コロナ禍で「お客様が来ない」「商品が売れない」という飲食業界であるが、その一方で、突然客が詰めかけるような「空前のヒットトレンド」が生まれている。それは「うなぎ」だ。SNS上では、これらの商品の「映える」画像と共に、食べて感動したことが投稿されるようになっている。このトレンドの端緒は「にょろ助」という店だ。過去、飲食業界で数々のヒットトレンドをつくってきた際コーポレーションという会社が、コロナ禍で鳴かず飛ばずとなってしまい、撤退が迫られていた同社のうなぎ専門店を、何とか復活させるために同社の代表が考えた仕組みによってもたらされた。
うなぎトレンドの原点「にょろ助」
飲食業界では今「うなぎ」がトレンドとなっている。SNSでは、お重に蒲焼が2枚のったダイナミックな鰻重や、丼ご飯の上に大きな玉子焼きと大振りの蒲焼を重ね盛りにした画像が投稿されたり、実質感があり、記憶に残るうなぎ料理が投稿されるようになった。これらを見た人が、その店を訪ねてはSNSに投稿して、「うなぎの連鎖」といった現象が巻き起こっている。
このようなトレンドの原点と言われているのが「にょろ助」だ。2021年7月末現在で、赤坂、銀座、西麻布、浅草、渋谷東、渋谷道玄坂、南平台、新宿納戸町、六本木、池尻(以上、東京)、京都先斗町、金沢片町、仙台国分町と、計13店舗が存在している(店名は統一されていない)。
同店を展開しているのは、際コーポレーション株式会社(本社/東京都目黒区、代表/中島武)だ。1990年に設立し、飲食業ではこれまで「鉄鍋餃子」や「ペキンダック」などのトレンドを巻き起こしてきた。現在は、飲食業や宿泊業をはじめ、家具・衣料品・雑貨販売などの企画・運営・支援などを行っている。「ライフスタイル創造企業」を標榜し、グループの店舗数は400弱となっている。
「にょろ助」のポイントは、これまで気軽に食べられる価格ではなく、また「土用の丑の日」などの需要期が固定的であった「特別なうなぎ」を「手が届く存在」にしたことだ。「会いに行けるアイドル」というブームがあったが、まさに高嶺の花だったうなぎが、身近な存在になったことが大きいといえる。メイン商品のように位置付けられる蒲焼が2尾のった鰻重は5000円程度(価格は店によって若干異なる)。これまでの一般的なうなぎ専門店の7~8掛け、といった価格である。しかし、決して価格破壊を行なったことだけで注目されているのではない。
「にょろ助」の顧客の動向をみると、一度体験すると常連客となって足しげく通う傾向が見られる。商品と価格のバランスに、圧倒的な「お値打ち感」を感じることから、SNSに画像を投稿する人が多く、認知度がいち早く伝わりやすい。また、常連客が友人を連れてくるパターンが多い。
「やぶれかぶれ」の感覚
「にょろ助」が誕生したのは、この度の「コロナ禍」である。市中で「コロナで売れない」と嘆かれていることに対して、反骨精神を抱く際コーポレーション代表の中島氏は、信念を唱えた。「良い店はコロナ禍でも売れる」「午後8時までの時短営業でも、お客様は午後8時閉店に合わせてやってくる」という具合に、商機を探っていた。
ヒット業態「にょろ助」が誕生した直接のきっかけは、こういうことだった。
同社では、東京・赤坂でうなぎ専門店「瓢六亭」を営業していた。コロナ禍となり、リモート勤務等で赤坂に人がいなくなった。そして、この店は鳴かず飛ばずとなってしまった。
そこで、この店の今後について役員稟議があった。全員が「撤退」と書いた稟議書が、最終判断を下す中島氏のもとにやってきた。中島氏は「1カ月間時間をくれ。売れるようにするから」といい、撤退は「保留」に変わった。
うなぎの原価は高い。飲食業界の原価率の常識である「30%」に合わせると、鰻は高額な商品になってしまう。中島氏は「このうなぎ屋が潰れるなら、もっと原価をかけてやってみよう」と判断、開店の準備に3日間取り組んだ。
新しい店名は「にょろ助」。この店名は、以前から温めていたものだ。この店のうなぎの価格は「鰻重」が「蒲焼一尾」3080円(税込、以下同)、「蒲焼一・五尾」4180円、「蒲焼二尾」5280円である。二尾の場合は、蒲焼と白焼の食べ比べもできる。原価率は40%を超えている。
「にょろ助」1号店のオープンは、1月23日の土曜日。中島氏はその前日の夜に、Facebookに次のような投稿をした。「うなぎ屋を閉めるなら、やぶれかぶれでやってみますよ」。すると、その日の売上げは70万円、翌日曜日は90万円を超えた。それ以降は、平日50万円、土日は100万円が続いた。
不振店をローコストでリニューアル
その後、コロナ禍で不振となっていた都心の和食店の一部は「にょろ助」へとリニューアルしていった。冒頭で紹介した13店舗は、すべて既存店からリニューアルした店であるが、この際の追加投資が、100~200万円と低く抑えられることが大きなメリットである。中島氏は「数寄屋造りにするとか、別に豪華なものにつくり替える必要なんてないんです。うなぎ専門店は簡素な方がいいんです」と語る。
際コーポレーションでは、10年以上前からうなぎを扱っているが、「にょろ助」のうなぎは、業態転換をする以前から取引のある業者とのルートを活用し、さらに静岡、愛知、鹿児島といった大手の養鰻業者を開拓して確保している。現在、月間で7tほどを仕入れている。
各店舗には、常時200~500匹程度の生きたうなぎが水槽の中にいる。顧客から注文が入ると、生きたうなぎをさばいて(関西風の腹開き)蒸し焼きではなく「地焼き」にしている。
地焼きにこだわるのは、中島氏自身が、30年以上前に四万十川(高知県)で食べた地焼きのうなぎの食味に感動したことから。うなぎ専門店を営むようになってから、地焼きと蒸し焼きの由来や、特徴を研究するようになり、「うなぎ本来の食味を大切にする地焼きを顧客に提供することがわれわれの仕事だ」と判断したのだという。
同社のうなぎ研究は、うなぎのメニューにバラエティをもたらしている。この中でユニークなメニューは「梅焼」である。
「梅とうなぎは食べ合わせがよくない」とされてきたが、「実は、この食べ合わせがとてもおいしいことから、お金を散在するということでご法度になった」(中島氏)ということで、同店では、白焼きに梅干しをのせ、梅塩タレを掛けて提供している。野菜などで季節の趣向を整える「うなぎ鍋」や「うな刺し」をラインアップしている店もある。
まとめ
「にょろ助」は、これからFC展開も想定している。ただし、うなぎをさばく技術はすぐに身に付くことではないことから「うなぎ道場」のような機会を設けて、ここで技を磨いて出店をしていただく、といったイメージだ。現状13店舗というと既に「チェーン店」であるが、うなぎは、注文が入ってから一からさばき、一品料理から漬物に至るまで各店が手づくりで行っている。FC展開が進んでも、このような姿勢は崩さない方針だ。
中島氏は「にょろ助」が人気になっている要因について、「コロナ禍で外出制限があるなど、『外食でおいしい食事がしたい』という願望が募り、それが『うなぎ』という、誰もが大好きで滅多に食べられないものが、手が届きやすい価格になったからではないか」と推察する。中島氏の信念を貫く姿勢が「にょろ助」を生み出し、飲食業界に新しい可能性を切り拓いたと言って過言はないだろう。
執筆者のプロフィール
文◆千葉哲幸(フードサービスジャーナリスト)
柴田書店『月刊食堂』、商業界(当時)『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆・講演、書籍編集などを行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社、2017年)などがある。
▼千葉哲幸 フードサービスの動向(Yahoo!ニュース個人)