腹側迷走神経は、人とコミュニケーションするときに働き、「社会とのつながりを促す」神経です。心臓や肺などの内臓のほか、目や耳、鼻、口、顎、顔の筋肉など、人とコミュニケーションするときに働く各部位の調整に関わっています。【解説】藤本昌樹(東京未来大学こども心理学部教授・臨床心理士)
解説者のプロフィール
藤本昌樹(ふじもと・まさき)
東京未来大学こども心理学部教授・臨床心理士。1973年、東京都生まれ。東京学芸大学大学院教育学研究科心理学講座修了。東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科博士後期課程修了。公認心理師、社会福祉士、精神保健福祉士。トラウマケア専門カウンセリングルームSeeding Resource代表。nico株式会社エグゼクティブアドバイザー。
自律神経は3種類に分けられる
皆さんは、人とのつながりがうまくいかないと、性格やコミュニケーション能力の問題だと考え、自分を責めてしまうことはありませんか。
実は、人とのつながりがうまくいかない原因は、”神経がうまく働いていない”ことなのかもしれません。つまり、その人の性格や能力に問題があるわけではなく、単に神経のトラブルなのです。
これを説明するのが、内臓や血管の働きを調整する自律神経を3本柱で捉える「ポリヴェーガル理論」(多重迷走神経理論)です。
従来、自律神経は、心身を緊張モードにする交感神経と、心身をリラックスモードにする副交感神経の2本柱から成るとされてきました。
このようななかで、イリノイ大学名誉教授のスティーブン・W・ポージェス博士は、人間をはじめとする哺乳類には副交感神経が2種類、つまり自律神経は3種類あるとしました。そして、トラウマやストレスによって心と体が変化するしくみを明らかにしたのです。
この新しい理論は近年とても注目されています。実際、ここ20年前後で、ポリヴェーガル理論を土台に数多くの心理療法が編み出されてきました。
特に注目されているのが、心や体に起こるさまざまな症状や、人間関係の悩みなどに答えが見つかるというポイントです。
今まで解けなかった「なぜ?」に答えが出て気持ちは楽になり、さらには、ストレスへの対処方法も見えてきます。
腹側迷走神経が働くとストレスを解消しやすい
ポリヴェーガル理論では、副交感神経を「腹側迷走神経」と「背側迷走神経」の2つに分けて考えます。
腹側迷走神経は、人とコミュニケーションするときに働き、「社会とのつながりを促す」神経です。心臓や肺などの内臓のほか、目や耳、鼻、口、顎、顔の筋肉など、人とコミュニケーションするときに働く各部位の調整に関わっています。
腹側迷走神経が働くと、豊かな表情を作ったり、目を合わせて話したり、声の高さを調節したり、人の話を聞いたりして、人との関係をスムーズに築くことができます。
人間は「社会的動物」といわれますが、これを可能にしているのが「社会とのつながりモード」をオンにする腹側迷走神経なのです。
交感神経が働いて心身が緊張したときは、腹側迷走神経はゆるやかに抑えるブレーキとして働きます。
腹側迷走神経が働いていれば、ストレスやつらいことがあったとしても、人と話したり、愚痴を聞いてもらったり、相談したりすることができます。
例えば、仕事などのストレスで頭がカッカとしていても、同僚と飲み会でおしゃべりをしたり、家族と食事を楽しんだりすることで、気持ちが楽になった経験は誰にでもあるでしょう。
他者とのコミュニケーションを介して、緊張がほぐれ、気持ちが楽になり、ストレスを解消しやすくなるのです。
反対に腹側迷走神経がうまく働かないと、「社会とのつながりモード」のスイッチが入りにくくなり、人との関わりがおっくうになったり、会話が弾まなかったりします。
カゼ気味で体調が悪い、働きすぎで疲れているといったときに、同僚からの飲み会に誘われても気が重くてしょうがない、などの例があげられます。人とのつながりが持てずに、ストレスがたまりやすくなるのです。
一方、背側迷走神経は、消化、排泄、睡眠、生殖機能をつかさどります。ふだんは心身をゆったりとリラックスさせたり、胃腸を活発に働かせたりします。
ところが、ストレスがかかって交感神経が優位になり、心身が限界まで緊張すると、背側迷走神経は交感神経をいきなりオフにします。
すると、集中力がなくなったり、頭がぼんやりしてうつ状態になったり、だるくて動けなくなるなど、「凍りつき反応」が起こります。
これらは、例えばあまりにも恐ろしい体験をしたときに、トラウマ(心の傷)にならないようにするなど、我が身を守るための必要な反応です。
しかし、緊張が高まった状態から心身に急ブレーキをかけるので、心身に負担がかかります。
急ブレーキの前にゆるやかなブレーキを
私たちの心身の健康は、自律神経の緊張とリラックスがスムーズに切り替わることによって保たれています。
交感神経、腹側迷走神経、背側迷走神経の3つの自律神経がバランスよく働くことで、心身ともに活気がみなぎります。人といっしょにいると心地よく楽しめ、食事もおいしく、ぐっすり眠れる生活が送れるのです。
もちろん、人間はいつも絶好調というわけにはいかず、ストレスがかかれば、自律神経のバランスが乱れます。
交感神経が優位になりすぎてイライラしたり、眠れなくなったり、背側迷走神経の働きが低下して食欲がなくなったり、便秘になったりします。
ここで助けになるのが、人とのつながりに関わり、ストレスを軽減しやすくする腹側迷走神経の働きです。
緊張が高まりすぎて背側迷走神経の急ブレーキがかかる前に、腹側迷走神経のゆるやかなブレーキをかけることがたいせつなのです。
このようなときにも、別記事で紹介した「合谷タッピング」は効果を期待できます。合谷タッピング含め、私が開発した心理療法(ボディ・コネクト・セラピー(BCT))は、ポリヴェーガル理論を参考にしているからです。
別記事:「合谷タッピング」のやり方→
人とのつながりをスムーズにして、ストレスを軽減しやすくする手助けとしても、合谷タッピングを利用してください。