内村航平選手が靭帯損傷の治療に取り入れたことで話題になった「体外衝撃波治療」は従来、尿路結石症の治療法でした。近年、整形外科の治療でも、体への負担が少ない安全な治療法として、主に腱の付着部に起こる炎症などの治療に活用されています。【解説】落合信靖(千葉大学医学部附属病院整形外科准教授)
解説者のプロフィール
落合信靖(おちあい・のぶやす)
千葉大学医学部附属病院整形外科准教授。1998年、千葉大学医学部卒業。2006年、同大学大学院終了(医学博士)。カリフォルニア大学サンディエゴ校留学、千葉大学大学院整形外科助教、同講師を経て現職。2010年、日本肩関節学会学会賞。2015年、日本整形外科学会優秀演題賞。
痛みの原因となる神経を壊し組織の再生を促す
体操の内村航平選手が右足首の靭帯損傷を治療するさいに取り入れたことでも話題になった「体外衝撃波治療」。従来、泌尿器科で尿路結石などを破砕するために用いられてきた体外衝撃波が、近年、整形外科領域でも痛みを取り除く目的で活用されるようになってきました。
例えば、テニスをする人に多い「テニスひじ」や、ランナーに多い「足底腱膜炎」などに対して、体への負担が少ない安全な治療法として、急速に普及してきているのです。特に、難治性の足底腱膜炎に対しては、保険適用で受けられます。
体外衝撃波治療を多数手がける、千葉大学医学部附属病院整形外科の落合信靖先生にお話をうかがいました。
[取材・文]医療ジャーナリスト 山本太郎
──体外衝撃波治療とは、どのような治療なのでしょうか?
落合 体外で発生させた、目に見えない衝撃波(高出力の音波の一種)を患部に照射し、衝撃波の持つエネルギーを利用する治療法です。
もともと体外衝撃波治療は、泌尿器科で尿管結石や膀胱結石、腎臓結石など、尿路結石症の治療法として普及していました。結石症は、シュウ酸カルシウムなどの不要物が体内で結晶化して大きくなって起こる病気です。
体外から衝撃波を集中的に当てて結石を細かく破砕し、尿とともに排出を促す治療に用いられてきたのです。
近年、この体外衝撃波が、整形外科の治療にも用いられるようになりました。主に、腱(筋肉と骨を結びつける組織)の付着部に起こる炎症などの治療に活用されています。
実は、昔から尿管結石などで体外衝撃波治療を行うと、なぜか痛みまで取れるというケースが知られていました。
そこから、整形外科の領域で扱う体の痛みにも体外衝撃波が効くのではないかと、1990年代から主にヨーロッパで治療が行われるようになったのです。日本でも2000年代から徐々に、整形外科での体外衝撃波治療が広まってきました。
体外衝撃波を当てることで、患部で痛みを発している神経の一部を壊す作用があり、それによって早期に痛みを取ることができます。
さらに、衝撃波による刺激でサイトカイン(細胞から分泌されるたんぱく質)や、血管誘導因子などの治癒を促進する物質が分泌され、腱の組織の再生が促されることも判明しています。
こうした仕組みで、疼痛(痛み)を抑えることができるのだと考えられます。
ちなみに、整形外科で用いられる体外衝撃波の治療器は、結石を破砕する衝撃波治療器より出力エネルギーを抑えたものです。体によけいなダメージを残すことなく、安全に治療できるようになっています。
部位の使いすぎで起こる慢性痛の解消に有効
──体外衝撃波治療が有効な疾患にはどんなものがありますか?
落合 主な適応は、腱付着部に炎症が生じて慢性化し、治りにくくなった疼痛性疾患です。例えば、次のような疾患が代表的です。
●上腕骨外側上顆炎(テニスひじ)
物をつかんで持ち上げる動作やタオルを絞る動作をするときに、ひじの外側から前腕にかけて痛みが出ます。多くの場合、安静時には痛みはありません。
一般的には、くり返す仕事や運動により、ひじの腱が傷んで発症します。中年以降のテニス愛好家に多いため、「テニスひじ」とも呼ばれます。
●膝蓋腱炎(ジャンパーひざ)
膝蓋腱(ひざの皿の骨とすねの骨をつないでいる腱)に炎症が起こり、ひざのお皿の下辺りに痛みが出ます。
バレーボールやバスケットボールなど、ジャンプと着地を頻繁に行うスポーツをしている人に多く見られます。
●足底腱膜炎
アーチ状になった土踏まずを支える役割をする足底腱膜に炎症が起こり、痛みが生じます。
足底腱膜炎は患者数が多く、人口の約10%に起こるともいわれます。マラソンなどのランナーや、長時間の立ち仕事に従事している人に多く見られます。
●アキレス腱付着部炎
アキレス腱とかかとの骨の付着部周辺に痛みが現れます。特に、足首を上向きに曲げると強い痛みが生じます。これもやはり、スポーツをしている人に多く見られます。
これらの腱付着部炎は、基本的に特定部位の使いすぎが原因です。なので、痛み止めの薬や、患部を保護する装具を用いた保存的治療を行いながら、問題となる動作を控えて安静にしていれば、自然によくなることが多いものです。
しかし、スポーツ選手や仕事などの理由で休んでいられない患者さんもいます。その場合、腱の一部を切除する手術などが行われますが、手術による傷跡が残ったり、手術後にも復帰まで時間がかかったりするといった問題がありました。
それに対して、体外衝撃波治療は、体を傷つけることなく、基本的に麻酔も不要なほど外来で安全に治療できるのがメリットです。
通常の保存的治療で治らない難治性の腱付着部炎に対しても、体外衝撃波治療では7~8割くらいの高い率で痛みを改善する効果が認められます。
また、手術のように体への侵襲(傷つけること)が大きくないため、スポーツ選手の場合は早期に痛みをなくして復帰できるというメリットもあります。
腱付着部炎のほかにも、骨折後の治りが悪いケースに体外衝撃波治療を行うと、骨癒合(骨がくっつくこと)が促されて、治りやすくなることもわかっています。
さらに当院では「肩石灰性腱炎」も体外衝撃波で多く治療しています。
これは、肩甲骨と上腕骨(二の腕の骨)をつなぐ肩腱板に石灰化(体内の不要なリン酸カルシウムが結晶になって沈着すること)が起こって、炎症を生じる疾患です。
夜間に突然、激烈な肩関節の痛みが生じて始まることが多いです。40~50歳代の女性に多く認められますが、いわゆる四十肩・五十肩(肩関節周囲炎)とはまた別の症状です。
石灰(リン酸カルシウム結晶)は当初は濃厚なミルク状で、時間がたつにつれ、練り歯みがき状、石膏状へと硬く変化します。
こうして沈着して固化した石灰という異物によって、周囲の組織に炎症が起こり、痛みが増していくのです。そのため、痛みの原因となっている石灰を消失させることが治療の目的になります。
その方法として、石灰が軟らかいうちは太い注射針で吸引したり、内視鏡手術で摘出したりする方法がありますが、当院では体外衝撃波治療によって約80%の症例で石灰の消失または縮小が認められています。
──治療に用いられる機器は、どのようなものなのですか?
落合 体外衝撃波治療の治療機器には、衝撃波を1点に集中させることのできる「収束型」と、衝撃波が放射状に広がって放出される「拡散型」の2種類があります。
収束型のほうがエネルギーが強く、患部に衝撃波をピンポイントで当てることができるので、痛みを取る効果が高く現れます。当院での治療には、主に収束型を用います。
一方、拡散型は痛みを取る作用は収束型よりは低いものの、患部周辺の筋肉をほぐす作用があります。患者さんの症状に応じて、拡散型を用いることもあります。
なお、拡散型は単純に痛みのある部位に衝撃波を発する器具を押し当てるだけで簡単なのに対して、収束型ではエコー(超音波)を併用して、病変部位にピンポイントで衝撃波を当てるので、技術的にも少し難しい治療になります。
治療時間は1回20~30分、外来で受けられる
──実際の治療は、どのように行われるのでしょうか?
落合 まず診察で、痛みの程度や関節部などの動きを確認したり、レントゲンやMRIなどの画像検査を行ったりして、体外衝撃波治療の適応になるかどうかを見きわめます。原則として、通常の保存的治療を6ヵ月以上行っても改善が見られなかったかたが対象となります。
治療にかかる時間は1回20~30分ほどです。患者さんには座るか、寝るかしてもらい、治療を受けていただきます。
体に衝撃波が当たると、ビリッとした刺激を感じます。たいていの患者さんが最初は「痛っ!」と反応されますが、徐々に慣れて、平気になってくることが多いです。
また、衝撃波の強さは調整できるので、患者さんが耐えられる範囲で最大限に強い出力にします。患者さんがどうしても痛みに耐えられないという場合は、局所麻酔を用いることもあります。
痛みを取る効果は比較的すぐに現れることが多く、治療後間もなく「痛くて動かせなかった患部がらくに動かせるようになった」といった声もよく聞かれます。
人によっては1回の治療で完全によくなることもありますが、通常は少しずつ痛みが軽減していき、3~5回くらいの治療を行うことが一般的です。
ここで、症例をご紹介しましょう。
50代の女性Aさんは、2年前から肩石灰性腱炎よる右肩の痛みに悩まされてきたそうです。近隣の整形外科で保存的治療を受けるも、痛みが改善することなく、当院を受診されました。
治療開始前の画像(写真・左)の丸く囲った箇所に白く写っているのが、沈着した石灰です。体外衝撃波治療を行うと、1回目の治療後から、かなり痛みが軽減しました。
その後3ヵ月の間に4回の衝撃波治療を行い、石灰は完全に消失しました(写真・右)。肩の痛みもまったく出なくなったと、たいへん喜んでいらっしゃいました。
《体外衝撃波による肩石灰性腱炎治療の例》
──体外衝撃波治療を受けたい患者さんはどうすればいいのでしょうか?
落合 治療の普及が今後の課題だと言えるでしょう。
拡散型の体外衝撃波治療器は物理療法として保険収載されており、保険適用で治療を受けられます。機器も比較的安価で、理学療法士が使用することも認められていますから、導入している施設も少なくないでしょう。
一方、収束型の体外衝撃波治療器は機器が高価なため、大学病院や総合病院の整形外科など、導入している施設がまだ限られているのが現状です。インターネットで検索するなどして、お近くで治療できる病院を探していただくのがいいでしょう。
なお、現状では、収束型の体外衝撃波治療器が健康保険の適用になるのは、保存的治療を6ヵ月以上継続してもよくならない、「難治性の足底腱膜炎」に対してのみです。
ほかの疾患の治療に用いるさいは自費診療になります。当院での治療費用は初回が約2万円、2回目以降は1回約1万円です。