睡眠負債とは、日々の睡眠不足が借金のように積み重なることです。睡眠負債になると何が怖いのか、医学的なデータをもとに明らかにしたいと思います。それはズバリ、肥満、糖尿病、ガン、認知症を引き起こす原因になることです。また、短時間睡眠の人は、寿命も短い傾向があります。【解説】西野精治(スタンフォード大学医学部精神科教授)
解説者のプロフィール
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西野精治(にしの・せいじ)
スタンフォード大学医学部精神科教授、同大学睡眠生体リズム研究所(SCNラボ)所長。
医師、医学博士。
1955年、大阪府出身。1987年、当時在籍していた大阪医科大学大学院からスタンフォード大学医学部精神科睡眠研究所に留学。突然眠りに落ちてしまう過眠症「ナルコレプシー」をはじめ、睡眠・覚醒のメカニズムを分子・遺伝子レベルから個体レベルまで幅広い視野で研究。初の著書『スタンフォード式 最高の睡眠』(サンマーク出版)がベストセラーに。
短時間睡眠だと食欲を増すホルモンが分泌
私は、米国・スタンフォード大学で、睡眠・覚醒のメカニズムについて研究を行って30年になります。
昨年、『スタンフォード式 最高の睡眠』という本を出版しましたが、その中で「睡眠負債」という言葉を紹介したところ、たいへんな反響をいただき、流行語大賞の候補にもなりました。
睡眠負債とは、日々の睡眠不足が借金のように積み重なることです。
ここでは、睡眠負債になると何が怖いのか、医学的なデータをもとに明らかにしたいと思います。
それはズバリ、肥満、糖尿病、ガン、認知症を引き起こす原因になることです。また、短時間睡眠の人は、寿命も短い傾向があります。
まず、肥満についてですが、短時間睡眠の女性は、肥満度を表すBMI値(体格指数)が高いという研究結果があります。
その理由としては、眠らないと、食べすぎを抑制する「レプチン」というホルモンが出ず、食欲を増す「グレリン」というホルモンが出ることが大きく関係しています。
スタンフォード大学の学生と断眠の実験をしたときのことですが、夜間に起きているとおなかが空いて、食べ物を買ってきて食べてしまうということがありました。
これは起きている時間が長いから食べてしまうのではなく、ホルモンの分泌により、摂食の異常な状態が起きてしまっているのです。
●睡眠時間が短い人のほうが太っている
米国・サンディエゴ大学による女性63万6095人を対象にした調査
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肥満度を表すBMI(ボディマス指数)値は、睡眠時間7時間を境に、短くなればなるほど高くなる
●睡眠負債になるとなぜ、太るのか?
米国・ウィスコンシン睡眠コホート研究:男性551名、女性473名を対象にした調査
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左:食欲増進作用のあるホルモンのグレリンが睡眠時間が短いと過剰に出てくる
右:満腹感をもたらすホルモンのレプチンが睡眠時間が短いと出にくい
やせたければ、まずは睡眠不足を解消しなければなりません。
また、眠らなければ、自律神経(※)の交感神経の緊張状態が続き、高血圧になります。血糖値の異常も起こり、インスリンが正常に働かなくなって、糖尿病を招く可能性も高くなります。短時間睡眠は、生活習慣病にも直結しているのです。
「年をとると、活動量が減るので、短時間睡眠でもいい」という説がありますが、それは間違いで、病気にかかりやすい高齢者こそ、しっかり睡眠をとって、ホルモンの分泌異常を防がなくてはなりません。
さらに、眠らないと、精神が不安定になり、うつ病、不安障害、アルコール依存、薬物依存の発症率が高くなることもわかっています。
※ 意志とは関係なく、体温や発汗、血液循環などの生命維持に欠かせない機能を調節している神経。活動時に活性化する交感神経と、休息時に活性化する副交感神経がある。
脳の老廃物が排出されず認知症リスクがアップ
脳を使うと、どんどん老廃物がたまりますが、それを効果的に除去してくれるのが睡眠です。
脳の中にある脳脊髄液が水の取り込みを行っていて、老廃物を洗い流してくれるのです。
この洗い流す働きは、起きているときと比べて、睡眠中は4〜10倍ほども活発になることがわかっています。日中の老廃物除去だけでは追いつかず、睡眠中のまとまったメンテナンスが私たちの脳をクリアにしてくれているのです。
脳の老廃物がきちんと排出されないと、アルツハイマー型認知症を引き起こす可能性もあります。
私たちのラボが行った実験では、アルツハイマー型認知症になりやすい遺伝子を持ったマウスの睡眠を制限すると、アルツハイマー型認知症の原因物質の1つである「アミロイドβ」がたまりやすくなることがわかりました。
アミロイドβは、寝ているときに効率よく除去されますが、ずっと起きていると排出されないままになるのです。
そのあと眠ると、アミロイドβはまた排出されるのですが、慢性の睡眠不足の場合、脳の中にアミロイドβが沈着して、もう排出されなくなってしまいます。
最近は、人間の場合でも、「睡眠障害とアルツハイマー型認知症のリスク」の研究データが発表されています。
また、国立精神・神経医療研究センターによる「昼寝の習慣と認知症の発症リスク」の解析では、30分未満の昼寝をする人は、昼寝の習慣がない人に比べて、認知症発症率が約7分の1でした。
30分から1時間程度の昼寝をする人も、昼寝の習慣がない人に比べて、発症率が約半分でした。
一方で、1時間以上昼寝をする人は、昼寝の習慣がない人に比べて、発症率が2倍も高いという結果に。仮眠をとるなら、20分程度にするのがベストでしょう。
●これが脳の老廃物アミロイドβ
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アミロイドβは脳内の”たんぱく質のゴミ”と言われ、睡眠中に脳脊髄液によって洗い流されるが、睡眠負債になると沈着する
睡眠不足によってガンなど異常な細胞が増える
睡眠負債は、ガンのリスクも増大させ、深刻な病気につながる可能性もあります。
人間の体の細胞分裂は、生体リズムの影響を受けています。そのため、ガン細胞など異常な細胞が完成される頻度は、睡眠不足によっても増えるのです。
また、睡眠は、免疫とも深く関わっています。睡眠が不適切になると、免疫の働きもおかしくなり、ウイルスや異常な細胞を除去できません。
その結果、カゼ、インフルエンザ、ガンなどの免疫に関わる病気になるリスクが高まってしまいます。
実際に、インフルエンザの予防接種をして眠らなかった場合、抗体ができにくくなることもわかっていて、病気を防ぐうえでも、良質な睡眠は欠かせないものなのです。
また、アレルギーやリウマチなどの免疫の病気も、きちんと睡眠がとれていないと、症状が悪化する危険があります。