睡眠時無呼吸症が高血圧リスクを高めるしくみとしては複数の要因が推測できます。寝ているときに酸素飽和度が低下すると、低酸素の刺激によってストレスが加わること。酸素飽和度が低下すると覚醒が生じて睡眠が分断され、交感神経が興奮した状態が増えることなどです。【解説】松本健(大阪府済生会野江病院呼吸器内科医長・京都大学大学院医学研究科呼吸器内科学客員研究員)
解説者のプロフィール
松本健(まつもと・たけし)
大阪府済生会野江病院呼吸器内科医長。京都大学大学院医学研究科呼吸器内科学客員研究員。京都大学医学部卒業。京都大学大学院医学研究科博士課程修了。大学院生時代に睡眠時無呼吸症候群の研究に携わる。特に「ながはまスタディ」においては泊まり込みで実地活動を行い、そのデータを用いて本邦の睡眠時間、睡眠呼吸障害の疫学・生活習慣病との関連を明らかにした。
男性の4人に1人は無呼吸症の治療対象
睡眠障害は高血圧のリスクになる──。これは、なかなか血圧が下がらないという高血圧の患者さんにとって、注目すべきことだと思います。
循環器病の診断と治療に関するガイドラインには、全高血圧の3割が睡眠時無呼吸症候群(以下、睡眠時無呼吸症と記す)を合併しているというデータが出ています。
さらに、3剤以上の降圧剤を飲んでも血圧が下がらない薬剤耐性高血圧症においては、実に8割が睡眠時無呼吸症を合併しているといいます。
ただ、過去の睡眠に関するデータは、海外の研究が先行していました。そこで、私たちは京都大学と滋賀県長浜市の共同研究『ながはまコホート事業』において、日本人の睡眠の実態と、高血圧や糖尿病との関連について調査を行いました。
今回、睡眠調査の対象となったのは、2013〜2016年にながはまコホート事業に参加した、34〜80歳の男女、7051人です。これは世界でも最大規模の調査といえます。
対象者には7日間、睡眠日誌を記録してもらいました。加えて、体の動きに応じた活動量を計測する加速度計(腕時計型)を装着してもらい、客観的な睡眠時間を計測しました。
睡眠時無呼吸症の検査方法としては、睡眠中の酸素数値を計測する機器を4日間装着してもらいました。そして、酸素飽和度(血液中の酸素の量)が低下した回数を呼吸が止まった回数の代替指標として計測しました。
1時間当たりの酸素飽和度が低下した回数が、5回未満なら正常、5〜14回なら軽症、15回以上なら中等症以上と評価します。日本では中等症以上が、後にご紹介する「CPAP」による睡眠時無呼吸症の治療対象になることが多いです。
そして、対象者には1週間、毎日、朝晩の血圧を測定してもらいました。
この調査の結果、軽症の睡眠時無呼吸症の可能性がある人は、全体の46.7%もいることがわかりました。中等症以上の人は12.3%。合計すると、なんと59%が睡眠時無呼吸症の可能性があるということです。
なお、私たちは今回、睡眠時無呼吸症の頻度や関連度合いに、男女差や閉経前後で差があるかどうかについても検討しました。
それによると、男性は軽症が57.4%。治療対象となる中等症以上は、約4人に1人の23.6%に上りました。これは女性よりも明らかに高い頻度です。
閉経前の女性は軽症が23.7%、中等症以上が1.5%でした。閉経後の女性は軽症が50.7%、中等症以上が9.6%ですから、閉経後の女性のほうが、睡眠時無呼吸症の頻度は高くなることも確認できました。
女性より男性の頻度が高いのは、男性は首周りに脂肪がつきやすく、それによって上気道が圧迫されることが一因と考えられます。また、男性ホルモンが気道を開きにくくするともいわれています。
閉経後の女性で頻度が高くなるのは、女性ホルモンの減少が関与していると推測されます。
治療すると血圧が下がるというデータは多い
次に、睡眠と血圧の関連を見ると、高血圧でない人に比べて、高血圧の人は、睡眠時無呼吸症の頻度が高いという結果が出ました。
さらに、睡眠時無呼吸症と高血圧の関連度合いを調べてみました。すると、睡眠時無呼吸症のない人を1としたとき、軽症の睡眠時無呼吸症がある人は高血圧との関連度合いが1.42倍、中等症以上の人は2.44倍になることがわかりました(下のグラフ参照)。
《睡眠時無呼吸症と高血圧との関連》
睡眠時無呼吸症が高血圧リスクを高めるしくみとしては、複数の要因が推測できます。
まず、寝ているときに酸素飽和度が低下すると、低酸素の刺激によってストレスが加わること。
ほかには、酸素飽和度が低下すると、覚醒が生じて睡眠が分断され、交感神経(自律神経のうち活動時に優位になる神経)が興奮した状態が増えること、などです。
それらが血管にストレスを与えて、高血圧を招くと考えられています。
今回の研究では、そうしたしくみや因果関係までは解明できていませんが、日本人においても睡眠時無呼吸症と高血圧が関連していることは間違いないといえます。
そしてもう一つ、私たちは特殊な手法を用いて、肥満と睡眠時無呼吸症が高血圧に及ぼす影響についても分析しました。
その結果、肥満が直接的に関与している高血圧が約8割。残りの約2割は、睡眠時無呼吸症を介して高血圧に関与しているというデータが得られました。
つまり、高血圧の改善には、肥満を改善することが最も有効ですが、それ以外に、睡眠時無呼吸症を改善することも有用な可能性があるということです。
降圧剤を飲んでも血圧がなかなか下がらない人は、一度、睡眠時無呼吸症かどうか、検査を受けてみてはいかがでしょうか。
特に、太っている人、イビキをかく人、あごが小さい人は、睡眠時無呼吸症が関連している可能性があると考えられます。
《高血圧と睡眠時無呼吸症、睡眠時間、肥満の関係》
睡眠時無呼吸症の基本的な治療法は、寝るときに装着するCPAP(圧力をかけた空気を鼻から気道に送り込み、気道を広げる装置)です。CPAPで睡眠時無呼吸症を治療すると、血圧が下がるというデータがいくつも出ています。
日本では、睡眠時無呼吸症の人の7割が肥満である一方、肥満ではないのに睡眠時無呼吸症の人が約3割いるといわれています。これは、のどが狭く、気道が狭窄しやすい、アジア系の民族ならではの骨格が関係していると考えられます。
肥満ではない睡眠時無呼吸症の人や、肥満がなかなか改善しない人には、やはりCPAPによる治療をお勧めします。
なお、睡眠時無呼吸症の人は、あおむけになると気道が狭窄しやすくなります。CPAPによる治療を受けるほどではない軽症の人は、寝るときの対策として、抱き枕を利用するなどし、横向き寝をするようにしましょう。それだけでも血圧の改善につながる可能性はあります。