「終活」という言葉は、いまや多くの人に知られるようになりました。しかし実際、終活を主体的に取り組める人は、まだまだ少数派かもしれません。終活を始めてみようと思い立ったとき、いったい何から始めたらいいのでしょう。また、終活に取り組んでいる人は、どんなことをきっかけに始めようと思ったのでしょう。「終活」の生みの親ともいわれる市川愛さんに「終活のはじめどき」「終活の必要性」について伺いました。
解説者のプロフィール
市川 愛(いちかわ・あい)
葬儀相談員。市川愛事務所代表。一般社団法人 終活普及協会理事。2004年、日本初の葬儀相談員として起業。以来、相談数は5000件を超える。2009年週刊朝日の連載で「終活」を考案したことをきっかけに2011年、一般社団法人 終活普及協会を設立。講演活動、記事や書籍の執筆を通し正しい葬儀情報と終活を広めるために活動している。著書に「後悔しないお葬式」(KADOKAWA)、「遺族のための葬儀 法要 相続 供養がわかる本」(学研パブリッシング、共同監修 河原崎修)、「お葬式について知っておきたい58のこと」(PHP直販)、「孤独死の作法」(ベスト新書)などがある。
▼市川愛事務所(公式サイト)
母の葬儀で気づいたこと
「聞いておくこと」の大切さ
2007年、私が母を見送った時のことです。300人以上に参列していただいたお葬式を無事に終え、「お母さんらしい、いい葬儀だった」と言ってくれる方が多く、大役を果たせたことにホッと一息つけました。しかし、ふと私の頭をよぎるのは「本当にこれでよかったのだろうか」という疑問でした。
「祭壇のお花はこれでよかったのだろうか」「遺影はこの写真でよかったのだろうか」「家族葬のほうがよかったのだろうか」と。それは小さなものでしたが、頭の片隅にずっと残ったのです。もちろん、もう答え合わせはできません。生前、一つでもいいから母に聞いておけばよかったと後悔しました。
私に限らず、このような思いは、多くのご遺族が感じていることではないでしょうか。
「終活」の誕生
遺族が、故人を偲んで「手探りで」葬儀を執り行うことは素晴らしいことです。しかし、見送る側には「これでよかったのか」という疑問がどうしてもついて回ります。旅立つ本人が「どうしてほしいのか」を、たとえ箇条書きでも記すだけで、残された人たちは「願いを叶えてあげられた」という思いを持つことができるでしょう。
それならば、「もしも」のときに、自分はどうしてもらいたいのか。残された人に何をしてもらいたいのか。その意思表示をしよう。それが、自分にも、家族にも大切なことなのだ。そう思い至ったのです。このような体験をもとに、監修を務めた週刊誌の連載で「終活」という言葉を使わせていただきました。2009年のことでした。
残された人の後悔
遺品を前に途方に暮れる家族
「せめて、一つでも希望を伝えていてくれたら」
そう思うご遺族はとても多いのです。実際にあったご相談ケースを紹介しましょう。
あるご遺族から相談を受け、私はその方のお宅へ訪問しました。家の中には、たくさんのフランス人形。亡くなった奥様の趣味だったということですが、おびただしい数の人形に囲まれて、残された相談者は途方に暮れていらっしゃいました。
その相談者も、この大量の人形を「どうにかしなくてはならない」ことはわかっています。しかし、その人形の一つ一つが奥様の大切にしているものだったと思うと、どうしても処分できないとおっしゃいます。まして人形には「魂が宿っている」ような気がして、捨てることができないとのこと。その気持ち、よくわかりますよね。
このご家族はお寺の人形供養に申し込みをし、丁寧に供養することで、新たな一歩を踏み出すことができましたが、奥様の遺品を処分することへの心の折り合いがつくまでは大変悩まれていました。
もし、奥様が生前、この人形の中でも「特にお気に入り」のものを伝えていてくれたら。その、とっておきのものだけでも残しておくことができます。その相談者にも、「妻は喜んでくれているはずだ」と達成感も得られるでしょう。
ほかのケースでは、夫が遺した大量の「蔵書」についてのご相談もありました。相談者(妻)は、夫の死後、その大量の蔵書を悩みながらも処分しましたが、はたしてそれが本当に正しかったのか、長い間思い悩まれている、ということでした。「生前、手元に残して欲しい本、お気に入りの本を聞いておけばよかった」と後悔の念が湧いてくるそうです。
終活は何をきっかけに始めるか
終活、何から手を付けるか
自分自身が安心して旅立つための準備「終活」は、いまや多くの人に知られる言葉となりました。実際に、終活をはじめる人も増えています。
ではいったい、皆さんは何をきっかけに終活をはじめるのでしょうか。私の経験では、定年退職や還暦を機に終活をはじめる人が多い気がします。また、お友達のお葬式をきっかけにという方も多いようです。親のお葬式を出して、その大変さに直面したあと自身の終活をはじめるというケースもあります。
子から親への提案は慎重に
また、子の立場から「老親に終活を始めてもらいたい」という人も多いでしょう。しかし、これには注意が必要です。「どんなお葬式が理想なの?」と聞いたところで「縁起でもない」と険悪な雰囲気になってしまうことは容易に想像がつきます。
そんなときは、「テレビで最近のお葬式特集をやっていたから」と世間話のように投げかけてみたり、「万が一のときの我が家の方針を聞いておきたいから」と、対象を親個人ではなくあくまでも「我が家の問題」とぼやけさせてみるなど、工夫することで話しやすくなるのではないでしょうか。
親が深刻な病気になってしまったら、言い出すチャンスはさらに遠のいてしまいます。まだ先のことだからこそ、穏やかに話し合えるのです。
まとめ
「終活」というと身構えてしまう人も多いですが、まずは、例えば身の回りの片付けからでもいいのです。人生最期のとき、悔いのない、いい人生だったと思えるように。そして、残されたご家族があなたを思うとき、悔いが残らないように。終活に踏み出すタイミングは「いま」だと思ってください。まずは一歩を踏み出してみましょう。