2021年12月、東京・渋谷にオープンした「肉野菜炒め ベジ郎」がたちまち行列のできる店となっている。メニューはなんと「野菜炒め」一本。野菜の大盛は無料。同店を運営する会社は、コロナ禍の2020年に「ドライブスルー八百屋」を行い大ヒットした、野菜の卸業。当時、緊急事態宣言下で飲食店が稼働しておらず、行き場を失った野菜を一般消費者に販売することで「生産者支援」を行った。この「野菜炒め一本」のベジ郎も同様のストーリーを携え、飛躍する可能性を見せている。
「生産者支援」のストーリーを持つ飲食店
2021年12月1日、東京・渋谷、東急百貨店本店の向かい側に「肉野菜炒め ベジ郎」(以下、ベジ郎)という野菜炒め専門店がオープンした。メニューは「野菜炒め」一本。これに肉が加わり、その量で価格が変わる。野菜とトッピングの背脂は“大盛無料”。この割り切った新業態の店舗にウエーティング(空席待ち)ができている。
同店を運営するのは、株式会社フードサプライ(本社/東京都大田区、代表/竹川敦史)。野菜の卸業で、全国の生産者や市場と取引をして、現在関東圏を中心に約5000の飲食店に野菜を供給している。
フードサプライは、2020年のコロナ禍にあって「ドライブスルー八百屋」という商売を行った。同社には、全国の生産者、市場から野菜が届けられ、それを飲食店に供給する役目を担っている。また自社農場も所有している。コロナ禍で飲食店が稼働しておらず、届けられる野菜はセンターに溜まる一方であった。周囲を見渡すと、スーパーは食料を求めるお客でにぎわい、マクドナルドのドライブスルーはハンバーガーなどのまとめ買い需要で渋滞の状態となっていた。
そこで、「当社の野菜を一般のお客様に販売しよう」と考えて生み出されたのが「ドライブスルー八百屋」だった。同社がこの売り方を全国の事業者に働きかけることによって、最大で約30の拠点が生まれた。こうして「ドライブスルー八百屋」は「生産者支援」という側面を持って社会現象となった。
今回紹介する「ベジ郎」は、この「ドライブスルー八百屋」の発想を「野菜炒め専門店」という飲食業で表現したものと理解することができる。つまり「生産者支援」というストーリーを携えているということで特徴がはっきりしている。
ボリュームからドリンクまでカスタマイズ
「ベジ郎」の店舗規模は12坪、14席。カウンター越しにオープンキッチンとなっている。「野菜炒め」一本のメニューはこうなっている。
野菜炒めの味付けは、「醤油」「ぽん酢」「味噌」の三種類(すべて同価格)。
野菜の量は「普通」が400g、「少なめ」300g(+0円)、「マシ」500g(+0円)、「マシマシ」600g(+50円)。成人の野菜摂取目標量は「350g」と提唱されていて(厚生労働省)、日本人の平均摂取量は290g、20~40代では7割弱しか摂れていないという(同『国民健康・栄養調査』令和元年)。
その点、「ベジ郎」の野菜炒めの「普通」は400gで、成人の野菜摂取目標量を優に上回る。ご飯とスープのセットは100円で、野菜定食として食べる場合は、これらの価格に100円プラスとなる。
野菜炒めに“こってり感”を加えるために「背脂」を選べるようになっている(基本は「なし」)。「中油」20g(+0円)、「大油」40g(+0円)、「鬼油」80g(+50円)で、中と大は無料だ。
肉野菜炒めの場合は、肉の量で価格が変わる。
肉は、鶏肉の唐揚げを使用。メニューの試作段階で豚肉等を使用したが、豚肉よりもから揚げの方がボリューム感を演出できたことから、このような組み合わせにした。こうして「肉中盛り(100g)野菜炒め」700円、「肉大盛り(150g)野菜炒め」800円、「肉特盛り(200g)野菜炒め」900円となっている。これらの他に「追加パクチー」(+50円)、「追加バター」(+50円)がある。ドリンクの「生ビール」「本搾りレモン」「黒ウーロン茶」はいずれも「+200円」となっている。
代表の竹川氏はこう語る。「ビール、レモンサワーは通常のジョッキと同じサイズでこの価格。これは宣伝・広告の位置づけにしたから。お客様は料理が出来上がる前にこれらを飲み干す、という趣向です」
このように、定食セット、肉、ドリンクはすべて客の好みで「+」して、客がカスタマイズしていく。客は入店してまず、注文をセルフレジのタッチパネルで行う。最初に「ご飯の有無」から選択することになり、カロリーオフや糖質オフにも対応できる。
カウンターの内側がオープンキッチンになっているので、オペレーションの様子がよく分かる。野菜炒めに使用する野菜が、ガラス戸の冷蔵庫の中に収められているが、それらの存在感が力強い。野菜の計量は注文のあるたびに一品ずつ正確に行っている。
野菜炒めの“味変”として「酢」「カレー粉」「ベジの素」(鷹の爪を漬けたもの)をテーブルに用意し、野菜炒めを「カレー味」と「ピリ辛」に変化させることで飽きることなく楽しむことが出来るようにしている。
「席効率」によって高い生産性を誇る
「ドライブスルー八百屋」は、緊急事態宣言の中ではたいそう繁盛したが、それが明けるとフードサプライは再び厳しい状況にさらされた。そこで「自分たちで野菜をコントロールできる事業」を模索するようになった。
「野菜がたくさん売れる商売は何か」を考えていき、「野菜炒め」に行き着いた。
町中華で4~5人で食事をすると、たいてい誰かが「野菜炒め」を注文する。定食にA、B、Cがあればその中に「野菜炒め」が存在する。「ご飯大盛無料」はあるが「野菜の大盛無料」は見たことがない。こうして“八百屋が営む野菜炒め専門店”の「ベジ郎」の構想が誕生した。2021年4月のことである。
業態設計では、生産性を緻密に考えた。まず、チェーン展開していくために客単価を抑えた。
「居酒屋チェーンで伸びる業態は『客単価2500円』とされているが、4人掛けテーブルとして1卓2・5人となる。これが2時間滞在して1席あたり1600円弱。ベジ郎は、客単価900円で滞在時間は30分、客単価2500円の居酒屋よりも席効率は高くなる」(代表の竹川氏)
客単価2500円(2時間滞在)の居酒屋のパターンに「ベジ郎」をあてはめると、4人掛けに4人が座り(ベジ郎はカウンター席)、2時間は「ベジ郎」の滞在時間30分の4倍となるので、「900円×4」で1席あたり3600円となる。従業員は4人態勢。営業時間は11時~22時(金・土のみ翌3時まで)。
店頭には、A看板(横から見るとAの字の形をした立て看板)でこのように訴えている。
「野菜たっぷり食べませんか? 全て野菜マシ無料」
野菜不足を気にしている消費者には、とても効果的な文言といえる。このような存在感から、立地は一等立地にこだわる必要がないようだ。近いうちに直営店を3店舗の体制にして、FC展開に進んでいこうとしている。
同社では、全国の飲食業をネットワークする物流を持っている。そして、コロナ禍にあって全国の事業者とのパイプが出来て、さらに飲食事業者を応援するスタンスで歩んできた。今後「ベジ郎」を展開していく上で、これらの結び付きは力強いバックボーンとなっていくことであろう。
執筆者のプロフィール
文◆千葉哲幸(フードサービスジャーナリスト)
柴田書店『月刊食堂』、商業界(当時)『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆・講演、書籍編集などを行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社、2017年)などがある。
▼千葉哲幸 フードサービスの動向(Yahoo!ニュース個人)