内在性解離とは、耐え難いほどのストレスを感じたときに、潜在意識の中に「別人格」を作って、つらい感情を引き受けさせることです。別の自分と今の自分を一つに統合すれば、つらい感情は解放され、精神的な症状も回復します。
【解説】小栗康平(早稲田通り心のクリニック院長)
解説者のプロフィール
小栗康平(おぐり・こうへい)
早稲田通り心のクリニック院長。1962年生まれ。東京医科大学卒業。86年より埼玉県済生会鴻巣病院精神科に勤務。2006年、現クリニックを開業。薬物治療では回復が難しい心の病に苦しむ人のため、従来の常識にとらわれない治療法を積極的に研究、採用している。両ひざをタッピングして別人格を呼び出し、融合・統合するオリジナルの治療法「USPT」を開発。精神保健指定医。日本精神神経学会認定医。著書に『症例X 封印された記憶』(G.B.)、『人格解離 わたしの中のマイナスな私』(アールズ出版)などがある。
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▼USPTとは?
潜在意識の「別人格」がつらさを引き受けている
私は精神科医として、不眠やうつ、パニック障害、適応障害、境界性人格障害、多重人格、統合失調症、恐怖症など、さまざまな精神疾患を治療しています。
●パニック障害
突然の恐怖や強い不安で、・めまい・呼吸困難などが現れる疾患
●適応障害
ある特定の状況が、非常につらく、神経過敏になるなど、気分や行動に不調をきたす疾患
●境界性人格障害
感情が極めて不安定で、極端な考え方をしたり、極度にイライラしたりする疾患
●多重人格
解離性同一性障害。解離した別人格が表に出てくる疾患で、解離している間の記憶がなくなる
●統合失調症
幻覚や妄想、意欲・自発性の低下、認知機能低下などを主症状とする疾患
●恐怖症
限界性恐怖症。ちょっとしたことに、わけもなく恐怖や不安を感じる疾患
実はこうした精神疾患と診断された患者さんは「内在性解離」であることが非常に多いのです。
内在性解離とは、耐え難いほどのストレスを感じたときに、潜在意識の中に「別人格」を作って、つらい感情を引き受けさせることです(下図参照)。
4歳以下の幼少期に一度、人格が解離すると、その後も、ストレスや怒り、悲しみ、寂しさ、不安、恐怖などのつらい感情を感じるたびに次々と別人格の自分を作って、その感情を別人格に背負わせるクセがついてしまいます。
その結果、本来の自分である「基本人格」以外に、さまざまな自分ができあがっていくのです。
《ストレスやつらい経験により人格が解離するしくみ》
自分を後ろから離れて見ているような感覚がある人、「心は一つ」といわれてもピンとこない人は、内在性解離と考えて間違いないでしょう。
幼少期にトラウマ(心の傷)がある人、繊細な人、発達障害の人などは、解離しやすい傾向があります。私の実感では内在性解離は、全人口の1割の人が当てはまるのではと思うほど、よくあるケースです。
《1分でわかるセルフチェック 私は内在性解離?》
以下の質問について、「よくある」「たまにある」項目にチェックをつけてください。
8つ以上当てはまるなら、内在性解離の可能性があります。
8つ以上当てはまったかたは、「ひざタッピング」で別人格の統合をお試しください。ほんの数人でも別人格を融合できると、精神的な不調の改善が期待できます。
□ 記憶があいまいになる
□ その場と関係のない感情(例えばイライラや不安など)が湧く
□ ゆううつになる
□ 死にたいと思う
□ 自問自答をする
□ 脳内会議をする(★)
□ 決断が容易にできない
□ 自分の中に別の自分がいる感じがする
□ 自分を後ろから離れて見ているような感覚がある(★)
□ 自分に話しかけてくる声がする
□ 過去にとらわれやすい
□ 状況によってモードが変わりやすい
□ 「心は一つ」といわれてもピンとこない(★)
□ 周りの世界と自分の世界とは距離がある感じがする
□ 自分というもの(性格)がよくわからない
★印の問いに当てはまったら、チェックが7つ以下でも、内在性解離の可能性が高い
別人格と融合すると頭の中が静かになる
幼少期のトラウマの多くは、親に原因があります。子どもは親の庇護のもとで生きていくしかないので、別の自分に強烈なストレスやつらさを任せて生き延びるのは、ある意味、緊急避難のようなもので、しかたないといえます。
ただ、つらい感情を別人格に背負わせると、その感情は、忘れられることも、乗り越えられることもないまま、どんどん蓄積されていくのです。
解離したときのようなつらい場面に遭遇すると、過去の感情や感覚が鮮明によみがえります。その結果として、不安や生きづらさ、ストレスを感じたり、うつやパニック障害、適応障害、恐怖症といった病気を発症することもあります。
別の自分と今の自分を一つに統合すれば、つらい感情は解放されます。
代わりに、それまでつらさに耐えてきた「強さ」を自分のものにできるので、自身の芯がしっかりします。過去を思い出してもつらくなくなり、精神が安定し、精神的な症状も回復します。
解離が起きている人は、別の自分と脳内会議をしていることが多いのですが、心が一つになると、ざわついていた頭の中がシーンと静かになります。
体が軽くなる、視界が明るくなるなどの感覚もあり、なかには、視力がよくなってメガネが要らなくなったかたもいました。
別人格と一つになるのは怖いことではない
心を一つにするために診療で使用しているのが、私が世界で初めて学会で発表した、心理療法の「USPT」(タッピングによる潜在意識下人格の統合法)です。
世界的にトラウマ治療に使用されている心理療法の「EMDR」のメカニズムを応用したもので、両ひざを左右交互にたたき、脳を左右交互に刺激すると、潜在意識に入りやすくなるのです。内在性解離はもちろん、多重人格に用いることも可能です。
今回、紹介する「ひざタッピング」では、USPTを自分で手軽にできるよう、アレンジしました。
まず両ひざを左右交互にたたき、潜在意識の中の別人格を一人ずつ呼び出します。そして、出てきた人格と対話し、主人格と一つになることに納得してもらいます。
ひざタッピングを行う前には、過去のつらさを受け入れるという気持ちを、必ず持ってください。心が一つになれるか否かは、この気持ち次第です。
別人格に対しては、つらい役目を担ってくれた労をねぎらい、感謝の気持ちを伝えましょう。
今あなたが生きているということは、あなたはすでに、つらい過去を乗り越えているのです。別人格と一つになるのに、なんの恐れもいりません。人格を解離したのは自分なのですから、自分の力でその人格と一つになることは可能です。
なお「自分で行うタッピングでは別人格と出会えない」とおっしゃる患者さんもいます。自分ではうまくできないかた、人格の完全な統合を目指したいかた、また重いトラウマのあるかたは、USPTを取り入れている医師やカウンセラーを訪れることをお勧めいたします。
過去の自分と出会う「ひざタッピング」のやり方
基本的には、今の自分が受け入れられる別人格しか出てこないので、安心して行えます。「過去のつらさを受け入れる」という気持ちを持ってから、行ってください
❶両ひざを軽く交互にたたく
イスに深く座って、背もたれに寄りかかる。目を閉じ、眠る直前や湯ぶねに浸かっているときのように、リラックスする。
両手の指2〜3本の指先で、両ひざを左右交互に軽くたたく。たたく速さは、1秒に1回たたく程度が目安。1分ほど続けると、潜在意識に入りやすくなる
❷過去の自分に呼びかける
ひざをタッピングしながら、「つらいときに代わってくれた○○ちゃん(幼少期の自分の呼び名)、出てきて」と心の中で呼びかける
❸過去の自分と出会う
つらい思いをしている過去の自分の姿や場面、感情などが浮かんできたら、タッピングをやめる。「つらいときに代わってくれた、○○ちゃんはいくつ?」と心の中で問いかける。数字や場面などが浮かぶことが多い
❹過去の自分と対話する
「○歳の○○ちゃん、何があったの? どんな気持ちだった?」と心の中で問いかけると、場面や感情などが浮かんでくる。「○歳の○○ちゃんがつらい気持ちを引き受けてくれたから、私はとても助かったの。でも、つらいことは自分で受け止めて、乗り越えられる歳になったから、もうだいじょうぶ。私と一つになって支えてくれる?」と聞いてみる
❺過去の自分に感謝する
「いいよ」などの同意の反応があれば、「つらい役目を引き受けてくれて、今までありがとう。つらいことは、もう終わった過去のことだから、つらさは全部私が引き受けるから、その記憶と経験を持って、私と一つになって」と感謝を伝え、一つになる。一つになると、体が軽くなったり、温かくなったりする。
無反応や、「いやだ」など拒絶反応がある場合は、理由を聞く。「一つになると、つらい感情が消えて、代わりに強さが得られるんだよ」と伝える