腸に短鎖脂肪酸があると、小腸にあるL細胞が刺激されてGLP-1という消化管ホルモンを分泌、血糖値が上がる前に先回りしてインスリンを分泌させ、血糖値の上昇を抑えるのです。こうした作用は、時間差で起こります。とった食事の効果が次の食事に現れることを、「セカンドミール効果」といいます。【解説】青江誠一郎(大妻女子大学家政学部学教授)
解説者のプロフィール
青江誠一郎(あおえ・せいいちろう)
大妻女子大学家政学部学教授。1984年、千葉大学大学院園芸学研究科農芸化学専攻・修士課程修了。89年、千葉大学大学院自然科学研究科博士課程修了。農学博士。2003年、大妻女子大学家政学部助教授。07年より現職。食物繊維の機能性、消化管機能、メタボリックシンドロームなどを研究。日本栄養改善学会学会賞、日本酪農科学会賞、日本食物繊維学会学会賞などを受賞。
ふたつの食物繊維が血糖値の上昇を緩やかに
食物繊維は、食物中に含まれる成分で、人の消化酵素では分解できません。水に溶ける水溶性と、水に溶けない不溶性があり、腸の中で非常に大事な働きをしています。
その一つが、血糖値の上昇を抑え、糖尿病を予防する作用です。それは、腸の中で段階的に働きます。
食事からとった食物繊維は、まず胃に入って長くとどまります。水溶性は水に溶けて粘りが出て、不溶性はふくらんでかさが増します。そのため、時間をかけて腸へ移動することになり、血糖値もゆっくり上がります。
小腸に移動した水溶性食物繊維は、粘性が増してさらにネバネバしてきます。それが、小腸からの糖の吸収を抑え、血糖値の上昇をより緩やかにします。
大腸では、腸内細菌が待ち受けています。腸内細菌は水溶性食物繊維をエサにして増殖します。これを発酵といいますが、このとき、短鎖脂肪酸(酪酸や酢酸など)が作られます。短鎖脂肪酸は、血糖のコントロールをはじめ、体によいさまざまな働きをしてくれます。
とった食事の効果が次の食事に現れる「セカンドミール効果」
通常、血液中にブドウ糖が増えると、血糖値が上がり、それに反応して膵臓から大量のインスリンが分泌されます。インスリンが、血液中の糖を肝臓や筋肉の細胞に取り込むことによって、血糖値が下がります。
ところが、腸に短鎖脂肪酸があると、小腸にある細胞(L細胞)が刺激されてGLP-1という消化管ホルモンを分泌します。このGLP-1が、血糖値が上がる前に、先回りしてインスリンを分泌させ、血糖値の上昇を抑えるのです。
こうした作用は、次のような時間差で起こります。
朝食で食物繊維の多い食品をとったら、食物繊維が胃と腸に作用して血糖値を上がりにくくします。
さらに昼食時には、朝食でとった食物繊維をエサにした腸内細菌が短鎖脂肪酸を作り、GLP-1が働きます。それによって、昼食で食物繊維を意識しない食事をとっていても、血糖値の上昇が抑えられるのです。
このように、とった食事の効果が次の食事に現れることを、「セカンドミール効果」といいます。
血糖値が上がる前にインスリンが分泌されれば、少量のインスリンで血糖値の上昇を抑えられます。それが食後の血糖値の急激な上昇(血糖値スパイク)を抑制するうえに、膵臓の疲弊を防ぐことにもなるのです。
なお、GLP-1は血液中に分解されない形で長く存在するほど、効果が長続きします。こうした作用は、糖尿病の薬にも応用されています。
■食物繊維が食後血糖値の上昇を抑えるしくみ
豆類が含む「レジスタントスターチ」
食物繊維は水溶性も不溶性も、血糖値の上昇を緩やかにする作用がありますが、特に有用なのは腸内細菌のエサになる水溶性です。
水溶性が多ければ、腸内細菌の種類も数も増えて、短鎖脂肪酸がたくさん作られ、GLP-1も増えるからです。
それでは、どんな食品をとるといいのでしょうか。
まず、発酵性の食物繊維の多い穀類と豆類をとることです。
穀類の中で発酵しやすい水溶性食物繊維が多いのは、大麦、ライ麦、オーツ麦です。玄米も食物繊維が多いのですが、大半は不溶性です。白米には食物繊維は少ししか入っていません。
豆類には、レジスタントスターチという難消化性のでんぷんが多く含まれています。大腸に届いて腸内細菌のエサになるので、豆をとるのはお勧めです。
レジスタントスターチは、調理した豆のほか、冷めたゆでジャガイモにも豊富です。ゆでたジャガイモのでんぷんが冷めると、レジスタントスターチに変化するのです。
なお、白米や玄米のご飯も、冷めたらレジスタントスターチに変わるので、作りおきしたおにぎりは悪くありません。
むしろ血糖値を下げるのに有用な穀類や豆類
近年、糖尿病になると、糖質を制限する人が増えています。そのため、糖質が含まれる穀類や豆類、ジャガイモなども控えがちです。しかし、これらの食品は、むしろ血糖値を下げるのに有用に働きます。食べ過ぎはよくありませんが、適度にとることで適正な血糖コントロールに役立つのです。
毎日の食事で、和食なら大麦を加えた麦ご飯、パン食ならライ麦パンを選びましょう。オーツ麦の多いグラノーラ(シリアル食品の一種)もいいでしょう。
豆は、インゲンマメ、大豆、アズキ、枝豆など、なんでもかまいません。煮豆や納豆をとるのもいいでしょう。ただし、豆腐は水分が多いため、食物繊維はあまり含まれていません。
また、ジャガイモならポテトサラダがお勧めです。
そのほか、ヒジキやコンブ、ワカメなどの海藻類、ゴボウなどの根菜類には、水溶性食物繊維が豊富に含まれていますから、おかずの一品に加えてください。
なお、ゴボウの水溶性食物繊維は大腸の入口で発酵し、大麦に含まれる水溶性食物繊維(βグルカン)は、大腸の真ん中辺りで発酵します。そして、豆などのレジスタントスターチは、大腸の奥まで進み、ビフィズス菌のエサとなって発酵することがわかっています。
ですから、これらの食品を組み合わせてとると、大腸全体に腸内細菌が増え、理想的な腸内環境になる可能性があります。
前述したように、食物繊維の多い食品は、朝食にとると食後血糖値の上昇を抑えることがわかっています。1日1回なら朝食に、2回なら朝食と夕食にとるとベストです。昼食に好きな物を食べても、その日の食後血糖値は上がりにくくなります。大事なことは、毎日とることです。
日本人は、この数十年で食物繊維の摂取量が激減しています。1955年には22.5gだった1日の摂取量が、2016年には14.2gになりました。その要因の一つが、穀類をとらなくなったことです。
穀類が減って食物繊維が不足すると、腸内細菌が減少して短鎖脂肪酸が作られなくなります。糖尿病が気になる人は、麦ご飯などの主食と、食物繊維の多い食品をとって腸内環境を整えてください。