなった生体防御の習慣といえそうです。
そのほか、緑茶の共通成分としては、「カフェイン」と「ビタミンC」が挙げられます。ご存じのようにカフェインは、覚醒作用や利尿作用、胃酸分泌を促して食べ物の消化吸収を助ける苦味成分。緑茶の場合、眠気覚ましのカフェインと、リラックスを促すテアニンが、アクセルとブレーキのように穏やかに働き合うのも特徴です。また、緑茶のビタミンCは、カテキン類に守られて壊れにくいとされています。煎茶1杯分(90ml)には5.4mgのビタミンCが含まれているので、1日4杯飲むと成人が1日に必要とするビタミンCの推奨量100mgの約20%が摂れることになります(*2)。
(*2)日本人の食事摂取基準(2020年版)、日本食品標準成分表2020年版(八訂)をもとに計算した推定値
日本茶の種類いろいろ
日本茶には、煎茶のほかにも、玉露、番茶、ほうじ茶、玄米茶、抹茶などの茶種があります。「やぶきた」「べにふうき」といった品種に至っては、2021年4月時点で農林水産省に品種登録されているだけで80種類にも及びます(*3)。
(*3)農林水産省品種登録ホームページ
以下に、日本茶の主な分類と特徴をまとめてみました。
煎茶(せんちゃ)
日光に当てた元気な茶葉から作られるお茶。茶葉の摘採時期により「新茶(一番茶)」「二番茶」「三番茶」などと呼ばれる。また、製造の蒸し時間で「普通煎茶」「深蒸し煎茶」「特蒸し煎茶」などと呼ばれる。 茶葉の摘採時期と蒸し時間で、テアニン、カテキン、カフェインのバランスが変わる。
玉露(ぎょくろ)
日光にさらされないよう遮光し、日陰で育てた柔らかい葉から作られる。日本茶の中で最上級のお茶とされている。 テアニンとカフェインが多く、深い旨味と甘味、苦味が調和した、まろやかな味わい。深みのある香り成分を多く含む。
番茶(ばんちゃ)
「晩茶」とも呼ばれ、硬くなった葉や茎を加工したお茶。一番茶や二番茶の間に遅れて出た葉や、冬前や春先に刈り取った葉や茎も使われる。 テアニン、カテキン類、カフェインのいずれも煎茶より少なく、甘みが少なく淡白な味わい。
ほうじ茶
番茶や茎茶を、褐色になるまで高温で焙煎したお茶。 番茶よりさらに成分は少なくなり、代わりに特有の香ばしい焙煎香を楽しめる。
玄米茶
炒った米と茶葉の混合茶。 焙煎した米と茶の香りと味が調和し、温和で軽い味わいが楽しめる。
抹茶(まっちゃ)
玉露と同じように覆いをして育てた茶葉を蒸し、乾燥させてから石臼で挽いて粉末状にしたお茶。ほかのお茶と異なり、製造工程で揉まずに作られる。 きめが細かく、濃厚な味わい。テアニン、カテキンともに多く、抽出液ではなく全て飲むことになり栄養成分全体を摂取できる。
家にある茶葉を並べてみました。左上が玄米茶、右上がほうじ茶、右下が玉露、左下が煎茶です。
なお、紅茶とウーロン茶も、実は日本茶とルーツ(原料となる茶葉)は同じです。緑茶は茶葉をできるだけ早く蒸したり、釜炒りしたりして、酸化酵素の働きを止めて作るお茶なのに対し、紅茶は茶葉を放置し、酸化酵素を十分に働かせ完全に発酵させたもの、ウーロン茶は茶葉の発酵を途中で止める半発酵という独特の方法で作られています。
お茶の成分と美味しさを生かす淹れ方
茶種によって淹れ方が違う
日本茶の旨味、甘味、渋味、苦味は、茶種による成分バランスの違いだけでなく、お湯の温度や淹れ方(浸出時間)でも変わります。
特に緑茶は、ぬるめのお湯で淹れると、テアニンの甘み・旨味を感じやすく、高温で淹れるとカテキンの渋味とカフェイン類の苦味を強く感じます。また、2煎目以降も、カフェインとカテキン類が多く溶け出して、渋味と苦味が増します。番茶やほうじ茶は、旨味と甘味がもともと少ないので、熱湯でサッと淹れる方が、さっぱりとした味わいを楽しめます。お茶の種類ごとの淹れ方の目安をまとめましたので、参考にしてみてください。
セオリーどおり煎茶を淹れてみた
実際に煎茶を3人分、前項でご紹介した目安に沿って淹れてみました。
(1)人数分の茶葉を用意し、急須に入れる。
(2)湯の温度を調節し、急須に注いで時間を置く。
湯冷ましは、湯のみと急須を使うと簡単です。季節や茶器の材質にもよりますが、熱湯を湯のみに注ぐと約10℃下がり、湯のみから急須へ移すとさらに約10〜15℃下がります(計20〜25℃下がる計算)。
約80℃に下がった湯のみ3杯分の湯を、急須へ。1煎目なので60秒待ちます。
(3)急須のお茶を湯のみに注ぐ
お茶の濃淡が均一になるよう、湯のみに少しずつ、回し注ぎをします。最後の一滴まで注ぎ切りましょう。
(4)完成
いつもは、急須に茶葉を入れ、電気ポットで沸かしたお湯をダイレクトに注ぐ、せっかちなお茶の淹れ方をしている私。同じ煎茶なのに、湯温にこだわった淹れ方で、いつもよりも、うま味と甘みを強く感じました。ひと手間で味わいが全く変わることを実感!
1日4杯のお茶習慣で毎日をより健康的に
一定時間ごとに少量ずつ摂るのが◎
以上の日本茶の特徴を踏まえ、私は“1日4杯のお茶習慣”をオススメしたいと思います。カテキン類は水溶性で体に吸収されやすく、短時間でその抗酸化力を発揮し始めますが、ほとんどが尿として排出され、体内に蓄えられません。ですから、一定時間ごとに少しずつ摂るのが理想的です。
例えば、次のように生活に取り入れてみてはいかがでしょうか? 一例として参考にしていただき、みなさんのライフスタイルに応じたお茶との付き合い方を見つけるきっかけにしてもらえたら嬉しいです。
「朝茶はその日の難逃れ」
「朝茶はその日の難逃れ」ということわざがあります。カテキンとカフェインが豊富な煎茶・玉露・抹茶を朝食後に楽しみ、心身を目覚めさせましょう。新茶の時期は、朝いただくと爽やかな1日のスタートを切れそうです。なお、空腹時に濃いお茶を飲むと胃への刺激が強いため、何か食べてから飲むようにしましょう。
思いつきで、茶葉が細かい玉露を、おにぎりの具にしてみました。炊きたてのごはん約100g、玉露の茶葉小さじ1/2程度、しらす干し小さじ1程度を混ぜて、少量の塩を手につけて握るだけ。ふわっとお茶の良い香りがして、青菜おにぎりのような感覚で食べやすく、カルシウム補給にもなり、家族にも好評でした。忙しい朝は、おにぎりにしてお茶の栄養を丸ごといただく方法もありかも!
ランチ時のお茶で口の中をすっきり
ランチにもお茶を上手に取り入れましょう。脂っこいメニューは、熱いほうじ茶や番茶を飲みながら食べるのがおすすめ。口の中がすっきりして、料理の味もわかりやすくなります。熱めのお湯で淹れた煎茶も、カテキンとカフェインが多く溶け出しているので、口の中がさっぱりします。
ティータイムのお茶は目的別に選ぶ
午後のティータイムは、目的に応じたお茶を飲みましょう。仕事の合間に、気持ちを切り替えて集中力を高めたい時は煎茶がおすすめ。リラックスして、お菓子と一緒に楽しむなら、抹茶や玉露が相性よさそうです。甘いお菓子を口にしてからお茶を飲むと、お茶の旨味を感じやすくなります。また、抹茶や茶葉を粉砕した粉茶入りのお菓子は、カテキンやテアニンなどの成分をより多く摂ることができます。
夜はカフェインの少ないお茶を
夕食後に飲むお茶は、カフェインが少ない番茶・ほうじ茶、玄米茶がベスト。香りを楽しみながらくつろぎ、眠りの準備を整えましょう。
まとめ
新茶が出回るのは、新年度の環境の変化に追いつけずに気持ちが落ち込む「五月病」の時期とも重なります。さらに今年はコロナ禍によるストレスも重なり、心身ともに疲れやすくなったと感じている人も多いのではないでしょうか。美味しいお茶で一息つき、気持ちをリラックスさせて、五月病やコロナ疲れを遠ざけましょう。
これからの暑い季節は「水出し緑茶」もおすすめです。爽やかで気分がリフレッシュできそうです。水出しすると、カフェインと強いカテキン(EGCG)の抽出が抑えられ、テアニンのうま味が引き立つ優しい口当たりのお茶の味になります。試してみてください。
※参考文献:杉田浩一ほか『新版 日本食品大事典』医歯薬出版株式会社,2017年、久保田紀久枝・森光康次郎『食品学-食品成分と機能性-』東京化学同人,2017年、日本茶検定委員会『日本茶のすべてがわかる本』NPO法人日本茶インストラクター協会,2010年、日本茶業体制強化推進協議会『お茶の健康効果20選』、農林水産省「お茶のぺージ」
文◆ 野村ゆき(栄養士・編集ライター)
編集ライター歴25年以上。食と栄養への興味が高じて、栄養士免許と専門フードスペシャリスト(食品流通・サービス)資格を取得。食品・栄養・食文化・食問題にかんする情報+好奇心のアンテナをボーダーレスに広げ、分かりやすい記事をモットーに執筆中。コロナ禍を機に家族で1日4杯のお茶習慣を実践中! 特に抹茶が大好きです。