私がお勧めしたいのが「30秒間の筋トレを休みを挟みながら4回くり返す」こと。強い刺激を60秒間与えるだけで筋肉は大きくなることが分かっています。ですから2分で十分効果があるのです。これならできそうではないですか?【解説】森谷敏夫(京都大学名誉教授・京都産業大学・中京大学客員教)
解説者のプロフィール
森谷敏夫(もりたに・としお)
1950年兵庫県生まれ。京都大学名誉教授、京都産業大学・中京大学客員教授。NPO法人EBH推進協議会理事。株式会社おせっかい倶楽部社長。1980年に南カリフォルニア大学大学院博士課程修了(スポーツ医学、Ph.D.)。テキサス大学、京都大学教養部助教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を経て、2016年から京都大学名誉教授、京都産業大学・中京大学客員教授。専門は応用生理学とスポーツ医学。2019年1月、西村周三元京都大学副学長と共に、予防医療・予防医学を啓発する組織である株式会社おせっかい倶楽部を設立。著書に『京大の筋肉』『京大の筋肉2』『定年筋トレ 筋肉を鍛えれば脳も血管も若返る』『おさぼり筋トレ』などがある。
「ちょっときつい」程度で十分効果がある
「筋トレ」と聞いて、どう思いますか? 腹筋などのきつい運動を、体力の限りまで行わなくてはいけない……。そう考える方も多いでしょう。
実はこれ、大きな誤解です。一般の方には、こんなにきつい筋トレは不必要。体力の限りまで行う必要もありません。
今、アメリカのスポーツ医学会の最新トレンドは、30秒間のきつめの筋トレを、休憩を挟みながら10分間行うトレーニングです。これが、糖尿病や肥満、メタボ、心不全など、さまざまな病気に目覚ましい効果があることが分かっています。
1回につき30秒なら、多少きつい運動でも、だいたいの人はできます。それを、休みを挟んで2回くり返せば、60秒間の筋トレをしたことになります。
このことから、私がお勧めしたいのが、「30秒間の筋トレを、休みを挟みながら4回くり返す」こと。筋トレの時間は、わずか2分!
「たった2分?」と思うかもしれませんが、強い刺激を60秒間与えるだけで、筋肉は大きくなることが分かっています。ですから、2分で十分効果があるのです。これなら、できそうではないですか?
筋トレは、どんなものでも構いません。今のあなたにとって、「ちょっときつい」運動をすればいいのです。ジムに行かなくても、道具がなくても大丈夫。階段の上り下りでも、スクワットでも、速歩でも、なんでもOKです。
筋トレをすると、何歳からでも筋肉は大きく強くなります。そして、続けていくと、確実に効果が得られます。
では、どんな効果があるのでしょうか?
筋トレの効果(1)
転倒や寝たきり、介護のリスクが減る!骨も丈夫になり、一生自分の足で歩ける!
筋肉が弱ると、筋肉からミオスタチンという骨をもろくするホルモンが出ます。ところが、筋肉を鍛えると、ミオスタチンが抑えられ、血流もよくなって、骨も筋肉も強くできるのです。
また、筋トレをすると脳と筋肉をつなぐ神経が発達し、バランス感覚や反射神経の衰えを防ぎます。それが転倒防止に役立ちます。
筋トレの効果(2)
糖尿病は、運動不足による筋肉の代謝異常!予防にも改善にも筋トレが最適!
糖尿病は、糖質のとり過ぎが原因と考えられがちですが、実はそうではありません。「運動不足」が大きな原因なのです。
筋肉は、最も大量にエネルギーを消費する臓器です。ですから、筋肉を使っていれば、糖がどんどん消費されます。
しかし、筋肉を使わないと、筋肉で消費されるべき糖が余って、血糖値が上がります。すると膵臓はインスリンを分泌し、血糖値を下げようとします。これが頻繁にくり返されると、膵臓が疲弊して、インスリンの分泌機能が衰えていき、糖尿病になってしまうのです。
この悪循環を断つには、筋肉を使って糖を消費すればいいのです。筋肉を使うと、血糖を筋肉に取り込むGLUT4という糖輸送担体も増えるので、より血糖値のコントロールに役立ちます。
筋トレの効果(3)
筋肉を鍛える=脳を鍛えること!記憶力が向上し、認知症を予防!
筋肉は脳の指令によって動くため、筋トレをするほど脳は刺激を受けて活性化します。
また、筋トレをすると、UGH-1というインスリン様成長因子が出ます。これはアルツハイマーの原因とされるアミロイドβと逆相関の関係があり、UGH-1が増えると、アミロイドβが減って、アルツハイマーを防げます。
さらに、運動は筋肉から分泌される、BDNFという物質を増やします。これは脳の海馬に直接入り、記憶や認知機能を向上させます。
筋トレの効果(4)
冷える体は筋肉不足!筋トレで筋肉を増やせば体温アップ!
筋肉量が増えると、産生される熱量が増え、血流もよくなるので、冷え症が改善し、低過ぎる体温が上がります。体温が上がれば、免疫力(病気に対する抵抗力)も上がります。
筋トレの効果(5)
ちょっときつめの運動が免疫力を上げる!筋トレはがん予防にも有効!
きつめの筋トレは、脳内麻薬といわれるβ‐エンドルフィンの分泌を促進します。β‐エンドルフィンは、がんキラー(殺し屋)であるNK細胞の活性を高めます。
さらに、筋トレで心臓に負荷がかかると、心臓から心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)という物質が出て、がんの浸潤・転移を防ぎます。
筋トレの効果(6)
筋肉は最高の降圧薬!筋トレで血行がよくなり血圧も上がりにくくなる!
筋トレは、筋肉の収縮・弛緩を促し、血流をスムーズにして血圧を下げます。また、心臓から分泌されるANPには、降圧作用があり、高くなった血圧を下げてくれます。
筋トレの効果(7)
常にエネルギーがガンガン燃え疲れにくい体に!太りにくくなる!
筋肉はエネルギーを最も大量に消費する臓器。糖や脂肪をガンガン燃やしてエネルギーを作るので、疲れにくい体になります。筋肉が増えれば基礎代謝が上がり、太りにくくなります。
筋トレの効果(8)
最大の効果はやっぱりこれ!ボディラインが整い、自分に自信がつく!
ポッコリ出た下腹や、ブヨブヨの二の腕……。こんなボディラインの悩みを解決するには、筋トレが最適です。筋肉はコルセットのような役割も果たすので、筋トレで筋肉が強くなれば、気になる部位の体のラインがきれいに整ってきます。
筋トレを始めて2週間ほどすると、なんらかの変化を実感できるはずです。効果が感じられると、続ける意欲が湧きます。そしてそれを続けていくと、がんばっている自分に、自信もついてきます。
「生涯健康」をかなえる絶好のトレーニング
ここでちょっと、私の体験を語らせてください。私は大学までずっと体操競技に打ち込んできましたが、ある日落下事故を起こして、競技を断念。その後はゴルフをする程度で、特段スポーツをしていませんでした。
とはいえ、私は元来体を動かすのが好きなたち。日常では、極力階段を使うなどして、足腰の衰えを防いでいました。
60歳のとき、一念発起して始めたのが、空手でした。その稽古は非常にハードで、何度も心がくじけそうになりました。
ところが、続けるうちに、少しずつ筋肉に厚みが増し、体が締まってきたのです。
ここまでくると、がぜん稽古が楽しくなってきます。そして64歳のとき、自分のヌード(後ろ姿)写真が表紙の『京大の筋肉』という本を出すに至りました。なんともテレくさい話ですが、60歳過ぎからでも、人に見せられる体は作れるのです。
とはいえ、皆さんに私のようなハードなトレーニングをしろとは言いませんし、その必要もありません。ちょっときつめの筋トレを、30秒×4回。これだけでいいのです。
まずは2週間続けてみてください。1週間くらい続けた頃から、朝の目覚めがよくなったり、体が軽く感じられたりなど、何かしら効果を感じられるはずです。そして、運動がきつくなくなってきたら、少しずつ回数を増やしたり、運動の強度を上げたりして、筋肉を鍛えていきましょう。
60歳過ぎてからの人生をどう生きるかは、全ての人に投げかけられた課題です。誰もが、できれば認知症にならず、介護の世話にもならない人生を送りたいと願っているでしょう。
筋トレは、それをかなえる絶好のトレーニングなのです。
新しいことを始めるのに、遅過ぎることはありません。気がついた今が始めどき。するかしないかは、あなた次第です。
はじめての筋トレ Q&A
Q1. 毎日ウォーキングをしており、運動は十分だと思っています。それでも、筋トレは必要ですか?
A1. 必要です。
歩いたりするときに使う下半身の大きな筋肉の量は、何もしないと、30代から年に約1%ずつ減っていきます。ですから、一生自分の足で歩くためには、筋肉量を増やすトレーニングが、誰にでも必要です。そして、そのために有効なトレーニングは筋トレしかありません。
「私は、毎日1時間のウォーキングで足腰を鍛えています」という人も、多いかもしれません。しかし、通常のウォーキングは、心肺機能や持久力を高める意味ではいい運動なのですが、筋肉を増やす意味では、あまり役にたちません。
このときに使うのは、「遅筋」という持久力を発揮する筋肉で、この筋肉は、どんなに使っても、あまり増えないからです。
一方、筋トレで使うのは、「速筋」という、瞬発的に大きな力を出す筋肉です。この筋肉は、トレーニングで増やすことができます。ですから、筋肉を増やすためには、筋トレが必要なのです。
Q2. 高血圧ですが、筋トレをしても大丈夫ですか?
A2. 基本的には大丈夫。血圧を下げる作用もあるので、お勧めです。
力を入れて気張った状態を維持すると、血圧は上がりますが、長く気張らず、その後リラックスすると、血流がよくなって、血圧が下がります。
ですから、血圧の数値がよほど高くない限り、筋トレはやったほうがいいでしょう。ただし、行うときは、呼吸を止めないように注意しましょう。数を数えながら行ったり、口を開けた状態で行ったりするとよいでしょう。
Q3. ひざや腰などに痛みがあります。筋トレをしてもいいですか?
A3. 無理のない範囲で行いましょう。
筋トレをすると血流がよくなり、炎症を抑える物質が出ます。ですから、ひざや腰などに痛みがある人にもお勧めできます。また、筋トレで筋肉が鍛えられることで、ひざや腰への負担が減り、痛みが出にくくなる効果も期待できます。
ただ、痛みを我慢してまで行う必要はありません。ひざが痛いときには、いすに腰掛けて行うなど、無理のない範囲で、痛みにうまく対応しながら行ってください。
Q4. いきなり筋トレをしてもいいですか?
A4. ダメです。ウォーミングアップを行いましょう。
いきなり筋肉に負担をかけるのは、ケガのもとです。筋トレを行う前にはウォーミングアップを、終わったらクールダウンを、それぞれ5分ほど行いましょう。
ウォーミングアップは、ラジオ体操のように体を軽く動かすもの、クールダウンは、筋肉を伸ばすストレッチがお勧めです。
Q5. 筋トレをしたら筋肉痛がひどくて…。続けても大丈夫ですか?
A5. 筋肉痛は効いている証拠。大丈夫です!
筋肉痛は、運動によって傷ついた筋肉を修復するために起こります。この修復の過程で、筋肉は大きく、強くなるので、筋トレ後に筋肉痛が起こるのは、効いている証拠です。喜びましょう!
とはいえ、筋肉痛がなくなるまでは、筋トレは休んでください。そのほうが筋肉の修復がすみやかに進むからです。続けていくと、筋肉痛は軽くなっていきます。
Q6. いつ行うと効果的ですか?やってはいけないタイミングは?
A6. 夕方がお勧めです。
やらないほうがいいのは、食後、空腹時、就寝前です。ですから、筋トレは食事と食事の間に行うのがいいでしょう。身体機能面から言うと、筋力や酸素消費量、肺活量などの機能が最高値を示すのは夕方ですから、夕方に行うのが最も効果的です。
なお、糖尿病の人に関しては、血糖値が上がる食後30分頃に行うと、血糖値の上昇を抑えられます。
Q7. 筋トレは、毎日やってもいいですか?
A7. 1日おきで行いましょう。
毎日やってもいいのですが、同じ部位の筋トレを行う場合、基本は1日おきに行うのがお勧めです。筋トレをした翌日は体を休めたほうが、ケガが少ないですし、1日休めば筋肉痛もだいたい改善するからです。
また、筋トレをやった翌日はウォーキングというように、筋トレと有酸素運動を交互に行うようにしてもいいでしょう。
Q8. 筋トレをやめてしまったら、それまでの効果はなくなってしまうのでしょうか。
A8. 元に戻ってしまいます。継続が大切!
筋トレをしていたのと同じ期間で、体は元に戻ります。例えば2週間筋トレをしていたのなら、2週間で元に戻ります。筋トレは、続けることで効果が蓄積されていきますから、多少間隔が空いても、やめないことが重要です。
Q9. 筋トレをやらないほうがいい人はいますか?
A9. 薬でも血圧がコントロールできない人は控えましょう。
筋トレは、どんな人でも行えます。ただし、血圧がとても高く、薬を飲んでもコントロールできない人(最大血圧180mmHg以上)は、控えたほうがいいでしょう。行いたい場合は、まずは主治医と相談してください。
Q10. 筋トレの効果を高めるコツはありますか?
A10. 30分以内に牛乳を飲みましょう。
筋トレをした後、30分以内にたんぱく質をとると、筋肉の成長が促進されることが分かっています。
手軽にたんぱく質をとるには、乳製品がお勧め。牛乳なら180mlほど飲みます。牛乳が苦手な人は、ヨーグルトをとってもいいでしょう。たんぱく合成能が高い乳清たんぱく質(ホエイプロテイン)をとるのも効果的です。ドラッグストアなどで購入できます。
Q11. いろんな種類の筋トレがありますが、どれか一つだけ行うとしたら、どれがいいですか?
A11. インターバル速歩やスクワットがお勧めです。
年を取ると、下半身、特に太ももの前の筋肉(大腿四頭筋)が落ちやすくなります。ですから、中高年の方には、この筋肉を鍛える筋トレがお勧めです。
私のイチ押しは、インターバル速歩です。30秒間の速歩と、1分30秒間のゆっくり歩行を、4~5セットくり返します。速歩のときは、「ちょっときつい」と感じるくらいの速さで歩きましょう。こうすると筋肉がしっかり刺激され、筋トレになるのです。
家で行うなら、スクワットもお勧め。ゆっくりひざを曲げ、素早く立ち上がって、ひざを伸ばし切るのがポイントです。
ひざを曲げるとき、つま先とひざは同じ方向を向くようにし、ひざがつま先より前に出ないようにします。お尻を後ろに突き出すことで、ひざが自然に曲がっていくイメージで行います。ひざは90°以上は曲げないでください。
難しい場合は、いすにお尻からゆっくり座る→素早く立ち上がる、という方法で行ってもいいでしょう。
この記事は『安心』2020年5月号に掲載されています。