思春期の子どもが「朝起きられない」「午前中は体調が悪く、夕方から元気になる」といった症状を訴えるときは、単なる「宵っ張りの朝寝坊」や「怠け癖」と決めつけず、起立性調節障害という自律神経の病気を疑う必要があります。医療機関で適切に診断と治療を受ければ、症状は改善します。ここでは、起立性調節障害の治療がどのように進められるのか、解説しましょう。【解説】田中英高(OD低血圧クリニック田中院長)
本稿は『改訂 起立性調節障害の子どもの正しい理解と対応』(中央法規出版)から一部を抜粋して掲載しています。
解説者のプロフィール
田中英高(たなか・ひでたか)
OD低血圧クリニック田中院長。医学博士。大阪医科大学卒業、同大学院修了。スウェーデン・リンショッピン大学客員研究員トレシウス教授に指示。スウェーデン資格医学博士取得後、大阪医科大学小児科講師、助教授を経て、2014年より現職。日本小児心身医学会・小児起立性調節障害診断・治療ガイドライン作成班チーフ。専門領域は、起立性調節障害、不登校などの心身症。
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▼専門分野と研究論文(CiNii)
身体面と心理社会面のサポートが治療の基本
起立性調節障害の治療は、最近の約10年間で劇的に進歩しました。過去にはいろいろな治療法がありましたが、どれをどのように使用するかは、治療者の経験や勘に頼っていました。さらにその効果は、「患者さんの自覚症状」という不確かなもので判断していたのです。これは、治療効果を正確に判定する方法がなかったためで、やむを得ないことでした。
ところが、1980年代に非侵襲的連続血圧測定装置(1心拍ごとの血圧を連続的に測定できる血圧計)が開発され、その後の10年間で、これを使った小児での起立試験法を著者らが確立した結果、どの治療が本当に効くのかがかなり詳細にわかってきました。
さらに著者が1990年頃から主張していた、「起立性調節障害は心身症(心の状態から引き起こされた体の病気)」という考えに基づいて、身体面と同時に心理社会的サポートも行うという考え方が主流になってきました。日本小児心身医学会が作成した「小児起立性調節障害診断・治療ガイドライン(以下「ガイドライン」)でも、この考え方で治療法が構成されています。本稿でも、ガイドラインが推奨している治療法を紹介していきます。
起立性調節障害の治療は6種類
子どもの状態によって治療法を組み合わせる
治療には、大きく分けて6種類あります。下図に示すように、(1)疾病教育、(2)非薬物療法、(3)学校への指導や連携、(4)薬物療法、(5)環境調整、(6)心理療法です。
それぞれの子どもに最も適切な治療ができるように、これらの治療方法を組み合わせながら段階的に行っていきます。治療の組み合わせは子どもによって異なりますから、最初に治療方針を決定する必要があります。診断の段階で、身体的重症度と心理社会的因子関与の有無を判定することで、どの治療を行うか判断します。(1)(2)はすべての症例で実施し、重症度と心理社会的因子の関与に合わせて(3)(4)(5)(6)を加えます。症状が改善しない場合は、治療中に重症度や心理社会的因子を見直します。
必ず実施される治療は2つ
まずは「病気を理解する」ことから
起立性調節障害の重症度や心理社会的関与の有無にかかわらず、必ず実施されるのが疾病教育と非薬物療法です。ここでは、疾病教育について説明します。
疾病教育とは、ひとことで言えば、「起立性調節障害は心身症であるが、身体に病変があるので、まずは身体の治療を行う」ということを理解してもらうことです。これが治療の基本になります。「起立性調節障害は身体に異常があり、そのためにさまざまな症状が生じている」という事実を、本人と保護者だけでなく、学校関係者やその子どもにかかわるすべての人に理解してもらうことが、まず治療の第一歩です。
子どもは、症状の原因、つまり、立ちくらみやめまいの原因がわかりません。わからないので、とても不安になっています。ところが保護者は、子どもの症状は夜更かし朝寝坊や怠け癖が原因だと考えてしまいます。「怠けているのではないか? 仮病ではないか?」と疑っていることが多いのです。このように、親子間で認識に大きなズレがあります。
子どもは「自分が病気じゃないか」と不安になっているのに、親は理解するどころか逆に怒っている、という状況です。保護者が短気だと、子どもを一発殴ったりして、あっという間に親子関係が破綻したケースもありました。親子関係がこじれると、治るものまで治らなくなります。私たちの外来に初めて来る患者さんの半分くらいは、親子関係が悪化している様子です。
「体の病気」と理解すればイライラしない
疾病教育のポイントは、本人と保護者が、「起立性調節障害は身体の病気であり、治るには時間がかかる」と十分に理解することです。保護者が「この子は怠けているのではなく、病気で朝起きられないのだ」と理解できれば、「早く起きなさい。早く寝なさい」などと言わずに済みます。
そして、どのように病気に対処したらいいのか、どう解決すればいいのか、という「問題解決志向型」の前向きな考えを持てるようになります。そうなれば、保護者はイライラしなくなり、子どもに怒る必要もなくなります。保護者にこのような心の変化が起こるだけで、子どもにはとてもよい影響が出てきます。気分的に明るくなり、ふさいだ感じがなくなります。こんなとき、私は子どもたちにこのように質問します。「この頃、お母さんはどう? 小言を言わなくなった?」。すると、子どもはよくこう答えます。「この頃、お母さんは静かになった。ちょっと気味が悪いけど、ホッとする。先生のおかげだと思う」
検査の数字やグラフ、図を見ると納得できる
私たちがよく使う資料として、本人の起立試験(寝ているときと起き上がったときの血圧・心拍の変化を調べる試験)の結果、自律神経の図などがあります。実際に起立試験の結果を見せて、子どもがどのぐらい血圧・心拍調節が悪くなっているのか、わかってもらいます。そして、その原因病巣は、視床下部、大脳辺縁系などの自律神経中枢にあり、遺伝的な影響と心理社会的ストレスによって悪化することを説明します。
さらに、朝起きが苦手で夜に元気になる原因を納得してもらうために、朝と夜の起立試験の比較の図を見てもらいます。夜には起立時に血圧も心拍もあまり変化しませんが、朝は、起き上がったときに、ひどく血圧が下がります。
朝に子どもがダラダラとしんどがっているのは、仮病ではない、根性の問題でもないことをよく理解してもらうことが大切です。
このように、いろいろな角度から起立性調節障害を理解すると、「やっぱり病気なんだ」と正しい目で子どもを受け容れられるようになります。この正しい認識があってこそ、正しい治療を受けようという気持ちにつながるのです。病気に負けてしまわないようにしっかりした気持ちをもつことは大切ですが、そのためにもどうか正しい認識をもっていただきたいと思います。
なお、本稿は『改訂 起立性調節障害の子どもの正しい理解と対応』(中央法規出版)から一部を抜粋して掲載しています。詳しくは下記のリンクからご覧ください。