肝臓は「沈黙の臓器」と称されます。そのため、肝硬変に至るまでの間に自覚症状はほとんどありません。肝硬変の患者さんに指導している栄養療法の一つが「夜食の勧め」、運動療法のおすすめは「かかと上げ下げ」です。【解説】元山宏行(大阪市立大学大学院医学研究科・肝胆膵病態内科学 病院講師)
解説者のプロフィール
元山宏行(もとやま・ひろゆき)大阪市立大学大学院医学研究科・肝胆膵病態内科学病院講師。2004年、兵庫医科大学医学部卒業。14年より現職。専門は消化器病学、肝臓病学。日本内科学会、日本消化器病学会、日本肝臓学会、日本消化器内視鏡学会に所属。肝臓病を中心に消化器疾患の臨床と研究に取り組む。患者の立場に立った満足度の高い医療の提供を目指している。
肝硬変の栄養療法の一つ「夜食の勧め」
慢性肝疾患といっても、ウイルス感染による肝炎や、アルコール性または非アルコール性の脂肪肝炎など、その成因は多様です。
しかしいずれも、炎症が慢性化すると、肝細胞が破壊され、肝組織内に線維が蓄積し、肝臓が硬くなってきます。これが進行した状態が、肝硬変です。
肝硬変になると、肝ガンの発生率が上昇します。けれども、肝硬変に至るまでの間に、自覚症状はほとんどありません。肝臓がしばしば「沈黙の臓器」と称されるのはこのためです。
私は大学附属病院の、肝胆膵内科に勤務しています。外来には、肝臓・胆嚢・膵臓にかかわる疾患を持った患者さんが、主にいらっしゃいます。そのため慢性肝疾患を診察する機会は多く、なかには肝硬変まで病状が進行しているかたも、少なくありません。
こうした肝硬変の患者さんに指導している栄養療法の一つが今回お話しする夜食療法、すなわち「夜食の勧め」です。そのメニューとして、主に炭水化物(糖質)を推奨しているといったら、「寝る前に炭水化物をとるなんて!」と、驚かれるでしょうか。
しかし、当然、すべての肝硬変患者さんに夜食を勧めるわけではありません。
夜食療法が向くのは、具体的には血液検査で血清アルブミン値が3.5g/dl以下を示した肝硬変患者さんです。栄養が過多な人や、糖尿病の持病がある人には、摂取カロリー(エネルギー)の調整や、ほかの療法を指導することもあります。
アルブミンとは、血液中の総たんぱくのうち50〜70%を占める、たんぱく質の一種です。肝細胞のみで作られるため、肝硬変が進むと、アルブミンを作る機能が低下。それに伴い、血清アルブミン値も下がります。
血清アルブミン値の低下要因は、肝臓の機能低下に限りませんが、肝硬変の進行度合いを診断する一つの基準になります。
もし、血液検査の結果表に、血清アルブミン値の項目が見当たらない場合は、医師に確認すれば、教えてくれるはずです。
では、なぜ夜食が、肝硬変の治療に有効なのでしょうか。
肝臓の重要な働きの一つに、糖の取り込みがあります。肝臓は、取り込んだ糖からグリコーゲンという物質を合成し、貯蔵しておきます。グリコーゲンは、体の生命活動を支えるエネルギー源です。
肝硬変により、糖の取り込みや合成、貯蔵の機能が低下すると、体がグリコーゲンを必要とするとき、細胞に十分な量を供給できなくなります。
すると体は、今度は筋肉からエネルギー源を取ろうとします。これが、肝機能を悪化させる悪循環につながっていくのです。
夜食のカロリーはおにぎり1個分がベスト
例えば、毎日、夕食を7時、朝食も7時に食べるとしましょう。肝機能が正常な人は、肝臓にグリコーゲンが十分蓄えられています。そのため、睡眠中を含めた食事をしない12時間の間に、エネルギーが不足することはありません。
ところが肝硬変の人は、糖の取り込み、合成、貯蔵の機能が、いずれも低下しています。つまり、常に肝臓が極端な飢餓状態にあるのです。12時間も食事間隔が空くと、健康な人が3日間絶食したのに匹敵します。
これを防ぐのが、就寝前の夜食というわけです。糖の補給が目的であれば、その食事内容として炭水化物が勧められるのも、納得がいくでしょう。
夜食療法を実践する際、最も重要なのは、1日に摂取する総カロリーを変えないことです。
適切な摂取総カロリーは、個人の体格や症状により異なりますが、たいていの肝硬変の患者さんは、医師や栄養士から栄養指導を受けているはずです。
このカロリーを守ったうえで朝昼晩の3食を少しずつ減らして、その分を夜食に当てるのです。夜食分は、200kcal=おにぎり約1個分程度がベスト。
夜食の内容は、例えば、「たいやき1個」「焼きイモ半分」「バナナ1本とクラッカー数枚」「カステラ2切れとミカン」といったぐあいです。くれぐれも、食べ過ぎないように注意しましょう。
なお、先述したように、肝臓からグリコーゲンが供給できなくなると、体は筋肉からエネルギー源を取り出そうとします。筋肉に必要な栄養と、運動療法については、記事後半で説明しましょう。
《肝臓の“飢餓”を防ぐ「寝る前糖質」》
息が上がることなく汗ばむ程度の負荷がかかる運動を
肝硬変の患者さんにお勧めの夜食療法について、上記でお話ししました。
こうした栄養療法と並行してぜひ取り組んでいただきたいのが、運動療法です。肝炎が悪化しているときや、肝硬変の合併症である肝性脳症を患っている場合を除けば、適度な運動が治療効果を上げることが、わかってきています。
お勧めは、息が上がることなく、汗ばむ程度の負荷がかかる運動。下に示した「かかと上げ下げ」や、ゆっくり行うスクワット、太もも上げ運動やウォーキングも効果的です。
【かかと上げ下げのやり方】
❶イスの後ろに立ち、背もたれに手をかける。つま先は正面に向ける。
❷息を吸うときに、かかとと肩を、ゆっくり上げる。
❸息を吐くときに、かかとと肩を、ゆっくり下げる。
(2)〜(3)を10回くり返し、1分休憩する。これを1セットとして、1日に3〜5セット行う。何度かに分けてもよい。できれば毎日、難しければ2日行って1日休むペースで続ける。
ではなぜ、肝臓病の治療に、運動が有効なのでしょうか。肝臓と筋肉の、知られざる関係をひもといてみましょう。
肝硬変の進行度合いを診断する指標として、血清アルブミン値を用いることは、記事前半に述べたとおりです。肝機能の悪化により血清アルブミン値が低下した場合、ふたとおりの原因が考えられます。
一つめは、肝臓のアルブミン合成能力の低下です。アルブミンは、肝臓で作られるたんぱく質ですが、肝硬変が進むと、合成できなくなります。
二つめは、アルブミンを作る材料の一つである分岐鎖アミノ酸の減少です。分岐鎖アミノ酸は、英語名の頭文字を取って、BCAAとも呼ばれます。具体的には、必須アミノ酸であるバリン、ロイシン、イソロイシンの3種を指した総称です。
BCAAは、体内では作ることができないため、食物などにより補給する必要があります。これが不足すると、当然、肝臓でのアルブミン産生量が減少。それにより、血清アルブミン値が低下するのです。
BCAAについて、もう少し詳しく説明しましょう。
BCAAは、先に述べたようにアルブミン産生時の材料として使われるほか、運動時のエネルギー源にもなります。
体のエネルギー源は、肝臓でも糖代謝によって合成されますが、BCAAが蓄えられている場所は、主に筋肉中のたんぱく質です。運動すると、BCAAの分解が進み、エネルギー源として消費されます。
さらに、筋肉中のBCAAは体内のアンモニアの一部を分解する際にも使われます。
アンモニアは、たんぱく質の代謝過程で発生する物質です。通常は肝臓で解毒され、体外に排出されます。
しかし、肝機能が落ちると血中のアンモニアを分解できず、濃度が上昇。すると今度は、筋肉がアンモニアを取り込み、BCAAを使ってアンモニアを分解し、処理してくれるのです。
必須アミノ酸BCAAを積極的に補給しよう
ここまでのところで、肝臓と筋肉の意外な関係に、気づいた人もいるかもしれません。
実は筋肉は、肝機能の一部を担うことができるのです。
あまり知られていませんが、筋肉は「第2の肝臓」といわれています。この、肝臓の働きを肩代わりするときに使われるのがBCAAなのです。
肝硬変の患者さんにとって、第2の肝臓である筋肉は、死守すべき存在です。
しかし、筋肉中のBCAAが取り出されて使われると、筋肉はどんどんやせてきます。筋肉量が落ちれば、当然、代謝機能も低下します。
このような負の連鎖を防ぐには、BCAAの積極的な補給が必要です。BCAAを食事からとるなら、高たんぱく・低脂質の鶏肉などが勧められますが、実際の治療では、より効率よく補充するため、BCAA製剤が用いられています。
栄養療法と運動療法を組み合わせ、筋肉量を維持できれば、低下した肝臓の機能を補完することができます。かかと上げ下げ運動は、最低1ヵ月続けると筋肉のつき方に変化が感じられるでしょう。