運動は、血液、血管、血流という、血栓にまつわる三つの要因に働きかけます。血管の内皮細胞の状態を改善し、血栓ができにくい環境を作ってくれるのです。そこでお勧めしたいのが、ウォーキングです。無理に速く歩く必要はありません。人と話ができるくらいのスピードで歩くのがいいのです。【解説】浦野哲盟(浜松医科大学医生理学講座教授・副学長)
解説者のプロフィール
浦野哲盟(うらの・てつめい)
浜松医科大学医生理学講座教授・副学長。医学博士。日本血栓止血学会、国際線溶学会、アジア太平洋血栓止血学会理事。
脳梗塞や心筋梗塞の患者は年間10万人以上!
血栓を効率よく溶解する「t-PA」とは
血管内にできる血の塊かたまりが、「血栓」です。多くの皆さんが、非常に恐ろしいイメージをお持ちでしょう。
なにしろ、血栓が詰まって起こる脳梗塞や心筋梗塞にかかる人は、年間10万人以上もいます。そのうえ、脳梗塞や心筋梗塞は、多くの場合、自覚症状もないうちに、病魔に突然襲われるのです。
しかし、血栓は、実は完全な悪者だとはいいきれません。そもそも、血を固める働きは、私たちの命を守るうえで必要不可欠です。ケガなどで出血した際には、できるだけ早く血液を固めて出血を止めなければ、命が危うくなります。
実は、私たちの体の中では、出血を防ぐのに役立てるため、微小な血栓が毎日できています。しかし、溶かされるしくみが機能しているので、梗塞を引き起こすほど大きく育つことはありません。
例えば、発症してからあまり時間が経過していない脳梗塞の患者さんに対して、「t-PA」という薬を用いて治療します。
脳梗塞の発作が起こったのち、これを4時間半以内に投与すれば、血栓が効率よく溶解され、ほとんど後遺症なしで治癒することもあります。
このt-PAが画期的なのは、ほかの薬に比べて血栓溶解の効率がよく、出血などの副作用が少ないことです。
さらに注目すべきは、t-PAの成分は、私たちの血管内でも分泌されていることです。もし、血栓ができると、血管内皮からt-PAが分泌され、血栓を速やかに溶かします。
その結果、血栓が詰まって引き起こされる脳梗塞や心筋梗塞を防ぐことができるのです。
t-PAの分泌を高める方法
人と話ができるくらいのスピードで歩けばよい
実は、このt-PAの分泌を高め、血栓を溶かす力をよりよく働かせる方法があるのです。
それは、運動です。
私は、次のような実験を行いました。静岡県袋ふくろ井い 市に住む60代の男女(40人)に協力していただいて、週に1回、運動指導をし、ほかの6日間は1時間程度、ウォーキングなどの軽い運動をしてもらいました。これを3ヵ月間続け、運動前と運動後で、体の状態を調べたのです。
すると、顕著な結果が出ました。多くのかたでコレステロール値と中性脂肪値の低下が認められ、血栓溶解時間が9時間から7.4時間に短縮したのです。
さらに、PAI‐1という物質の平均値が、19.3ng/mlから16.4ng/㎖mlに減少しました。
PAI‐1というのは、血栓が溶けるのを阻害してしまう物質です。つまり、このPAI‐1の量が減るということは、t-PAが働きやすくなるわけで、結果的に血栓が溶けるのに役立つのです。
さて、この袋井市で行った実験では、運動によってコレステロール値と中性脂肪値も下がったことが確認されました。血液中のコレステロールや中性脂肪を減らせば、血流が改善し、動脈硬化が進みかけた血管でも進行を抑えることができます。
このように運動は、血液、血管、血流という、血栓にまつわる三つの要因に働きかけます。血管の内皮細胞の状態を改善し、血栓ができにくい環境を作ってくれるのです。
そこでお勧めしたいのが、ウォーキングです。目安としては、1回30分以上、週に4日以上実践するといいでしょう。無理に速く歩く必要はありません。人と話ができるくらいのスピードで歩くのがいいのです。
青魚や野菜をよく食べるとよい
ウォーキングとともに、食事にも気を遣うとさらに好適です。血液をサラサラにする効果のあるEPAを含む青魚や、ビタミンCを多く含んだ野菜をよく食べるように心がけてください。
「ウォーキングは1回30分以上、それを週に4日以上」というと、なかには、「忙しくて、そんな時間がない」「週4日は難しい」とおっしゃるかたが必ずいらっしゃいます。
そうしたかたには、「できる範囲でいいですから、運動してください」とお話ししています。たとえ、1日10分でも、週に2~3日でもけっこうです。
全くしないでいるよりは、少しでも運動したほうがずっといいからです。
目安の時間や頻度では難しいと思われるかたは、無理のないところからスタートしましょう。続けているうちに慣れてきたら、少しずつウォーキングの時間や頻度を増やせばいいのです。
まずは、日ごろからなるべく歩く習慣を身につけて実践する。それだけでも動脈硬化を防ぎ、脳梗塞や心筋梗塞の危険性を低くする効果は得られるのです。