発酵食品は、単体でもおいしい成分や体によい成分をたくさん作りだします。ですから発酵食品同士を組み合わせれば、より複雑でおいしい味になり、新たに生まれる機能性成分も増えて、健康効果がさらにアップするでしょう。【解説】前橋健二(東京農業大学応用生物科学部醸造科学科教授)
解説者のプロフィール
前橋健二(まえはし・けんじ)
東京農業大学応用生物科学部醸造科学科教授。1994年、東京農業大学農学研究科醸造学専攻修士課程修了。1999年に博士号(農芸化学)取得。同大学応用生物科学部醸造科学科助手などを経て、2016年10月より現職。調味食品科学研究室に所属し、発酵調味料や味覚のしくみを研究。共著に『旨みを醸し出す麹のふしぎな料理力』(東京農業大学出版会)がある。
それぞれがお互いの味を抑えてマイルドになる
私は、日本の大学では珍しい醸造学科に籍を置き、主に発酵調味料の研究をしています。今、酢と米こうじという、発酵食品同士を組み合わせた「酢こうじ」が話題になっているそうです。
実は私も以前、酢こうじを作ったことがあります。何年か前に、米こうじを使って、いろいろな物を試作しました。酢とも合わせてみましたが、使ったのは米こうじではなく、焼酎を作るこうじでした。これはクエン酸を出すこうじで、酸に強い菌ですから、酸性の強い酢の中でも働いてくれます。
出来上がった酢こうじは、甘味が強くておいしかったですが、酢の中で米こうじがなかなか発酵せず、時間がかかったのが難点でした。
別記事で紹介されている酢こうじの作り方は、酢を水で薄め、60℃に温めています。米こうじは、原液のままの酢では活性が悪いですが、水で薄めて温めると、働きやすくなります。また、水を加えることで甘酒に近くなり、味も甘くなります。
さらに、米こうじの甘味が酢の酸味を抑え、酢の酸味が米こうじの甘味を抑えるので、結果として味がまろやかになり、食べやすくなります。ですから、「酸っぱいのが苦手」という人には、とてもよい調味料だと思います。
発酵食品は、単体でも、それ自体が発酵によって、おいしい成分や体によい成分をたくさん作りだします。ですから、発酵食品同士を組み合わせれば、より複雑でおいしい味になり、新たに生まれる機能性成分も増えて、健康効果がさらにアップするでしょう。
代謝を活発にして体を元気にし、疲労を回復
言うまでもなく、米こうじも酢も体にとてもよい食品です。
米こうじには、ビタミンや抗酸化物など、さまざまな健康に役立つ成分が入っています。ビタミンの中でも特に多いのは、ビタミンB群です。これは、糖質のエネルギー代謝を促して、疲労回復や糖尿病の予防、肥満の防止などに役立ちます。また、皮膚や粘膜、髪を健康にする働きもあります。
抗酸化物質には、フェルラ酸などのフェノール性物質があります。これらは、活性酸素を消去して酸化の害を防ぎ、老化やがん、生活習慣病を予防してくれます。また、米こうじに含まれるコウジ酸は、肌を白くする美肌成分としてよく知られています。
米こうじには、ブドウ糖やオリゴ糖、食物繊維も含まれています。ブドウ糖は代謝されてエネルギー源になりますし、食物繊維やオリゴ糖は、腸内細菌のエサになって腸を健康にします。
一方の酢には、さまざまな有機酸が含まれていますが、圧倒的に多いのが、酢酸です。
この酢酸を中心にした作用で、疲労を回復したり、高い血圧を下げたり、内臓脂肪を減らしたり、カルシウムの吸収を高めたり、などの多様な働きが期待できます。
このように、米こうじにも酢にも、それぞれに健康効果がありますから、酢こうじにすれば、両方の健康効果を同時にとることができます。
私は、夏の暑い時期こそ、酢こうじを積極的にとっていただきたいと思います。甘酒も酢も、もともと夏の健康食です。どちらも、代謝を活発にして体を元気にし、疲労を回復してくれます。ですから、食欲が減退して体力が落ちやすい夏にピッタリなのです。
また、酢こうじを料理に使うと、米こうじが作る酵素が食材をうまく処理して、食材の持つうま味や味や健康機能がより引き出されます。
特に酢こうじと合うのは、肉や魚などの動物性食品です。動物性食品には、米こうじにはない動物性の酵素があります。この酵素と米こうじの酵素の両方が働くことによって、食材がさらにおいしくなるのです。
反対に注意したいのは、でんぷんの多い食材です。米こうじにはでんぷんを分解するアミラーゼという酵素が多いので、酢こうじが多過ぎたり、作ってから時間がたったりすると、味や食感が変わる可能性があります。
今、私が力を入れているのは、「米こうじの力で、いかに食品をおいしくできるか」ということです。その米こうじの力を引き出すために、酢を使った研究もしています。
ですから、酢こうじの味や効能についても、今後、さらにいろいろなことが分かってくるかもしれません。