声の不調にはさまざまな種類があります。症状も突発的に起こるものから徐々に起こるものまでさまざまです。自分で判断するのは難しいので、まずは病院で判断してもらうのが治療の一歩になります。【解説】渡邊雄介(山王病院 東京ボイスセンター長)
執筆者のプロフィール
渡邊雄介(わたなべ・ゆうすけ)
山王病院 国際医療福祉大学東京ボイスセンター長、国際医療福祉大学医学部教授、山形大学医学部臨床教授、東京大学医科学研究所附属病院非常勤講師。専門は音声言語医学、音声外科、音声治療、GERD、歌手の音声障害。耳鼻咽喉科の中でも特に音声を専門とする。センター長をつとめる山王病院 東京ボイスセンターの患者数は外来数・リハビリ数・手術数いずれも日本で随一であり、一般の方からプロフェッショナルまで幅広い支持を得ている。これまで『ガッテン!』(NHK)、『世界一受けたい授業』(日本テレビ)など、テレビ出演多数。わかりやすく丁寧な解説と、患者の悩みに応える実践的なエクササイズの紹介が好評を博している。
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本稿は『専門医が教える 声が出にくくなったら読む本』(あさ出版)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
音声障害の3つの原因
音声障害の原因や症状はさまざまですが、大きく分けると次の3つに分類されます。
(1)機能性音声障害(声の出し方に問題がある障害)
(2)器質性音声障害(声帯やのど周りに異常がある障害)
(3)心因性発声障害(精神的な問題に起因する声の障害)
それぞれについて、ご説明しましょう。
(1) 機能性音声障害(声の出し方に問題がある障害)
機能性音声障害は、声帯や舌、唇など、声を出す器官(器質)に問題はないのに、出てくる「声」が正常でない症状をいいます。
楽器にたとえると、楽器自体には問題がないのに、出る音がよくない状態です。ピアノ自体の状態もよく、ピアノ線は全部正常に張られていて鍵盤もそろっているのに、弾き手があまり上手でないので、いい音が出ないというイメージです。機能性音声障害は声帯や舌、唇も正常に動いており、きちんと息も吐けているのに、声帯や舌、唇など、声を出す器官の”使い方”がよくないために、正常な声にならないのです。
機能性音声障害の代表的なものとしては、次の3つがあります。
▼過緊張性発声障害
舌やのどの筋肉が過剰に緊張することによって、声が出にくくなる障害です。
▼痙攣性発声障害
普段はきちんと発声できるのに、特定の言葉を発するときだけ、のどがキュッと締まったり、声がふるえたり、かすれたりするなどの症状が起こる障害です。特定の動作をするときに障害が起こる「ジストニア」(筋肉が異常に緊張した結果、異常な姿勢・異常な運動を起こす状態)の一種と考えられています。
▼変声障害
変声期を過ぎても変声前の高い声が続く障害です。思春期の男性に発症しやすいという特徴があります。
機能性音声障害の場合、声帯や舌、唇そのものに問題はないので、治療は薬や手術ではなく、発声専門の言語聴覚士の指導のもと、リハビリとして声の使い方、呼吸の仕方、横隔膜をもとの正しい位置に戻し、自宅でもトレーニングを行いながら回復を目指すことが主な治療方法となります。
(2) 器質性音声障害(声帯やのど周りに異常がある障害)
器質性音声障害とは、声帯をはじめ、声を出す器官や声帯を動かす神経などの身体的な異常により、声をうまく出せない症状をいいます。
器質性音声障害は、その要因となる病気・症状が治らない限り、症状が改善することはありません。
先ほど声が出しにくくなる症状の裏に、がんなどの重篤な病気が隠れている場合があることをお伝えしましたが、それらの病気が原因で起こる音声障害も、この器質性音声障害に当たります。自然回復が見込めない場合、まずは声帯を休めるために声を出さない「沈黙療法」を行い、あわせて薬の投薬、場合によっては手術など、その人の状況に合った医学的な治療を受けていただくことになります。
代表的な器質性音声障害の症状をいくつかご紹介しましょう。
▼声帯炎
声帯に炎症を起こしている状態です。声帯炎になると、のどの痛み、かすれなどの症状があります。
大声で話したり、友達と会って長話をしたりした日の翌日、のどの痛みを感じたり声がかすれたりすることがありますが、この場合、ほとんどが声帯に炎症を起こしています。声を出さずに静かに過ごしたり、薬を使って治療したりすることで症状を改善させることができます。
▼声帯ポリープ・声帯結節
声帯ポリープや声帯結節は、声帯にできる「こぶ」のようなもので、のどを酷使する職業の人に多く見られます。声帯結節は簡単にいうと声帯の使いすぎによる炎症性のむくみです。両方の声帯の前方3分の1くらいのところに、左右対称に発生しやすい傾向があります。長期間にわたり無理な発声をしたり声を出しすぎたりすると、声帯の粘膜にむくみが生じ、結節ができます。その状態のままさらに声帯を酷使すると、粘膜の充血した部分が破れて出血し、血腫を形成してポリープとなっていきます。声帯ポリープは血腫で、通常左右の声帯のいずれか片側の中央部分にできやすくなっています。
なお、ポリープのような大きな血腫を形成しないまでも、喫煙などによって左右の声帯にむくみが生じている「ポリープ様声帯」になることもあります。いずれの場合も、声帯をぴったりと閉じることができなくなるため、正常な発声ができず、声がかすれたり思うような声が出なくなったりなどの症状が起こります。
▼老人性嗄声
加齢による生理的変化や、人と会話をしないことで声帯が委縮したことにより、声が出しにくくなったり、しゃがれ声になったりする症状です。息が長く続かず、会話をしているときに息継ぎが多くなったり、話しているときに咳をしやすくなったりといった症状も起こります。特に男性に多く見られます。老人性嗄声はのどの筋肉が弱ることで、誤嚥を誘発し、肺炎の原因になることもあります。声を出さない生活をしたり、症状を放置したりしてしまうと、余計に声帯の筋肉の萎縮が進むので注意が必要です。嗄声(声がれ)の症状がある場合は、きちんと病院へ行き、診断を受けて、対処されることをおすすめします。
▼声帯麻痺
声帯麻痺とは、外傷や腫瘍、声帯をつかさどる神経の損傷などにより、声帯をコントロールする筋肉が動かせない状態をいいます。声帯麻痺になると左右の声帯をぴったりと閉じることが困難になるため、罹患前に出ていた大きさの声が出ず、かすれ声になったり、発声時に息もれがして声にならなかったりといった症状が起こります。声帯麻痺の原因はさまざまです。甲状腺がんや肺がん、食道がん、胸部大動脈瘤のような重篤な病気からくるもの、脳梗塞や脳出血、脳外傷によるもの、また長時間の全身麻酔の影響によるもののほか、原因不明で起こることもあります。原因不明のものの中には、ウイルス感染によるものがあると考えられています。声帯麻痺は自然回復するものもあれば、長期間にわたって症状が持続し、自然回復が見込めないケースもあります。
▼逆流性食道炎による音声障害
逆流性食道炎による音声障害は、強い酸性を持つ胃液や胃で消化されるはずの食べ物が、食道に逆流することで起こります。胃液や食べ物が逆流すると、食道に炎症が起こり、胸の痛みや胸やけなどの症状が起こります。この逆流が声帯に及ぶと、声帯が炎症を起こし、声がかすれることがあります。
逆流性食道炎による音声障害は、寝る前にドーナツなどの脂っこいものを食べる習慣のあるアメリカの人に多いとする報告もあります。
▼喉頭がん
喉頭とは「のど仏」の骨のところに位置する器官で、声帯も含まれます。鼻や口から取り込んだ空気を気管へ、食べ物や飲み物を食道へと振り分ける働きをしています。喉頭にできるがんは「喉頭がん」といい、がんが発生した場所によって「声門がん」「声門上部がん」「声門下部がん」の3つに分類されます。これら3種の喉頭がんのうち、最も声に影響するのは、声帯にできる声門がんです。声門がんの場合、発症後、早い段階で声がれの症状が現れます。がんの進行とともに声がれの状態はひどくなり、声門が狭くなるために息苦しさを感じるようになります。また血痰が出ることもあるため、比較的早期発見されやすいという特徴があります。声門上部がんの初期には、食べたり飲んだりしたときに異物感や痛みを感じることが多いです。声門下部がんではがんが進行するまで無症状で、かなり進行してから声がれなどの症状が現れることが多いため、発見が遅れがちです。のどに異変を感じたら、早めに耳鼻いんこう科で診察を受けるようにしてください。
(3) 心因性発声障害(精神的な問題に起因する声の障害)
本来、人は無意識に声を出すことができます。歩くのと同じように、成長とともに学習し、無意識に発声ができるようになっていきます。
ところが、何らかのストレスがきっかけで、器質的にも機能的にも問題がないにもかかわらず、声がかすれてうまく出せなくなったり、ほとんど声が出なくなったりすることがあります。これを「心因性発声障害」と呼びます。突然声が出なくなるケースと、徐々に声が出なくなっていくケースの両方があります。たとえば、大勢の人の前で話をするなど緊張を強いられる場面で、声がひっくり返ったりかすれてうまく出なかったりする経験をしたとします。すると脳が「緊張した」という思いと、「声がうまく出なかった」という事実を結びつけて認識します。脳が誤作動を起こすわけです。そのため、次に同じ状況に陥ったとき、同様の誤作動が起こり、声がうまく出せない状態になってしまうのです。また、強い悲しみなど精神的ショックを受けたことをきっかけに、声が出なくなることもあります。このように、心因性発声障害はストレスが原因なのですが、本人がストレスと認識していない場合があります。そのため、医師と対話を重ね、さまざまな可能性を探りながら治療していく障害でもあります。
このように声の不調にはさまざまな種類があります。症状も突発的に起こるものから徐々に起こるものまでさまざまです。自分で判断するのは難しいので、まずは病院で判断してもらうのが治療の一歩になります。
なお、本稿は『声が出にくくなったら読む本』(あさ出版)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。詳しくは下記のリンクからご覧ください。
※(1)「【声が出にくい】音声障害とは 症状のチェック方法について」の記事もご覧ください。