こんにちは。発酵デザイナーの小倉ヒラクです。ここ数年で目にすることが多くなったキーワード「発酵」。なんだか健康によさそう……ぐらいはわかるけど、実際どうなの? と気になっている人も多いはず。そこで! そもそも発酵とは何かを限りなくわかりやすく解説しようではないか。【解説】小倉ヒラク(発酵デザイナー)

解説者のプロフィール

画像: 解説者のプロフィール

小倉ヒラク(おぐら・ひらく)
「見えない発酵菌たちの働きを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指す発酵デザイナーとして、全国の醸造家や研究者たちと発酵・微生物をテーマにしたプロジェクトを展開。東京農業大学で研究生として発酵学を学んだ後、山梨の山の上に発酵ラボをつくり日々菌を育てながら微生物の世界を探求している。アニメ『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014を受賞。『発酵文化人類学』(木楽舎)ほか著書多数。最新刊は『日本発酵紀行』(D&DEPARTMENT PROJECT)。YBSラジオ『発酵兄妹のCOZY TALK』パーソナリティ。

「おいしい」と思えば発酵「マズい」と思えば腐敗

人間に役に立つ微生物が働くプロセス──これを「発酵」と言います。

目に見えないので想像が難しいかもしれませんが、あなたのおうちにも職場にも道にも常時たくさんの微生物がふわふわ飛んだり、床や壁につかまってじっと息を潜めたり、水回りの栄養を吸い取って密かに自分たちの勢力を拡大しています(なお、水回りのヌルヌルは、微生物が増殖するときのものだったりします)。

このように、どんな環境にもたくさんの微生物がいるなかで、たまに、人間によくなついて、役に立つ働きをしてくれるヤツがいます。これが「発酵菌」。反対に、人間に悪さをする微生物がいて、そいつらが働いてしまうと「腐敗」。

つまり、整理してみるとだな。ある環境のなかによいも悪いもいっぱい微生物がいるなかで、役に立つヤツが優勢になると発酵、悪いヤツが優勢になると腐敗。基準は「人間に役に立つかどうか」。つまり、発酵とは、純粋に客観的な現象ではなく、僕たち人間目線から見た主観的な現象と言えるわけですね。

画像1: 「おいしい」と思えば発酵「マズい」と思えば腐敗

「えっ、つまりどういうこと?」

うん。つまりあなたが「おいしい」と思えば発酵していて、「マズい」と思えば腐敗なんだ。

発酵と腐敗は紙一重!

それでは、例を2つほど挙げてみましょう。

「塩を振った煮大豆と、おみそ。毎日食べたいのはどっち?」と尋ねると、ほとんどの人が「おみそ!」と答えるはず。

でもね。原料はほとんどいっしょなんだよ。なのになぜこんなにも味の違いが出るのか? 答えはそこに発酵菌たちの働きがあるかどうか。

大豆に、「こうじ菌」という特別なカビをつけると、大豆のうまみが増していき、やがてそこに、「乳酸菌」や「酵母」などの多様な菌が加わり、酸味やコク、香りを加えていく。

最初は、単なる大豆だったものが、数カ月たつと、いつしか毎日食べても飽きない、複雑でおいしい「みそ」になる。シェフは、人間ではなく、微生物たち。人間にはまねできない不思議なミラクルを起こすことができるのです。

画像2: 「おいしい」と思えば発酵「マズい」と思えば腐敗

唯一の正解はない。おいしいという基準すら多様

例をもう一つ。今度は、発酵腐敗ボーダー(境界)について。

僕は世界各国の発酵文化を求めて旅をし続けているのですが、なかには「これほんとに食べられるの?」と首をかしげたくなるブツがある。

例えば、伊豆諸島の超絶クサい干物の「くさや」。中国のドロドロに溶けて、バイオハザードみたいになった豆腐「青腐乳」。北欧の、パンパンに膨らむほど発酵したニシンの漬物「シュールストレミング」。

よっぽどの珍食好き以外無理だろコレ! と心配になるのですが、現地に行くと、老若男女みんな満面の笑顔でこれらを食べているんです。

画像: 青腐乳

青腐乳

画像: シュールストレミング

シュールストレミング

くさやの本場、伊豆諸島の新島に行くと、みんな心ときめかせながらバーベキューでくさやを焼き、地元民はもちろん、猫たちまでいっぱい集まってきて「くさやを食うぞおおお」と盛り上がる。

江戸時代から、くさや文化を継承している老舗のくさやメーカーの旦那さんに、「どうしてこの島の人たちはみんなくさやが食べられるんですか?」と質問してみたらだな。

「くさやは、一朝一夕でクサくなったのではない。何十年もかけて、じわじわクサくなっていったので、我々もじわじわ慣れたのだ」

という、たいへんに味わい深い答えが返ってきた……!

画像: くさや

くさや

えーと。僕は何を言いたいのであろうか。つまり、「その土地にだけ特異的に受容されるような、際どい発酵のボーダーラインがある」ということなんですね。

10人のうち1人しか「おいしい」と思わなくても、その1人がコミュニティを作ると、ローカル発酵食として定着する。そして、それが数百年たつうちに、ほかの土地にはないユニーク極まりない文化になる。

そうやって、世界中に不思議な発酵食品がたくさん継承され、それを食べる僕の味覚を激しく揺さぶってくる。発酵には、唯一の正解はなく、おいしいという基準すら、多様過ぎて把握しきれない。

でもね。なんでも簡単な正解を求めがちな時代において、発酵みたいな、曖昧で、答えがなくて、それでいて奥が深い文化があってもおもしろいと、僕は思うんですよね。

発酵食品は掛け算でできあがる

さて。
それでは次に、発酵食品のアウトラインについて説明しましょう。

発酵食品のバリエーションは、
『 食材 × 微生物 × 製法 』
の掛け算でできあがります。

「食材」から説明しよう。

米、麦、大豆などの穀物類が、まず第一。「甘酒」や「日本酒」の主原料となるこうじは米、「しょうゆ」の主原料は麦と大豆、そして、「納豆」や「みそ」の主原料はもちろん大豆。発酵の基本「調味料や酒は穀物から」。

次に、魚介類。前述の「くさや」はもちろん、「イカの塩辛」や「カツオ節」(カツオの燻製にカビをつけた、れっきとした発酵食品)、近畿北陸の珍味「なれずし」や、秋田の名物「ハタハタ」を発酵させて魚醤にした「しょっつる」など、海の多い日本は魚介のバリエーションも盛ん。おすし、酒の肴、調味料まで、海の幸でなんでも醸してしまいます。

そして、植物の発酵食品。京都の「しば漬け」、奈良の「奈良漬け」、四国には、茶葉に特殊な微生物をつけて醸した発酵茶「碁石茶」「阿波晩茶」「黒茶」の文化もあります。里山で豊富に採れる在来野菜の加工技術は、日本における、ローカル食の礎になっています。

画像: なれずし

なれずし

画像: しば漬け

しば漬け

次に、「微生物」
お漬物の酸味を作る「乳酸菌」、お酒のアルコール分や調味料の香りやコクを作る「酵母」、強烈に酸っぱいお酢を作る「酢酸菌」、大豆をネバネバにする「納豆菌」あたりは、皆さまも聞いたことがあるはず。

そして、肝腎要はこうじを作る「こうじ菌」(コウジカビ)。和食特有のうまみや甘味を作り出し、さらに、ほかの発酵菌の働く場を作る、超スペシャルな微生物なんですね。僕が大学で専門に学んだのは、このこうじ菌。コイツを極めれば、すなわち和食マスター!

最後に、「製法」
僕の乱暴な分類ですが、①調味料 ②漬物 ③酒 の3つで区分します。

まず、調味料。主に穀物を醸して溶けたペーストを「みそ」。そのペーストを搾った液体部分が「しょうゆ」。酒に酢酸菌をつけて醸すと「お酢」に。比較的小さな魚やイカの内臓などを、塩で漬け込んで溶かすと「魚醤」になります。と書いてるだけでおなかが空いてくる……!

画像: しょうゆ(たまり)

しょうゆ(たまり)

で、漬物は、主に野菜と魚に分かれます。前述のしば漬けは、赤シソとナスの「塩漬け」。奈良漬けは、ウリなどの夏野菜を「酒かす」に漬けます。

魚は、岡山のママカリ寿司のように「酢漬け」にしたり、大分の鮎のうるかのように「内臓を塩漬け」にしたり、滋賀のフナのなれずしのように「米に漬けたり」、東北の飯寿司のように「こうじに漬けたり」と、地域によってバリエーションはさまざま。

そして、見逃せないのが。こうじに、米と水を混ぜて甘酒状にしたものを、酵母で発酵させ、そこにまた、こうじと米と水を足して、アルコールの生成を進めていくと、酒のもろみペーストができます。

そのもろみを搾って飲むのが「日本酒」。もろみを蒸留すると「焼酎」になります(焼酎は地域によって米を足す代わりにイモや麦、黒糖などを使う)。

さらに、日本酒は「お酢」の、焼酎は「みりん」の主原料になり、もろみを搾ったあとの「酒かす」は漬物の床になるので、3つの製法は、ぐるぐる循環しているとも言えるのですね。

画像: 酒のもろみ

酒のもろみ

発酵の世界を知るにはこうじ菌に親しむのが鍵

多様な食材に、多様な微生物をつけ、多様な製法で醸す発酵食品。なぜ、こんなにも発達したのか?

それは、100年前を考えてみればわかるはず。今のように冷蔵庫も保存料もなく、水害や台風や地震や疫病でしょっちゅう飢饉が起きる世界では、食べ物を安全に保存するための発酵技術を、発達させざるを得なかった。

「ちょっと待って!なんで発酵させると保存が利くの?」

いい質問だね。
いい微生物たちが働くと、悪い菌をブロックする作用が生まれる。乳酸菌の作る「酸っぱさ」や、酵母の「アルコール」や、こうじの表面の「菌のモコモコ」がそうだ。さらに、日本の発酵食品の多くに使われる「塩」も、雑菌をブロックする(ナメクジに塩をかけると溶ける原理)。

しかも不思議なことに、日本には塩に強い発酵菌が多くいる。塩と発酵菌をかけあわすことで保存食が作れることに、1000年以上前から日本人は気づいていた(中国はじめ、ほかの国ではもっと早くに高度な発酵文化を発達させていた)。

それでね。最初は保存食としてスタートした発酵食品、なぜか、もとの食材より、おいしさと健康機能がアップしていることに、僕たちのご先祖たちは気づいた。

腐らず、おいしく、健康にもいい。三拍子そろった発酵食は、世界各地で、それぞれ個性的な発展を遂げることになるのですね。

最後に、1つマップを掲げておきます。

画像: 発酵文化の東西ボーダー

発酵文化の東西ボーダー

宗教や文化と同じように、発酵文化にも、東西のボーダーがあります。東インドからバングラディシュあたりに、どうやら「微生物の境界」があり、ここから西は、パンやワイン、ヨーグルトなどの「西洋的な発酵」。

東は、醤(日本では醤)やテンペや納豆、日本酒など「東洋的な発酵」が顕著になっていきます。

日本はじめ、東の発酵文化の象徴となるのが、こうじ菌に代表される発酵作用を持つカビの存在。東の発酵スターターとなるこうじ文化を理解することが、日本およびアジアの、発酵の世界を理解する鍵になるのですね。

奥深き発酵の世界、どうぞ楽しく入門してください。

画像: この記事は『ゆほびか』2019年9月号に掲載されています。

この記事は『ゆほびか』2019年9月号に掲載されています。

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