五木さんは朝と晩二度足指を洗う習慣を続けており、それ以外でも疲れたら足指をもみ、まんべんなくさするのだといいます。交感神経と副交感神経が切り替わるのが朝晩の時間帯。この時間帯に末端の皮膚刺激を行うのがとてもよい脳への刺激となり、脳の活性化に役立つのです。【解説】帯津良一(帯津三敬病院名誉院長)
解説者のプロフィール
帯津良一(おびつ・りょういち)
帯津三敬病院名誉院長。1936年生まれ。東京大学医学部卒。医学博士。帯津三敬塾クリニック主宰。日本ホリスティック医学協会名誉会長。西洋医学に中国医学、気功、代替療法などを取り入れ人間を丸ごととらえるホリスティック医学を実践している。著書は『死を思い、よりよく生きる』(廣済堂出版)、『ホリスティック寄り道秘話』(ガイヤブックス)、『五木寛之+帯津良一 健康問答』『五木寛之+帯津良一 養生問答』(平凡社)など多数。
体の中心より末端が大事
ベストセラー作家の五木寛之さんは1932年生まれ。『蒼ざめた馬を見よ』『青春の門』『風に吹かれて』『朱鷺の墓』『蓮如』『風の王国』『大河の一滴』『親鸞』『他力』『孤独のすすめ』『元気に下山』など著書多数。健康にまつわるエッセイも多く、『こころ・と・からだ』『大河の一滴』『養生の実技』『養生のヒント』の中で足指に関する養生法を述べています。
作家の五木寛之さんとは、これまで何度も対談をさせていただく機会があり、対談本も3冊出しています。お会いするたびに毎回感じるのは、五木さんの若さです。
年譜によれば、五木さんは、1932年の9月生まれ。私が、1936年2月生まれ。ですから、五木さんは私の4歳年長にあたり、今年87歳になられます。
五木さんは、さまざまな故障を持ちながらも、これまで50年以上にもわたって病院に行かずに済んでいるといいます。健康であることはもちろんですが、気持ちも考え方も若々しい。「五木さんには勝てないなあ」と思うことも多いのです。
では、何が五木さんに健康や若さをもたらしているのでしょうか。
五木さんは、エッセイなどで、ご自分の養生法についていろいろと語っています。その中でも、私が興味を引かれたのが、足指をもむという養生法です。
五木さんは、朝と晩二度、足指を洗う習慣を続けており、それ以外でも、疲れたら、足指をもみ、まんべんなくさするのだといいます。
しかも、その背景にある考え方が面白い。
「ぼくは以前から、体の中心部よりも、辺縁部が大切、という考え方を大事にしてきました。……要するに末端が大事、という発想です。
手先、指先、足首、足の指、皮膚、耳、鼻など表面に出っぱっている端っこの部分を大切にする。都市中心、東京中心の日本文化論が今でも横行していますが、この国が生き生きと活性化するためには、地方と呼ばれる末端が元気でなければなりません。
心臓とか、脳とか、内臓などの中心部はたしかに重要です。しかし、そちらのことだけを考えて、手先、指先、末端の毛細血管のことを忘れては困るのです」
(五木寛之『こころ・と・からだ』集英社文庫 202ページ)
地方対東京という文化論から、自分の健康法を説明していくところも、五木さんらしいというべきでしょうか。そして五木さんのこうした考え方は、私の医療に対する考え方にも相通じるところがあるように思います。
東西の知恵をフル活用し人間を丸ごと見る
私はホリスティック医学というものを提唱してきました。ホリスティック医学とは、一言でいうならば、「人間を丸ごと」見る医学です。
私は、外科医として、医師のキャリアをスタートさせました。当初、私は大きなやりがいをもって食道がんの手術などに明け暮れていました。しかし、しだいに西洋医学の限界を感じるようになったのです。
手術しても手術しても、がんの患者さんがいっこうに減っていない。手術して治ったはずの患者さんが再発して病院にどんどん戻ってくるからです。がんという病気は、がんのできた箇所を切除するだけでは十分ではない。そういうことがしだいに明らかになってきました。
西洋医学というのは、臓器や組織という局所を見るところでは、他の追随を許さない優れた医学です。ところが、局所と局所の関係を捉えることが得意ではありません。神経や血液などで関係を見ることはできますが、数値化できない、見えていない関係を捉えることができないのです。
私は、見えない関係をも捉えようとする東洋医学などに興味を持ち、気功や太極拳を、治療を補助する手段として取り入れるようになりました。ホリスティック医学では、西洋と東洋の知恵をフルに活用し、人間を全体として捉えるところから、治療のすべを見い出そうとします。
足指をもんで得る三つの効果
では、こうした観点から見るとき、「足指をもむ」とはどんな効能があるでしょうか。およそ三つの点から述べることができるでしょう。
(1)血流改善の効果
(2)触覚刺激の効果
(3)ツボ刺激の効果
第一に、足指をもむことで全身の血流をよくすることができます。
足は体の中で下方にあるため、足まで流れてきた血液は重力に逆らって心臓へ戻らなければなりません。ともすると滞りがちな血液を、足指をもむことで心臓へ送り返すのを助けることができます。それが、全身の血流改善を促します。
第二に、手足の末端をもんだり、洗ったりするということは、末端への触覚刺激を与えることになります。それが脳へのよい刺激となるのです。朝晩これを行うことが勧められます。
自律神経は、私たちの意思とは無関係に働き、内臓や血管を調整しています。この自律神経には、主に昼に働き、アクティブな活動を支えている交感神経と、主に夜に働き、休息の神経である副交感神経とがあります。
この二つが切り替わるのが朝晩の時間帯。この時間帯に、末端の皮膚刺激を行うのが、とてもよい脳への刺激となり、脳の活性化に役立つのです。
五木さんが行っている朝晩の足指洗いには、まさにこのことが該当するといってよいでしょう。
第三に、足指を洗ったり、もんだりすることには、ツボ刺激の効果もあります。
足の指には、胃経、胆経、膀胱経、肝経、腎経、脾経という、6本の経絡(東洋医学で考える、生命エネルギーである「気」の通り道)がきています。
足の指の爪のわきには、これらの経絡の井穴があります。井穴とは、経絡の末端にある特別なツボで、足の指を丹念に洗うと、それは、この井穴への刺激となるのです。
東洋医学では、体を巡っている気が滞ると病気になると考えます。足指をもむことは、井穴を刺激し、気を巡らせることによって、体へいい影響をもたらします。
足指をもむことには、このように多面的な健康効果が期待できるといえるのです。
足指に名前をつけ話しかけながら洗う
ちなみに、五木さんは、自分の足指にそれぞれ、イチローやカズミといった名前をつけて、一本ずつ足の指に話しかけながら、洗ってやるといいます。
「深夜、足の指をひねり回しながら、何ごとかぶつぶつとしゃべりかけている小説家の姿をだれかがのぞき見たら、きっと薄気味わるく思うでしょう」(同前掲書 201ページ)
このようにやや自嘲気味に書いていますが、私には、案外楽しそうに、足指を洗っている小説家の姿が目に浮かびます。
養生法では、自ら楽しく行うことが最も肝心。「絶対毎日やらなくては」という義務感に縛られてやるのではなく、「なんとなく気持ちがいいから」くらいでやるのが長続きのコツです。
なんとなく気持ちがよいからやっていたら、足指を洗うのが習慣になってしまった、とも五木さんは語っています。五木さんの提案する足指の刺激法は、私たちに養生法のお手本を示してくれているといっていいかもしれません。