「嫌なことがあって憂うつな気分」「仕事で失敗して落ち込む」……。そうした感情の沈み込みは、誰でもあるものです。一方で、「うつ病」はれっきとした病気で、医療機関への受診が必要とされます。「憂うつな気分(うつ状態)」と「うつ病」の違いは何でしょうか。そして、家族がうつ病になったとき、どうすればいいのでしょうか。うつ病治療を専門とする六番町メンタルクリニック所長の野村総一郎先生に伺いました。【解説】野村総一郎(六番町メンタルクリニック所長)

解説者のプロフィール

野村総一郎(のむら・そういちろう)

画像: 野村総一郎 (のむら・そういちろう)

1949年生まれ。慶應義塾大学医学部を卒業後、テキサス大学、メイヨー医科大学に留学。帰国後、藤田保健衛生大学精神医学室助教授、立川病院神経科部長、防衛医科大学校教授、同大学校病院病院長を経て、現在は六番町メンタルクリニック所長として診療に当たる。2006年より読売新聞の人生案内での回答者も務めている。

「うつ病は心のカゼ」は本当?

多くの人がかかりうるが対応には注意が必要

厚生労働省の調査によれば、日本の気分障害(うつ病と双極性障)の患者数は、近年増加傾向にあります。1996年には43.3万人だった患者数が、1999年には44.1万人とほぼ横ばいでしたが、2002年には71.1万人、2005年には92.4万人、2008年には104.1万人と、著しく増加しています*1

この数字は、「うつ病になる人が増えた」という見方もできますが、以前と比べ、精神科や心療内科を受診しやすくなり、その結果、うつ病の診断を受ける人が増えたとも言えます。

また、日本人の場合、うつ病の生涯有病率(一生のうちに一度はうつ病になる確率)が3~7%というデータがあります*2。ずいぶん幅がありますが、仮に最大の7%とすると、14人に1人はうつ病になるというイメージです。

「多くの人がかかりうる病気」という意味では、うつ病をカゼにたとえるのは間違いとはいえません。また、医療機関を受診する人が40%程度*3と高くないことも、カゼに似ているかもしれません。

しかし、「放っておけば治る」「気合いで治す」など、うつ病を軽微な病気と勘違いされては困ります。うつ病は、場合によっては命にかかわる重大な病気です。家族の不適切な対応が、患者さんを追い込んでしまうこともあります。家族がうつ病になったら、家族はどうしたらいいか、具体的に解説していきましょう。
*1厚生労働省「みんなのメンタルヘルス」
*2厚生労働省「みんなのメンタルヘルス」
*3精神疾患の有病率等に関する大規模疫学調査研究(PDF)

うつ病の症状

「うつ」と「うつ病」の違い

「気分が落ち込む」「やる気が出ない」という状態は、誰もが日常的に体験しているでしょう。うつ病の主症状である「うつ気分」も、こうした憂うつ感の延長上にあると言えますが、決して同じものではありません。

うつ病の特徴をひとことで言うと、「質・量ともに病的な憂うつ感」です。

日常的な憂うつ感は、「友人とおしゃべりしたら気が晴れた」とか「一晩ぐっすり寝たら、大したことじゃないと思えるようになった」など、楽しいことがあると少しよくなったり、時間の経過とともに軽くなったりします。

ところが、うつ病によって起こる憂うつ感は、楽しいことがあっても気が紛れることはなく、時間が経っても気分は晴れません。おおよその目安ですが、日常生活に支障が出るほどの憂うつ感が2週間以上続く場合は、医療機関の受診をお勧めします。

うつ病は「感情」と「意欲」が障害される病気

気分の落ち込みは、うつ病の症状の一つではありますが、すべてではありません。うつ病は「感情と意欲が障害される病気」と言われます。うつ病の初期には、「何かやらなければ」という焦りにとらわれるものの、意欲が空回りして実際には何もできず、ひどくイライラすることがあります。また、自分の能力や立場を過小評価して悲観したり、絶望したりすることもあります。状況が悪化すると、喜怒哀楽を感じられなくなり、希望も興味も持てず、何かをしようとする意欲がなくなります。一方で「やらなければいけない」という思いも強いので、できない自分を責めるのです。非常につらい病気です。

うつ病は「思考」と「認知」にゆがみが生じる

うつ病は、考え方(思考)や、物事のとらえ方(認知)にゆがみが生じ、非常に極端になります。例えば、些細なことで「自分は人に迷惑ばかりかけてきた」と思い詰めたり、金銭的なトラブルがないのに「このままでは破産する」と思い込んだり、自己否定の妄想を抱くのが、うつ病の特徴です。

前項のように意欲が低下し、思うように動けなくなることで、「自分は仕事ができない」「迷惑をかけて申し訳ない」という悲観的な考えに陥り、そこから抜け出す発想の転換ができません。「つらくて休みたい」→「自分のせいで迷惑をかけられない」→「やらなければ」→「できない」→「自分はダメな人間だ」→「憂うつでつらい」→「休みたい」という悪循環になります。このループに入り込むと、生きているのがつらくなって自殺の危険も出てきます。ですから、うつ病はできるだけ早い段階で医療機関につなげることが望ましいのです。

うつ病は体調にも変化が現れる

うつ病は、気分の落ち込みよりも先に体調不良が現れる場合もあります。多いのは睡眠障害と消化器症状です。「寝ついてもすぐに目が覚めてしまって眠れない」「早朝に目が覚めてしまう」という人が多く見られます。消化器系の症状では、「食べることに意欲がわかない」「何を食べてもおいしくない」「食べる量が減り、やせていく」というのが一般的です。

そのほかにも、頭痛や関節痛、痛みの場所が転々と移り変わるという症状や、手足のしびれや息苦しさ、異常な発汗やのぼせ、疲労感などを訴える人も少なくありません。しかし、検査をしても身体的な異常は見つからず、「自律神経失調症」と診断されることがあります。原因がわからない身体症状の背後には、うつ病などの心の病気が隠れているケースもあります。内科で検査しても異常がなく、症状が改善しないときは、心療内科や精神科の受診をお勧めします。

家族にできることは何か

家族から見てわかる変化

うつ病によって、感情と意欲が障害を受けると、見た目にも変化が現れます。

▼口数が減る、声が小さくなる
▼表情が乏しくなり、笑顔が減る
▼動作が遅くなる
▼食事や入浴をしない、身だしなみを整えない
▼外出しなくなる
▼仕事や家事のミスが増える
▼飲酒量が増える
▼話の内容が極端で現実離れしている

なかには、うつ病でつらいのに、周囲への気遣いから笑顔を絶やさないという人もいます。「笑っているから大丈夫」と判断するのではなく、「以前と比べて様子がおかしい」とか、「つらそうにしている」「日常生活に支障が出ている」という状態が2週間以上続いたら、医療機関への受診を考えましょう。

焦らず、振り回されず、病気への理解を深めよう

ふさぎ込んで憂うつな顔をして、否定的なことばかりを口にして、仕事や家事もミスばかり……。そんな人といっしょにいるのは、いくら家族とはいえ、ストレスになるでしょう。うつ病という病気を知らなかったら、「自分勝手な人が、機嫌悪くしている」と思ってしまうかもしれません。家族にとっては不快かもしれませんが、人格が変わってしまったわけではなく、あくまでも病気の症状の一つととらえてください。

うつ病という病気は、ゆっくりではありますが、必ず回復に向かいます。家族は慌てず焦らず、発信源のはっきりしないインターネットの情報などに踊らされず、うつ病についての正しい理解を深めましょう。

「私が支えなければ」などと気負わないことも大切です。心配は尽きないと思いますが、家族が健康を害しては共倒れになります。少しでも自分自身の時間を持つなど、心身の健康を保つ工夫をしましょう。例えば、特定非営利活動法人 地域精神保健福祉機構・コンボでは、さまざまな家族支援を行っています。こうした会に参加するのも支えになるでしょう。

受診をスムーズに促すには

私のクリニックにも、最近は患者さんが自発的にいらっしゃるケースが増えています。一方で、「自分は病気ではない」「精神科は行きたくない」という患者さんも少なくありません。家族が受診を促す際には、「なんか変だから診てもらって」とか「うつ病じゃない?」という言い方ではなく、「顔色が悪いし、食も進まないね。一度診てもらおう」とか「眠れてないんじゃない?病院の薬は安全でよく効くし安いから、行ってみよう」などと、「体の調子をよくするため」というアプローチがいいように思います。

受診の際、家族の付き添いは必須ではありません。本人が望むなら帯同し、医師から何か尋ねられたら客観的な事実のみを伝えましょう。本人や医師が話している間は口を挟まず、しっかり話を聞いてください。

ゆっくり休んでもらうためのポイント

うつ病の患者さんは、「休むこと」に罪悪感を抱くケースが多く、「休職したら席がなくなるかも。収入減も心配」「家事ができないと家族が困る」という理由で、休むことになかなか踏み切れません。そういうまじめな人には、「休むことが今のあなたの仕事です」という伝え方をすると、本人の罪悪感や焦燥感が和らぎます。

家事を担う主婦の場合も同様です。家のことは家族が分担したり外部の人に頼んだりして、本人が安心して休める環境を作ってください

「職場や家族に申し訳ない」と思い詰め、退職や離婚、引っ越しなどを口にするかもしれませんが、うつ病の状態で環境を変えるのは好ましくありません。気持ちは受け止めつつ、「体調がよくなったら、あらためて考えよう」と伝えましょう。

「気晴らし」を勧めるのはNG

落ち込んでいる様子を見ると、よかれと思って「旅行でもしよう」とか「カラオケに行こう」などと誘いたくなるかもしれません。しかし、これは絶対にやめてください。元気なときには気晴らしになることでも、心身のエネルギーが枯渇しているときは苦痛でしかありません。うつ病の患者さんは、まじめで気を遣う人が多いので、誘われると断れず、無理して出かけて症状が悪化することが多いのです。

症状を悪化させない会話や対応のコツ

「うつ病の人を励ましてはいけない」と聞いたことがありませんか。前項で説明したように、うつ病の人は「がんばりたいのに、できない」ことに苦しんでいます。そのことを知っていれば、「がんばれ」という言葉がいかに無意味で残酷か、わかるでしょう。

患者さんが「悲しい、つらい」と落ち込んでいるときは、ただ話を聞いてください。「どうすればいいのか?」と聞かれても、安易なアドバイスは不要です。無理に明るく振舞ったり、話を盛り上げたりする必要もありません。「仕事を休むことになって申し訳ない」と自責の念にとらわれているときも、「今までがんばってきたんだから、少し休めばいいよ」「神様がくれた休暇だよ」「定年後のリハーサルになるね」など、深刻にならないような会話を心がければOKです。

通院と服薬のサポートをする

うつ病の治療は、薬物療法と精神療法、生活の見直しの三本柱です。現在は、ほとんどの精神科医が日本うつ病学会のガイドラインに沿って薬を処方しているので、基本的に「薬の飲み過ぎ」「薬漬け」といった心配はありません。ただし、薬には必ず副作用もあります。医師は、薬の効き具合と副作用との兼ね合いを見ながら、薬の量や種類を変えて処方していきます。医師に相談なく、通院や服薬をやめてしまうと、回復が遅れたり、重症化したり、せっかく改善したのに再発したり、ということになります。患者さんのことをすべて把握する必要はありませんが、通院と服薬を医師の指示どおり行っているかどうかは、確認しておきましょう。

自殺を防ぐ

うつ病の患者さんの家族にとって、いちばん心配なのは自殺でしょう。うつ病になると、重症者だけでなく、軽症者も自殺を考えることが少なくありません。うつ病は「生きているのがつらい」と思う反面、「救ってほしい」という気持ちを必ず持っています。患者さんのつらい気持ちに寄り添いつつ、「いつでもあなたの味方だよ」「君がいなくなったら、私は悲しくてたまらない」「絶対に死なないで」ということは、伝え続けてください。

そして、自殺につながる危険物(余っている薬、ひも、ベルト、刃物など)は片付けて、本人の目に触れないようにしましょう。

自殺の兆候としては、以下のようなものがあります。サインを見逃さず、様子がおかしいと思ったら本人と話をしましょう。あえて自殺の話題を出して、「死なないでほしい」と気持ちを伝えることが大切です。
▼投げやりな言動
▼些細なことでケンカや口論になる
▼アルコールや薬物の乱用
▼身辺整理。大切なものを人に譲る
▼無謀なギャンブルや投資
▼スピード違反や飲酒運転などの危険行為

相談窓口や受診する医療機関

かかりつけ医

「家族の様子がおかしい」と感じたら、まずはかかりつけ医に相談しましょう。そこで、必要があれば精神科や心療内科につなげてもらうと、本人にも家族にも負担が少なくて済みます。

精神科・心療内科のクリニック

最近は、個人のクリニックが増えています。入口や待合室も明るくおしゃれなところが多いので、足を運びやすいでしょう。入院施設がないと重症例には対応できませんが、その場合は大病院に紹介状を書いてくれるので大丈夫です。

精神保健福祉センター

各都道府県に設置されている精神保健福祉センターや、「こころの健康センター」などと呼ばれている機関は、心の病気に関する相談、医療機関や支援機関についての情報提供などを行っています。各センターの規模によりますが、医師や精神保健福祉士、臨床心理士などの専門家が在籍し、本人だけでなく、家族や周囲の人などからの相談に対応している場合もあります。
▼全国の精神保健福祉センター一覧

こころの耳

こころの耳」は、厚生労働省が開設しているメンタルヘルス・ポータルサイトです。ストレスチェックやセルフケアについての記事や体験記のほか、訓練を受けた産業カウンセラーによる電話相談メール相談を受け付けています。「ご家族のかたへ」のページでは、家族向けの情報や相談窓口が紹介されています。

まとめ

うつ病の症状や治療については、まだまだ誤解があるのが現状です。「憂うつな気分」と「うつ病」との違いや、うつ病の患者さんへの適切な対応を、多くの人に知ってほしいと思います。

うつ病の患者さんのご家族は、自分自身もうつ病にならないようにすることが、非常に重要です。そのためには、まず自分の体の健康を整えること。そして、決して一人で背負い込まないこと。医療機関や行政、友人知人と、可能な範囲で連携しましょう。

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