宇宙飛行士は、地球に帰還してすぐは自分で立てないほど足の筋力が著しく衰えており、そのリハビリに使われているのがトランポリンなのです。海外の研究では、筋力や骨の健康および骨盤底筋の筋肉機能を改善するための非常に有益な運動であるとされています。ですが、医学的効果はさておいても、その楽しさは間違いなくお勧めです。【解説】石川英昭(医学博士・腎臓専門医)
解説者のプロフィール
石川英昭(いしかわ・ひであき)
医学博士。腎臓専門医。1973年、岐阜県生まれ。医療の最前線で、日々診療や研究、若手教育に邁進。国内・外での講演活動、論文実績も多数。自身の病、家族の看病を経験し、新進のたいせつさを痛感。診療のみならず、自身のブログ「現役医師の40代から始める「健康寿命」増進生活」でも、健康長寿を延ばす有用情報を届けている。
NASAも活用しているトランポリン
皆さんは、ふだんどのくらい体を動かしていますか? 運動不足だと肥満になるだけではありません。高齢者においては体力のみならず、認知機能の低下も懸念されます。
しかし、運動習慣がない人にとっては、軽度の運動でもめんどうくさいもの。運動嫌いならなおさらでしょう。
そこで今回ご紹介する健康情報は、遊びながら運動不足が解消できる「トランポリン」です。
トランポリンというと激しい運動を想像するかもしれませんが、家庭用の物を使えば、初めてトランポリンをする人や高齢者でも楽しく運動できます。心配なかたは、手すりつきの物を選ぶのもよいでしょう。
国立障害者リハビリテーションセンター研究所と東京大学の共同研究では、足が地面や床に着地することで受ける適度な衝撃が脳に伝わると、脳の機能を調節・維持することに役立つことが、動物実験で明らかになっています。この効果は、かかとを地面に軽くトントンと打ちつけるだけでも得られます。
ウォーキングやジョギングをしなくても、トランポリンなら、衝撃が全身の骨から脳に伝わります。しかもトランポリンは弾力があるので、腰やひざなど関節への負荷は軽減されます。認知機能の維持・向上にもってこいといえるのです。
さらに、トランポリンはジャンプしたときに、着地に備えて全身のバランスを整えようとします。それが体幹を鍛えることにつながり、転びにくくなるという点もメリットです。
私がトランポリンに注目したのは、NASA(アメリカ航空宇宙局)がトランポリンを活用している、という記事を読んだことがきっかけでした。宇宙空間で過ごした宇宙飛行士は、地球に帰還してすぐは、自分で立てないほど足の筋力が著しく衰えており、そのリハビリために使われているのがトランポリンなのです。
「なるほど」と思い、それを証明する医学研究を探していたところ、トランポリンやバランスボールなどを組み合わせて、週2回、定期的に運動した人たちに身体機能の著しい改善が見られた、という論文を発見しました。
またこの研究では、転倒リスクのある高齢者にとって、これらの運動がよい効果をもたらすと結論づけています。
この研究報告を読んで、私もすぐにトランポリンを購入しました。ぴょんぴょんと飛び跳ねてみると、童心に帰って楽しめました。医学的効果はさておいても、この楽しさは間違いなくお勧めです。
トランポリンは長い時間跳ぶ必要はありません。私でも2〜3分で疲れます。ふだん運動しないかたであれば、30秒〜1分間で十分でしょう。
ただし、ひざや腰を手術した人、関節に障害がある人は理学療法士に相談して、指導の下で行うようにしてください。
トランポリンは骨盤底筋の機能も改善
運動不足は、私の専門である腎臓にも悪影響を与えることがわかってきています。なぜなら、体を動かさないと、骨の代謝が落ちてくるからです。
骨は、「骨を壊す細胞(破骨細胞)」と「骨をつくる細胞(骨芽細胞)」という2つの細胞の働きで代謝が行われ、生まれ変わります。骨がつくられるときには、骨芽細胞によって、リン酸カルシウムが骨のコラーゲン繊維に付着します。
しかし骨の代謝が低下することによって、骨をつくるためのリンが余り、血液中に流出してしまいます。そしてリンを尿に排泄し続けることが腎臓にダメージを与えてしまうのです。
つまり運動不足は、腎臓病の引き金にもなるのです。また、リン酸カルシウムは、動脈硬化や心臓病のリスクを高めることもわかっています。
特に現在、腎臓病の人は、腎機能の維持が非常に重要です。食事や生活全般に制限の多い生活を送っている患者さんには、楽しくできる運動が必要だと考えられます。
また、運動は骨の代謝を上げることから、骨粗鬆症の予防にもつながります。女性は骨粗鬆症以外にも、骨盤底筋の筋力低下による尿失禁なども発症しやすいといえますが、こちらにも有効です。
海外の研究では、トランポリンのジャンプが、筋力や骨の健康および骨盤底筋の筋肉機能を改善するための非常に有益な運動であるとされています。
皆さんも健康維持や健康増進に、トランポリンを役立ててみてはいかがでしょうか。
■この記事は『壮快』2022年9月号に掲載されています