列車のドアの開閉は車掌の仕事の中でも緊張する仕事で、特に駆け込み乗車には悩まされるそう。駆け込み乗車でドアに挟まれた乗客がよく発するクレームとは? また駆け込みよりも危険な「駆け降り」のクレームとは? 書籍『車掌出てこい! 英語車掌が打ち明ける 本当にあった鉄道クレーム』(マキノ出版)の著者、関大地さんに解説していただきました。
著者のプロフィール
関 大地(せき・だいち)
1984年群馬県生まれ。2002年、JR東日本に新幹線の保線社員として入社。2007年、高崎線の車掌となり、後に英語アナウンスを導入、「英語車掌」と呼ばれるようになる。2019年JR東日本退社。同年、群馬県中之条町より、「花と湯の町なかのじょうPR大使」を委嘱される。著書には『車内アナウンスに革命を起こした「英語車掌」の英語勉強法』(ベレ出版)、『乗務員室からみたJR 英語車掌の本当にあった鉃道打ち明け話』(ユサブル)などがある。
▼英語車掌ドットコム(公式サイト)
▼英語車掌 SEKIDAI(Twitter)
▼英語車掌SEKIDAIチャンネル(YouTube)
本稿は『車掌出てこい! 英語車掌が打ち明ける 本当にあった鉄道クレーム』(マキノ出版)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
イラスト/勝山英幸
駆け込み乗車対応は本当に慎重な仕事
どの時代になっても無くならない駆け込み乗車
ドアの開閉は、車掌の仕事の中でも、ものすごく緊張する仕事だ。特に駆け込み乗車には悩まされる。新人のときは、体が一瞬で熱くなり、変な汗をかくときもあった。何年か経験していくとパターンなどが見えてきて、段々と落ち着いて対応できるようになる。
ひと昔前、漫画などで列車のドアに足や傘、杖などを挟んで、車掌にドアを開けさせるシーンを見掛けることがあった。実は今でも、現実にこの光景に遭遇することがある。
確かに、ドアが閉まらなければ列車は発車できない。その事実を利用して、こじ開けてでも列車に乗りたい人もいるのだ。悪質なものでは、数人のグループで、先に到着した1人がドアが閉まらないように押さえ、あとから来た仲間を乗せるケースがある。もちろん、アナウンスなどで注意喚起をして列車から離れるよう促すが、たいていの場合、引き下がらない。本当に危険なため、そのグループ全員で次の列車に乗っていただきたいと思う。
駆け込み乗車をする人の心境
「痛ぇな! 人が乗っているのに閉めやがって! けがをした! 責任を取れ‼」
このセリフは、駆け込み乗車でドアに挟まれた乗客がよく発するクレームの一つである。
自業自得のように感じるのだが、このセリフの矛先は残念ながら車掌に向けられることが多い。なぜこうなってしまうのか。これは、駆け込み乗車をした人の気持ちに近づくことで見えてくる。
具体的にいうと、駆け込み乗車をしてドアに挟まった乗客が、ワザワザ車掌のところまできてクレームをいう理由は、「けがをした・していない」「痛い・痛くない」という問題だけではない。実は、「周囲の乗客に挟まっている姿を見られて恥ずかしい」という羞恥心のほうが優っている場合のほうが多いのだ。
それを隠すために、「俺が乗り込んでいるときに、車掌がドアを閉めた」というクレームをつけ、自分を正当化してくる人が多いのである。中には「当たり屋のような」人もいて、これも本当に頭を悩ませることの一つだ。
僕が担当していた高崎線は、15両編成の列車が多い。その場合、1編成に片側56箇所のドアがある。車掌は、乗客の乗り降りが終わったあとの数秒でドアの開閉の判断をするのだが、このタイミングは非常に絶妙である。
車掌がドアを閉めるということは、(1)発車時刻となり、(2)安全確認が終了した、ということである。その瞬間は、乗降者がいないと判断したのだ。
しかし、現状では階段や柱の陰など、車掌の位置から見えづらい場所から駆け込む人もいる。そういう場合でも、落ち着いてしっかりと判断して対応しなくてはならない。
実は、僕が車掌見習いのときに、師匠からいわれた言葉がある。
「アナウンスを間違えても『申し訳ございません』といえば訂正できる。しかし、ドアにまつわる事故は、謝って済む問題ではない」
と口を酸っぱくして指導していただいたのだ。
知っている人もいるかもしれないが、1995年に発生した三島駅乗客転落事故が、ものすごく教訓になっている。
この事故は、東海道新幹線の三島駅で、東京発名古屋行き「こだま475号」で発生した。
あとから来る新幹線を先に通すために「こだま475号」は三島駅で3分ほど停車した。この時間を使い、1人の乗客が駅の公衆電話を利用するために降車したのだ。
そして再度、乗車しようとした際にドアが閉まってしまい、自分の指が挟まれて、そのままホーム上を引きずられてしまったのである。
この事故を教訓として、鉄道会社は様々な安全対策を講じている。そのおかげで事故の発生件数はかなり減少しているが、その可能性をゼロにする事は難しい。
現実に、その後も傘や杖、ベビーカーなどを挟んでしまったという事故が実際に起こってしまっている。
このようなことからも、「駆け込み乗車をしても、きっと開けてくれる」と信じていると、本当に危ない。本書を読んでくれているあなたも、この危険性をしっかりと理解していただけたらと思う。
車掌は、”事故”や”事故には至らなかったが危なかった”という事象が発生する度に議論して、自分がその事象に遭遇したらどう判断し、対応するのかを常にシミュレーションしている。
これは自社だけではなく、他の鉄道会社で発生した事象も同じだ。自分の職場の管轄内で同じような事象が起こる可能性がある場所はないか? 駅の構造上で似たような場所はないか? と常に議論している。普段の安全は、このようにして守られているのだ。
今回のケースの裏側
これまで「どうしたら駆け込み乗車が無くなるのだろう?」と、僕自身考えながら活動してきたのだが、最近、少し見えてきたことがあるので話したいと思う。
突然であるが、本当にあなたは駆け込み乗車をしていないだろうか?
「私は、余裕を持った行動をしているから大丈夫」と思った人は本当に素晴らしい。余裕を持って行動することは本当に大切で、確かにそれだけで事故の発生確率を抑えることができる。
なぜ、少し強めな質問をしたのかというと、実は余裕を持って行動している人でも、駆け込み乗車をしてしまうケースが多々あるからなのだ。
具体的に説明したい。普段から「早め行動」を心掛けている人は、自分が乗る予定の数分前には駅に到着するように行動している。すると、早く駅に到着したので1本前の電車に乗れることもあるのだ。普段から余裕を持って行動していても、発車ベルが鳴るとついつい乗りたくなって走り出したくなる人もいるわけだ。
僕が「駆け込み乗車をするくらいなら、あと1分早く行動しよう!」と様々なSNSで呼び掛けているのはこういう訳だ。
3分ではなく、なぜ1分なのか?
そう、1分であればその電車に余裕をもって乗ることができる。
しかし、3分だったらどうだろう?都心の電車は過密ダイヤのため、3分間隔程度で運行しているところもある。3分間隔で運行しているところに、3分早く行動したら、1本前の電車の発車時刻ギリギリになってしまうのである。すると、また結果的に駆け込み乗車をしてしまいたくなるのだ。
あなたも”あと1分”早く行動しよう。たった1分で、焦らないで済む生活が待っている。
本稿は『車掌出てこい! 英語車掌が打ち明ける 本当にあった鉄道クレーム』(マキノ出版)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
最も頭を悩ますのが「駆け込み」の反対の「駆け降り」
初耳!? 意外に多い「駆け降り」
駆け込みよりも多いクレームが、実は「駆け降り」である。「初めて聞いた!」という人も多いかもしれない。このフレーズは、車掌であった僕でもいいづらい(笑)。
これは、その字の通りで、今まで列車に乗っていた人が、目的地の駅に到着した際に慌てて降りることである。ほとんどの原因が、寝過ごしである。
「意外だ!」と思うかもしれないが、実はこの「駆け降り」がものすごく多いのだ。結論からいうと、駆け込みよりも危険である。これは、車掌が必ず頭を悩ましている問題の一つである。これも、「降り遅れた」という事実を他の乗客に見られているため、羞恥心からクレームに発展することが多い。具体的には、「車掌がドアを早く閉めた!」「駅で10秒くらいしかドアを開けていなかった!」というようなクレームが寄せられるのだ。
予想不可能!? 本当に危険な「駆け降り」
車掌が列車のドアを閉めるときは、基本ホーム側から乗降確認をする。駅で列車が発車する際、車掌を見ていると、「発車‼ 側灯滅‼」という指差喚呼が聞こえる。これは、列車の最後部にある乗務員室の窓から顔を出し、指と声の二重で安全確認をしているのだ。
この体勢だと、「階段を急いで下りてくる人がいるな」「ホーム上を走っている人がいるな」という状況は発見しやすい。
しかし駆け降りの場合、そのような前兆が全くないまま、ひょっこりとドアから現れるわけである。この部分が、本当に判断が大変なのである。
また、そういう人は慌てているので、降りる直前に頭上の棚などの忘れ物に気付き、再度取りに戻ることがあるのだ。また、ギリギリで降りるので、体だけ列車の外に出ていても、バッグなどが車内に取り残されて、挟んでしまうこともある。
列車は心地よい揺れが眠気を誘うため、いつの間にか眠ってしまうこともあるだろう。これは仕方ないことかもしれないが、慌てて降りると予期せぬ事故にもつながりかねない。あなたも十分に注意していただきたい。
今回のケースの裏側
今回は「駆け降り」について話したが、単純に「降りられなかった」というクレームも寄せられることがあった。
その場合、次の停車駅まで行ってから戻らなくてはいけない状況と、乗り越し精算の発生なども加わって、さらに乗客の怒りのボルテージが上がってしまうのである。
車掌とすると、「乗れなかった」「降りられなかった」ということが無いように発車ベルを何秒以上鳴らそうだとか、ワンコーラス以上鳴らそうと決めているところもある。
実際に僕は、担当する列車によって、停車時間を調整して発車させていた。金曜日の遅い時間帯であれば酔客も多いために、少し余裕をもってドアを扱ったりもした。
もちろん、この場合は運転士との事前の打ち合わせで「今日は酔客が多そうなので、各駅慎重に確認する。もしかしたら少し遅れるかもしれない」と伝えておく。
すると、運転士はその分を勘案して、数秒早く駅に到着するように調整してくれたりするのだ。これが本当のプロだ。
運転士によっては、発車ベルのワンコーラスの秒数まで考慮して「ツーコーラスしっかりと鳴らせるように」と、停車時間もコントロールしてくれるような神的存在の人もいた。
アナウンスをしっかりしていても、降り遅れる人はいる。降り遅れの原因は、スマホや読書、ゲームなどが多いが、大抵は眠ってしまっているからである。
僕が乗客を見ていて不思議に思うことがある。それは、自分の降りる駅に到着していることに気が付くのは、ドアが閉まる瞬間が多いということだ。これは、果たして偶然なのだろうか?
特に乗り過ごしが多いのが特急列車だ。それは普通列車に比べて、ドアの数が少ないことも理由の一つであろう。
高崎線の通勤列車で使用している車両はE231系以降のもので、1車両につき4つドアが主流である。これは、多くの乗客に一度に乗ってもらうためだ。
これに対して、特急列車は1車両につき2つドアである。基本的には座席は全て進行方向を向いている。もちろん、グループで旅行を楽しむ場合は、座席を回転して乗ったりすることもできるが……。
特急列車の構造は客室とデッキに分かれている。当然のことながら、乗客の乗り降りはデッキからしかできない。だから、自分の座っていた座席から出口までの距離は長くなる。
それに加えて、降りるまでにはデッキに出るためのドアと、ホームに降りるためのドアの2つを通過しなければならない。そのため残念なことに、出口に向かっているときにドアが閉まって発車してしまうのだ。
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なお、本稿は書籍『車掌出てこい! 英語車掌が打ち明ける 本当にあった鉄道クレーム』(マキノ出版)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。176ページにおよぶ本書は、さまざまな事例をもとに、これから鉄道員を目指す人、あるいは社会人になる人に必要な「クレーム対応」のエッセンスが詰め込まれています。本書を読み終わるころには「この本は様々なトラブルを抑える『人間関係の戦略本だ!』」と思っていただけるでしょう。詳しくは下記のリンクからご覧ください。
※(2)「イライラの矛先は車掌に…」」の記事もご覧ください。