うつ病は「気の持ちよう」などではなく、脳内での情報伝達に問題が生じて起こる病気です。薬物療法の効果が見られないうつ病の患者さんに対して、電気刺激に代わり、より簡便かつ安全な治療法として期待されているのが、「rTMS(反復経頭蓋磁気刺激)」です。【解説】鬼頭伸輔(東京慈恵会医科大学准教授)

解説者のプロフィール

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従来の電気けいれん療法よりも安全で簡便な治療

うつ病は現在、国内の患者数が100万人を超えるとされており、誰もがなる可能性のある病気です。

休養やカウンセリング、心理療法などに加え、薬物療法が治療の中心となりますが、薬の効果が現れない患者さんが3割もいるといいます。そうした患者さんに有効な手段と期待されているのが、磁気で脳を刺激する「rTMS(反復経頭蓋磁気刺激)療法」です。

すでに欧米では、うつ病の一般的な治療として普及しており、日本でも2017年に薬事承認され、間もなく健康保険の適用になる見込みです。日本でいち早くrTMSに注目し、研究を進めてきた東京慈恵会医科大学の鬼頭伸輔准教授に詳しいお話をうかがいました。

[取材・文]医療ジャーナリスト 山本太郎

──日本国内でのうつ病の現況は、どのようなものでしょうか?

鬼頭 ご存じのように、うつ病は精神疾患の中でも非常に多い病気です。日本では、現在、人口の7%くらいの人が生涯で一度はうつ病にかかると推計されています。

日本うつ病学会の治療ガイドラインでは、症状が「中等症以上」の患者さんには薬物療法を行うことを推奨しています。

中等症以上とは、うつ病の症状で日常生活を送ることが困難になったり、自殺の気持ちが強くなったりするケースをいいます。なお、うつ病の症状はあるものの、仕事や家事はなんとかこなせて、ある程度は生活が成り立っているようなケースは「軽症」になります。

薬物療法を受けた患者さんのうち、3分の2くらいの人には改善が見られます。けれど残念ながら、残り3分の1の人は、複数の薬を使用しても、目立った効果が見られません。

薬物療法の効果がない患者さんをどう治療するかといえば、従来は「電気けいれん療法」しか方法がありませんでした。

──電気けいれん療法とは?

鬼頭 頭部に電極をつけて電流を流し、脳に「けいれん」を誘発することで、脳の機能を回復させようとする治療法です。

うつ病は「気の持ちよう」などではなく、脳内での情報伝達に問題が生じて起こる病気です。そして、脳は電気信号で情報を伝達しています。

例えば、脳のある領域を電流で刺激すると手が勝手に動いたり、視覚にかかわる領域を刺激すると目を閉じていても光が見えたりすることが、昔からわかっていました。

そこで、電気刺激を応用すれば、うつ病など精神疾患の治療に役立つのではないかと考案されたのが、電気けいれん療法です。

1930年代から実施されていて、うつ病やそううつ病、統合失調症などに高い治療効果があることが知られています。

ただ、昔の電気けいれん療法は副作用の強いものでした。通電による痛みや恐怖を伴う上、けいれんした手足があちこちにぶつかり、骨折してしまうなどの事故もありました。

そこで現在は、あらかじめ麻酔薬と筋弛緩薬を用いて、危険性を軽減した方法が行われています。重症度が高く、薬物療法の効果が見られない患者さんに対して、本人や家族の同意を得て、実施されます。

ただ、それでも記憶障害(物忘れ)の副作用が出ることがあり、高齢者への実施はためらわれます。また、麻酔などの前処置や治療後の事故を防ぐために、一定期間の入院治療となります。外来で簡便にできる治療ではないのです。

そうした中、薬物療法の効果が見られないうつ病の患者さんに対して、より簡便かつ安全な治療法として期待されているのが、「rTMS(repetitive Trans-cranial Magnetic Stimulation=反復経頭蓋磁気刺激)」です。米国や欧州では、すでにうつ病の一般的な治療選択肢の一つになっています。

──rTMSは、どんな治療なのですか?

鬼頭 磁場を発生するコイル装置を頭部に近づけ、磁気によって脳を刺激する治療法です(下写真参照)。

「8」の字形をしたコイルに瞬間的に電流を流すことで磁場が形成され、それに伴って生じる誘導電流が、脳の神経細胞間をつないで情報を伝える突起(軸索)を刺激すると考えられています。

このコイル装置(TMS)は、もともと脳や神経の検査に用いられていました。例えば、脳の特定の領域を刺激すると特定の筋肉が反応して動きますが、その反応が悪い場合に、信号を伝える神経に異常があるのではないか、といったことを調べるわけです。

そして、データの集積によって、どんな刺激を加えると脳活動にどんな影響が現れるかが明らかになってきました。

具体的には、10~20㎐の高頻度刺激を加えると脳の興奮性が促進され、1㎐の低頻度刺激は反対に興奮性を抑制することがわかってきたのです。そうした研究から、精神疾患の治療にも応用されるようになったというわけです。

《「rTMS療法」の治療イメージ》

画像: 磁場を発生するコイル装置を頭部に近づけ、らくに座った状態で1回につき40分ほどの刺激を受ける[画像提供/鬼頭伸輔先生(東京慈恵会医科大学)]

磁場を発生するコイル装置を頭部に近づけ、らくに座った状態で1回につき40分ほどの刺激を受ける[画像提供/鬼頭伸輔先生(東京慈恵会医科大学)]

麻酔や入院が不要で外来への通院で済む

rTMSの抗うつ効果は、二重盲検法(治験を行う者も被験者も、実施する治療法の性質を知らされずに行う方法)による複数の臨床試験から実証されています。

最近では、薬では効果が出ない患者さん14名を対象に、薬と併用で4~6週間のrTMSを実施する臨床試験を行いました。

その結果、寛解した(うつ病の症状がほとんどなくなった)患者さんの割合が35.7%でした。諸外国での試験成績もだいたい同程度で、3~4割の患者さんに寛解が認められています。

寛解率が3~4割と聞くと、あまり高くないように思われるかもしれませんが、実はかなり有効性が高いといえます。

先ほど、薬物治療の効果が現れない患者さんが3割程度いるとお話ししました。そういう場合、一般に薬の種類を変えるのですが、2種類めで効果が出ない人の寛解率は十数%、3種類めで7%、4種類めになると4%まで低下してしまいます。

それと比較すると10倍ほどの寛解率ですから、薬が効かない人の「次の一手」として期待は大きいのです。

rTMSによる治療効果は、次のように説明されています。

うつ病患者さんは、脳の背外側前頭前野という領域の活動が低下します。注意力や物事を遂行する力にかかわっている領域で、その活動が低下すると「頭が働かなくなる」「仕事の能率が下がる」といった症状が現れると考えられます。

一方、うつ病患者さんの脳では辺縁系の活動が過剰になります。辺縁系は「古い脳」といわれることもありますが、情動(感情の動き)に深くかかわっています。

感情の動きが強くなる一方、それを理性的にコントロールする背外側前頭前野の働きが弱まり、悲観的な考えやゆううつな気持ちが強まると考えられています。

rTMSで低下していた背外側前頭前野の活動を高めると、このバランスが回復し、症状の改善に役立つというわけです。

《「rTMS療法」の仕組み》

画像: 磁場に誘導されて発生した渦電流が脳の神経細胞をつなぐシナプスを刺激する[イラスト/勝山英幸]

磁場に誘導されて発生した渦電流が脳の神経細胞をつなぐシナプスを刺激する[イラスト/勝山英幸]

──実際の治療はどのように行われるのでしょうか?

鬼頭 rTMSは、入院が必要な電気けいれん療法と異なり、外来への通院でも行うことができます。

1回の治療にかかる時間は40分程度。座ってらくにしてもらい、磁気刺激を受けていただきます。海外では患者さんが映画を観たり、音楽を聴いたりしながら治療を受けるケースもあります。

副作用として、刺激部位に軽い痛みや不快感を覚えることがありますが、すぐに慣れ、気にならなくなる人がほとんどです。「痛くて治療が受けられない」ということは、ほぼないでしょう。ごくまれに、けいれん発作が起こることがありますが、その頻度は0.1%未満です。

標準的な治療では週に5回、4~6週間にわたって実施しますが、早い人では2週めくらいから改善効果が現れてきます。

患者さんからは「気分がすっきりした」「ゆううつな感じが減った」「集中力が出てきた」といった声がよく聞かれます。普段は自宅と病院の往復だけだった人が「通院の帰り道、ふと本屋に寄ってみる気になった」など意欲が出てくることもあります。

症例をご紹介しましょう。40代の男性Aさんは10年ほど前にうつ病を発症して以来、これまでも何度か再発し、薬物療法を受けてきたそうです。

しかし、今回は薬を2種類、3種類と変えても効果がなく、電気けいれん療法を勧められたものの、入院治療には抵抗感があるとのことでした。「頭が働かない。体もだるい。趣味にもまったく意欲がわかない」といった症状を訴えていました。

をrTMS実施したところ、2週間ほどで「気分がよくなり、スッキリする。頭にかかっていたベールが取れたようです」と言われました。さらに数日後には「治療直後だけでなく、調子のいい状態が続いています。意欲も出てきました」とのことでした。

5週間が経過した時点で寛解に至り、無事にお仕事にも復帰されました。

《「rTMS」による脳の血流量の変化》

画像: 左:濃く写っている部分は、脳の血流が通常よりも低下していることを示す 右:影の部分が減り脳の血流量が回復しているのがわかる [画像引用/Kito et al., J ECT 2011;27: e12‐e14]

左:濃く写っている部分は、脳の血流が通常よりも低下していることを示す
右:影の部分が減り脳の血流量が回復しているのがわかる
[画像引用/Kito et al., J ECT 2011;27: e12‐e14]

──rTMSによって「薬を飲まなくてもよくなる」というケースもあるのでしょうか?

鬼頭 rTMSは薬物療法の効果が見られない患者さんに行うわけですが、実際のところ、多くの場合は薬と併用して治療を行います。

薬とrTMSとの併用では副作用が出にくい

なぜかというと、日本国内でrTMSを健康保険で用いてよいのは、「うつ病の〝うつ状態〟に対してのみ」となっているためです。

治療によって「うつ状態」がすっかりよくなったら、rTMSは無駄に継続せずに終了して、あとは薬を飲んで再発予防するというのが基本的な方針です。

うつ病の薬物療法では、違う種類の薬を多剤併用すると、副作用が現れやすくなります。けれど、薬とrTMSの場合は、併用しても副作用が強く出る心配はありません。そういう面からも併用が推奨されます。

なお、rTMSを受ける前には薬の種類はできるだけ少なくし、うつ病の症状が改善したら、さらに必要最低限の量に減らします。特に、うつ病の発症が初めての人で、寛解と判断できれば、その時点で薬もやめ、治療終了となることもありえます。

──rTMSによる治療は今後、気軽に受けられるようになるでしょうか?

鬼頭 これまでrTMSが受けられるのは大学病院の臨床研究か、自由診療で行っているクリニックなどに限られていました。しかし、間もなく健康保険の適用になる見込みです。そうなれば一気に普及が進むでしょう。

ただし注意したいのは、そもそもrTMSによる治療が適切かどうか、きちんと見極める必要があるということです。

例えば、重症度の高いうつ病では幻覚や妄想の症状を伴うことがありますが、こうしたケースではrTMSはあまり効果がないことがわかっています。

rTMSについては、日本精神神経学会が適正使用指針を作成し、医療関係者向けの講習会を行っています。きちんと講習会を受講した医師の下で治療を受けることが望ましいといえるでしょう。

なお、現時点ではrTMSはそううつ病には適応になっていません。けれども、おそらくそううつ病にも有効だろうと考えられます。私たちは、来年ぐらいからそううつ病に対する臨床試験を開始しようと、今、準備しているところです。

画像: この記事は『安心』2019年1月号に掲載されています。

この記事は『安心』2019年1月号に掲載されています。

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